おっちゃんアート・オンライン   作:てりや

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コロッセウムは、古代の決闘場をモチーフにした巨大建造物だ。

 

大理石の円柱に見事なアーチ。

それが幾重にも重なり合って、楕円形のシルエットを構成している。

 

かつて求心力を失ったローマ皇帝が、人心を掌握するために作った娯楽施設。

その意味合いは、時代を跨ぎ、VR環境で再現された今でも大きく変わることがない。

 

つまり、デスゲームに閉じ込められた人々の数少ない娯楽であり、上位プレイヤーの所属するギルドが権力を誇示する場所なのだ。

 

俺はそんなコロッセウムの待合室で、遠くに聞こえる歓声をそれとなく聞いていた。

 

「どうした、緊張しているのか?」

「ああ。もう帰りたい...」

「ふざけんな、お前にゃ大金ぶっ込んでんだ。最悪でもベスト4まで残らなきゃ許さん」

「ふん、金の亡者め」

 

俺はエギルを横目で睨んだ。

この物好きは、どうやらセコンドにでもなったつもりらしい。

頼んでもいないのに相手の情報やら戦い方についてアドバイスしてくる。

大方、アルゴの入れ知恵だろうが。

 

「こんなガチムチが隣に控えてちゃ、やる気も失せるってもんだ」

「悪かったな、お前のスイートじゃなくて」

「おい、なんでそうなる」

 

彼は俺の質問に直接答えず、片方の眉をコミカルに持ち上げて見せた。

ムカつく。

 

俺は無視を決め込んで、剣の素振りに取り組む事にした。

 

鞘に収めた刀を引き抜き、宙に斬撃を刻む。

切っ先を蛇にように唸らせ、仮想敵の動きに追い縋っていく。

首を跳ね飛ばすイメージを最後に、ふうっと息を吐いた。

 

エギルが関心したように言った。

 

「大したもんだな。目で追うのがやっとだ」

「そりゃどうも」

「お前ならギルドから引く手数多だろうに。なんでどこにも入らないんだ?」

 

彼の問いに俺は肩を竦めて見せた。

 

「人付き合いが苦手なんだ」

「まぁ、なんでもいいが。ここじゃソロは目の仇だ。油断するなよ」

 

ギルドの連中が幅きかせている以上、なんの後ろ盾も持たないソロの肩身が狭いのは当然だと言えた。

試合中のみならず、あらゆる場面で嫌がらせを受ける事だろう。

それでも、俺は不敵に笑って見せた。

 

「エギル、誰に物を言ってんだ?」

 

その時、タイミング良く呼び出しがかかる。

エギルは苦笑していた。

 

「行けよ、チャンピオン」

「ああ」

 

俺は入り口へ向かって歩き出した。

 

コロッセウムに一歩踏み出した瞬間、余りの眩しさと歓声に一瞬身が竦む。

 

テンションの高い解説者がマイクに向けてがなっている。

 

「さぁ、西方から現れたのはこの男。解説はいらねぇな野郎ども!《秘剣》のオーマだ。お帰りチャンピオン!」

 

わぁっと雛壇に座る観客が叫ぶ。

俺はそれに軽く手を上げて答えた。

 

対戦相手は既に位置についていた。

得物は片手剣と盾。

バランスに秀でているが故に、もっとも使い手の多いスタイルだ。

 

俺より十は若いと見える青年は、緊張した面持ちで唇をギュッと引きむすんでいる。

 

程なくして開始の合図が響き渡る。

 

先手を取ったのは相手だ。

 

素早く間合いを詰めると、隙の少ない突き技を繰り出してくる。

回避するこちらに対し、小刻みにステップを踏んで追撃してくるあたり中々油断ならない。

 

「おおっと、早くも防戦一方の”元“チャンピオン。流石にブランクが長すぎたかー?」

 

その間に解説者が茶々を入れてくる。

 

好き勝手言いやがって。

 

内心で文句を言いながら、俺はわざと隙を作って相手の大振りを誘った。

狙い通り、相手はソードスキルのモーションに移る。

 

キィン、と片手剣から閃光が弾け、目にも止まらぬスピードで剣先が真一門に振り払われる。

見てからでは対処が間に合わないが、俺は相手がモーションに入った時点で行動に移っていた。

 

素早いバックステップで技の間合いをギリギリ逃れると、今度は自らがソードスキルを発動させる。

剣を振り切ってガラ空きの胴に二連撃。

一発目はもろに入り、二発目は盾でガードされた。

決定打には足らずとも、相手の体制を崩す事には成功している。

 

俺は勝負を決めるべく、さらに距離を詰めていった。

 

盾を正面にかざす相手に対し、左右に攻撃を散らしながら決定打を狙う。

そして握りの甘くなった片手剣を弾き飛ばし、盾を蹴って転ばした瞬間、喉元に刀を突きつける。

 

「全く危なげのない勝利! 初戦じゃ全力を出すまでもないって事か? よろしい、二回戦に進んじゃってくれよオーマ!」

 

掌返しで会場を盛り上げる解説者に呆れつつ、俺は踵を返しで出口へ向かう。

 

エギルはそこで笑みを浮かべながら待っていた。

 

「コングラチュレーション。初戦突破おめでとう」

 

彼と軽く拳を突き合わせながら、ふと、アルゴはどうしているのかと考えた。

彼女は俺をコロッセウムに出場するように駆り立てた後、いそいそと何処かへ出かけていってしまった。

 

また妙な事に首を突っ込んでいないといいが。

 

 

 

 

 

 

アルゴは得意のハイドを使って町中を歩いていた。

ある人物を追って、人混みをするりするりと躱していく。

彼が赤いマントを翻し、人気のない路地に入った所でアルゴはニンマリと笑った。

 

「団長さん」

 

アルゴは彼に声をかけた。

姿の見えない相手から話しかけられたというのに、その男は特に驚いた様子もなく、アルゴのいる辺りへ肩越しに視線を送った。

 

「誰だね? 隠れたままでは失礼だよ」

 

その落ち着いた低音は良く響いた。

彼の見事な白髪は首の後ろで一本に結ばれており、ユニコーンの尻尾のようだ。

顔立ちは穏やかで、若々しいおじ様といった感じだが、目だけが異様な迫力を称えている。

静かで底が知れない湖ーー

 

それがアルゴが抱いた血盟騎士団団長、ヒースクリフの第一印象だった。

 

アルゴはゴクリと喉を鳴らしたあと、「こりゃ、失礼」と隠蔽を解き、魔術師のようにパッとその場に姿を現した。

 

「鼠のアルゴと言いマス。以後、よろしくしてくれヨナ」

 

それだけでヒースクリフは彼女のことを理解したようだった。

 

「情報屋が私になんの用かな? 生憎、少し時間に追われていてね。手短に頼むよ」

 

こちらを突っぱねるような態度だが、アルゴは彼の関心ごとがどこにあるか知っていた。

彼女はヒースクリフの長身を見上げながら、ちょっとしたプレゼンを始めるような気分で話し始める。

 

「団長さん。オイラは、アンタが今やろうとしていることの障害を取り除いてやりたいんダ。無論、見返りは頂くがネ」

「ほう」

 

ヒースクリフは興味深そうに顎に手をやり、アルゴを吟味するような目で見つめた。

 

「続けて」

 

アルゴは笑みを深くした。

得物がシッカリと針にくっついている感覚。

自分の采配次第で交渉の成否が分かれるというこの緊張感が、アルゴに情報屋を続けさせる一つの理由である

アルゴは舌で唇を湿らせた。

ここからがいい所だ。

 

「血盟騎士団は精強ダ。でも、真のトップたるには数が足りない。そんなことはオイラに言われるまでもなく分かってるよナ? そこでアンタはコロッセウムに目を付けタ。ここで表彰台を独占にする前代未聞の功績を打ち立てたらどうだろうカ? 血盟騎士団の市場価値は跳ね上がル。そのタイミングで団員を広く募集したいというのがアンタの思惑ダロ? 出場メンバーを見てすぐにピンと来たヨ。三位は幹部の誰か、二位はあーちゃん、一位は自分ダ。違うかイ?」

 

ヒースクリフはふっと笑みを浮かべた。

どうやら時間を無駄にせずにすみそうだ、という風に頷く。

 

「別に隠すつもりもなかったが、情報屋というのは中々に目ざといな。

正解だよ。さて、その上で私の障害とは何かな?」

 

アルゴは人差し指を立てた。

 

「《秘剣》だヨ、団長さん。コイツはアンタにとって悪いダークホースだゼ。コロッセウムの優勝経験はダントツだし、戦闘センスじゃアンタに勝るとも劣らないとオイラは見てル」

 

酒場でオーマを説得した時から、アルゴにはこのビジョンが頭にあった。

それは彼に対する無条件の信頼と、客観的なデータの集積によるものである。

オーマの実力は、《神聖剣》にすら届き得る。

 

「彼のことなら知っている。その上で私の団員が上を行くと思っているのだが?」

「ふふ、そりゃアセスメント不足だナ。油断していると喉笛に噛みつかれるゾ。そうなりゃアンタの不敗神話もお終いダ。少なくとも保険をかける価値はあると思うがネ。幸いにして、《秘剣》とはちょっとした知り合いダ。オイラなら話をつけられるゼ」

 

観客には悪いが、このような八百長の行為などギルド間でしょっちゅう見られることだ。

利益や権力が絡んだ時点で、競技組織は腐敗する。

それはオリピックでも散々証明されてきたことだ。

 

ヒースクリフはとりあえず沈黙した。

鉄面皮の下で一体何を考えているのだろうか。

やがて彼はゆっくりと口を開いた。

 

「君が求める見返りとはなんだね。それを聞いてから判断したいのだが?」

 

至極当然の話だ。

原価なくして利益は計れない。

流石に彼はその事をよく分かってる。

 

メリットは提示した。

あとは自分の欲しいものが彼の天秤で釣り合うかだ。

 

「迷宮のマップデータを公表して欲しいんダ。現状、それは有力ギルド同士で秘匿し合ってル。血盟騎士団が公表し始めたら、その流れも変わるダロ」

 

アルゴの要求を聞いて、ヒースクリフは初めて感情を表に出した。

即ち、不思議そうな表情だ。

 

「...それは君にとってどんな利益があるのかね?」

「その情報で助かる命がアル。この世界は生き残ってなんぼダ。一人でも多くの人間とゲームクリアを迎える以上の利益があるカ?」

 

その瞬間、彼は瞳をきらりと光らせた。

興味深い対象を見つけた科学者のような、貪欲で無邪気な視線だ。

アルゴは彼のそんな一面に少し不気味なものを感じて顎を引く。

 

「なるほど」

 

ヒースクリフは考える素振りを見せたが、アルゴの交渉にはおおよそ満足している様子だった。

 

「君の要求は分かった。ただ、私としては《秘剣》というプレイヤーについてもう少し吟味したいな。彼の予選の成績次第で判断したいのだが、構わないかね?」

 

アルゴとしては即決が欲しかったが、致し方ない。

交渉とはお互いにとって最良の着地地点を探す行為だ。

これでオーマの価値をヒースクリフが強く理解し、完全に納得の上で合意ができれば、後も遺恨を残さずに取引ができる。

 

「勿論サ。いい返事を期待しているヨ」

 

その場を去ろうとするアルゴの背中に、ヒースクリフが声をかけた。

 

「ああ、今度はちゃんとアポを取ってくれると助かる。君は少々刺激的だからね」

 

アリゴはニヤリと笑い、わざとらしく腰を折ってみせた。

 

「肝に命じるヨ。団長さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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