真っ赤に熱せられた木炭。
網を乗せ、肉を焼く。
そんな野蛮とも言える行為が、なぜこれ程までに心を躍らせるのか。
香ばしく焼かれた表面に滴る肉汁。
アツアツのそれを黄金色のタレでコーティングし、口へと運ぶ。
肉の旨味が溢れ、甘い油が舌の上で踊る。
そこへゴマダレの風味が加わり、口内はちょっとしたお祭り騒ぎだ。
美味しさで頬がキュッと窄まる。
すかさず、ジョッキに並々と注がれたエールを注ぎ込む。
ホップの爽やかな苦味、麦の香りが駆け抜ける。
喉を潤し、あらゆる味覚をさらに昇華させる。
「プハー! 堪らん」
ダン!
アルゴは勢いよくジョキをテーブルに叩きつけた。
昼から飲む酒と焼き肉。
罪悪感も相まって、もはや悪魔的な魅力がある。
少々上品さに欠けるランチの相手は、なんとあの血盟騎士団のアスナ様だ。
彼女もまた嬉々とした様子で肉を焼いている。
最近、このような店から足が遠のいていたらしい。
そう、いくらお洒落だ映えだと取り繕っても、やはり根本的な味覚への欲求に抗うことはできない。
みんな肉が好きだ。
アスナはこの期に及んでまだ人目が気になるのか、ひと昔前のようにマントをすっぽりと被った赤ずきんスタイルでやってきている。
確かに、副団長のアスナ様が焼き肉してたなんてちょっとしたスキャンダルになりそうだ。
彼女はただのギルドの重役ではなく、このデスゲームおいて偶像としての役割も担っている。
イメージは大事である。
「すっかり皆のアーちゃんになっちゃったネー」
突拍子もない独白に、アスナは目をパチクリさせる。
酔いが回ったわけではない。
残念ながら仮想世界の酒はノンアルコールだった。
「最近随分忙しくしているみたいじゃないカ? ちゃんと休んでいるかイ?」
アスナは苦笑した。
「なんだか、お母さんみたい」
「まだそんな歳じゃないけどネ」
「もーだめ、連勤よ連勤」
「へー、何連勤?」
「えっと」
アスナは両手の指を、めぐるましいスピードで折っていった。
「23連勤」
流石のアルゴも驚かされた。
ブラック企業顔負けの数字だ。
アスナはうんざりした様子だった。
「こうやって抜け出してくるのにも一苦労だわ。しかも護衛がいるのよ? 信じられる?」
「護衛ってなんの?」
「私のよ」
「ぶふっ、マジかヨ」
アスナなら護衛の護衛が務まるような気がするが、それとはまた別の問題だろう。
要はそれだけ大事にされているのだ。
「じゃあ、どこかに隠れているわケ?」
「まさか。巻いてきたわよ」
「あー、悪い子だネ」
「仕方ないでしょ。プライベートまで浸食されたら堪らないわ」
「確かにナー。あ、店員さん、カルビ追加デ」
同性同士の他愛ない会話は心地よかった。
女性プレイヤーは圧倒的に数が少ないので、こうやって気兼ねなく喋れる友人は貴重である。
「そういえば、オーマさんとはどこで知り合ったの? 馴れ初めを聞きたいなー」
巡り巡って彼の話題となり、アルゴは目の前ので育てている肉から視線を上げた。
「何だそノ、付き合ってるみたいなニュアンス」
「あれ、違うの?」
アスナが意外そうに首を傾げる。
どうやら揶揄う意図はなくて、ただの天然だったようだ。
「あのネェ。どの辺で勘違いしちゃったワケ?」
「どの辺って……雰囲気で、直感的に」
「もっと観察眼を磨いた方がいいネ。ただの腐れ縁だヨ」
エールで口を湿らせる。
「でも、オーマさんって結構かっこいいじゃない? 意識した事はないの?」
アルゴは思いもよらない言葉に耳を疑った。
なんという乙女脳だろうか。
いや、それよりも追及すべき事がある
「おっちゃんが、かっこいい? 何ソレ? ボケなのカ?」
「違う違う。それにイケボだし」
しばらく考えた末、アルゴはぴんと思いついた。
「アーちゃんって、年上好き?」
だとすれば、これは中々に価値のある情報だ。
同時に、キリトは苦戦を強いられる事になるだろう。
アルゴは脳内に例の少年を思い浮かべ、お気の毒に、と静かに手を合わせた。
「もー、違うって」
「キー坊が可愛そうだネ」
「またその話!」
「にひひ、お返しだヨ」
やはりアスナは揶揄いがいがあっていい。
不意を突かれた借りを返し、アルゴは多少満足して笑った。
「そもそも、おっちゃんと私じゃ凸凹もいいところダロ」
「そんな事ないと思うけど……」
「しかも肉付きのいい女が好みなんだト。あんなスケベ、絶対にゴメンだネ」
そこでアルゴは、網の上でコゲはじめた肉に気がついた。
「……あー、やっちゃっタ」
アスナと別れ、アルゴは街の中をぶらついた。
石畳のメインストリートは多くのプレイヤーやNPCが集まっていてとても賑やかだ。
立ち並ぶ露店から、景気のいい掛け声と香ばしい匂いがする。
子供の手を引く母親や、若いカップル、迷宮に向かうプレイヤーたちを横目にしながら、アルゴはオーマの姿を探した。
しばらくして、ベンチで食事をしている彼を発見した。
オーマは露店で買ったらしいホットドッグをゆっくりと租借し、道行く人々をぼんやりと眺めていた。
尖った顎に、こけた頬。
かといって病的な感じはせず、スポーツマンのような精悍さがある。
整った髭は彼なりのお洒落らしい。
まったく、どうでもいい話だが。
確かに、かっこ悪くはない。
アスナの話を思い出し、渋々ながら認める。
しかし、だから付き合うとか意識するとか、それとこれとは別の問題だ。
「待たせたナ」
オーマが顔を上げる。
「いや、別に」
彼は大きな一口でホットドッグを平らげ、包み紙をクシャクシャにしてポケットに入れる。
「副団長との会食はどうだった?」
「中々に有意義だったゼ。興味深い情報も手に入れられたしナ」
「お前、友達なくしちまうぞ」
「余計なお世話だヨ」
フンと鼻を鳴らし、立ち上がったオーマを見上げる。
ゆうに百八十センチはあると思われる長身の前では、アルゴはまるで子供同然だ。
「そっちこそどうなんダ? 何か収穫ガ?」
「ああ、あったぞ」
予想外の返答に、アルゴは少なからず驚いた。
まさかあの囚人が口を開くとは思わなかった。
「本当カ? どんな手を使ったんダ?」
「女好きのヤツだった。副団長の連絡先と交換だ」
適当にはぐらかすオーマに眉を顰める。
「言う気はないって事カ?」
「どうでもいいことだ。重要なのはヤツの持ってた情報に尽きる」
アルゴはそれ以上聞くことを諦めた。
確かに彼の言う通りだ。
「ここじゃなんだ。少し場所を変えるか」
「分かったヨ」
二人はメインストリートの外まで歩くことにした。
ここの賑わいに比べるといくらか閑散とした場所に、拠点代わりにしている宿屋がある
道中、アルゴはオーマの背中を追いかけていた。
歩幅が違うので、いくら彼が気を使っていても、必然的にアルゴが遅れをとることになる。
足を動かしながら、アルゴはちょっとした考え事をしていた。
それが注意散漫につながり、すれ違ったプレイヤーと肩をぶつけてしまう。
相手は肩幅の広いタンク(盾役)のプレイヤーであり、アルゴは簡単によろめいた。
アルゴとぶつかった男は太い眉を顰め、吐き捨てるように言った。
「気をつけてくれ」
大手ギルドが集中するこの街は、高レベルのプレイヤーが多い。
いわばゲーム攻略の要となる連中だ。
しかし、そんな輩の高慢な態度が気に入らなかったアルゴは、ただで引き下がることをしなかった。
「そっちこそ、でかい図体なんだから気をつけナ」
「なに?」
男が立ち止まる。
期せずして、鼠と熊のにらみ合いのような構図が出来上がった。
男の連れも立ち止まり、不穏な空気がメインストリートの一角を支配した。
「どうかしたか?」
そこへやってきたのは、どこか緊張感の欠けるオーマだった。
タンクの男がじろりとオーマに視線を送る。
「なんだアンタ?」
まるっきり喧嘩腰の言い方だったが、オーマは特に気にした風もなくアルゴの肩に手を置いた。
「コイツの仲間だ。なにか失礼があったみたいだな。あとでちゃんと言っておくから、勘弁してくれないか」
男の視線がオーマの天辺からつま先までを観察する。
身に着けている装備で、そのプレイヤーのレベル帯はだいたい分かる。
アルゴの貧相なものと違い、オーマの装備は最前線の攻略組と比べても遜色ない。
男は尊大な態度で言った。
「そのチビをちゃんと教育しとけよ」
「ああ。悪かったね」
最後にアルゴを一瞥して、男たちはゾロゾロと立ち去っていく。
アルゴはその間、マシンガンのごとく罵倒を思いついていたが、それを発射する機会はついぞ訪れなかった。
代わりに、怒りの矛先はオーマに向いた。
「余計な事をするんじゃなイ!」
「相手にするな。時間の無駄だ」
オーマの言う事は至極まっとうで、それがまた腹立たしかった。
肩に置かれた手を振りほどいて、アルゴは先を急いだ。
後ろからオーマが付いてくる
「ったく、なんだヨ。あの態度」
「紀元前のおサルだと思ったらいいさ」
「おっちゃんも少しは言い返したらよかったのニ」
「いやぁ、喧嘩は恐ろしいからな」
「よく言うゼ」
アルゴが鼠ならオーマは狸だと思った。
「とにかく面倒は勘弁してくれ」
「はぁ、分かったヨ」
「他人じゃないんだ。お前の問題には目を瞑れないからな」
アルゴは何か重要な事を言われたような気がして、オーマの方を振り返った。
オーマはいつの間にか取り出したキセルをふかしている。
「どうした?」
「いや、なんでもなイ」
それは乙女脳の弊害に違いなかった。
てりやです。
拙い文章ですけど(以下略