おっちゃんアート・オンライン   作:てりや

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 夜。

 星明りの下を、彼女は歩いていた。

 道の両側には木々が鬱蒼と生い茂っていて、視界はあまりよくない。

 

 だからだろう。

 忍び寄る男たちに、彼女は気づくことができなかった。

 

 彼らの持つ刃がギラリと光る。

 仮想世界の偽物と侮るなかれ。

 それは真に、命を奪う力を秘めている。

 

 気づいたときには、彼女は三人の男に囲まれていた。

 咄嗟に逃げ道を探すが、包囲網を破る事は既に不可能だった。

 

 獲物を目前にした男たちは、笑みを隠そうともしなかった。

 

「……なんだヨ、お前ら?」

 

 彼女はフードの奥から問いを投げかける。

 その言葉は、普段からちょっと想像できないくらいに震えていた。

 

「仕事熱心が過ぎたな情報屋」

「まさか、ラフコフか?」

 

 動揺するアルゴに、正面に陣取った男が短剣をクルクルもてあそびながら言った。

 

「知っているぞ。そこら辺でアキさんの事を聞きまわっているだろう? まさに墓穴を掘ったというわけだな」

 

 短剣の切っ先を彼女に突きつける。

 

「お前はここで死ぬ」

 

 彼の表情は恍惚として、心底嬉しそうだった、

 

「脳みそを焼かれて死んじまうんだ。さぁ、教えてくれよ。今どんな気分だ?」

 

 アルゴは黙ったままだった。

 その反応が彼は気に食わなかった。

 

「おい、命乞いしろ! 死にたくありませんって這いつくばれ!」

 

 依然として黙したままのアルゴに、彼は舌打ちした

 

「もういい、やっちまえ」

 

 退路を塞ぐ二人が間合いを詰める。

 貧弱な装備しか持たない彼女では、三人の相手はとても務まらないだろう。

 

「くっ、ふふ」

 

 しかし彼女は、この絶望的な状況で愉快そうに笑いだした。

 

「まったく、絵に描いたような屑だナ。お前らは」

「何?」

「そんなお前らには、絵に描いたような結末がお似合いダ」

 

 それは追い詰められた者の雰囲気ではなかった。

 

「出番だヨ、おっちゃん」

 

 低い声が応じる。

 

「人使いが荒い奴だ」

 

 突如として聞こえた第三者の声に、男たちは動きを止める。

 

「誰だ!?」

 

 叫んだ男の腕が、切り飛ばされて宙に舞う。

 

「は?」

 

 男は呆然と切り口を見つめた。

 さらに両足を切断された男は、状況を把握する前に行動不能に陥る。

 HPは狙ったように数ドット残されていた。

 

 神速の剣技を見せつけたのは、まるで夜の帳から滲み出てきたような男だった。

 長身で引き締まった体躯。

 外見はステータスになんら影響を与えないが、その体つきは肉食獣のような強靭さを予感させる。

 鋭い瞳が男たちを睥睨している。

 手にはカタナを携えていた。

 鈍色のガントレットとレギンス以外、これといった金属具は身に着けていない。

 流離いの傭兵か、剣客のような姿だ。

 

 激高したラフコフの男が槍を突き出す。

 しかし、彼はあらかじめタイミングが分かっていたように、それを容易く躱して見せた。

 

 その胴を袈裟に切り裂いて、首筋にカタナの切っ先を御する。

 瞬きする間の出来事だった。

 

「武器を捨てて、跪け」

 

 一撃でHPを五割近く失ったラフコフの男は、戦意を喪失して彼に従う。

 彼はその肩を足で踏みつけた。

 

「そのまま這いつくばれ」

 

 言葉から、静かな軽蔑と怒りが覘く。

 瞬く間に戦力を削がれ、最後の一人となった者が茫然と呟く。

 

「お前は、誰だ?」

「……三十路のヒーローだよ」

「なに?」

「冗談だ。本気にするな」

 

 決まり悪そうに台詞を区切った男の手がかすみ、ナイフが投擲された。

 標的の膝に深々と突き刺さったそれは、付与されたスタンの効果によってラフコフの動きを封じ込める。

 

 仕事は終わったとばかりに、彼はカタナを鞘に収めた。

 

「お疲れサン」

 

 頃合いを見計らって声をかけたアルゴに、オーマは非難の目を向けた。

 

「だから言ったんだ。ろくな事にならないって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラフコフの少女、アキの捜索が始まって数日が過ぎた。

 

 その間、俺がしたことはストーカー行為だった。

 情報収集をするアルゴの背中を、ハイドしながらひたすら追いかけまくる。

 誰かに見つかった日には、犯罪者の謗りを免れない徹底ぶりだった。 

 そんな苦労の末に、先程の場面があったのだ。

 ラフコフの残党と目される彼らは、アルゴを単独だと勘違いし、まんまと罠にハマってくれた。

 

 しかし、俺は達成感よりも不安を感じていた。

 それは成功と喧伝されていた、ラフコフ討伐作戦の真実を知ってしまったからである。

 

 首領の《PoH》を含む多くのメンバーは、討伐作戦を生き延び、未だに捕らえられていない。

 

 つまり、俺たちの捜索しているアキは氷山の一角で、背後にはまだ多くの敵が潜んでいるわけだ。

 

 くしくも、今回の襲撃でそれが証明されてしまった。

 

 事実を隠蔽したギルド連合の考えも分からないではない。

 多くの犠牲者を出した挙句、作戦が失敗したとなれば、内外共に信頼を失ってしまう。

 一方で、ラフコフの生き残りを野放しにする事もできない

 そこでフリーで動ける情報屋のアルゴに、仕事が舞い込んで来たという具合だ。

 

 正直な感想を言おう。

 どう考えても、俺たちの手に余る仕事である。

 

 しかしアルゴは何を言っても聞き入れず、終いには一人でもやると言い出す始末。

 最終的に折れたのはこっちだった。

 

 転移クリスタルで捕らえた三人を牢屋に送り、俺は不機嫌を隠すことなく言った。

 

「控え目にも最悪な作戦だったな」

「またカ、その話は決着がついただロ」

「そうだけどな……ああ、クソ」

 

 自分を囮に使って平然としている彼女に、今更、何を言っても無駄なことは分かっている。

 雇い主な手前、彼女の作戦に強く反対しなかった自分も悪いのだ。

 

「怒るなヨ。上手く行ったじゃないカ」

「そういう問題じゃない。今回は雑魚だったから何とかなっただけだ。いい加減、お前は慎重さを身に着けるべきだな。だから俺はーー」

 

 昔の話を蒸し返そうとし、寸前で思いとどまる。

 

「……いや、もう過ぎたことだな」

「全くダ」

 

 アルゴがフンと鼻を鳴らして、フードの端を引っ張った。

 辺りはしんと静まり返っている。

 

 俺はため息交じりに言った。

 

「約束してくれ。アキが見つかるまでだ。そこからは一切、ラフコフに関わるのはよそう」

「ああ、分かったヨ」

「別口の仕事でもだぞ」

「そこまで指図されるいわれはないネ」

 

 アルゴはぷいとそっぽを向いた。

 俺は冷静になるために深く息を吸った。

 

「……だったら、身内の頼みなら聞いてくれるか?」

 

 その言葉に、フードの中で彼女の表情が動く。

 

「どういう意味ダ?」

 

 俺は慎重に言葉を選びながら言った。

 

「アルゴ。俺たち、もう一度情報屋としてやり直さないか? お前には戦力が必要だし、俺には纏まった収入がいる。お互いに必要なものを提供し合えると思うんだが」

 

 収入がいる、というのは正直なところ建前だ。

 今はカジノのせいで火の車だが、普段はそこまで困窮していない。

 

 この提案をしたのは、やはり、彼女の無鉄砲が目にあまるからだ。

 誰かかがブレーキ役にならない限り、彼女にはずっと命の危険が付き纏うだろう。

 

『お前といると、命がいくつあっても足らん』

 

 過去、そんな台詞を彼女に向かって吐き捨てた記憶が蘇る。

 その後は結局、ケンカ別れのようにパーティを解散したのだった。

 当時のことは、お互いの胸にシコリとなって残っている。

 俺が間違っていたとは思わないが、アルゴを他人として切り捨てることは難しいと気付いた。

 ならば、目の届く範囲で監視してやればいい。

 

 俺の言葉を聞いて、アルゴは感情の篭らない声で言った。

 

「……ただし、条件付きって事カ」

「そうだ。まずラフコフとは一切関わらない事。それと、俺とお前は対等だ。誰が上でも下でもない。仕事の事は二人で決める」

「ずいぶんな要求じゃないカ」

「このくらい、大目に見る価値はあるだろう」

「自信家だナ」

「事実を言ったまでだ」

 

 長い沈黙が流れる。

 彼女がふっと笑った。

 降参だと言わんばかりに。

 

「分かったヨ」

 

 俺はその笑顔に、思わずほっとさせられる。

 彼女にもおそらく煮え切らないものがあった筈だが、とりあえず水に流してくれるらしい。

 それは素直にありがたい話だ。

 

「条件は飲んでやル。その代わり、きっちり働いて貰うからナ」

「ありがとうよ」

「後悔するなヨ。サボりは減給だゾ」

 

 アルゴは念を押すように人差し指をたてて見せた。

 

「信用されてねぇな」

「前科があるからネ」

「チッ、覚えてたか」

 

 決まり悪さに頭をかく。

 これからは精々真面目に励むとしよう。

 

「あと、さっきはありがとう。中々かっこよかったゼ」

 

 珍しくアルゴが殊勝な態度を見せる。

 俺は少しばかり得意になって言った。

 

「やるもんだろ?」

「ああ。膝が笑ってなかったらもっと良かっタ」

「嘘つけ、そんな訳あるか」

 

 その後、俺たちは一度本拠地へ戻る事にした。

 それは大手ギルドが集う最大規模の街。

 プレイヤーの築き上げた、秩序と権力の座す場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はじめまして、てりやです。
拙い作品ですけど、感想いただけると嬉しいです。

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