【あらすじ】
 男は手紙を破り捨てた。そして怒りと酒の勢いに任せて筆を執る。

【この作品について】
 こういうことって時々ありますよね。
 よろしければ縦書きにてお読み下さい。

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文化の発展について

 男は手紙を破り捨てた。何が「貴下の作品は物語として認められません」だ、芸術を解せぬ者共が!

 男は歌を大層愛している。普通の物語よりも歌の方が好きである。物語も作るがより甚だしく歌を作る。

 そうであるから男は現今の文壇を忌々(いまいま)しく思っていた。定型化された手段ばかりよって物語が作られ、発想に躍動がないのである。世に出回る作品はどれもその表現において静的なのだ。歌の如き調子の起伏がない。これで果たしてよいものか。男は常々考えていた。

 静的な表現法が幅を()かす文壇を男が嫌う理由は次の様なものであった。我々が日々接する感動とは決して静的なものばかりではない。朝の小鳥の(さえず)り、緑に染まった山の風に揺れる様、恋人との逢瀬(おうせ)……何れも目を見張り心拍を早くせねば味わえぬものである。こうした情感に際して人は、言わば心の(はや)るに()むに已まれず筆を執ってしまうものである。そんな胸から湧き(いで)る情熱を、何故(なにゆえ)に静的な表現によって伝え得るか。文芸の現状は悲惨である。心踊る筋書きも、静かでお上品という鉄鎖に縛られてその魅力を損ずること半減どころの話ではない。

 男は真面目であった。誠実であった。男は男なりに、今の風潮が我が国の文芸にとって果たして良きことかと問うた。今や浅からぬ歴史と実績とを持つ我が国の文芸が、このまま詰まらぬ表現形式の足枷によって沈んでいくのか。

 男は創作意欲に溢れていた。また同時に文壇の現状に不満も抱いていた。男は筆を執る。より良い文芸の為に筆を執るのである。

 自身もどっぷり今の文壇に浸かったこの男が、沈滞した空気を吹き飛ばす為に何か出来ることはあるのか。ある。男には武器がある。歌である。

 三日三晩かかって書き上がった男の作品は幾十という歌のみによって構成されていた。それは恋の物語である。恋い焦がれ身を燃やす男女の炎が巧みなる歌によって表されていた。こんな楽しく切ない調子は歌でなくては出せない。男は自惚(うぬぼ)れてはいなかったがしかし、その作品の出来には確信があった。私はこれを文壇に問う。

 文壇の反応は冷ややかであった。人々は口々に言った。これは歌であって物語でない。物語とは斯様(かよう)に浮薄なる字句の表面的な戯れではなく、生きとし生けるものの自然(じねん)、その生滅を言葉によって表すものである。それにあんたの歌は上手くない、誰か他人のものを引っ張ってきた方がマシだ云々。

 そうして、文壇の有力者が連名して男に書簡を送ってきたのであった。その中には普段、男が尊敬している者の名も、また出来ればお近づきになりたい者の名もあった。文面を一読して男は自分が文壇中の軽侮(けいぶ)を集めていることを悟った。

 手紙を破り捨てた時、男の中で何かがぷつりと切れた。男はまた筆を執った。その頭には全身の血が昇っていた。

 良かろう、陋習(ろうしゅう)に縛られる原理主義者共!あんたらは文芸の庇護者を気取るつもりだろうが、その実あんたらこそは文芸、更には物語一般の発展を阻害する悪腫なのだ。私は決めた、ここは一つ過激な作品を作って文壇を炎上させてくれよう。それは浄化の火だ。愚かと(わら)われる革新も続けていれば、きっと若い者の中には分かってくれる者も出て来るだろう。その時こそ固定観念に凝り固まった連中の年貢の納め時である。

 男は下男に家中(かちゅう)最高の酒を持ってこさせた。そしてそれを一息で飲み干す。怒りと酔いに任せて男は物語を綴った。

 あんたらは歌のみより成る私の物語を物語に非ずと言った。ならばあんたらの作品こそ物語に相応しいのか。ほう、それ程までにあんたらの物語が素晴らしいのであれば、これに我が歌を加えればそれは最高の作品となろう!おうどうだ、私の歌が嫌いとて物語の一部とあれば拒絶は出来まい、うへへ、我が歌を(ろう)ぜよ!

 こうして完成したのが今日(こんにち)歌物語の開祖と称される伊勢物語である。


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