一仕事終えた俺とアルゴは、街をぶらぶらと歩いた後、ちょっとした気まぐれで酒場に入った。
時は夕方。
酒場は同じようにダンジョン帰りのプレイヤー達で賑わっていた。
テーブルでは頻繁に乾杯が交わされ、笑い声がそこかしこで上がっている。
「賑やかだな」
「ああ、いいことダ」
俺たちは酒場の隅っこのテーブルに腰掛けて、エールを二つとつまみを注文する。
会話を少し交わすうちに、NPCのウエイトレスがエールを運んできた。
「じゃあ、俺たちも」
「乾杯するとしよーカ!」
ガツンとジョッキを打ち付け合って、キンキンに冷えたそれを喉に流し込む。
ゲームの仕様上、酔えないのが残念だが、労働の後の一杯はやはり旨い。
リアルでは仕事帰りに、よく居酒屋でひっかけていたのを思い出す。
もっとも、その時は一人酒だった。
俺は至福の表情で串焼きを頬張るアルゴを見る。
気持ちいい程の食いっぷりだ。
「...なんだヨ」
ジロジロ見ていると、アルゴが少し恥ずかしそうに顎を引いた。
俺は無粋だったと思い知り、彼女から視線を逸らす。
「いや、俺の分も食っていいぞ」
「え、なんデ?」
「歳を食うと胃腸が油物を受け付けないんだ」
「それVRで関係あるカ?」
そう溢しながらも、アルゴは嬉々と串に手を伸ばす。
俺はそれを内心で微笑ましく見ていた。
空のジョッキがみるみると増えていく。
話しているうちに、不思議とお互いの声のトーンは上がっていった。
品のない下ネタでひとしきり笑いあった後、アルゴはテーブルに頬杖を付きながら小馬鹿にしたように言った。
「そんな調子じゃ、おっちゃん一生結婚できないヨ」
「余計なお世話だ。それよりも自分の心配をしろ自分の」
「私はまだ若いからいいんだヨ。おっちゃんと違ってネ」
余裕が窺えるアルゴに、俺は年長者として忠告することにした。
「言っとくが、アラサーなんてあっという間だから」
「またまた〜」
「いや、これマジだから。特にお前みたいな奴は気がついたらアラフォー目前になってたりするから」
「...何を根拠ニ」
「お前、理想高いだろ」
どーん、と指を突きつけるとアルゴは痛いところを疲れたようにグッと黙り込んだ。
「どうせイケメンの金持ちと結婚して玉の輿になりたいとでも思ってるんじゃねーの? 残念、無理だよ。かく言う俺も昔は女子アナと結婚したいと思ってた」
「うえーん、夢見ちゃ悪いってのかヨ!」
嘘泣きをするアルゴの肩を叩いた。
「本気で金持ちと結婚したいなら、副団長の半分でもお淑やかさを身につけるんだな。男はああいうのが好みだ」
「うるせー、私は誰にも媚びないんだヨ。おっちゃんこそ、歳いってるくせに包容力不足じゃないカ」
「なるほど、だから結婚できないのか」
俺は素直に頷く。
アルゴはヤケを起こしたように、エールをがぶ飲みし始めた。
「ほら、また食べカスついてるぞ」
「え、どの辺?」
アルゴはてんで違うところを擦っている。
俺は剛を煮やし、親指で彼女の唇についた食べカスをとった。
「...あ、う」
手を出してから、その行為がちょっとデリカシーにかけると気がついた。
恋人ならいざ知らず、女性の顔になんの断りもなく触れるのは良くない。
「あっ、悪い」
「いや...」
少し気まずい雰囲気になってしまうテーブル。
その時、やたらとバリトンの効いた声の持ち主が俺の肩を小突いた。
「よお、オーマじゃねぇか! 奇遇だな、こんなとこで!」
「げ、エギル」
そいつは長身の俺よりさらに背が高かった。
加えて雄牛のように逞しい肉体と彫りの深い顔立ちをしている。
浅黒い肌はアフリカ系の血が混じっているように思える。
彼はエギル。
数少ない俺の友人であり、タンク兼、アイテム屋の店長である。
「おいおい、ご挨拶だな。久しぶりに会ったってのに」
「悪い悪い。しかし、相変わらず濃い顔面してんなぁ、お前」
「スカンク野郎。お前はいっつも気の抜けた面してるだろうが」
俺とエギルは憎まれ口を叩きながら拳を突き合わせる。
ポカンとこちらを眺めるアルゴを尻目に、エギルが小声で囁いてきた。
「しかしお前、女の趣味変わったな。なんというか、ティーンは色々と不味いだろ。確かに別嬪だが...」
「違う馬鹿。仕事のパートナーだよ。鼠のアルゴ。聞いたことぐらいあるだろ?」
「へぇ、あの情報屋か」
するとエギルは胸に手を当てて、アルゴに見事な挨拶をして見せた。
「はじめまして、エギルです。噂の情報屋がこんな可愛らしいレディーだったとは驚きだ」
「へぇ、あんた中々見る目あるネ」
俺がオエっと舌を出すと、エギルが俺の肩に置いた手をギリギリと締める。
痛い痛い。
「こいつとは友人でしてね。よかったらご一緒させてくれませんか?」
「勿論だヨ。私もおっちゃんの相手はウンザリしていた所ダ」
その瞬間、俺は会計を割り勘にする事に決めた。
エギルの小話で酒の席は中々に盛り上がった。
しかも彼はアイテム屋の店長をしているだけあって、中々に情報通だった。
アルゴは殊更興味深そうに聞いている。
「そういや知ってるか。今月のコロッセウムの個人戦、あのヒースクリフが出場するらしいぞ」
「《神聖剣》か。ビックネームが出てきたな」
ヒースクリフといえば、あの血盟騎士団の団長にして、右に立つ物のいないとされる凄腕のプレイヤーだ。
加えて、唯一のユニークスキル《神聖剣》の使い手である。
まさに英雄と呼ぶに相応しい人物だ。
そんな彼が、一介のイベントに顔を出すとはどういった思惑があるのだろうか。
「どうよ。元チャンピオンとして血がうずかねぇか?」
「別に。俺はただ賞金目当てでやってただけだしな」
「つれねぇ野郎だな。お前に賭けて金儲けしてやろうと思ったのに」
「なるほど。わざと負けてスカピンにしてやるのも手だな」
「てめぇ...」
エギルが青筋を立てる。
見事なスキンヘッドと相まって、中々の迫力だ。
赤ん坊がいたら泣き出すに違いない。
「そもそも、俺には情報屋の仕事があるんだ。いまさらコロッセウムに出場する気はねぇよ」
「いや、ちょっと待てヨおっちゃん」
そこで口を挟んだのはアルゴだった。
彼女はジョキを縁をなぞりながら言った。
「中々面白い話じゃないカ。今回のコロッセウム。出場する価値があるゼ」
ああ、この顔だ。
俺は彼女の顔を見て苦々しく思った。
アルゴがこういう顔をする時は大抵ろくなことがない。
俺はため息をついて彼女に尋ねた。
「で、今回はどんな悪巧みをしてるんだ?」