超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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花粉症が……辛い(´༎ຶོρ༎ຶོ`)




第34話 彼女の答え

「———リィエル。お前の正体は世界初の『Project:Revive Life』の成功例」

 

 忌々しげにグレンから告げられた真実は、リィエル自身のアイデンティティを揺るがすには充分だった。

 錯乱一歩手前なのが一目で分かるような顔をする彼女へ追い討ちをかけるように、しかしそれをどこまでも申し訳なさそうにグレンは続ける。

 

「2年前、俺とアルベルトは天の智慧研究会が運営するとある研究所支部を強襲した。その支部にいたシオンという名の内通者と突然、連絡が取れなくなったからだ。そしてその道中、イレッセの大雪林にてシオンの妹、イルシアを発見。だが、何者かに瀕死の重傷を負わされていたイルシアはすでに手遅れで……間もなく息を引き取った」

 

「………あ……ぁあ……」

 

「そして俺はその後、件の研究所支部でシオンの遺体を発見、同時にガラス円筒に収まったとある少女を密かに回収、保護した。その少女はイルシアの『アストラル・コード』……要は、イレッセの大雪林で事切れる直前までのイルシアの記憶を受け継いでいて……名前を『リィエル』と名乗った」

 

「う……嘘……そんなの……うそ……」

 

「嘘かどうか……もう、わかってんだろ?」

 

 リィエルの表情は語られた真実を疑ってはいない。ただ否定してほしい、と。そんなモノは夢物語だお言ってほしい、と。

 疑いようもない現実から目を逸らしたいが為に、『兄』へと縋る。

 

 しかし———その選択は間違いだった。

 

「やっぱり()の最大の失敗はさ、あの時安直にシオンを始末してしまったことだな」

 

 突如『兄』の口調が変わり、リィエルの視線とは対象的な———ゴミを見るような目で彼女を見ている。

 

「リィエル、知ってるか?人の記憶を完全に封じたり捏造するのは思った以上に困難でね。壊れかけの壺にひび割れた蓋をするようなもんで、ちょっとした切っ掛けがあれば簡単に中身が出てきちゃうんだよ」

 

「に……兄さん……?」

 

「白魔術の記憶操作術式には『キーワード封印』という手法があるんだ。とあるキーワードを基点に、それに関連付けられた周辺記憶を封印・捏造するという術なんだけどさ、俺はそれに『シオン』というワードを設定したわけだ」

 

 リィエルが兄の名前を思い出せなかったカラクリはこれらしい。いや、そもそもリィエルに本当の兄などいない。

 彼女の中にいる兄は彼女の元となったイルシアの兄であり、リィエルの兄ではないのだから。

 

「なるほど。お前……ライネルだな?」

 

 本性を現した『兄』の発言から、グレンは彼の正体を口にした。それが誰なのか。

 ライネルという名前を出した瞬間、リィエルの目が見開かられたことからイルシアという少女の関係者なのはなんとなく見当がつく。

 

「二年前のあの作戦で、あの外法研究所を俺とアルベルトでぶっ潰した時、シオンと共同研究していて……シオンからイルシアと共に救出を頼まれたライネルという男だけが行方不明だった。……お前がそのライネルだな?」

 

「やれやれ、流石は元宮廷魔導士団だな。そこまで見抜かれていたとは」

 

 しかしおかしい。先ほどまでの怯えようが嘘のように、ライネルは余裕綽々といった様子だ。

 

 良くない予感がする。黙って2人の話を聞いていた信一は、二刀を構えて口を開いた。

 

「先生。もう答え合わせは終わりでいいですよね?」

 

「……殺すのか?」

 

「早くルミアさんを降ろしてあげたいので」

 

 信一の目に、明かされた真実から必死に目をそらすリィエルの姿は映っていない。どれだけ悲惨な過去を持っていようと、彼女は自分の家族に危害を加えた。

 

 今信一の心にあるのはルミアを助けてリィエルを持ち帰る。そしてシスティーナとルミアにリィエルをどう思っているのか問い、その後どうするか決める。場合によっては殺す。これだけだ。

 リィエルの心の問題など、知ったことではない。

 

 殺意と二刀をライネルに向けるが、彼の態度が崩れることはなかった。やはり何かあるらしい。このまま生き長らえさせて良い事はないだろう。

 

「一応礼を言っておこうかな、リィエル。君は大切な『妹』だったからさ」

 

 特に慌てることは無く、縋るリィエルへライネルは無情に一言。

 

「でも、もう要らないや。この子たちがいるから」

 

「ライネル、てめえぇぇぇッ!」

 

「《疾くあれ》」

 

 グレンの怒声をBGMにして【迅雷】を起動。筋肉が引き絞られる音を上げながら右刀をライネルの首に奔らせようとして———ギイィィィィンッ!

 

 不意に割って入った影に刀が弾かれ、甲高い音を上げる。

 

「……っ!?」

 

「何———ッ!?」

 

 ライネルを庇うように現れたのは3体の影。その姿を視界に収めた瞬間、グレンは驚愕しながらも素早い身のこなしで即座に地面に転がる銃を拾う。

 

 3体の影———それは3人のリィエルだった。衣服こそ露出度の高いボンデージだが、3人が3人ともリィエルとまったく同じ姿、体格で、リィエルが得意とする錬金術で錬成された大剣を構えている。

 

 見る者が見れば悪夢にも等しい光景だ。そしてその『見る者』はすぐそこにいた。

 

「う、ぁああ……ああ……」

 

 自分とまったく同じ姿のレプリカ。今までのライネルの発言で既に壊れかけていたリィエルの精神は、ついに臨界点を迎えた。

 

「あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ———ッ!?」

 

 両膝を地面につき、悲鳴を上げるリィエル。それが追い討ちをかけることだと理解してるのかしてないのか、ライネルは哄笑混じりに続ける。

 

「どうだ、見たか!これが俺の力だ!俺はこの力で組織をのし上がる!このルミアとかいう部品があれば、俺はリィエルを幾らでも作れる!1匹作るのに結構な数の人間の魂が必要になるが、そんなの関係ない!作れば作るほど、俺は強くなる!無限に強くなれる!これを最強と言わずしてなんと言う!?」

 

 ギリッ、と。ライネルのバカ笑いの中でも聞こえるほどに大きな歯軋りがグレンから響いた。己が欲望のままに他者を踏み躙り、呼吸する度に犠牲を生み出すような真の邪悪に対する怒りは膨れ上がるばかりだ。

 

 だが、このままではマズイ。ライネルを守る3体のレプリカは『Project:Revive Life』で生み出されたコピー。そのコンセプトに沿っているとするならば、各々の実力がリィエルと同等ということになる。

 

「先生、俺がルミアさんを助けます。それを合図に父さん達のところまで逃げましょう」

 

 この状況での最善はこれだろう。ルミアを部品と言い切ったあの男は今すぐ血祭りに挙げたいが、あの3体がいては勝てる見込みがない。

 

「背中を見せたら速攻で斬り捨てられるぞ?」

 

「リィエルを肉壁に使います。なので逃げる時は先生にルミアさんを任せることになりますが……」

 

「却下だバカ野郎!そんなことできるか!!」

 

 信一の提案はどこまでも彼らしく、そしてグレンが絶対に容認できないもの。

 

「そもそも!下手にそんなことやったら白猫たちが泣くかもしれないだろ!」

 

「うっ、確かに……」

 

 信一の判断は実に合理的だが、それを覆すには感情論ではなくシスティーナやルミアのことを持ち出せばいい。彼女達が悲しむ結末だけは絶対に避けようとするからだ。

 

 この土壇場で意見が分かれたのを好機と見たライネルはレプリカ達に命令を飛ばす。

 

「逃がすな!俺の木偶人形ども!そいつらを始末しろッ!」

 

 主人の命令を受け、こちらに肉薄してくるレプリカ達。小柄な体格を活かした俊敏な動きでこちらに迫ってくる。

 狙いはリィエル。まずは行動を起こせる精神状態にない彼女から始末するという機械的な判断によるもの。

 

「チッ!」

 

 家族に危害を加えた者を守らなくてはならない事に苛立ちながら信一はレプリカとリィエルの間に割り込み、二刀を地面に刺して振り下ろされた大剣を白刃取り。半月に回した膝を横合いから大剣の腹に叩き込んで力任せにへし折ってやる。

 

 折った刃をグレンに襲い掛かってきた2体目のレプリカへと投げ、その隙に二刀を拾ってこちらに飛んできた3体目の斬撃を受け流す。

 

「ふっ———!」

 

 斬撃を流されてタタラを踏む3体目に【迅雷】の膂力で回し蹴りを打ち込んで吹っ飛ばしてやった。ベキャッ!という肋骨の折れる感触が地下足袋越しに伝わり、とりあえずは1人無力化できただろう。

 

「ちょっ……マジか……」

 

 しかし驚きで目を見開いたのは信一。

 確かに折った。折れた肋骨がそのまま内臓に突き刺さるように完璧な角度で入れたはずだ。

 

 そのはずなのに、3体目は平然と立ち上がっている。

 

「くっく、バカめ!その人形達に痛覚なんてないんだよ!加えて余計な人格や感情も削除してある!俺が……俺だけが操れる殺戮人形だ!」

 

 それはそれは気持ち良さそうに愉悦へと浸るライネルには目もくれず、信一はまっすぐ鎖で吊るされたルミアの元に向かう。

 それを見て、信一の行動の意図を察したらしいグレンは叫ぶ。

 

「信一!そのまま2人を連れてアルベルト達のところまで逃げろ!俺がこいつらを受け持つから!」

 

「わかりました。絶対に助けを呼んで来ますので、どうか死なないように」

 

 左刀を納め、右刀だけでルミアを戒める鎖を断ち切り、重力に従って落ちてくるルミアをキャッチ。

 

「すみません。失礼します」

 

「きゃ!」

 

 カッコよくお姫様抱っこをしてやりたいが、この状況で両手が塞がるのはマズイ。なので左腕をルミアの胴体に回して横抱きにし、右手で刀を握ったままレプリカを警戒しながら今度はリィエルの元へ走る。

 

「行くよリィエル。立って」

 

「シ……ン……イチ……」

 

「早く!」

 

 膝を突いたリィエルに見上げられる形の信一は焦燥に駆られて声を荒立たせた。

 自分たちを庇うように、今後ろではグレンが1人で3体のレプリカを必死に捌いている。だがそれも長くは保たない。

 

「どうして……グレンは……私を守ろうとしているの……?」

 

「…………」

 

「わたしは……ただの人形なのに……」

 

 つい先ほどまで豪快な剣技を振るっていた者とは思えないくらい弱々しい声でリィエルは尋ねてくる。悲しいことに、立ち上がる気配はまったくない。

 

「わたしは……作り物で……人間ですらないのに……」

 

「…………」

 

 そんなリィエルを見ていると、まるで古い鏡を見せられている気分になる。守りたかった家族を守れなかった5年前の自分を見せられてるような気分になる。

 

「グレンにも、シンイチにも……あんなにひどいことして……クラスのみんなに……ひどいこと言って……もう自分が誰かも……わからないのに……」

 

 フィーベル家の与えられた部屋で、ただうずくまって泣いていた自分を見せられているような気分になる。

 

 今、そんな感傷に浸っている場合ではない。早く逃げなければグレンが殺される。そうなれば芋づる式にあのレプリカ共に自分もリィエルも殺されるだろう。だから進むべきなのだ。

 

「わたしは……イルシア……リィエル……?この記憶も……他人のもので……じゃあわたしは誰なの……?」

 

 こんな彼女の質問になど答えず、蹴り転がしてでも進むべき。そう……進むべきだ。

 

「信一、何してんだっ!?早く行けぇ!」

 

 進むべき……なのに……。

 

「……わからないの?」

 

 信一は、リィエルの質問に答えようとしている。手を伸ばそうとしている。

 5年前のあの時、自分に手を伸ばしてくれたシスティーナのように。

 

 縋る目で見上げてくるリィエルへ信一は一瞥した後、ゆっくりと横抱きにしていたルミアを彼女のそばに降ろした。後ろ———自分たちの為にレプリカを引き受けてくれているグレンの方へと向き直る。

 そして踏み出して行く。グレンが逃げろと言った方向とは真逆のほうへ。

 

 一歩。

 

「君の名前はリィエル=レイフォード」

 

 どうしてだろうか。そんな疑問が頭をよぎりながら……二歩。

 

「ルミアさんの護衛として派遣されてきた宮廷魔導士団の1人で、」

 

 それでも迷わず歩を進めていき……三歩。

 

「無愛想で、一般常識を知らなくて、」

 

 左手を背中の刀に掛け、改めて抜刀して……四歩。

 

「イチゴタルトをバカ食いして周囲をドン引かせて、」

 

 ここまで踏み込んで、今までグレンだけを攻撃していたレプリカのうちの1体が斬りかかってきた。だが、構わず……五歩。

 

「新鮮な焼き魚をこれでもかと不味そうに表現する、」

 

 大上段から振り下ろされる大剣を左刀で弧を描いて受け流し……六歩。

 

「俺の———友達だよ」

 

 受け流した反動を使って右刀の平突きをレプリカの心臓に突き立てる。

 

 ルミアの手前、リィエルと同じ形のレプリカ達を殺すには気を遣わなければならない。首を落としたり、頭を潰したりとグロテスクな絵面にならないよう最大限の配慮が必要だ。

 

 ()()()()、その配慮ができた。つまりこのレプリカ達はその程度の相手という証左になったということ。

 

「友達……?」

 

「作り物だろうと関係ない。俺が出会ったのはリィエルで、俺が知ってるのはリィエルだけだよ」

 

 決して顔は見せず、信一はそれだけ言って【迅雷】を起動。刺した刀を抜くと大量に出血するので、それをルミアに見せないため突き立てたまま右刀を離し、グレンの前へと躍り出る。

 

「おい、信一……ッ!?」

 

「バトンタッチです、先生」

 

 信一は【迅雷】の反射神経で首を刈り取る勢いの薙ぎ払いを軽く屈んで躱し、空いた右手でレプリカの首を無造作に掴み取った。先ほどと同じく淀み無い動きで左刀を心臓へと突き立てて命を奪い、そのまま捨てる。

 

 二刀を自ら手離した信一の顔に焦りは無い。淡々と、友達だと言い切ったリィエルとまったく同じ姿のレプリカを殺している。

 それでも彼の目には珍しく、憐憫が浮かんでいた。

 

(不幸なものだね、君たちは)

 

 3体目———脇腹が青黒くなってるところから、さきほど蹴り飛ばした個体だということが見て取れる。

 骨が内臓に刺さった状態で体はすぐにでも治療を必要としているのに、痛覚を無くされたことでそれにすら気付かない。

 ゴミのように殺された2体は言ってしまえば姉妹だというのに、感情を奪われているせいで怒ることもできない。恐怖が無いから逃げるという選択肢も取ることができない。

 

 ただ主人の命のままに動き続けるだけの人形。ライネルのエゴ(悪意)によって生み出され、信一のエゴ(家族愛)によって殺される。これほど悲しい生命があるだろうか。

 

 それでも彼女達は敵だから。だから———殺す。

 

「…………ッ!」

 

 信一は左手を開手にして軽く前に出し、右手は拳にして大きく引いた構えを取る。

 

 武器を持った相手に徒手空拳で立ち向かう場合、間合いの関係でどうしても後手に回るしかない。なので前に出す左手は自由度の高い開いた状態にしておくのがセオリーだ。

 

(確か正中線から指2本分……だったよね)

 

 昔教わった心臓の位置、それを思い出しながら大剣を振りかぶるレプリカの姿を見据える。

 既に【迅雷】は起動しているので、振り下ろされる大剣の動きはひどくゆったりとしている。これならば仕損じることは無いだろう。

 

 脳天目掛けて降ってくる凶刃をまずは、ガッ!左手刀で外側へと払う。これでガラ空きになったレプリカの胴体……正確には体前面の心臓部に、

 

「———『吼獄(クゴク)』———」

 

 右拳を打ち込んだ。

 

 本来、拳で殴る時は踏み込んでから打ち込む。しかし信一の『吼獄(クゴク)』は違う。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 ———ガスウゥゥゥゥゥゥンッ!!

 

 震脚を使った踏み込みは地面に大きくヒビを入れ、その反作用で生まれた運動エネルギーを拳から直接レプリカの心臓へと伝えていく。

 

「……よし。成功」

 

 手応えを感じて一言そう呟いた瞬間、レプリカは糸の切れた人形のようにパタリと静かに絶命した。

 

吼獄(クゴク)』とは、父親がしてくれた頭のおかしい蘇生術とリィエルが自分の心臓を止めた技を原点とする必殺の()()()。一撃目の拳で対象に衝撃を通す(あな)を開け、震脚を用いた見えないニ撃目でそこに衝撃を通して心臓を破壊するというものだ。

 

 言葉にすれば簡単だが、実行するにはもちろんそれ相応の技術が必要。信一がぶっつけ本番で成功できたのはひとえに2回ほど同じようなものを受けていて、さらに【迅雷】を使って人間の潜在能力を開放していたからに過ぎない。

 

 ……とはいえ、だ。信一はレプリカ3体を全て殺した。いくら痛覚を無くしていようと、殺されればもう動けないらしい。このあたりは自分や父親と違って安心できる。

 

 そんな中、部屋中になんとも情けない悲鳴が木霊した。

 

「ば、馬鹿なあぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 ライネルだ。彼は自身の最高傑作であるレプリカがあっさりと倒された光景に頭を抱えて青ざめていた。

 

「あ、あ、あり得ない!? お前達はそこのガラクタ1匹にあれだけ苦戦したのに、どうして同じ性能を持つ3体がお前1人にこうも簡単に倒される!?おかしいだろッ!?」

 

 こちらを指差し恐慌に陥るライネルを信一は冷ややかな目で見つめ、なんで分からないんだと呆れのため息を一つ。

 転がるレプリカを一瞥した後、ライネルに向けて歩み寄りながら語る。

 

「同じじゃないよ」

 

「なにっ!?」

 

「よく考えてみれば簡単な話だったんだ。だって、あの子達の戦闘能力は2年前のリィエル……というかイルシアって女の子から取ったものでしょ?対してリィエルは先生に拾われてからの2年間は宮廷魔導士団で過ごしてた。アンタも天の智慧研究会に所属してるなら宮廷魔導士団の仕事内容は分かるよね?」

 

「まさか———ッ!?」

 

「人間は成長するんだよ。今のリィエルの実力がさ、2年前と同じなわけないでしょ?」

 

 大雑把な説明を終えるうちに目の前まで来ていたライネルの目の前まで来た信一。最後の武器であるナイフを袖から抜いて、軽く手元で弄びながらどう殺してやろうかと酷薄な笑みを浮かべていた。

 

「まぁ、その答えに辿り着いたのはあの子達を殺した瞬間なんだけどね。ルミアさんの鎖を壊した時になんとなく()()って思ったよ」

 

 彼我の身長差は頭1個分違うにも関わらず、ライネルはジリジリと後退することしかできないでいる。しかし、一歩下がっても信一は一歩しか詰めない。まるで獲物を追い込んで楽しんでいるようだ。

 

「ふ、ふざけるな!?お前はあの時、こっちを見ていなかっただろう!」

 

「別に見る必要なんてないさ。人間は身じろぎ1つするだけで色々な情報を拡散してるからね。呼吸による肺活量、足音による体重や歩幅、空気の流れで分かる腕の振り方。本当に同じ性能なら、そのすべてがリィエルと同じじゃなきゃおかしい。でも、あの子達はリィエルと比べて()だった。もちろん剣士としては一流レベルだけど」

 

【迅雷】による潜在能力開放はただ速度と膂力を増すだけではない。五感の鋭さも開放したパーセンテージに比例するのだ。

 信一がルミアを救出した際はリィエルを打倒した時と同じ数値まで開放していた。66%———常人の33倍の五感で感じ取ったその雑さに違和感を覚えたというわけだ。

 

「あり得ない……あり得ない!! 」

 

 ついに壁際まで追い詰められ、逃げ場を失ったライネルは必死の形相で叫ぶ。

 こんなの想定すらしていなかった。宮廷魔導士でもないただの学生が、そんな人間離れした根拠を元に自分の最高傑作をあっさり下すなど思い浮かぶはずもない。

 

 だからこそ、聞かずにはいられなかった。

 

「なっ、なんなんだよお前ぇ!?一体何者なんだ!?」

 

「“超速い慇懃無礼な従者”」

 

 そう答え、信一は弄んでいたナイフを握ってライネルへ向ける。懇切丁寧な説明はもう終わりだ。結局この男の敗因は、彼自身が成長していなかったことにある。

 

「先生、ルミアさんの目を塞いであげててください。血で汚さないように」

 

 信一はライネルを許す気にならない。

 確かに自分は狂っている。友達だと言い切ったリィエルと同じ姿のレプリカを殺すことに何も感じない程に壊れている。

 

 それでも———リィエル(友達)をガラクタと言い切り、ルミア(家族)を部品呼ばわりした奴を許せるほど腐った覚えはない。

 

「たっ……《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て———ギャアァ!?」

 

「はい残念」

 

 往生際悪く【ライトニング・ピアス】を起動しようと向けられた指をナイフで斬り飛ばして呪文を中断させる。この距離ならばナイフを持つ信一の方が圧倒的に早い。

 

「あぁ……お、俺の指がぁ……」

 

「お黙り」

 

 悲鳴がうるさいので、上顎と下顎———ナイフを横に一振りして痛みで無様に空いた口へと一瞬通し、顎の筋肉を断つ。これでもう呪文を唱えることもできない。

 

「ゥアア……オアァアオ……ウゥ……」

 

「こんなもんかな」

 

「アァァァァァァァ———ッ!?」

 

 仕上げと言わんばかりにライネルの下半身へナイフを奔らせ、上から腸腰筋、大臀筋、中臀筋、大腿二頭筋、大腿四頭筋、前脛骨筋、下腿三頭筋を瞬時に斬り裂いた。もはや立っているのとすら出来なくなり、地面に崩れ落ちたライネルはそれでも虫のように這って逃げようとしている。

 

「先生、ルミアさんを後ろに向かせてから目を明けさせて結構ですよ。ありがとうございました」

 

「あぁ、それは構わないんだが……いいのか?」

 

 グレンの疑問は『ライネルを殺さないのか?』というもの。この状況ならもっともなものだろう。

 

「たぶん、そうしないほうが良いでしょう?」

 

 振り向いて———さりげなくライネルの顔面を蹴りながら———リィエルを流し目で見てそう言った彼に、グレンは安堵した。

 こんな外道でもリィエルの元となったイルシアの兄、シオンが助けたいと願った男。ならばイルシアの記憶を戻したリィエルが悲しむかもしれないという可能性は少なからずあった。

 

 それを信一は考慮した。家族に危害を加えるのならば誰であれ殺すと公言する信一が、だ。

 

「あとは任せます。先生が殺したいのなら好きにしてください」

 

「やらねぇよ。教師は聖職者だぞ?どんな時もラブ&ピースを忘れちゃいけねーの」

 

 おどけてみせるグレンに微笑み、纏黒を脱ぐ信一。それを未だボロボロの制服姿であるルミアに羽織らせて、背中の鞘を抜き取る。

 そしてレプリカの体に刺さったままの刀を回収し、地面に落ちたもう一本のナイフを拾った———その時だ。

 

「リィエル!」

 

 ルミアの鋭い声が響いた。見ると、リィエルが部屋の出入り口を駆け出していき、彼女の背中に手を伸ばしている。

 

「どうかしましたか、ルミア?」

 

「し、シンくん……リィエルが……」

 

 今にも泣き出してしまいそうな顔でこちらを見るルミア。まるで大切な友人に今生の別れを告げられたような悲壮に満ちた目は、それだけで何が起きたかを物語っていた。

 

「ハァ……」

 

 ため息が漏れる。此の期に及んでルミアを泣かせるとは、一体どういう了見なんだ。

 

「走りますね」

 

 回収したナイフと刀をポイと地面に放り、代わりに右腕を背中へ、左腕を膝裏に回すお姫様抱っこでルミアを抱え上げた。

 

「お、追いつけるかな?リィエル結構速いよ?」

 

「安心してください。俺の方が———速い」

 

 魔力的にも本日最後の【迅雷】を起動して駆け出す。早く、速く、疾い。あっという間にリィエルに追いつき、さらに追い越して足払いを掛けてやった。ゴロゴロと勢いそのままに転がる彼女が止まるであろう場所にルミアを下ろして、2人の様子を見守る。

 

 これから2人がどうなるか。一応は見守るが……優しいルミアのことだ。結果など、考える必要もない。







はい、いかがでしたか? 信一が良いところを全部持っていったせいでグレン先生の影が薄めでしたが、そのあたりはご了承ください。これだけは譲れないのです!!

次の話で長かった3、4巻のお話は終わり。その後タグを1つ追加します。たぶんどんなタグかはこの話を読み切った方なら分かるはず。
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