おっちゃんアート・オンライン   作:てりや

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 化物の出現に乗じ、塔を脱出した矢先の出来事だった。

 

 白い矢が複数、凄まじい勢いで足元につき刺さった。

 この世界に、一部の例外を除いて遠隔武器は存在しない。

 それはテイムされたモンスターの特殊能力だった。

 

「クソ、あの鷹か!」

「おっちゃん、後ろ!」

 

 アルゴの声に、咄嗟に反応した体が刀を引き抜く。

 黒い狼が地面から飛び出してきた。

 ギリギリの所で牙を受け流し、返す刀でバランの胴体を切り裂く。

 キャン、と鳴き声を上げ、狼が飛び退いた。

 

「やはり躱しますか」

 

 カツンと音を立てて、アキが瓦礫の山から降りてくる。

 感情の抜け落ちたその表情にゾッとしながら俺は言った。

 

「いい加減、見逃してくれないか?」

「これだけ手酷くやられておいて、見逃すわけがないでしょう」

 

 アキは自らも短剣を引き抜き、脱力したような構えを見せながら言った。

 

「もういいです。早く救われて下さい」

 

 二頭の獣がいっせいに襲いかかってくる。

 アキ本人はアルゴの相手をするつもりのようで、そちらの方に切りかかっていった。

 アルゴを庇ってやりたい所だが、二頭を相手にそれどころではない。

 能力を忌憚なく使った波状攻撃に翻弄される。

 バランが地上に出てくる瞬間を狙うはいいものの、リディアの遠距離攻撃によって上手くカバーされてしまっている。

 HPが残りわずかなため、強引に攻めるのも無しだ。

 

 俺は狼に斬りかかると見せかけて、寸前で動きを止める。

 リディアの白い矢が空を切った。

 いくら連携が優れていても、所詮AIでは限界がある。

 このようなフェイントは見抜けない。

 射撃のため、直線的な軌道で下降していたリディアにナイフを投擲する。

 翼にそれを受け、白い鷹は霧揉みしながら墜落してきた。

 

 その隙に放ったソードスキルがリディアを捕らえ、HPを残らず吹き飛ばす。

 ぴしり、と音がしたかと思うと、リディアは無数のポリゴン片となって砕け散った。

 

 俺がカタナを振り切った隙を狙い、バランがすかさず攻勢に出る。

 一頭を仕留めた今、バラン単体での脅威はこれまで半分以下であり、奴にとって俺を仕留めるチャンスは今しかない。

 それを理解しているからこそ、バランの動きに素早く対応できた。

 

 ソードスキルの硬直から解放されるやいなや、コンパクトに柄を突き出し、飛び込んできた狼の鼻を殴る。

 狼の噛みつきが空振りに終わる。

 無念そうな奴の瞳と目があった。

 

「残念だったな」

 

 バランにトドメを刺し、アルゴの方へ視線を送る。

 

 キン! 

 

 まさにアルゴの短剣が、アキによって弾き飛ばされる決定的な瞬間だった。

 アキは逆手に持った短剣を振り下ろそうとしている。

 対するアルゴは無防備な状態だ。

 しかも体勢が崩れていて、攻撃を躱せそうにない。

 

 俺は咄嗟にソードスキルを発動させた。

 一瞬で間合いを詰める、突進系のスキルだ。

 

 その時、俺は刹那の判断を迫られた上、冷静さを欠いていた。

 故に、急所を外すという配慮を忘れてしまったのだ。

 

 気づいた時には、背後からアキの心臓部を串刺しにしていた。

 

 アキは胸から生えた刃を、びっくりしたように眺めていた。

 次いで、宙に泳いだ視線は、急激に減少する自らのHPを眺めているのだろうか。

 

 俺は腕が痺れたようになって、全く動かせなかった。

 

 命が尽きる寸前、アキはこっちを向いて、ニッコリと笑いながら言った。

 

「あなたに、救いがありますように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、駆けつけた攻略組のプレイヤーたちは、マント男を一人残らず捕らえた。

 アルゴよって召喚された《カルガラ》は、散々暴れ回った挙句、かの《黒い剣士》によって葬られたようだ。

 

 こうして、俺たちの仕事は一応の決着をみた。

 ギルド連合の目的は達成され、俺も晴れて借金地獄から解放されたわけだ。

 

 しかし、俺は素直に喜べないでいた。

 一人の少女の命を、この手で奪ったからだ。

 

 俺が刺したのはゲームのアバターで、直接彼女の肉体に手を下したわけではない。

 

 彼女は何人も人を殺していて、まともな人間じゃなかった。

 

 アルゴを守るためには、ああするしかなかった。

 

 言い訳をしようと思えばできるが、殺人を正当化する理由としてはどれも不十分だ。

 そもそも、正当化すること自体が間違いなのではないかと思う。

 だから俺は、自らの罪を受け入れようと考えた。

 アキという少女のこれまでとこれからを、一生背負い続ける覚悟だ。

 それは到底背負いきれるものではないにしても、彼女の死を思い出して苦しむことがせめてもの贖罪になるだろう。

 

『偽善者』

 

 クスリとアキが耳元で嗤った気がした。

 

「おっちゃん」

 

 ぼんやりとキセルをふかしていた俺に、アルゴが声をかける。

 彼女とのタッグが再開してからというもの、毎日が忙しい。

 気が付けば、こうして休憩できる時間も貴重なものとなっていた。

 

「どうした」

 

 俺は手ごろな切株に腰を掛けていた。

 木漏れ日が差し込み、そよ風を受けて木々がざわめく。

 

 ここはフィールドに点在する休憩スポットで、エリア内に留まっている限り、モンスターからの襲撃をうける心配はない。

 

「今日は早めに切り上げて、明日は休みでいいゼ」

 

 思わぬ言葉に、俺は手にしたキセルを落としかけた。

 俺がどれだけ休みをねだっても、がんとして譲らなかったアルゴが自らその話を持ち出すとは。

 

「……何を企んでいる?」

 

 アルゴは腕を組んだまま、じろりと流し目をくれる。

 

「働きたいんだったら、別に構わないけド?」

「いや、ぜひ休もう」

 

 即答する俺に、アルゴはやれやれと肩をすくめた。

 

「あんまり中年をこき使っちゃ可愛そうだからネ。少し疲れているようにも見えたから、この機会にゆっくり休むといいヨ」

 

 あれでいて案外、アルゴは人を良く見ている奴だ。

 見抜かれた恥ずかしさもあって、俺はおどけるように言葉を返した。

 

「お前もようやく年長者に対する配慮ってもんが分かり始めてきたようだな」

 

 アルゴはそれに直接返事をしなかった。

 ただ、嫌味ったらしく口を開く。

 

「精々休みを満喫するといいヨ。また例の如何わしい店にでも行くんダロ?」

 

 如何わしい店、とは男のロマンが詰まったアレだ。

 仮想世界にも性欲を持て余した人間は存在して、そんな需要によって成り立つ商売がある。

 俺は自分のプライベートが筒抜けになっている事実に戦慄した。

 ワザとらしい咳払いをし、キセルの煙を吸い込む。

 

「アルゴ。勘違いしてるみたいだが、あれはだな……」

「あー、汚いおっちゃんの言い訳なんて聞きたくなイ」

 

 殴るふりをすると、アルゴはサッと躱して舌を出して見せた。

 

 この野郎。

 

 ため息をついた後、急に可笑しくなってフッと笑った。

 

「お前は明日どうするんだ?」

 

 なんの気なしに聞くと、アルゴはさも当然のように言った。

 

「一人でできる仕事をやるつもりだヨ」

「まさか、休まないのか?」

「休みっていっても、特にやりたいこともないシ」

 

 俺は彼女の勤労精神に飽きれた。

 なぜ若い連中はこんなにも真面目なのか。

 力の抜き方というものを心得ていない。

 

「じゃあ、明日は俺に付き合えよ」

「え?」

 

 今度は、アルゴが思い寄らないといった様子でこちらを見た。

 

「やることないんだろ?」

「でも」

 

 アルゴが珍しく歯切れの悪い調子で言った。

 

「私がいない方が、羽を伸ばせるんじゃないカ?」

 

 俺はまじまじとアルゴを見た。

 こんな遠慮がちな言葉を、彼女から聞く日がくるとは驚きだ。

 普段の図々しさは一体どこに行ったのやら。

 

 伏し目がちになった瞳に、長いまつ毛が掛かっていた。

 クルクルとした髪の毛を、彼女は無意識のうちに指で弄っている。

 

 俺はアルゴの頭にポンと手を置く。

 ぎこちなくグリグリと頭を撫でていると、アルゴが困ったような上目遣いで言った。

 

「なんだヨ」

「お互い、そんなに気を遣う仲でもないだろ。もっと気軽でいいんだよ」

 

 アルゴは人見知りのネコよろしく体を固くしている。

 頭から手を離し、彼女を解放してから俺は続けた。

 

「それに、嫌な相手はわざわざ誘わない」

 

 さらに言えば、情報屋としてタッグを組んだり、共に命の危機に挑んだりもしない。

 

「そうカ」

 

 アルゴは短く答えて、そっぽを向いた。

 

「じゃあ遠慮なく、付き合わせてもらうヨ」

「そうしてくれ。若い女が隣にいると、自慢できるしな」

「……しょーもない男だネ」

 

 俺の冗談に、アルゴは今日一番のあきれ顔を披露してくれた。

 

 結局のところ、こうした日常のために、これまでの骨折りがあったのだろう。

 少々不本意ながら、俺はそう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

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