魔導大国、アルザーノ帝国において魔術学院は『アルザーノ帝国魔術学院』だけではない。例えば湖水地方リリタリアには『聖リリィ魔術女学院』という女子校があり、
レオス=クライトスはそんな数ある魔術学院の中の1つ、『クライトス魔術学院』から特別講師として招かれた。レオスのファミリーネームと『クライトス魔術学院』の名はもちろん偶然の一致などではない。
彼の家、クライトス伯爵家が40年前の『奉神戦争』において存続を危ぶまれたとき設立した学院であるというのは魔術に携わる者ならば誰でも知っていることだ。なにを隠そう、『クライトス魔術学院』は私立校でありながらアルザーノ帝国魔術学院に次ぐ知名度を誇っているのだから。
帝国魔術学会でも期待の星として名高いレオス。特に彼が高い評価を得ている軍用魔術に関する研究は、他の追随を許さないレベルだ。
鐘の音が学院中に鳴り響き、本日の講義時間が終了したことを告げる。
「時間ですね。それでは次回の講義では、風の魔術の利点とそれらの軍における運用法についての話から始めましょう……ご静聴、ありがとうございました」
場所は魔術学院校舎西館、満員御礼の大講義室。
教壇の上で閉じた教科書を小脇に抱え、優雅に一礼するレオスへ終鈴の音よりも大きな拍手が送られる。
彼が今まで行っていた講義は『軍用魔術概論』。内容としては、なぜ現在の帝国軍の戦力を支える軍用魔術が今のような形へと進化してきたのか、一体どういうコンセプトの下で様々な軍用魔術が生まれたのかという軍用魔術の根本的な理屈と概念についてだ。
「……完璧だ」
未だ教壇で拍手喝采を浴びるレオスに視線を向けたまま、グレンがポツリと呟く。それはもちろん、今の彼の講義に対して。
「………………」
その横で信一は組んだ両手を使い口元を隠し、ものすごく厳格な空気を醸し出している。いつもの柔和さはどこへやら。触れるモノ全てを裁断するかのように研ぎ澄まされた刃の如く。
そして、その空気を一切緩ませず一言。
「……何一つ理解できなかった」
「うん。お前、マジでもうちょっと勉強しろ」
「すみません」
グレンは自分の担当する劣等生に頭を抱えたくなる。
レオスの授業は確かに完璧だった。軍の魔導兵の半分以上がイマイチ理解していないことすら、元々何も知らない生徒達に理解させたのだ。賞賛の言葉は尽きない。
逆に、それを一切理解できない信一の頭には落胆の言葉が尽きない。頼むからもう少し頑張ってほしい。
信一は信一で、自分だけ理解出来てないことに負い目を感じ落ち込んでいる。
頭を抱えて陰鬱な空気をこれでもかと振り撒く講師と生徒の姿が大講義室の後方にあった。
そんな2人の袖を、リィエルが引く。
「……わたしも何一つわからなかった。シンイチ、おそろい」
グッと。何故かちょっと嬉しそうに無表情でサムズアップするリィエルにグレンはチョップを入れ、再び教壇へと目を向けていた。
「リィエル、イチゴタルト食べに行こうか」
「ん」
理解出来てないのが自分だけでは無いと知った信一の顔に輝きが戻る。こうした劣等生の仲間意識がダメだということにいつ気付くのか。
いつもならすかさず突っ込みを入れるはずのシスティーナは、グレンの真後ろの席でボーとレオスを見ていた。
「システィ?」
「……え? あ、なに、ルミア?」
「ううん、なんかボーとしてたから」
「はは、将来の婿殿に早くも見惚れてたか白猫!」
「そ、そんなんじゃないです!」
頰を赤く染め、からかってくるグレンへシスティーナは食ってかかる。しかし今回ばかりは反論しにくい内容だけにいつものような勢いはない。
「………………」
「……シンイチ?」
そんな彼女を信一は憮然とした表情で見ていた。いつもなら便乗してからかいに行くのだが、レオスが来てからというもの、信一の様子が少しおかしい。
なんかイジけてるみたい、とリィエルは動物的直感で感じ取った。
「やぁ、システィーナ」
その時、自分たちに先ほどまで響いていた声が掛けられる。講義終了後、多くの生徒達に囲まれていたレオスが歩み寄って来ていた。
「私の講義はどうでしたか? 貴女の忌憚ない意見が聞きたいですね」
「え? その……とても素晴らしい講義だったわ。正直、文句のつけどころがない……」
「そうですか。ではまず第一関門突破……といったところでしょうか?将来の伴侶すら納得させられない授業しかできない者など、貴女の夫に相応しくないでしょうしね」
特に恥ずかしがることも無く、当たり前のように愛を囁くレオス。それに対して困ったように言葉を詰まらせながら強く言い返さないシスティーナを見て、信一の頰はさらに膨らむ。
その姿が目に付いたレオスは眉を八の字にして、どこか懐かしむような雰囲気で言葉を掛けてくる。
「君はどうでしたか、信一くん?何か分からない部分があれば遠慮なく聞いてください」
「……全部分かりませんでした」
「おや、それはいけない。それでは私がこちらにいる間に、マンツーマンで教える時間を設けましょうか?」
「結構です!」
プイッとそっぽを向く信一に、しかしレオスは気分を害した様子はない。弟を見る兄のような優しい目のまま、やはり眉を八の字に曲げるだけ。
そんな余裕に溢れた態度が、信一にはますます気に食わない。
何か嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、それはそれで負けた気がする。
自分と話したくないということを察したらしいレオスはシスティーナに向き直る。
「システィーナ。少し、外を一緒に歩きませんか?貴女と話したいことがあります」
「うぅ……それは、今でないとダメなことなの……?」
「別に今でなくても構いません。でも、いずれ話さなければならない重要なことです」
及び腰のシスティーナに威圧感を与えないように、しかし大切なことだと伝える声音。それだけで、この散歩先で上がるであろう話題が予想できてしまう。
「あの……ごめん、私……ちょっと行ってくるね?」
そしてレオスに連れられてどこかへ行ってしまう。
「ねぇ、シンくん……」
「えぇ、もちろんです。行きましょう」
ルミアの言いたいことは理解している。頷き、レオスと相対していた時の表情が嘘のようないつもの優しい微笑みを浮かべた。
「ふぁ……さて、俺はどっかその辺で昼寝でも……」
興味無さそうに欠伸をしながらどこかへ行こうとするグレンの襟首を———ガシッ!
「行きますよ先生。それとも眠気が覚めるように【迅雷】でボコ殴りにしましょうか?」
「……最近お前がどんどん父親に似てきてる気がするのは俺の気のせいか?」
「親子ですからね」
まず初めに武力を背景へと置くところとかソックリである。
場所は変わって学院の遺跡跡地、『メルガリウスの都』の一部。遺跡跡地とは言うもののそれほど物々しい雰囲気はなく、木や花壇に飾り立てられた散策用の庭園となっている。
風が吹き流れ木々の梢が耳に優しい音を鳴らす中、美男美女……いや、美男と美少女が並んで歩いていた。
言うまでもなくレオスとシスティーナだ。
「こうして2人で歩いていると思い出しますね。昔のことを」
「そうね……」
レオスの言葉で胸に去来するのはルミアに出会う以前———さらに信一がフィーベル家へ来る前。まだまだ恋愛の『れ』の字も知らない幼少期の思い出。
馬車に揺られ、遠路はるばるクライトス伯爵領へ遊びに行っていたあの頃。
当時の彼女にとって、レオスは『格好いいお兄様』であった。自分のわがままにも嫌な顔1つせず付き合ってくれて、社交場では共にダンスを踊ることもあった。
おそらく同じ光景を思い浮かべていたのだろう。レオスは懐かしむ口調で言葉を紡ぐ。
「あの頃は楽しかった。君がクライトス領地に遊びに来る時が……少年時代の私の楽しみでした」
「そう……ね……私もそうだったわ」
しかし、時間とは流れるものである。信一がフィーベル家に引き取られ、彼と共に遊びに来たのを最後に今までシスティーナがクライトス領地に足を踏み入れることはなかった。
やがてルミアとも出会い、3人で学院へと通い、今は亡き祖父との約束を果たすことが夢となったシスティーナは魔術の勉強に夢中になっていた。
レオスが彼女の心を占める割合は次第に減っていき、今回が本当に久しぶりの再会となったのである。
「時の流れというのは残酷ですね……あれほど、こんな関係がずっと続くんだと信じて疑わなかったのに……」
「そうね。そしていつかただの『思い出』となって、気にも留めないものになっていく……」
それを風化と呼ぶのか、それとも忘却と呼ぶのか。レオスの言う通り、時間は残酷なほど平等に全てを洗い流してしまう。
「……『思い出』を、単なる『思い出』にせず済む方法もあると思います。システィーナ———」
これから紡がれる言葉は、拍子抜けするほどシスティーナ自身にも予想ができた。しかし、予想していたからといって……世界中に響いてしまいそうなこの鼓動を抑えられるわけではない。
レオスが向き直る。
「———私と結婚してください」
2人の間を、緩やかで涼しげな風が優しく吹き抜ける。まるで、言葉の残滓を空へと攫ってしまうかのように。
「さてと……」
システィーナ達から程よく離れた茂みの中で、2人の様子を見ていた一同の中の1人———信一は立ち上がろうと腰を浮かせた。
「いくか」
「はいストップシンくん!まず刀を置こう!ね! ね!?」
「安心してください、ルミアさん。別に乱暴なことをしようというわけではありません」
「……本当に?」
「もちろんです」
いつも通りの優しい微笑みを向け、片手でルミアの手を握る。そんなに心配そうな顔をしないでほしい。美しい顔が台無しだ。
「そうですね……直接的な表現は控えますが、ちゃんとフィーベル家の従者らしく穏便で紳士的に———ブチ殺してきます」
「ダメーーー!!」
爽やかな笑顔で元気良く二刀を構える信一をルミアは即座に羽交い締めにする。
非力なルミアに羽交い締めにされたところで振り解くのは容易い。しかし勢い余ってケガをさせてしまいかねないので、信一は軽く手足を動かすだけに留まっていた。
これがグレンやリィエルなら【迅雷】を使ってでも強引に振りほどき、そのままレオスとシスティーナの距離を離す為にぶん投げていただろう。図らずも、ここはルミアのファインプレーである。
「ええい!離してくださいルミアさん!」
「しっ!静かにしろ、信一。今いいところなのに白猫達にバレちまうだろ」
「知ったことかぁ!あの野郎、今すぐ血ィ祭りに上げてくれるわぁ!!」
「……シンイチ、うるさい」
目を血走らせ、激しくキャラ崩壊しながら鬼の形相で叫ぶ信一。すんでのところでルミアが一瞬だけ黒魔【エア・スクリーン】を張り、なんとかあちらには声が届かないようにした。またしてもルミア、ファインプレー。
どうあっても離してくれないので、信一は一旦斬りかかるのを諦めることにする。あくまで一旦、だが。
「だいたい、お嬢様もお嬢様ですよ……。なんで顔赤くしてんですか!なんですぐ断らないんですか!」
「そりゃあまぁ金持ちだから、とかじゃないのか?」
「フィーベル家もちゃんとお金持ちです!殺しますよ?」
「じゃあレオスがイケメンだから、とか?」
「俺のお嬢様は男を顔面だけで決めるような浅はかな尻軽じゃありません!殺しますよ?」
こいつメンドくせぇ、と内心グレンは思ってしまう。
「そもそもどうしてルミアさんは止めるんですか?レオス様を人知れず
「違うよ!」
「違うんですか!?」
心底心外そうに声を上げるルミア。彼女からすれば、どうしてその答えに辿り着いたのか問い質したい気分である。
いや、実際のところルミアには分かっていた。どうして信一がレオスをこれほど目の敵にしているのか。
結局信一は寂しいのだ。普段の態度こそ彼女をからかって遊んでいるが、それはシスティーナが好きで好きでたまらないから。もちろん家族的な意味で。
それが分かってしまうと、途端にクスリと笑みが溢れる。自分がフィーベル家に来た時はシスティーナが信一を取られたと騒いでいたが、今は逆転しているところが可愛らしい。
「仕方ないですね。では俺自身は手を汚さない方法に変更しましょう」
「……というと?」
「まずダークネスな金貸し屋さんにお金を借りに行きます。グレン先生、今お金に困ってませんか?」
「年がら年中困ってるよ」
「だったら丁度いい。それで先生はお金を返さなくていいです。担保をレオス様の内臓にすれば、あら不思議。俺は手を汚さず、レオス様は……」
「アウト!色々ブラック過ぎてアウトだよシンくん!」
「でもそういう契約にも拇印はいるだろうし……。確か拇印って親指でしたよね?取ってきます」
「聞いて!?お願いだからシンくん私の話聞いて!?」
刀を納め、親指程度ならナイフで充分だと言わんばかりに抜く信一を再度ルミアが羽交い締めにする。
「むぅ……かなりグッドアイデアだと思ったんですけど……【迅雷】使って考えたし」
「すっごく無駄使いだよね、それ……」
「何を言いますか。お嬢様とアイツの婚姻を阻止する為なら、俺はマナ欠乏症になっても【迅雷】を使いまくりますよ」
むん!っとさりげなくレオスをアイツ呼ばわりしながら鼻息荒く決意表明する信一。やる気と殺る気に満ち溢れている。
確かに可愛らしい。可愛らしいのだが……出来れば出血の無い方法を選択してほしいと思うルミアであった。
「おい、2人とも。白猫が返事するみたいだぞ」
「わかりました。ではお嬢様の返答がイエスならば、最初に俺とリィエルでレオス様へと斬りかかり、動きを止めたところでグレン先生は眉間と心臓に二発ずつ撃ち込んでください。返す刀でさらに首を刎ねます。リィエル、準備はいいかな?」
「……よく分からないけど大丈夫」
「落ち着けバカ共」
ビシィ!っと2人の脳天にチョップを入れ、グレンはワクワクした様子でシスティーナとレオスを見やる。
信一はまたもやムスっと頰を膨らませ、八つ当たり気味にリィエルのほっぺたをムニムニ弄びながら彼に倣う。
「わ、私は……」
まず先立つ感情は嬉しい、であった。幼い頃憧れていた人からの求婚である。嬉しくないはずがない。
———しかし、だ。
「ごめんなさい、レオス……私にはその結婚の申し出は受けられないわ」
彼女ははっきりとNOを口にした。その瞬間近くの茂みがガサリと動き、『よし!』という声が聞こえたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。
「私、お祖父様と約束したの。メルガリウスの天空城の謎を解くって。お祖父様が憧れた、お空の城にいつか辿り着くって。だから……正直まだ誰かと家庭を築く気にはなれないのよ……」
レオスのことが嫌いなわけでは決してない。それは誓って本当だ。だけど、それでも自分には叶えたい夢がある。
誤解されないようしっかりと口にしたシスティーナへ、レオスは気遣うような口調で言葉をかける。
「相変わらずですね、システィーナ。まだそんな夢みたいなことを言って。貴女もそろそろ現実を直視しなければいけませんよ」
馬鹿にしているわけでも、貶しているわけでもない。ただ事実を伝えるように続ける。
「貴女のお祖父様……レドルフ殿も魔導考古学になど傾倒しなければもっと多大な功績を魔術史に残していたでしょうに……私は貴女にレドルフ殿と同じ過ちを繰り返してほしくない」
「……ッ!」
「システィーナ。魔導考古学から手を引き、私の軍用魔術の研究を支えてください。貴女が支えてくれるなら……私はきっと大きなことを成せる。もちろん、貴女に不自由はさせません。私が絶対幸せにすると約束します」
幸福の保証。それは万人が求婚をする上で欠かす事の出来ないものであろう。
そしてレオスの場合は、かなり高い割合でそれを実行できる。
だが、
「ごめん、レオス」
システィーナの答えは変わらない。
「……私は、『メルガリウスの天空城』を諦めることなんてできない……」
「貴女はレドルフ殿に勝てるのですか?」
間髪入れずに、レオスは言い放つ。やはり厳然とした事実を。
「貴女の祖父、レドルフ=フィーベル殿は真の天才、希代の魔術師でした。そんな彼ですら……『メルガリウスの天空城』にはまったく歯が立たなかったのです。貴女に……レドルフ殿を越えることが本当にできるのですか?」
分かっている。祖父がどれだけ優秀だったのか。祖父がどれだけの高みに立っていたのか。
だから毎日のように自問を繰り返していた。もしかしたら自分は何一つ成せないのではないか?ただ人生を無駄に消費してしまうのではないか?
怖くて、不安で、はっきりと言い返せない自分が情けなくて。システィーナの目尻に涙が浮かぶ。
「私はただ、貴女に人生を無駄にしてほしくないんです。貴女には女性としての幸せをきちんと掴んでほしい」
きっとレオスは正しい。間違っていない。
「……うぅ……ぅ……ッ…」
そんな現実が辛くて、ついに嗚咽が漏れ出す。
それでも残った僅かな意地で涙を隠そうと手を顔に当てようとして———その手を優しく握られる。
「詭弁を弄してんじゃねぇよ、このクソ野郎」
「………………」
さらに目の前にはグレンが立ちはだかっていた。自身の手を握る手を上に辿れば、そこには信一がレオスを失望が混じった眼差しで睨み据えている。
「せ、先生ッ!?それに信一も……」
「お嬢様、失礼します」
驚きに目を見開く彼女の涙を信一はそっと拭った。パッとシスティーナの悲しみの結晶を地面へ払う。
「一つ聞くぜ、白猫。お前の爺さんとやらは『メルガリウスの天空城』に挑んだことを後悔してたか?」
「そ、そんなことないわ……確かに謎を解き明かせなかったことを口惜しく思われていたようだけど……お祖父様はご自分の歩まれた道に後悔なんて微塵も……」
「なら、それが答えだ」
珍しく大人らしいことを言うグレン。敵意のこもった目をレオスへ向ける。
「大体な、白猫が夢を追うか諦めるかの話と、てめーとくっつくかどうかの話はまた別次元の問題だろうが?なんだ?動揺させて正常な判断力を奪ってからら包容力を見せて丸め込むのがテメーの口説きの手口か?」
「また貴方ですか……。これは私とシスティーナの……そう、クライトス家とフィーベル家の問題なのですよ?関係ない部外者が口を出さないで欲しいのですが?」
「ちっ……」
確かにグレンは部外者である。貴族主義が残るアルザーノ帝国では、親同士が決めた婚約はそれなりの法的な拘束力を持つ。ゆえに教師であろうと部外者。家同士の問題にされては口出しできない。
一応そのあたりは理解しているグレン。舌打ちに留まり、何を言わずにレオスを睨み据えていた。
そんな彼を尻目に、システィーナが意を決したように口を開く。
「……関係はあるわ」
ぼそり、と。
「グレン先生は関係あるわ」
「それはどういうことですか?システィーナ」
不思議そうに首を傾げるレオスを真っ直ぐ見つめ、今度ははっきりと言った。
「だって……先生と私は、将来を誓い合った恋人同士だから」
「なっ……!?」
「はい……………………!?」
これには彼女の手を握って事の推移を見守っていた信一もビックリである。驚愕のあまり、立ったまま失神してしまうほどに。
「隠しててごめんなさい、レオス。でも、私はもう先生以外の人と一緒になるなんて考えられないの……」
「お、おい……白猫……?」
突然の爆弾発言にギョッとなって振り返るグレンへ、システィーナは懇願の色を湛えた眼差しを送る。それを受け、彼の顔にレオスを煽り倒してブチギレさせようという悪意に満ち満ちまくった笑みが浮かべられた。
「そぉ〜いうことだぜ、レオスさぁん!だから諦めな、このド振られ寝取られ野郎!ふっはははっは、ザマァ見ろ!お前が長年想い続けた女は、とっくに別の男のモノになっていましたというわけだあぁぁぁぁぁ!!」
グレンの煽りを受け、レオスの顔が屈辱と怒りで真っ赤に染め上がっていた。さすがにやり過ぎと判断し、グレンに非難の言葉を浴びせようとするが手を握ったまま失神している信一のせいでシスティーナは動けない。
彼女から否定の言葉が無いことが信じられず、レオスは声を荒らげて叫ぶ。
「ふざけないでください!私はシスティーナの婚約者なんです!ずっと彼女だけを見続けてきた———今さら貴方のようなポッと出の男に奪われるなど、納得できない!」
「ふーん……つまり、お前は白猫から手を引くつもりはないと?これからも白猫に迫り続けると?」
「当然です!」
それが当たり前。そんなレオスに、グレンは先ほどとは打って変わって落ち着いた声音で言葉を紡ぐ。
「見たところ…白猫はお前に対しちゃ満更でもねぇようだし、実際こいつを幸せにできるのは俺じゃなくてお前の方なのかもしれない。だがな、せめて白猫が納得できるまで待つくらいはいいんじゃねぇのか?」
「駄目ですね。女性の幸せは家庭の中にこそあります。魔導考古学になど関わっている限りシスティーナは幸せになれません。ゆえに、彼女には私と婚約をして魔導考古学からはすっぱり手を引いてもらいます。もちろん全てはシスティーナの為です」
その言葉に、システィーナは悲しみのあまり手を震わせる。その振動で失神から目覚めた信一は、いつの間にかヒートアップしていたグレンとレオスを静かに、しかし確かな敵意を滲ませて見守っていた。
「そして今、確信しました。グレン=レーダス。あなたはシスティーナに相応しくない。あらゆる手段を尽くして…私はあなたから彼女を奪い返す。クライトスを敵に回したことを必ず後悔させてあげましょう」
「ふーん、それが……お前の本性か。なら———」
———ペシ。ゆっくりと外した左手の手袋をレオスに叩きつけるグレン。
「決闘だ。勝者が手にするものは……わかるよな?」
「ふっ…願ってもない好機をありがとうございます。望むところです」
「……ねぇ」
まるでシスティーナを景品のように扱う2人へ、我慢できず信一はいつもの敬語を廃して口を挟む。それに対して、レオスは先ほどまでの鋭い目つきを緩めて対応してくる。
「おや、信一くん。もちろん君は私を応援してくれますよね。グレン先生のような下劣な方より、私の方がシスティーナを幸せにできる。君なら分かるでしょう?」
「えぇ、わかります」
システィーナの手を離し、信一はレオスへと若干俯き加減で歩み寄って行く。その敵意と殺意を滲ませる目を後ろの家族に見せぬよう。
「おそらくレオス様なら、将来は安泰でしょう。少なくとも、グレン先生のように給料を全額ギャンブルですってお嬢様が養うような生活にはならないでしょう?」
「間違いありません」
「グレン先生のように毎日ロクでもない事をやらかして、お嬢様を怒らせるような事もないでしょう?」
「もちろんです」
「昔から家族絡みの仲です。誰もが2人の結婚を祝福し、家庭内でお嬢様がいびられるという事も無いはずです」
「保証します」
「きっと女性として、この上ない幸福をお嬢様に与えてくれる事でしょう」
「光栄です、信一くん。君がまさかそこまで私のことを理解してくれているとは」
システィーナの身内である信一から手放しに将来のメリットを並べられ、レオスはこの場の趨勢が自分に傾きつつあることを確信する。
逆に、後ろで殴りかからないかハラハラと見守っていたルミアやグレンは意外そうな顔をしていた。
そして、システィーナはまるで見捨てられた子猫のような顔をしている。
「だけどそこに、
———ガッ!と、信一はレオスの胸ぐらを掴み、一言。
「———アンタが勝手に、お嬢様の幸せを決めるなよ」
はい、いかがでしたか?実は2年前にこの話はほぼ書き終えてたなんて言えない(ボソ)
この2年間、ロクアカの最新刊が出るたびに信一の行動を妄想しながら読んでいました。(だったら書けよ)
待ってくれていた方々、これからもなんとか更新を頑張っていきますのでよろしくお願い致しますm(*_ _)m