今回から5巻の内容に入ります。やっとここまで来たか、という気持ちを隠せませんね。
第36話 猪娘の心と白猫娘の婚約者
日も完全に落ち、フェジテの空には散りばめられた
時刻は一般的な夕食時。フィーベル家の食卓にはたくさんの料理と、いつもより賑やかで穏やかな喧騒が響いていた。
「よく来てくれたね。たくさん食べるといい!」
信一とは別の男性の声は弾んでいる。年齢は40ほどだが、それを感じさせないくらい張りのある声だ。ざっくり言うと、テンションが高い。
「あらあら貴方ったら……。ごめんなさいね、久し振りに帰ってきたものだからはしゃいじゃって」
窘めるような口調ではあるものの、男性と同じく楽しそうな女性の声音。
今夜は久々にシスティーナの両親———レナードとフィリアナが屋敷に帰ってきているのだ。それに加え、食卓を囲む椅子にはリィエルがちょこんと人形のように座っている。
いつもより倍も多い食卓はとても賑やかだ。特にレナードが物静かなリィエルの分まではしゃいでいる。
「カップ、下げますね」
「おぉ、ありがとう信一」
「いつもありがとうね」
食前茶の入っていたカップを片付ける信一も、いつも以上に穏やかな雰囲気を纏っている。
システィーナとルミアは両親がいない間のことで話せる範囲のことを話し、和やかな笑いが絶えることはない。本当に幸せな日常だと胸が温かくなる。
「リィエル。片してもいいかな?」
「……これ、ちょっと苦かった」
「じゃあ食後のお茶、リィエルのには砂糖多めに入れとくよ」
「……ありがとう」
システィーナの両親とはいえ、見知らぬ2人がいたことで少し緊張していたのかもしれない。信一が話しかけたことで八の字をしていたリィエルの眉が角度を緩やかにしていた。
その様子を見て、レナードとフィリアナはお互いに顔を寄せてコソコソと話し出した。
「……ついに信一にも春が来たのかな、フィリアナ?」
「……そうね。あの子、恋愛には興味ないのかと思ってたけど。やっぱり年頃なのかしら?」
「お二人とも。聞こえてますよ」
というか声量がほとんど変わってないところを鑑みるに、からかい半分なところがある。
呆れたようにため息を吐きながらも、こんな会話は2人がいる時にしかできない。相好を崩し、全員分のカップをトレイに載せて信一はキッチンへと向かう。
「冷えますよ、お三方」
食事も終わり、バルコニーでなにやらリィエルを中心にして抱き締め合っているシスティーナとルミアに声をかける。
信一の持つトレイにはカップが4つ並び、中にはミルクティーのような色の飲み物が湯気を立ちのぼらせていた。
3人にそれぞれ手渡し、自分もカップに口をつける。
「何を話していたんですか?」
「リィエルがね、改めてちゃんと謝りたいって」
「なるほど」
“謝りたい”というのは誰かに言われたからではなく、彼女自身が出したものなのだろう。
仕草は未だに人形のようだが、リィエルの心はとても人間らしくなってきている。少なくとも遠征学修前の彼女とは雲泥の差だ。
にっこりと答えてくれたルミアに笑顔を返し、リィエルを見やる。フーフーと頑張って飲み物を冷ます姿はとても微笑ましい。
システィーナはリィエルの温もりを名残惜しむようにカップの中身を啜る。すると、形の良い眉をピクリと上げた。
「信一、これなに?」
「お口に合いませんでしたか、お嬢様?」
「ううん。なんだか不思議な味だから」
クリーミーな味わいだが、コーヒーとも言えるし紅茶とも言える不思議な渋み。仄かだが甘みもある。
「美味しくないわけじゃないけど、なんていうんだろう……? 知ってるようで知らない味かな」
「わりと的を得てるかもしれませんね。これは
「あぁ、どおりで」
チビチビと口に含み、吟味するシスティーナ。馴染みのない味なのでいまいち好みか判断できないのだろう。
「シンくんの国の飲み物なの?」
「いえ、東方ではありますが海を挟んで隣の国のものです。ルミアさんは気に入りましたか?」
「う〜ん……私はけっこう好きかも。リィエルはどう?」
「……たぶん美味しい……と思う」
リィエルのは特に砂糖たっぷりで甘くしてある。少し味見したが、思わず鴛鴦茶を作った時に淹れて余ったコーヒーを【迅雷】の速度で飲み干したほど甘かった。飲めば飲むほど喉が乾くという、もはや飲み物としていかがなものかと考えてしまうレベルだ。
まぁそれでも、彼女の口には合ったらしい。強靭過ぎる喉に脱帽&敬礼。
「喜んでもらえて良かった。練習した甲斐がありました」
「鴛鴦茶の?」
「はい。コーヒーと紅茶の比率とか、混ぜる練乳は無糖がいいのかとか、無糖の場合に入れる砂糖の配分とか」
「け、結構手間かかるのね……」
「案外やってみると楽しいですよ。それに、旦那様と奥様には是非飲んでいただきたかったので」
「どうして?」
「鴛鴦茶の“鴛鴦”はオシドリのことなんです」
悪戯っぽく笑いながら説明する信一にルミアとシスティーナは揃って首を傾げ、ポン。すぐに得心がいったらしく、同じタイミングで手を打った。
「わかりましたか?」
「うん!オシドリ夫婦のお義父さまとお義母さまにはピッタリだね!」
「ちなみに今の話をお二人にしたらイチャつき始めました」
「「 あぁ…… 」」
その様子が容易に想像できたらしく、ルミアとシスティーナは曖昧な苦笑いを浮かべるのみ。
なんかもう、自分がここにいてもいなくても大して変わらないと判断した信一はさっさと逃げてきたというわけだ。確かにレナードもフィリアナも家族として慕ってはいるが、いや慕っているからこそあのイチャイチャぶりを見せられるのは耐えられなかった。
リィエルの鴛鴦茶よりも甘い雰囲気を充満させていたと断言できる。非リア充の方々にとってはほとんど公害と言えるだろう。
「飲み終わったら戻りましょう。旦那様と奥様、また明日から帝都に行ってしまうらしいですよ」
できる時にできるだけ接しておく。長い目で見れば必ず別れは訪れるので、後悔のないように行動するべきだ。
まぁ、家族と接するのにそんな固い理由はいらない。ただ単純に今ある日常を享受すればいい。ここ数ヶ月は事件に巻き込まれっぱなしで忘れがちだが、自分達は本来“そちら側”の人間なのだから。
屋敷へ戻る2人の背中へ、眩しく尊いものを見るように細めた目を向けていた信一の袖を……クイクイ。空のカップを片手に持つリィエルが引いてきた。
「シンイチ……どうしたの?」
「いや、『死んじゃったから生き返ろう』とか考えなくていい日常ってやっぱり素晴らしいと思ってね」
「ぅ……」
ネチネチと嫌味ったらしく言われ、一度信一を殺しているリィエルの目に涙が浮かんだ。システィーナあたりに聞かれてたら怒られそうなので、ポンと小柄な彼女の頭に手を置き、
「冗談だよ」
小さく笑いかける。
「……シンイチ、いじわる」
「そうかもね。おかわり、いる?」
「ん。もうちょっと甘くして」
「マジか……」
もはや砂糖食わせとけばいいんじゃないだろうか。そんな考えが頭をよぎるが、ため息と共に吐き出して空のカップを受け取った。
今夜は夜更かしする羽目になりそうだ。でも、友達が泊まりに来た時くらいは良いだろう。
いつも通りの優しい微笑みを称え、フェジテの美しい夜空をリィエルと共に見上げる。
慎ましくこちらを照らす月はとても綺麗だった。
翌日、学院の前庭にて。
「《何考えてるのよ・この・お馬鹿》———ッ!」
システィーナの即興改変で放たれた黒魔【ゲイル・ブロウ】が轟音を立ててグレンを吹き飛ばす。
視界を右から左へぶっ飛んでいく担任講師。それを尻目に信一は隣のルミアへと話しかける。
「今日もよく飛びますね」
「相変わらずだなぁ……2人とも」
もはやシスティーナとグレンの騒ぎは学院において日常となっていた。周囲の生徒も轟音に驚くことには驚くが、2人を見た瞬間『あぁ今日もか』くらいにしか思わないほどに。
ちなみに今回はグレンがリィエルに金を錬成させようとしたところをシスティーナが見咎めたといった流れだった。
錬金術の歴史を遡ればどこまでも正しい使い方なのだが、残念ながら金の錬成は違法とされているのが実情。それでもなお決行するグレンの言い分を簡単に要約すると、『リィエルの起こす問題はグレンのお給料が差っ引かれることで解決している』とのことだ。
どのような事態も解決する万能の免罪符はいつだってお金らしい。
「大体、先生が減給されるのはリィエルだけが原因じゃないでしょ!?魔術講師として自覚のない、職務怠慢な常日頃の態度が……」
「へーんだ、うっさいわい!」
「あっ、こら!《雷精の紫電よ》ッ!」
子どもじみた言葉と共に俊敏な動きで説教から逃げ出すグレンへ、システィーナは【ショック・ボルト】を撃って取っ捕まえようとする。
さすがは元宮廷魔導士と言うべきか。グレンは鋭い身のこなしで紫電を軽々躱す。
しかし、システィーナも彼の特訓を受けてそれなりに魔術の腕を上げている。その結果、グレンは前方から迫るものへの対応が遅れてしまった。
「せ、先生!前!前!」
信一が叫び、そこで初めてグレンは豪奢な馬車に繋がれた二頭の馬が目の前にいることに気付く。即座に止まり、ペタンと尻餅をついた。
ここは学院の敷地内だ。そんな場所を堂々と馬車で走っているということは、十中八九招かれた来賓なのだろう。
システィーナは御者台に座るフロックコートを纏い、山高帽を被った青年へと慌てて頭を下げる。
「すみません! この人には後できつく言っておきますので」
「…………」
御者の青年はただ無言を返すのみ。表情は帽子のせいで窺えない。怒っているかなと戸惑うシスティーナはさらに謝罪の言葉を告げようとした……その時だ。
「これには流石に、私も運命というものを信じてしまうかもしれない。まさか学院に着いて早々、君に会えるなんてね」
第三者の声が彼女へとかけられる。声の主は馬車の客室にいるようだ。扉が開き、優雅な所作で地面へと降り立つ二十歳過ぎくらいの男性。グレンより少し年上くらいだろうか。
「!?」
その姿を見とめ、信一は目を見開いた。彼とは一度会っている。4、5年ほど前にたった1度だけ。
緩やかなウェーブの金髪とトレードマークの片眼鏡は貴族然とした気品に満ち溢れ、それらが引き立たせる端麗で涼やかな容姿は彼を貴族であると周囲に知らしめている。少なくとも、平民出身の信一には一生掛けても真似できない。
「シンくん、知ってる人?」
「えぇ……まぁ……」
ルミアの問いかけに苦い顔で応じ、2人の一挙手一投足に目を向ける。見てれば分かるという意味だと悟ったルミアは首を傾げながらも同じように見守ることにした。
「久しぶりですね、システィーナ。君は相変わらず元気がいい。……まぁ、そこが貴女という女性の魅力的なところでもあるのですが……」
「あ、貴女は……」
聞いているだけでうすら寒くなるような台詞も、彼が口にすればそよ風が奏でたのかと錯覚してしまいそうなほど耳に優しい。
男性の方は言うに及ばず、システィーナも(性格はともかく)美少女だ。この2人が見つめ合う姿は著名な芸術家の描く絵画がそのまま現実になったかのようである。
なんか2人だけの世界が出来上がってる。それを瞬時に感じ取った信一は、不満顔を隠そうともせずドカドカと間に割り込んでいった。進路上に尻餅をついたままのグレンがいたが、一切躊躇せずに蹴り飛ばして。
「おや?君はもしかして信一くんですか?」
「……はい。お久しぶりです」
「えぇ。大きくなりましたね」
ぶすくれた顔の信一とは対照的に、男性の表情には久々に会った弟を見るような温もりが宿っている。そんな余裕がさらにこちらの神経を逆撫でしてくるが、恐らく気付いていないだろう。
「それで、どうしてこんなところに貴方が?」
願わくば、自分が考えていることを彼が言わないでくれ。別の理由でここに来たと言ってくれ。
そんな信一の切実な願いを、男性は涼しい顔で踏み躙る。もちろん悪気など一切無い。
「公的な理由としてはこの学院に特別講師としてですが……そうですね。私個人の理由を言ってしまえば、彼女を———システィーナを我が伴侶として迎えに来ました」
「……っ……」
「私、レオス=クライトスは彼女の
一瞬の沈黙。からの、
「「「「 ええええええええええ———っ!?」」」」
周囲の素っ頓狂か叫びの中、信一は忌々しそうに男性———レオスを睨み続ける。
はい、いかがでしたか? せっかくヒロインも確定したので、アニメオリジナルのシーンを入れてみました。鴛鴦茶ってどこで飲めるんだろ?京都とか鎌倉まで行けば飲めそうですよね。
前書きでも触れましたが、自分、今年は信じられないくらい忙しくなります。なので、どうしようもなく投稿に間が空いてしまうでしょう。
それでも書き続けていくつもりです。だからこちらのお願いはただ1つ!
見捨てないでください!!(´༎ຶོρ༎ຶོ`) 以上ッ!!