良くも悪くも、垢抜けない雰囲気のカフェ。
俺はふわふわの卵サンド、アルゴはたっぷりのハニートーストを注文し、ぺろりと平らげた。
店内は俺たちとNPCの店員しかいなかった。
この世界の一日は、もうとっくに始まっている。
今は迷宮やモンスターのいるフィールドが大繁盛といった所だろう。
ブラックをすする俺に対し、甘々のコーヒーをぐい飲みするアルゴは言った。
「悪い話じゃないと思うけどナー。報酬五万コル」
「確かに悪い話じゃないが……」
五万コル。
コルとは《ソードアート・オンライン》の通貨であり、これだけあればメイン武装をアップグレードしたついでにちょっとした贅沢ができる額だ。
ただし、対価として求められる仕事は、中々にハードなものだった。
俺はメールで送信されてきた画像を今一度確認する。
綺麗な黒髪の少女が写っている。
背景には白と青の海岸線。
彼女は溌剌とした笑顔をカメラに向けており、とても楽しそうな様子だった。
少なくとも、禁忌を侵した人間のようには見えない。
「コイツがラフコフの生き残り、か」
前提として、俺達の置かれた状況はデスゲームの虜囚である。
ひとたびHPがゼロになれば、ハードのナーヴギアが暴走。
頭にすっぽりと被さったそれが大出力の電磁波を発し、脳はあっという間に茹で上がってしまうという仕組みだ。
そんな中、プレイヤー狩りという狂気の沙汰に及んだ集団が《ラフィン・コフィン》。
略してラフコフ。
プレイヤー全員を恐怖に陥れた、殺人者ギルドに他ならない。
とはいえ、それも過去の話。
大手ギルドを筆頭に討伐隊が組織され、多大なる犠牲を払いつつもラフコフを壊滅に追い込んだ。
筈だった。
「全員捕らえるか、やっちまった訳じゃなかったんだな」
流石のアルゴも神妙な顔つきをした。
「もともと、不慮の事態が重なった作戦だったからネ」
「というと?」
「おっと、これ以上はヒミツなんダ。売りもやってなイ。悪いネ」
職業柄、アルゴはこういう切り返し方をよくする。
タダで情報を渡すようでは、情報屋失格なのだそうだ。
対価を要求することで、発信する情報に責任を負い、それが最終的には信頼に繋がるらしい。
見上げたプロ根性である。
それにしても、彼女が売らない情報とは珍しい。
この件には、それなりに深い事情が絡んでいるのかもしれなかった。
「いいさ。ただ、この話は少し考えさせてくれ」
話とはつまる所、写真の少女の捜索に協力して欲しいという事だった。
人探し程度、本来アルゴにとって難しい仕事ではないが、対象がラフコフの生き残りだとすると事情が変わってくる。
スピードやスニークに特化したアルゴのステータスは、いざ戦闘となると貧弱すぎて、万が一の事態に対処できない。
そこで保険が必要になったのだろう。
分かる話だし、彼女との付き合いは長いので協力してやりたい気持ちは勿論ある。
しかし、ラフコフというワードが二の足を踏ませる。
リスクはできるだけ回避したい。
俺は普段から、確実な勝利、確実な生還のみに固執してきた。
だからこそ、トップに食いつき、それなりのスキルとステータスを保持していても、命を張るような場面には極力顔を出さないのだ。
生き残るためなら臆病者を公言し、それを恥とも感じない。
そんな厚顔さを持つのが、いわゆる普通の大人だ。
対照に、アルゴはよくやっている。
リスクしかない情報屋という仕事をたった一人でやってきた。
それは単に金のためだけではなく、プレイヤー全員にとって必要な事だからだ。
確かな情報に基づいた行動は、プレイヤーの生存率を飛躍的に向上させる。
強いてはそれが、ゲーム攻略の近道になるわけだ。
普段の言動からは想像できないが、アルゴの行動原理にはそんな一面が見え隠れもする。
「分かるヨ。詳しい背景は現段階じゃ言えないが、リスキーな仕事には違いなイ。持ち帰ってよく考えてくれよナ」
「そうさせて貰う。連絡は数日以内に」
頃合いだな。
店員を呼び、支払いを済ませる。
「悪いネ」
「いや、今日は久しぶりに会えてよかった。また顔を見せに来いよ」
アルゴは意外そうに目をパチクリさせた。
「柄にもない事言うと、死亡フラグが立っちゃうゼ」
「お前も素直なら多少可愛げがあるんだがな」
「お生憎、可愛げなら有り余っているヨ」
苦笑する俺に、上機嫌な様子のアルゴは言った。
「そうダ。おっちゃんにいい事を教えてやるヨ。勿論、サービスでネ」
「へぇ、どういう風の吹き回しだ?」
「日ごろの感謝をこめて、ってやつかナ」
胡散臭いセリフ。
嫌な予感がした。
アルゴは勿体ぶるようにニヤリと笑い、続けた。
「おっちゃんが個人的に借りている金。返済が滞っているらしいネ」
心配事を言い当てられ、ギクリと体が固まる。
カジノで大負けした結果、知り合いという知り合いに借金をした事は記憶に新しい。
一体どこで知ったのか。
いや、情報屋に対して野暮な疑問である。
「……」
沈黙を肯定と受け取ったアルゴは、トドメの一撃を放った。
「そのうちのK氏がネ、返済が滞っていることに腹を立てて、近々、軍に仲裁を依頼するつもりらしいヨ」
俺は絶望的な気分になった。
それは不味い!
アインクラッド解放軍は、ゲーム内で最大のギルドだ。
治安維持という名目で権力を拡大させつつあるこのギルドは、近頃プレイヤー間のトラブルにまで介入してくるまでになった。
しかし、現実の司法権力とは違い、所詮素人連中の集まり。
彼らに悪と判断されたら最後、徹底的で、理不尽な程の断罪が下される。
俺の場合、身ぐるみを全部はがされた上で、牢屋にぶち込まれる羽目になるだろう。
「……」
瞬間、アルゴの思惑を理解した俺は、静かに敗北を受け入れた。
「さて困った事になったナー。ところで、借金は全部でどれくらいあるのかナ?」
白々しいにも程がある。
彼女は全てを把握しているに違いなかった。
「……四万と、八千コル」
「おや、丁度今回の報酬で払いきれる額じゃないカー。渡りに船とはこの事だネ」
その船の行先はきっと、狡猾な女にこき使われる地獄に違いない。
「打ち合わせの必要があるな」
それを聞いて、アルゴは勝利の笑みを浮かべた。