おっちゃんアート・オンライン   作:てりや

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 背の低い草原は原始の地球を想わせる。

 

 所々岩の剥き出した大地は、はるか彼方まで続いていて、微かに白んだ空との境界線が分からないほどだった。

 

 遠目に崩れかけた塔が見える。

 

 悲嘆に暮れるように佇むそれは、草原に不気味な影を落としていた。

 

「物寂しい所だナ」

 

 俺は傍のアルゴに同意した。

 

「だが、後ろ暗い奴らが集うにはもってこいの場所かもな」

「今度は当たりを引けるかナ?」

「そう願おう」

 

 例の囚人が吐いた情報により、アキの捜査は劇的に進展した。

 

 現在ラフコフは細分化したいくつかグループに別れており、その全容を把握している者はいないらしい。

 そのうちの一つ、アキを事実上のトップに据えたグループはこの周辺に潜伏中だという事で、俺たちはフィールドをしらみ潰しに調査していった。

 

 アキが目の前の塔に潜伏している可能性は高い。

 この周辺は《狼の巣》という設定で、一匹と邂逅したら最後、遠吠えで仲間を呼び寄せられるという危険地帯になっている。

 その分、プレイヤーは近寄り辛く、潜伏するには便利な立地である。

 

 俺たちは狼を発見したら大きく迂回し、慎重に時間をかけて塔まで到達した。

 

 塔は間近にすると、遠目に見たときより一段と大きく感じられた。

 表面には軟弱なツタが絡まり、積み石の隙間から枯れ草が顔を出している。

 

 入り口は崩れていて、ここから中に入ることはできそうにない。

 周辺をぐるりと回ると、塔のどてっ腹に大穴が空いていた。

 

 アルゴと頷き合い、ひとつ深呼吸をして塔の内部へ侵入する。

 

 ここが残党の拠点だとすると、もういつ連中と遭遇してもおかしくはない。

 

 俺とアルゴ、二人のハイドの熟練度はそれなりもので、そう簡単に看破できるものではないが、手は自然とカタナの柄にかかっていた。

 これを抜く場面になったら、最悪の一歩前といってもいいだろう。

 戦闘だけは避けなけれならない。

 戦った所でなんの特にもならないし、多人数を相手にして勝てるとも思えないからだ。

 

 螺旋状の階段を上り、最上階へ出た。

 そこはちょっとした空間があって、並んだ円柱が長い年月により風化し、無残な姿を見せつけていた。

 中央にある黒くのっぺりとした石は、おそらく祭壇だろう。

 何を祭っているかは定かでない。

 塔のどこを見ても宗教的な意匠は見つからなかった。

 

 最上階からは、フィールドの隅々まで見渡せるような気がした。

 朝日は地平線で足踏みしているようで、まだ顔を見せてない。

 

 ここまで隅々まで探したが、プレイヤーの気配は一切なかった。

 今回も空振りだろうか。

 

 ほっと息を突き、軽口を叩こうとしたところ、後ろからアルゴに口をふさがれた。

 俺は後ろを振り向き、その理由を知った。

 

 まるで亡霊のように、祭壇を中心にして複数の人影が浮かび上がってきた。

 その数は二十を下らない。

 全員が漆黒のローブに身をつつみ、顔を隠している。

 背中には笑う棺桶(ラフィン・コフィン)のマークが刻みこまれ、彼らの所属を何よりも雄弁に語っている。

 

 一気に体温が下がった事を自覚しつつ、俺はアルゴと共に円柱の影に隠れた。

 一体どこに潜んでいたのか。

 地下や隠し部屋といった可能性が頭を駆け巡り、俺は自らの不注意を責める。

 しかし幸運な事に、まだ俺達の存在は気づかれていない。

 

 慎重に彼らを観察していると、その中央の人物がおもむろにマントを脱いだ。

 傍らに大きな黒い狼を侍らせている。

 ビーストテイマーだ。

 

 彼女の長い黒髪が零れ落ちた。

 華奢な輪郭に、整った鼻梁。

 少し垂れた目元が顔全体に柔らかさを持たせていた。

 

 それは間違いなく、探し人のアキだった。

 アルゴが興奮気味に、小声で囁いた。

 

「……見つけタ」

「ああ、ずらかるぞ」

 

 もうここには一秒だっている理由はない。

 アキの居場所が分かっただけで、依頼達成には充分な情報だ。

 アルゴがアイテムストレージから転移クリスタルを取り出す間、俺はじっと集団の様子を窺っていた。

 

 アキが全員に向かって口を開く。

 

「皆さん、よく集まってくれました」

 

 集団が彼女に敬意を表すように一礼する。

 その異様な光景に肌を泡立たせた。

 どういう理由か知らないが、全員がアキに服従、もしくは心酔しているような様子だった。

 

「今日も私たちの使命を果たしましょう。……と、その前に、来客があるようですね」

 

 アキがハイドしている俺たちに視線を向けた。

 黒い狼が牙をむき出して唸っている。

 

「この子の鼻は誤魔化せませんよ。情報屋さん」

 

 背筋が凍る思いをしたのもつかの間、俺はアルゴに向かって叫んだ。

 

「転移を! 早く!」

 

 もはや何の意味もなくなったハイドを解除し、カタナを引く抜く。

 

 ほぼ同時にアルゴも転移クリスタルを掲げた。

 しかし、それは上空からの襲撃者によって破壊されてしまう。

 

 純白に輝く、大きな鷹だった。

 

 鷹は翼を広げ、アキの差し出した手に留まった。

 

 二匹の獣を従えたアキがニッコリと笑う。

 

「そう急ぐこともないでしょう。私に会いたかったのではないのですか?」

 

 ずらりとこちらを取り囲んだマント男を睨みつつ、俺は脱出の隙を伺った。

 

 無理だ。

 

 一部の隙もない。

 

 背後のアルゴをチラリと見る。

 

 彼女はこわばった表情で、一縷の望みを懸けるように短剣を構えていた。

 

「……ここから、飛び降りろ」

「え?」

「お前の敏捷性なら、壁のとっかかりを利用して無事に降りられる筈だ」

「でも、おっちゃんは……」

「俺はこの愉快な連中とよろしくやってる。早く助けを呼んでこい。お前が頼りだ」

 

 アルゴは躊躇いを見せたのも一瞬、ある種の決意を込めて頷いた。

 

「すぐ戻ル」

 

 分かり切った事だが、彼女が援軍を連れて戻ってくる頃には決着がついている。

 

 アルゴの気配が消えた。

 

 咄嗟に後を追おうとしたマント男にカタナを向ける。

 

「おい、女のケツ追いかけてる場合かよ」

「貴方は、逃げないのですか?」

 

 アキが不思議そうな顔をして言った。

 

「なんで逃げなきゃならん。俺はお前らより強い」

 

 無論、はったりだ。

 アキはそれを聞いて可笑しそうに笑った。

 

「貴方みたいな人、好きですよ。健気で愚かしい所なんか特に」

「そりゃどうも」

「今日という日の始まりに、貴方を救うことができて幸いでした」

「救う?」

 

 突拍子もない言葉に、俺は思わず聞き返す。

 アキは手を合わせながら、「はい」と嬉しそうに言った。

 

「死をもって、貴方をこの世界、強いては苦痛の全てから解放します」

 

 彼女は冗談を言っているようには思えなかった。

 信じがたい事に本気なのだ。

 つまり、このマント男たちは、彼女の思想に賛同する敬虔な信者といったところか。

 

 こんな状況にも関わらず、俺は思い切り顔を顰めた。

 

「馬鹿かお前?」

 

 男たちから殺気が漏れ出す。

 一方、アキは俺と会話の余地がある事を喜んでいた。

 

「容易に受け入れてもらえない事は理解しています。死は恐ろしいですから。でも、怖がらなくていいんですよ。優しく逝かせて差し上げます」

 

 ほんのり頬を染めるアキは、物騒な取り巻きと獣に囲まれていなければ、恥じらう乙女のようだった。

 しかし、彼女が狂気と呼ばれる精神の持ち主である事は疑いようもない。

 

「そういう問題じゃねぇよ、お嬢ちゃん。お前が命にどんな価値観を持っていても自由だが、それを人に押し付けるんじゃねぇ」

 

 死は救いである。

 そんな動機で理不尽に殺された人がいるとしたら、それこそまったく救いのない話だ。

 俺は怒りが湧いてくるのを感じた。

 

「押し付けるつもりはありません。ただ、私は使命を全うしたいのです。他でもない皆さんのために」

「何を言っても無駄ってか」

「ふふ、そうかも知れませんね」

「はっきり言っておくが、お前らは間違ってる。ただの殺人者だ」

「ご理解して頂けなくて残念です。では、身をもって救いを体感して頂きましょう」

 

 まずは集団のうち、三人が前に出る。

 全員でいっせいに来られるのが最悪のパターンだったので、とりあえず首の皮一枚だけ繋がった。

 

 マント男たちが間合いを詰めて来た。

 得物は全員が短剣で、すばしっこいタイプだ。

 この手の連中は武器に麻痺なり毒なりを付与しているので、あまり攻撃を喰らうと状態異常に陥るかもしれない。

 懐に入らせないのが鉄則だ。

 

 低い所から突進してきた一人目を迎え撃つ。

 振り下ろしたカタナが短剣にぶつかって火花を散らす。

 

 流石に一撃でヒットを許すほど甘くはない。

 この間戦った連中より、レベルもスキルも上だ。

 

 敵を押し返すと、すぐ横から二人目。

 少々迎撃が遅れて、接近を許してしまう。

 ひゅんと恐ろしい風切り音がし、刃が首を掠めていく。

 その男の泳いだ体を蹴り飛ばす。

 

 三人目は背中側から突きを繰り出してきた。

 しかし、油断のためか軌道に全く工夫がない。

 敵の短剣を叩き落とし、急所の首を真一門に裂いた。

 深紅のライトエフェクトが弾け、敵が怯む。

 

 俺はカタナを腰だめにもってくる。

 技の初動を感知し、システムアシストが俺の体を劇的に加速させた。

 発動した居合系のソードスキルは、人間の動体視力で捉えることができない程の神速をもって、入れ替わりに襲いかかってきた二人を薙ぐ。

 

「なるほど、お強いですね」

 

 瞬く間にHPの大半を失った手下を眺め、アキは感心したように言った。

 

「確かに、私たちの中に貴方ほどの剣士はいないようです」

「そうだ。戦えば、お前らの半分は道連れだ。見逃した方が得だぞ」

 

 自分の戦力を見せつけた上での交渉。

 それは俺にとって、生存をかけた最後の手段だった。

 

 しかし

 

「無駄ですよ」

 

 アキの言葉に呼応するように、倒れていた三人が動き出す。

 こちらを取り囲む男たちの包囲も一層縮まった。

 

「私たちは死を恐れない。さぁ、存分に戦いましょう? リディア、バラン。お前たちも行きなさい」

 

 アキが二匹の獣を解き放つ。

 

「……そうかよ。くそったれ」

 

 それが精一杯の虚勢だった。

 

 

 

 

 

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