超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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今回も一万字越え……。通勤通学中にゆっくり読むことをオススメします。

話をまとめる能力がマジで欲しいぜ☆


第31話 彼らの在り方

「……………」

 

「信一、前方注意だ」

 

 黄金一閃。瞬間、今にも信一が激突する寸前だった木が切り飛ばされて後方へ流れていく。

 

 零、グレン、信一、アルベルトは樹海を疾走していた。4つの黒い影は木々の間を吹き抜ける風の如く。速度を緩めること無く、卓越した体捌きをもって走破する。

 

「ありがとう、父さん」

 

「リィエルのことでも考えてたか?」

 

「……まぁね。みんなのアレを聞いちゃうと…ね」

 

 出発する前、旅籠でクラスメイトが言っていたことを思い出す。

 グレンのリィエルについてどう思うかという質問に対し、クラスメイト達は友達だと思っていたのだ。

 それ自体はさほど気にすることではない。クラスメイトがどう思おうが、信一自身は彼女に殺された身。リィエルを殺しても良いと考えている。

 

 問題は、システィーナとルミアがリィエルをどう思っているかだ。2人は優しい心の持ち主。

 もしリィエルに対してクラスメイトと同じような感情を持っているとしたら、彼女達はリィエルが死んだとき泣くかもしれない。それは信一が一番避けなければならないことだ。

 

 正解が分からない。家族に危害を加えたのだから信一はリィエルを殺したい。しかし、その結果が家族を悲しませることになるのは避けたい。

 この矛盾をどう解消するかが、従者の信一にとってはルミアを奪還した後の騒動解決の鍵となるだろう。

 

「ここだ」

 

 アルベルトの声で意識が思考から切り離される。

 

 目の前にあるのは視界いっぱいに広がる大きな湖。ここがルミアのいる場所に繋がっているらしい。

 

 零、グレン、アルベルトの3人は周囲に圧縮空気の膜を形成する黒魔【エア・スクリーン】を起動。一応学院で習ったのだが、劣等生の信一は使えないため父親のモノに入れてもらう。

 

 それからは湖の底を探索。不自然に開けた場所をグレンが見つけ、4人は進む。

 水面から顔を出せば、そこには通路があった。まるで貯水庫のような場所だ。

 

「……ビンゴ、だな」

 

「あぁ———っ!」

 

 周囲を見回し、明らかに人工物であることを確認したアルベルトが微かに目を見開いた。

 瞬間、目の前にあった水路から水柱が立ち、人間を優に超える影が現れる。

 

 それは一言で表現するのならば、蟹。しかし通常のモノとは異なり、ハサミは左右に三対。しかも武器として使うことが一目で分かるほど凶悪な形をしている。

 

 そんな巨大なクリーチャーが三対のハサミを一斉に振り上げ、こちらに飛びかかってきたところで、

 

 

 

 

「よいしょ……っと」

 

 ———ズウゥゥゥウゥゥゥンンンッ!!

 

 バキッ……バキバキ……と筋肉が引き絞られる音を鳴らす零から軍式の横蹴りを広い胴体へと叩き込まれ、蟹は轟音を立てて吹っ飛ばされていく。そして地面を滑り、止まった時には既に泡を吹いて絶命していた。蹴られた胴体には大きくヒビが入っている。

 

「「「 ………………… 」」」

 

「不味そうな外見しやがって。食べられる部分はハサミが多い分ありそうだけどな」

 

 えっ食うの!? みたいな目を向けられるが、零は気にせず水路の先を見据える。

 

「信一、油断するなよ。もうここは敵陣だ。俺達以外の動く『モノ』は全部敵と思え」

 

「わかった」

 

 父親としてではなく、あくまで肩を並べて戦う魔導士としての忠告に信一は頷き、X字に背負っている二刀を抜刀。蒼銀の刃が惜しみなく煌めきを返す。

 

合成魔獣(キメラ)……だな。合成魔獣(キメラ)の兵器利用に関する研究は現在では凍結・禁止されているが……昔の研究成果が残っていたのか、或いはバークス=ブラウモンが禁じられた合成魔獣(キメラ)兵器の研究を続けているのか……」

 

「てことは、バークスの野郎……予想以上にキナ臭いやつだな」

 

 その瞬間、目の前のあちこちで水柱が上がった。まるでグレンとアルベルトに答えを示すように。

 

 今倒した蟹と同じ形のものや、巨大な烏賊、半魚人のような醜悪な化け物にゼリーの塊。多種多様な怪物が次から次へと姿を現し始める。そのどれもが生物としてどこか歪な姿をしていた。

 

「うへぇ……団体様のお出ましだぁ……」

 

 うんざりボヤくグレンの眺める先には、自分たちを餌としてしか認識していない化け物共。

 

「突破するぞ」

 

 アルベルトの声に頷き、4人はそれぞれ呪文を唱えながら駆け出していく。

 

 

 

 

 

 

 蝙蝠の羽を持つ獅子が、壁や天井などを足場にして3次元的な動きで翻弄しながら迫ってくる。

 地を蹴り、三角飛びの要領で壁を蹴ろうとした時———既に獅子の前足は斬り飛ばされていた。

 

 それでも羽を使って態勢を立て直そうとするが、それを許すほど緩い者はこの中にはいない。雷閃が獅子の眉間を貫き、その命を刈り取る。

 

「今のは良かったぞ、朝比奈」

 

「………………」

 

 アルベルトの賞賛には応じず、さらにカマキリの怪物へと二刀を以って斬りかかる信一。【迅雷】の反応速度で全ての攻撃を躱しながら接近し、首を落とす。

 

 信一は元々集団で戦うようなことは想定していなかった。そもそも、フィーベル邸の庭で鍛錬する時はいつも1人。だからこそ一対一や一対多は考えていても、自分側が多になることは想定していなかった。

 

 だが今回は違う。グレンの他にも現役の宮廷魔導士が2人。しかも片方は父親ということで絶大な安心感がある。

 

「アルベルトさん、次は?」

 

「距離前方三十、後方三十。それぞれ数四。お前は後方を抑えろ。援護する」

 

 そしてなにより、このアルベルトという青年。的確な指示と正確無比の魔術狙撃は基本近接戦しかできない自分と相性が良い。リィエルのことを黙っていたという点では不快極まりないが、戦闘に限っていえば信頼できる。

 

 彼の警告通り、一発の弾丸のように進む4人の前方と後方———それぞれの壁が開き、葉と蔦で人型を形成した化け物がぞろぞろと現れた。

 

「《疾くあれ》」

 

【迅雷】を起動して素早く肉薄。蔦人間達は人間でいう腕の部分にある触手を伸ばし、鞭のように振るって迎撃してくる。

 

 ビシィッ!と空気を切り裂きながら迫る触手は全て信一の二刀に()()()()()、そのまま刀を地面に刺して逆に蔦人間達は動きを制限される。

 

「お願いします」

 

「あぁ」

 

 刹那、天井にまで昇る業火の壁が信一の前に生成され、ひと塊りにされていた蔦人間達を灰へと変えた。

 信一は二刀を地面から引き抜き、燃えずに残った触手を払ってアルベルトの横に並ぶ。

 

 ———対して零とグレン。

 

「グレン、準備!」

 

「おう!《紅蓮の獅子よ・———》……」

 

 呪文を唱え始めるグレンへ蔦人間が触手を伸ばすが……

 

「おっと」

 

 その全てを零は片手で当たり前のように掴み取る。

 

「《憤怒のままに・———》……」

 

 時間差起動(ディレイ・ブート)した【迅雷】の膂力をフルに発揮して綱引きのように引っ張り、四体全てを空中へと投げ飛ばした。

 触手を掴まれ、為す術のない蔦人間は足の部分をバタつかせるだけ。

 

「《吠え狂え》!!」

 

 そしてグレンの三節詠唱で起動した【ブレイズ・バースト】が頭上に放たれ、炎熱の波が蔦人間を呑み込んだ。パラパラと灰が2人に降り注ぐが、それは零の振るう刀の風圧で払われる。

 

「鈍ってなくて嬉しいぞ」

 

「アンタのパワハラ染みた訓練やらされてたら一生鈍らねぇよ」

 

「失礼な。軍の訓練課程にちょっと手を加えただけだろ、あんなの」

 

「そのちょっと手を加えただけの訓練で、どうして宮廷魔導士団のほとんどが死屍累々と地面に転がるような光景が出来上がっちゃうんだよ!?」

 

「運動不足だったんだろ」

 

「自分の失敗に気付けぇぇぇぇぇっ!!」

 

 グレンの叫びが木霊する中、信一とアルベルトが追いついて2人と合流。さらに加速する4人の前に、今度は通路を埋め尽くすほど巨大なゲル状の生物が、その体で壁を作って迫ってくる。

 

「信一、下がれ」

 

「うん」

 

 瞬時に刀などの物理攻撃が効かないと判断した零は信一と共にアルベルトの後ろへ。それと同時にアルベルトが黒魔【アイス・ブリザード】を起動。吹雪が猛然と吹き抜け、ゲル状生物を凍てつかせる。

 

 そして———ドウゥッ!

 

 銃を抜いたグレンが一発、凍りついたゲル状生物のちょうどど真ん中を撃ち抜いた。次の瞬間、蜘蛛の巣状にひびが入り、硝子のように砕け散っていく。

 

「凄い……」

 

 信一はその光景に感嘆の声を漏らしていた。個々の能力が突出してるのもさることながら、適材適所を瞬時に判断して前に出るか下がるかを決める。

 改めて理解させられる。彼らと自分では、そもそも潜ってきた修羅場の数が圧倒的に違う。それでも、未熟な自分に彼らが合わせることができるのは、ひとえに経験の差だろう。

 

「ん?」

 

 通路の先に重厚な扉が見えた。隙間から光が漏れ出しているので、恐らく何かの部屋。

 いかにも人力では壊せそうにないくらい堅そうな扉を零が普通に蹴破り、中へと入る。そこで待ち受けていたのは———亀だ。

 

 もちろん普通の亀ではない。見上げるほど大きく、全身が宝石のようなもので構成された大亀。

 

「宝石獣か。過去、帝国が密かに行っていた合成魔獣研究の最高傑作として、理論上の設計だけは為されていたとは聞いていたが……」

 

「こいつの性質は?」

 

「殆どの攻性呪文(アサルト・スペル)が効かん。それに恐ろしく硬い」

 

「……厄介の極みじゃねーか」

 

 と、その時。大亀が雄叫びを上げながら二足で立ち、4人目掛けて倒れ込むように豪腕を叩きつけてくる。

 4人は素早く散り、二手に分かれて左右から大亀を挟むように走り込んでいく。

 

「そらぁ!」

 

 零の蹴り上げが大亀の顎を捉えるが、質量の違いから軽くヨロけるだけに留まる。だが、亀は四足歩行なので反撃はされないのが救いだろう。それを良いことに、【迅雷】を用いた追撃の跳び後ろ回し蹴りで顔面を叩く。

 

「チッ、硬いな」

 

 呪文が効かないのなら物理技で、という脳筋な思考で数多の蹴り技を浴びせるが、宝石獣の大亀には羽虫が顔にたかる程度のもの。しかし、羽虫といえど顔の周りを飛ばれるのは鬱陶しい。

 それは大亀も同じらしく、その体にある宝石がバチバチと帯電を始めた。

 

「《光の障壁よ》」

 

 落ち着き払った声色でアルベルトは黒魔【フォース・シールド】の呪文を唱える。すると、彼の眼前に光の六角形が並ぶ魔力障壁が展開された。

 それと同時に、大部屋内を大亀から放たれる稲妻が幾条にも乱舞し、光で視界を埋め尽くされる。

 

 ———バチイィ! バツンッッッッッ!!

 

 鼓膜を震わせる雷音が本能的な恐怖を滲ませてくる中、他の3人は慌ててアルベルトの後ろへ避難。

 

「…………」

 

「お、おい……大丈夫か?」

 

「存外強い。このままでは押し切られるな」

 

 だが、言葉とは裏腹にアルベルトの表情には焦りがない。それがやせ我慢なのか、それとも本当に焦る必要がないからなのかは残念ながら今日会ったばかりの信一には判断がつかなかった。

 

「俺が行きましょうか?これ(纏黒)を着てるからある程度は大丈夫だと思いますが」

 

「やめておけ。【トライ・レジスト】で耐えられる威力じゃない。だが……」

 

 不意に、アルベルトは信一の握る刀へ目を向ける。

 

「朝比奈。その刀の刀身は真銀(ミスリル)か?」

 

「そうですけど」

 

「なら、それを零に渡せ。おそらく真銀(ミスリル)なら傷を負わせるくらいはできるはずだ」

 

「わかりました」

 

 彼がそう言うのならそれが打開策なのだろう。信一は左刀(はーちゃん)を父親に渡し、右刀(むーくん)を両手で握ってアルベルトの指示を見守る。

 

 続けて。

 

「グレン、やれ。魔力の消費は心配しなくていい」

 

「……了解だ」

 

 にやりと笑うグレン。ポケットから出した小ぶりの宝石を左手で掴み、ぱん、と右掌で覆う。

 

「《我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・———》……」

 

 意識を集中させるように、魔力を高めるように、ゆっくりと一句一句を確実に紡ぐ。唱えた呪文に応じ、グレンの左拳を中心にリング状の円法陣が三つ、縦、横、水平に交わるよう形成され、それぞれが徐々に速度を上げながら回転していく。

 

「アル、信一に毛一筋の傷も負わせるなよ!最悪グレンの部分はちょっと手を抜いてもいいから」

 

「ふん、無論だ」

 

 零は右手に黄金の刀、左手に蒼銀の刀を握り、そんな軽口を叩いて未だ稲妻が荒れ狂う障壁の前へと踏み込んでいく。

 グレンの詠唱が始まってから、自身に危機が迫ることを感じ取ったらしい大亀はこちらへと向かって来ていた。

 

 大亀から放たれる稲妻は、当たれば儚く脆い人間の体など瞬時に消し飛ばしてしまうだろう。

 だが、それは当たればの話。

 

 襲い来る稲妻を全て、体を少し揺らす程度の小さな動きで回避してほぼ一直線に大亀へと進む。刀を構え、振りかぶり———

 

「そぉぉぉれえぇぇぇいい!!」

 

 ———渾身のドロップキックを、さらにジャイロ回転も加えて叩き込む。

 

 ズザアァァァっと物理衝撃で大きく後退を強いられた大亀は、矮小な人間にここまでされたことを怒り狂うように。先程と同じく、前足を零に向けて叩きつける。

 

「ハッ!」

 

 クルッと体を時計回りに回して難なく避け、その回転の勢いを使って左刀———真銀(ミスリル)の刀で右前足を横薙ぎに斬り飛ばす勢いで振るう。

 

 

 ———ギイィィィン!

 

 刀は金属と宝石が擦れる不快な音を鳴らして、食い込んだまま()()()()()()()()()()()

 

 動きを止めた足元の零に大亀は視線を向ける。元が爬虫類なので表情というものは無いが、それでも獲物を捕らえて舌舐めずりをしたように感じられたのは錯覚じゃないだろう。

 

「父さん!!」

 

「安心しろ。パパを舐めるな」

 

 瞬間———ガッッッ!! 鍔からすぐ先の前足に食い込んでない峰の部分を()()()()()

 

 本来刀が食い込んだ状態で無理に斬ろうとすれば、刀そのものが折れてしまう。これは刀を扱う者なら常識であり、誰もやろうなどとは考えないことだ。

 

 しかしそんな常識、【迅雷】を使う零には通用しない。

 

 折れてしまうのは、刃筋とは別の部分に力がかかるから。ならば、刃筋と()()()()角度に力を入れてやればいい。

 

 

 刀を振り抜くと、足を斬り離された大亀の体が右側に傾く。すぐさま、オマケの蹴り上げをもう一度顎に打ち込んで離脱。

【迅雷】の聴力が捉えていたのだ。グレンの詠唱が終わったことを。

 

「ぶっ飛べ、有象無象」

 

 次の瞬間、圧倒的な光の奔流が宝石獣を飲み込み、輪郭がボヤけていき……その光が消えた頃には、大亀の体が大きく抉り取られていた。

 

 黒魔改【イクスティンクション・レイ】———200年前、セリカ=アルフォネアが邪神の眷属を殺すために編み出した術。対象を問答無用で根源素にまで分解消滅させる神殺しの術だ。

 

 

 

 

 それからは特に怪物などが出てくることはなく、スムーズに進むことができた。【イクスティンクション・レイ】を使ったグレンはマナ欠乏症に陥ったが、アルベルトの魔晶石でなんとか動けるまでには回復していた。

 

 そして、不意に4人は開けた空間に足を踏み入れる。

 謎の液体で満たされたガラス円筒が並ぶ、不思議な部屋だ。円筒の中にはコードで繋がれた球体が浮いている。

 

 周囲が薄暗い為よく見えないが、進路上にあるので自然と中身も見えてきた。

 

「……っ!?」

 

 思わず、口元を手で抑える。円筒の中でプカプカと浮いていたのは脳髄だ。おそらく人間のもの。

 それがこの部屋に並ぶ円筒の全てに、まるで標本のように収まっている。

 

「……『感応増幅者』……」

 

「えっ……?」

 

 アルベルトの声に慌てて信一は振り返った。攫われたルミアも『感応増幅者』。背筋が凍りつき、心臓が止まるような思いで彼の視線の先を追う。

 

「……『生体発電能力者』……『発火能力者』……」

 

 幸いなことに、アルベルトはただ円筒に貼られたラベルを読んでいるだけであった。

 

「全ての円筒に異能力名がラベルされているな。……つまり、これは『異能者』達の成れの果てか」

 

「惨いことするな。見たところ、何かの実験みたいだが……たぶん非人道的な」

 

「恐らく、バークスは異能者を人間と思っていないのだろう」

 

「なんだと!?」

 

 零とアルベルトの淡々とした会話に、グレンが驚愕の声を挟む。

 

「内定調査によると、バークス=ブラウモンは相当の『異能嫌い』……典型的な異能差別主義者だった筈だ」

 

 異能は魔術と違い、先天的な超能力。それをアルザーノ帝国では古来から『嫌悪』の対象としてきた。

 今でこそアリシア七世———ルミアの母親が意識改善政策を敷いて若者の間ではそれほど気にすることでは無くなってきているが、それでもまだ帝国民にとっての認識は嫌悪が大多数を占めている。

 

「チッ……ッ!?」

 

 胸糞悪いと舌打ちを漏らすグレンは何かに縋るような表情で部屋を見回す。

 すると、まだ円筒の中で人の形をしたものを見つけた。部屋の奥にある円筒の中で吊るされている。グレンは衝動的に駆け出し……そして、その全容を見て愕然と膝をつく。

 

 円筒の中身は年端もいかない少女だ。しかしその手足を切除され、代わりに無数のチューブで繋がれた、『生きている』というよりは『生かされている』状態の少女。チューブを一本でも外せば、生命活動を停止してしまうほどの終わった存在。

 

 

 

 

 ———ガシャアァァァァッ!

 

 刹那、信一がおもむろに右刀でガラス円筒ごと少女の心臓を貫き、左刀で首を刎ね飛ばした。

 

「———っ!?」

 

「…………………」

 

 膝をついているせいで見上げる形になる信一の口元には———笑みが浮かんでいる。だが、それは感情から来る笑みではない。

 まるで感情を表さず、能面のようなもの。浮かべる表情が無いから口元を吊り上げてるだけの、そんな無表情な笑みだ。

 

「先を急ぎましょう、先生」

 

 そして、邪魔な落ち葉を掃除し終わったかのような平淡な口調。

 否———事実、信一にとってあの少女は()()だった。

 

 普段こそロクでもないが、グレンは心優しい男だ。理不尽を良しとせず、虐げられる者がいれば誰であろうと手を差し伸べられる。

 そんな男が、今の少女に対して何も思わないはずが無い。おそらく今の少女にとっての救い———死を与えていただろう。そして罪悪感に苛まれる。他に手はなかったのかと、頭を抱えて後悔する。

 

 それは父親とアルベルトも同じこと。精神力は別として、彼らも精神は常人のものだ。ただ異能を持って生まれ、下郎に人生を蝕まれた少女を殺せば大なり小なり心にシコリが残る。

 

 だが、信一は違う。人を殺すことに何の感慨も浮かばず、家族の幸福の為であれば、老若男女問わず殺すことができる。そこに疑問も躊躇も後悔もない。

 壊れていると思う。狂っているとも思う。だがルミアがああなる可能性が出てきた以上、自分は人間である必要など無いのだ。

 そんな信一が今の少女に掛けてやれる言葉は———運が悪かったね、の一言に尽きる。

 

 しかし、それはあくまで自分(狂人)の理屈。グレンに押し付けるつもりはない。

 

「軽蔑してくれて構いませんよ。俺はこういう人間です。それが世間から受け入れられないものという自覚もあります」

 

「……ナメんな。今のはお前が正しいよ」

 

「そうですか」

 

 だが、正しさが良い事とは限らない。あれが正しく合理的な判断であろうと、それを是としないのはグレンの美徳だろう。

 そんな彼の生徒でいられる事を誇らしく思いながら納刀しようとした……その時だ。

 

「貴様らぁ!私の貴重な実験材料になんてことをしてくれた!?」

 

 場違いで筋違いか罵声が、その部屋に響き渡った。

 

「おのれぇッ!今、貴様らが壊したサンプルがいかに魔術的に貴重なものか、それすらも理解できんのか!?この愚鈍な駄犬共ッ!絶対に許さんぞッ!」

 

 見れば部屋の奥、信一達が入ってきた出入り口とは逆の場所からバークスが姿を現していた。何故か彼の体は昼間見たときに比べて一回り大きくなっているように感じられる。

 

 たが今はそんなことどうでもいい。

 

 彼の姿が目に入った瞬間、信一の心臓が怒りで早鐘を奏でる。

 どうして、こんな下郎を一時でも大旦那様(レドルフ)と重ねてしまったのだろう。許されるのなら腹を切って詫びたいくらいだ。

 そして今の語り口から自分の大切な家族すら奴は実験サンプルとしてしか見ていない。罪悪感など無く、当たり前のようにルミアを消費して実験に使うことなど自明の理だ。

 

 自分に対して、そしてバークスに対しての怒りは静かな呪詛として口から漏れる。

 

 

 

「……《コロシテヤル》」

 

「「「 っ!? 」」」

 

 嵐の如き殺意に指先が、銃口が、切っ先が、それぞれグレン達3人の武器が魔導士の本能で抜かれ、瞬時に味方であるはずの信一へと向けられた。

 

 しかし———既に信一はその場にいない。

 

 

 

 

 

 

 

「———コロシテヤル。殺してやるコロしてやる殺してヤル殺しテやるコロシテヤルころしてやる殺しヤるコろしてヤル殺してやるコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル殺してやる殺シテやルコロしてやル殺してやる殺してやる殺してヤル殺してやるコロしてやる殺してヤル殺しテやるコロシテヤルころしてやる殺しテヤるコろしてヤル殺してやるコロシテヤルコロシテヤル殺してやるコロしてやる殺してヤル殺しテやるコロシテヤルころしてやる殺しヤるコろしてヤル殺してやるテヤルコロシテヤル殺してやる殺シテやルコロしてやル殺してやる殺してやる殺してヤル殺してやるコロしてヤる」

 

 

 

「フハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 

【迅雷】を起動した信一は呪詛を溢しながら刀を振り続ける。

 斬撃、というほどの冴えは無い。ただ憎悪と憤怒を刀に乗せ、刃の部分を荒々しくバークスへと叩きつけているだけのもの。

 

 だが、異様なのは信一よりもバークスの方だろう。彼は両手を広げて哄笑を上げ、まるでシャワーのように信一の刀を浴び続けている。

 

「どうしたクソガキッ!?貴様のような東方の猿は棒を振る程度の能しか無いのか!?それすら真の魔術師たる私には届かぬがなぁ!!」

 

 いくら繊細さが無いとはいえ、刀の刃は鋭い。しかも真銀(ミスリル)となれば、世界最高峰の切れ味を持つ。それを無造作とはいえ、叩きつけられれば無傷では済まない。———にも関わらず。

 

「ふむ、もう飽きた」

 

 バークスは腕を伸ばし、未だ手を止めない信一の首を片手で掴んで持ち上げる。

 

「ガッ……グウゥ…」

 

「ふんっ、所詮はただの子猿だな。私の叡智で死ねることを光栄に思え」

 

 突如バークスの腕を、炎が蛇のように絡みながら掴まれた信一に向けて昇っていく。その熱量は触れればすぐさま消し炭に変えられるだろう。

 

「死ね、子猿———っ!?」

 

「俺の子どもに触るな、腐れ外道。バイキンが感染る」

 

 そして炎が信一の顔を焼こうとした瞬間、不意にバークスの視界が上下に分かれ、手に力が入らなくなった。

 

 零が眼球を斬り裂き、返す刀で握力を支える深指屈筋に突き立てたのだ。

 信一の攻撃を浴びたにも関わらず無傷でいたことから何か脅威的な再生能力を持っていると分かったが、さすがに異物()の入った状態では再生出来ないらしい。

 

「目的を忘れるな、信一!お前はルミアちゃんを連れ戻すんだろ!」

 

 着地してからもう一度仕掛けようとする信一へ叫び、零は手品のように取り出した赤槍でバークスの口腔から延髄を穿つ。

 本来なら即死のはずだが、案の定死んではくれない。

 

「こいつの相手は父さんがやる。走れ!」

 

「……うん!」

 

 頷き、納刀。

 

 そうだ。自分の目的はバークスを殺すことではなく、ルミアの奪還。それを忘れてはならない。

 

「グレン先生、行きましょう!」

 

「おう!」

 

 そして、信一は迷わずグレンに声を掛ける。ここまでの道程で集団で戦うことの有用性が理解できた。しかし、それを活かすにはお互いが息を合わせる必要がある。

 アルベルトも自分に合わせることができるが、信一自身は彼に合わせることはできない。

 

 グレンだけなのだ。自分もグレンになら合わせられる。共に守り合い、肩を並べて立ち向かったグレンならば。

 

「行かせるかぁ!」

 

「———《雷槍よ》」

 

 走り去る信一とグレンへ伸ばされたバークスのバチバチと帯電する右腕の肩部分に、アルベルトの【ライトニング・ピアス】が穴を空ける。それで筋肉が削がれ、腕がカクンと下がって2人に撃ち込まれるはずだった電撃が足元へと放たれた。

 

「死ねや」

 

 その隙を縫うように、零が斬撃を首と胴に奔らせようと振りかぶるが、

 

「ぬんっ」

 

 バークスは右肩を再生させながら炎を纏った左腕を払う。

 

 ———ブワアァァァァアァァアァアアッッ!

 

 扇形に広がる火炎。その閃光でアルベルトからは零が見えなくなる。

 

「危ねぇな」

 

 だが、零は【迅雷】の速度で炎が広がるより速く離脱していた。翻って炎を浴びた魔導士礼服の裾が燃えているが、それ以外は無傷だ。

 

「崇高な魔術を学びながらもそれを破壊にしか利用できぬ犬かと思っていたが、貴様はそれ以下だな。恥を知れ、東方の猿が!」

 

 人種差別的なことを叫びながら———ドス、とバークスは自身の首筋に金属製の注射器で何かを打ち込む。

 押し子が押し込まれ、中身がバークスの体に入ると……メキッ…メキメキと怪音を立てていた。

 

「……朝比奈の攻撃を受けても次の瞬間には無傷だった脅威の再生能力。C級を遥かに超える炎熱系の熱量……貴様、まさか……」

 

「ほう。そちらの犬はそれなりに知性があるようだな」

 

 得意げにバークスが言う。

 

「私はな……異能力を異能者から抽出し、己の能力として意図的に引き起こせる魔薬の合成に成功したのだよっ!」

 

 それを聞き、ただでさえ鋭いアルベルトの瞳がさらに鋭利さを増す。

 

「しょせん、異能といってもこんなものよ!真の魔術師にとってはやはり使われる道具の一つに過ぎぬ!貴様らがせせこましく鍛え練り上げたものを簡単に凌駕する完璧で最強の力、これが魔術師の真の力だ!」

 

「「……………」」

 

「どうした、戦争犬と東方の猿?怖気づいたか?」

 

 今が絶好調とでも言えそうなほど興奮状態のバークスに、零とアルベルトはただただ無言で冷たい目を向けるだけ。

 

「……しょーもな」

 

 しばらくして口を開いたのは零。どこまでも馬鹿にするような嘲笑混じりの一言を吐き捨てる。

 

「アル。あの腐れ外道はお前が今まで倒してきた魔術師や異能者と比べてどのくらいだ?」

 

「……考えるまでもない———最底辺に決まっているだろう」

 

「な……ッ!?」

 

 2人の容赦ない酷評がバークスの逆鱗に触れたらしい。彼はみるみる顔を真っ赤に染め、わなわなと怒りで肩を震わせる。

 

「わ、わた、私のこのこの、この力を……ッ!」

 

「聞いた俺が言うのもアレだが、あんまり挑発するなよ。脳内血管切れて死んじゃうだろ」

 

「このような外道、早々に死んだ方が良いと思うが?」

 

「ははっ。分かってないな〜、アルは」

 

 ニコニコと口調そのものは優しい。しかし、零から溢れ出る殺意は先程の信一を優に超えていた。もし今回が彼との初任務ならば、魔導士の本能に従って【ライトニング・ピアス】を撃ち込んでしまいそうなほどに。

 

 零は右の刀と左の赤槍を翼のように広げ、酷薄な笑みで一言。

 

「———こういうのは殺した方が面白いだろ?」

 

 






はい、いかがでしたか? パピー、信一がいなくなった途端教育に悪いことばっかり口走っちゃいますね。

書いてて思いましたが、4人の戦闘描写をまとめて書くのって難しい!?
次回からやっとリィエル戦。実は夏あたりから構想自体は練っていた……

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