超速い慇懃無礼な従者   作:技巧ナイフ。

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長かった3、4巻の話も今回で最終回。テストとか色々あったにせよ、半年近く書いてましたね……。確認してビックリです。


第35話 それでも君は……

 日が昇り始め、空も白む明け方頃。ルミアとリィエルを連れ戻した2人が旅籠に帰ってきた。

 

 あまり仰々しいのは良くないと判断したらしい零とアルベルトは帰り道の途中でいつの間にか消えていたが、これも彼らの優しさだろう。命のやり取りを日常とする日陰者が、未来ある若者と多く接触するのは良くない。

 

 できればもう少し父親と話したかったが、そう推測した信一の尊敬の念は高まるばかりだった。

 

 そして、帰ってきた4人を誰よりも待っていたシスティーナ。彼女はリィエルを見つけるやいなや、即座に平手で張った。

 

「甘いですね、お嬢様。グーでいきましょうグーで……」

 

「シンくん、ちょっと黙ろう?ね?」

 

「ですがルミアさん……」

 

「———黙ろう?」

 

「はい。黙ります」

 

 確かに、慣れていない者が拳で骨の塊である顔面を殴ると手を痛めてしまうことがある。システィーナがケガするよりは良いだろう。

 

 そんな言い訳を心の中で呟き、いつもと変わらないのに何故か威圧感がすごい天使の微笑みを浮かべるルミアに負けておずおずと黙る。正直、今の瞬間だけはかのゼーロスがチワワに思えてしまうほど怖かった。

 

「ですがまぁ、ルミアさんはこれで良かったんですか?」

 

「もちろん。友達同士が仲良しなのは良いことでしょ?」

 

 言葉を交わす2人の視線の先では、システィーナがリィエルを固く抱きしめている。そんな彼女達を見守るルミアの目には、満足げな光と涙が浮かんでいた。

 

 ルミアとシスティーナ、2人が満足している。その結果さえあれば、信一にはもう何もいらなかった。

 

「……そうですね」

 

 そして、東の空から顔を出した朝日が長い夜の終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 

 残念ながら、二組の遠征学修は白金魔導研究所の所長であるバークスが突然『失踪』したということで中止になってしまった。

 それと同時にサイネリア島内の全観光客、全研究員へ政府から退避命令が勧告。もはや遠征学修どころの話ではなかったのである。

 

 だが、島内にはそれなりに数多くの人間がいる。全員が本土に戻るにはそれなりに時間が掛かり、その結果二組が帰る順番待ちの都合で1日の空白を作った。

 

 予定のない丸1日の自由時間。当分来ることの無い海でクラスメイト達は全力を尽くして遊んでいる。

 

 いつかの日と同じように、信一は釣り糸を垂らす。少し左に視線を向ければ、これもまたいつもと同じように砂浜でビーチバレーに興じるクラスメイトと———父親の姿。

 

「なんでだ……?」

 

 熱中症だろうか。そう疑いたくなる光景だ。

 

 リィエルの放つやる気のない強烈なスパイクを逆にスパイクで返すという離れ業をやってのける父親。それで点が入り、同じチームのカッシュ&カイとハイタッチを交わしている。

 

 ……なんかメチャクチャ溶け込んでる。それはもうミルクティーに入れられたミルクのように。

 

「なんでだ……?」

 

 もう一度首を傾げ、それと同時に魚を釣り上げた。かなり大きいが、それよりもあっちが気になって仕方ない。今もスパイクのみでラリーというビーチバレーの名を借りた新しい何かでリィエルと対決してるし。

 それでも手馴れた動きで針を魚から外して魚籠に入れることは忘れない。

 

 ビーチパラソルの下で寝転がるグレンを見やれば、彼の隣には青い長髪の研究員が並んでいる。雰囲気は全然違うが、髪の色からしてあちらはアルベルトだろう。

 

 あの時の尊敬を返してほしい。

 

「ハァ……父さんとアルベルトさんもいるし、もうちょっと釣ったほうが良いかな?」

 

 既に旅籠から借りた魚籠は3つ目に突入していた。適当に買った日除け用の傘の下には満杯になった魚籠が2つ。今回は塩焼きと刺身以外にマリネあたりも作れそうだ。

 

「最初の魚籠にあるやつをマリネ……2つ目は塩焼きかな。いや、逆のほうが……」

 

 鮮度の問題で調理する順番を考えながら、さらにまた一尾。先ほどのものと比べれば小さいが、それでも充分大物が釣れた。

 

 パッパと針を外してまたエサを付けようと伸ばした手は———カチャン。傍らに置いてある刀の入った布袋を掴む。

 

「……何か用?」

 

 片手の指で素早く刀を取り出した信一は剣呑な声で背後に尋ねる。

 

「用がないならそれ以上近付かないで」

 

 振り返り、優しさなど欠片も感じさせない声音で言う信一。すぐさま抜刀できるよう柄も握っていた。

 

 対して、刀を握った信一の間合いにいるリィエルは無抵抗を示すように動かない。というか前が見えないくらい両手いっぱいに落ち葉を持っているので、何かしてくる気配はない。

 

「用なら……ある」

 

 端から見たらかなり間抜けな絵面だが、信一は構えを解かないでいる。彼女ならあの落ち葉から大剣を錬成することも可能なのだから。

 

「……シンイチに、謝りに来た」

 

「へぇ。誰かに言われて来たの?」

 

「違う。ルミアもシスティーナも、クラスのみんなも許してくれたけど……まだシンイチには許してもらってないから。……だから、そうしたほうがいいって思った」

 

「そう」

 

 とりあえずは刀を下ろしてもいいだろう。よくよく考えてみれば、今のリィエルに自分を襲う理由はない。だからと言って警戒まで解くつもりはないが。

 

「でもさ、別に俺には謝らなくていいよ。ルミアさんとお嬢様は許したんでしょ?」

 

「……でも……」

 

「俺は従者だから、2人が許したならそれでいいんだ。謝罪はいらないよ」

 

「じゃ、じゃあ……シンイチも許してくれるの?」

 

 落ち葉で顔は見えないが、少し前のめりになったところを見るとこれはリィエルが1番聞きたいことなのだろう。

 ならば早々に答えてやったほうがいいと信一は判断した。勘違いされても困る。

 

「イヤだ。俺、リィエルのこと嫌いだし」

 

「…ぅ……」

 

 信一の答えを聞いてリィエルは涙目になるが、想定はしていたらしい。

 

 特に不思議なことではないはず。自分を殺した相手のことを許すなど、常識的に考えてあり得ない。リィエルの境遇がどうであれ、やらざる負えない理由がなんであれ、被害者の信一には関係のない話だ。

 

「……どうしたら許してくれる?」

 

「いや、どうしても許す気はないよ?」

 

「……どうしても?」

 

「うん」

 

「絶対に……?」

 

「もちろん。絶対に許さない」

 

「ぅ……」

 

 かろうじて見えるリィエルの肩がプルプル震え出した。もはや泣く寸前らしい。

 しかし、そんな彼女を見ても信一にはなんの感慨も浮かばない。

 

  ただ正直に自分の思っていることを述べるのみ。

 

「でもね」

 

「……?」

 

「俺はリィエルのこと許さないし、嫌いだけど———」

 

 これは、別に泣きそうなリィエルが可哀想だからというわけではない。紛れもない信一の本心であり、心から思っていること。

 

 

 

 

 

「———それでも友達だとは思ってる」

 

「……え?」

 

 両手の落ち葉をバサァと落としポカン、と。口を開けて呆けた声を出すリィエルの姿に思わず吹き出しそうになる。

 

「何か変なこと言ったかな?」

 

「だって……許さないって……わたしのこと嫌いなのに……」

 

「別に嫌いな奴が友達だっていいでしょう」

 

 実際まだ母親が生きていた頃に住んでいた港町で毎日のようにいじめてきた悪童も信一は友達だと思っていた。

 フィーベル家に引き取られるこもが決まって町を去る時、その悪童達は別れを惜しんでくれたのを今でもよく覚えている。あの時は母親を殺した罪悪感でまともな言葉を交わせなかったのを少し後悔するくらいには自分も彼らが大切だったらしい。

 

 確かに嫌いだった。恨んだこともあった。それでも、友達だとは思っていた。

 

「ねぇ、リィエル」

 

「……なに?」

 

 散らばった落ち葉の中には案の定、それなりの長さの枝が混ざっていた。信一はそれを拾い、海水で洗いながら声をかける。

 

「もし本気で許してほしいならさ、これからも俺の家族を守ってよ」

 

「……ルミアとシスティーナ?」

 

「うん。天の智慧研究会の連中はこれからもルミアさんを狙い続けるだろうし、近くにいるお嬢様にも被害が行くかもしれない。だから2人を守ってほしいんだ」

 

 信一が望むのはいついかなる時も家族の幸福。その為なら卑怯と言われそうな交換条件だって平然と突きつける。

 

「……ん、わかった。わたしも、あの2人は守りたいって思ってたから」

 

「うん。お願いね」

 

 魚籠から取り出した二尾を枝に刺し、落ち葉を集めて【ファイア・トーチ】を起動。今回は2度目で成功した。

 

 犯した過ちを無くすことはできない。でも、償うことはできる。

 できれば来ないでほしいが、もしリィエルが自分の家族を命懸けで守る姿を見れば信一も彼女の評価を改めるかもしれないのだ。

 

(1人より2人のほうが良いなんて……意地や見栄を捨てれば誰にでも分かることだからね)

 

 パチパチと音を立てて燃える火の中に魚を入れ、焼けるのを待つ。その間は沈黙が流れるが、不思議と気まずさは感じない。

 

「ほら、これが欲しかったんでしょ」

 

「……ありがと」

 

 仕上げに塩を振って渡す。すると、リィエルは手に取るや目にも止まらぬ早さでかぶりついた。口の周りが油でギトギトになるのも構わず、恐ろしい食いっぷりを披露している。

 

「美味しい?」

 

「……ん」

 

「イチゴタルトとどっちが美味しい?」

 

「イチゴタルト」

 

「あっそ」

 

 そこは譲れないようだ。リィエルらしいというか、なんというか……。

 

 苦笑いを浮かべ、信一も背中側からかぶりついて釣りたてならではの味を堪能する。やはり美味い。

 

「……シンイチ」

 

「うん?」

 

 驚異の早さで食べ終わったリィエルがこちらを呼ぶ。おかわりだろうか?

 クラスメイトの分もあるので、あまり渡せないのだが。

 

「わたし、ルミアとシスティーナだけじゃなくてシンイチも守りたい」

 

「……言っとくけど、俺はリィエルの兄代わりになる気はないよ」

 

 理由を推察した信一はジト目で丁重にお断りさせていただく。さすがに友達を妹にしたいという面白可笑しい願望は持ち合わせていない。

 

 しかし、予想とは裏腹にリィエルは首を振って続ける。

 

「兄さんの代わりじゃない」

 

「……?」

 

「なんだろう……わたしはシンイチをすごく守りたい…兄さんの代わりとかじゃなくて、シンイチだから守りたい、て……よく分からないけど、すごくそう思う」

 

 語彙力が乏しいのか、それとも別の何かがあるのか。リィエルは首を傾げながら、それでもまっすぐこちらを見て言葉を紡ぐ。

 

「リィエル……?」

 

「ルミアとシスティーナも守る。そして、シンイチを守る剣にもなりたい。わたしがそうしたい……だめ?」

 

「いや別にダメじゃないけど……」

 

 さて、どうしたものか。何かよくわからないやる気に満ちているリィエルの扱いに難儀する信一であった。

 あまり依存されても困る。

 

「でも俺に剣は必要ないよ」

 

「………………」

 

 そう回答すると、リィエルの目が寂しげに揺れた。そんな捨てられる子犬みたいな目で見ないでほしいので続ける。

 

「俺の手は2本。刀も2本。もう剣を使える手が余ってないんだよね」

 

 気休めにそう言ってやると、リィエルは———目を丸くしていた。渾身のジョークが通じていないのか。スベったかもしれない、と戦々恐々しながらリアクションを待っていると……

 

「……ふっ」

 

「———ッ!?」

 

 小さく、リィエルが笑った。少しぎこちないが、それでもいつもの死滅した表情からは想像できないくらいはっきりと。

 

 ……可愛い。

 

 不覚にもそう思ってしまった信一は照れ隠しに再度釣り竿を握る。

 

「ま、まぁ……だからさ、2人を守ることを疎かにしない範囲で好きにしなよ。別に束縛するつもりもないから」

 

「……うん。じゃあとりあえず、シンイチも守る」

 

「話聞いてる!?」

 

 結構良いこと言ったつもりだったが……センチメンタル?なにそれ美味しいの?を地で行くリィエルには通じないようだ。

 

 しかし、そんな素直な彼女だからこその言葉が待っていた。

 

「……たぶんわたし、シンイチのことが好きだから」

 

「———っ!?」

 

「ルミアやシスティーナと同じくらい、好きだから。あの時……友達だって言ってくれたシンイチのこと」

 

「あ、そういうことね」

 

 友達としての好意を勘違いして一瞬ドキリとしてしまった自分にイラっとしていたら、竿から断続的な振動を感じた。また魚が食らいついたらしい。

 

 程良く魚の体力を奪いつつストレスは最小限に抑える巧みな竿捌きでまた1匹釣り上げる。

 

「そういうわけだから……死んですぐ火葬した魚、もう1個ちょうだい?」

 

「もはや会話としての文章構成がめちゃくちゃだね……。あと魚は1個じゃなくて一尾って数えるんだよ」

 

「……覚えとく」

 

 3歩くらい歩いたら忘れそうな『覚えとく』に呆れながら今釣った魚を【ショック・ボルト】で締めて血抜きを行う信一。その様子をリィエルは心なしかワクワクした様子で見守る。

 

 枝に刺し、程良く焼けた魚にさっきと同じ調子で食らいつく彼女の姿は……やはり妹を想起させられる。

 

 だが、以前と違って苛立ちはまったく感じない。一生懸命かぶりつき、口元をギトギトにするリィエルを微笑ましくさえ思えてしまう。

 

(俺は君が嫌いだし、当分は許さないと思う……けれどさ)

 

 信一が思い出すのは、旅籠で父親に蘇生された時の言葉。

 

『軍の隠し芸大会でやったんだよ。【サイ・テレキネシス】で自分の心臓止めて、それから今のやり方で生き返るって感じでな』っと父親は言っていた。その場合、1つの可能性が生まれる。

 

 リィエルがあの殺し方をしたのは———父親と同じく【迅雷】を使う自分は、心臓を止めても生き返ると考えたからではないのか?

 

 もちろん、こんなのは可能性に過ぎない。あの時はアレが1番自分を無力化するのに手っ取り早い方法だったからかもしれないし、そもそもその隠し芸大会にリィエルが出席してたかも怪しい。

 

 だけど、もしこの可能性が彼女の中にあったとすれば……

 

(———俺は君を信じることにしたよ、リィエル)

 

 “信じること一番”というのが、亡き母から聞いた自分の名前の由来らしい。

 

 家族を守る為なら誰であろう殺し、そこに疑問も躊躇も後悔を抱かない自分は確かに壊れているし狂っているのだろう。

 それでも、母親が付けてくれたこの名前に恥じない生き方をしたいという気持ちはちゃんと持ち合わせている。

 

 だから朝比奈信一は心に誓う。嫌いだし許せないけど、リィエル=レイフォードを信じると。友達を信じると。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜い!シンく〜ん!リィエル〜!」

 

「もう、信一!みんなお腹空かせて待ってるわよ!」

 

 ルミアとシスティーナが声を上げて2人を呼ぶ声が、寄せては返す波の音をBGMにして響く。だが、少し遠くにいるので並んで座る2人には聞こえないらしい。

 

 正直、ルミアとシスティーナはあの2人が一緒にいて良いのか心配だった。なにせ一度は本気で殺し合っているのだ。もはや混ぜるな危険の領域だと言える。

 

 しかし、そんな心配は2人の姿をしっかりと視認できるところまで来て綺麗さっぱり消え去った。理由は簡単だ。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「んむ………ふぅ……」

 

 暖かい日向の中、肩を寄せ合って居眠りしてしまった2人がそんなはずはないのだから。






はい、いかがでしたか? リィエルをヒロインにするのは難しいと不可能はイコールじゃない!そんな回でした。

いいですよね、アホ可愛い女の子。ラノベならではです。なにせリアルでいたら、それはただのぶりっ子なアホですからね……。

次回は5巻の内容に入る前に“幕間”を挟みます。同じロクアカを書いてる方からコラボの提案があったので、それを1話完結で書かせていただきますね。
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