ゲームの中でも実力派の精鋭と名高い《血盟騎士団》。
そのギルド本拠地の応接間。
副団長のアスナは、噂に違わぬ美少女だった。
こちらをまっすぐ見つめるヘイゼル色の瞳からは、吸い込まれるような謎の引力を感じる。
キリッとして形のいい眉が、真面目らしい本人の性格を良く表していた。
彼女の凄い所は、プレイヤーとしても一流だという事だ。
素早い剣捌きで《閃光》の二つ名を頂くほどだった。
それに大人顔負けの事務能力も加われば、例を見ない若さでナンバー2に据えられる理由も分かる。
依頼主への報告という要件で俺たちは彼女の元へ訪れた。
アスナとアルゴはやけに親しげな様子で、知己であるという話は本当だったのかと意外に思う。
情報屋の顔の広さには頭が下がる。
「ところで、そちらの人は?」
鈴の音ような声でアスナが言った。
どうやら俺の存在が忘れられていたわけではなかったようだ。
「ああ、紹介が遅れたネ。ウチの出戻り従業員のオーマだヨ。仲良くしてやってくレ」
なんだそれは。
ふざけた紹介に、俺は内心で青筋を立てた。
第一印象が大事だというのに。
「……アルゴと組ませてもらっているオーマだ。よろしく頼む」
無愛想な挨拶になってしまったが、アスナは気にした様子もなく、それとは別件で眉を僅かばかり持ち上げて見せた。
「オーマさんって、《秘剣》のオーマ?」
「なんだ知っているのカ?」
とアルゴ。
彼女は早くも来客用のソファーにふんぞり返っている。
コイツの図々しさは、時と場所を選ばずに発揮されるようだ。
「コロッセウムの最多優勝者でしょ? 驚いたわ。まさかアルゴさんと組んでるなんて」
「熱烈なプロポーズを受けたんでネ」
経歴を知られてこそばゆいやら、聞き捨てならぬ台詞に憤慨するやらで俺は忙しかった。
「また下らない冗談を」
「にひひ」
アスナが口を開いた。
「貴方が手伝ってくれるなら心強いです。よろしくお願いしますね」
彼女はそう言ってニッコリと笑った。
その後は捜査の進捗状況や確認事項など具体的な話が続いた。
襲撃された事にアスナは強い危機感を抱いたらしく、ギルド連合で協議するべきだと息巻いていた。
「俺が捕らえたメンバーは何か?」
「いえ、ずっと黙秘したままです」
俺の質問にアスナが答えた。
だとすれば結局、アキの捜索自体に大きな進展はなかったと言える。
あれだけ苦労しておいて、それは許容できない。
「一度、そいつと話がしたいんだが、大丈夫か?」
アスナが微妙に疲れた顔をした。
「本来なら私の許可で問題ないんですけど、牢屋の場所は軍の管轄エリアということになっているので、彼らに一度話を通す必要がありますね」
その様子から、このテーマについて何度かイザコザがあったのだろうと推測する。
俺はアスナに同情しつつ、アインクラッド解放軍に許可を仰ぐメールを送りつけた。
そこへ、ソファーで寛いでいたアルゴが声をかけてきた。
齧歯類よろしく茶菓子を頬張っている。
「おっちゃんが仕事熱心なのも珍しいナー」
「そうか?」
「ようやく従業員としての自覚が目覚めたようだナ」
「何様のつもりだ?」
ついツッコミを入れてしまう。
「二人は親しいんですね」
アスナがティーカップを優雅に持ち上げながら言った。
「そう見えるか?」
俺は若干の皮肉を込めて言う。
と同時にアルゴも口を開く。
「寂しい中年だから、仕方なく仲良くしてやってるんダ」
これ以上は不毛なやり取りになりそうなので、俺はやれやれと肩を竦めて会話に終止符を打った。
「そういえば、キー坊とは最近どうなんだヨ。アーちゃん」
アルゴが話題を変える。
アーちゃんの次はキー坊か。
コイツはまともに人の名前を呼べないのだろうか。
「彼とは、もう全然会ってないわ。私も血盟騎士団に入団して、やる事が増えちゃったから」
「ふーん、早いとこより戻しちゃいなヨ。きっとキー坊も寂しがってると思うゼ。毎晩枕を涙で濡らしているかモ」
にひひ、とアルゴが下品に笑う。
アスナは可愛らしく頬を赤くした。
「私とキリト君は、そんな関係じゃないし!」
「へー。そうなんダー」
「そうよ」
「そんなアーちゃんにとっておきの情報があるんだが、どうすル? 今ならサービスして五十コルにしとくヨ」
この期に及んで金儲けを企むアルゴに俺は呆れた。
がめつさもここまで来れば大したものだ。
副団長様のお淑やかさを少しは見習って欲しいものだと思う。
「その辺にしとけ。ほら、食べカスがついてるぞ」
「えっ、どの辺?」
「左上だ」
アルゴは舌でペロリと唇を舐めて見せた。
メールの着信音が聞こえた。
アインクラッド解放軍からの返信だった。
周りくどい文章で、囚人との面会を許可する旨が書かれていた。
俺は座っていたソファーから立ち上がる。
「許可が降りたみたいだ。ちょっと行ってくる」
「一人で大丈夫カ?」
「ああ、大した用事じゃないしな。また後で落ち合おう」
アスナにも挨拶して応接間を後にする。
退室する間際、女子達はランチをどこにするかという話題で盛り上がっていた。
地下牢は薄暗くてカビ臭かった。
前を案内する軍のプレイヤーに付き従い、階段を下る。
靴音が不気味に反響した。
鉄格子の向こう側に、俺が捕らえたラフコフのメンバーがいた。
神経質そうな眉の、長髪の男だ。
「外してくれないか」
軍のプレイヤーは論外だと言わんばかりに首を振った。
俺は舌打ちを堪える。
コイツらの相手はもううんざりだった。
彼は金品をいくらか手渡すと、態度が一気に軟化した。
「三十分だけだぞ」
「どうも」
牢屋の中で男と対峙すると、僅かに記憶が蘇る。
戦闘中、男は槍を使っていた。
「聞きたい事があるんだ。話してくれないか?」
いくら質問しても男はニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべるばかりだった。
男が強気でいられるのは理由がある。
ゲームのシステム上、ここでは如何なる手段を用いてもHPは減らないし、身体的苦痛を与えることもできない。
黙っていればこちらが退散すると思っているのだろう。
事実、これまで連中はそうだったに違いない。
俺はアイテムストレージから小瓶を取り出した。
中には無色透明の液体が入っている。
「なんだそれは?」
男が始めてそれに興味を示した。
「お前もきっと気に入る」
スポイトに液体を含み、男の口へ持っていく。
男は抵抗したが、顎を掴んで少々揺さぶってやると大人しくなった。
液体を飲んだ男は、はじめはその不味さに顔をしかめていた。
しばらくすると、体をくの字に折って床に這いつくばる。
目をかっと見開き、口からはヨダレが漏れ、尋常じゃない荒い息を吐き出す。
この世界に真の意味での毒は存在しない。
しかし、独自に調合できる調味液によって、このような効果を引き起こすことができる。
味覚エンジンのバグだ。
早々に規制対象となったので、知っている者は情報屋を含めごく僅かである。
俺も詳しい作り方は知らない。
押収した物を使ったまでだ。
男は今、激しい吐き気と目眩に襲われている筈だった。
「た、たすけて」
息も絶え絶えの男に、俺は顔を近づけた。
「なら、誠意を見せるんだな」