原作8巻以降の人間関係を想定しているため、アニメしか見てない人などはネタバレを避けるため見ない方が吉です。
おそらく一発ネタ。
「はぁ……困りましたね」
自分のために用意された空間で、私は思わず大きなため息をついた。
この空間は、地上で死んだ人間の魂を迎い入れ、新たな道を示す場所。
しかし私が担当する世界の、今の季節は冬。弱いモンスターは冬眠し、強力なモンスターしか活動しないため、冒険者も活動の手を緩める季節だ。自然と不慮の事故で死ぬ人間の数も減少するため、この空間での私の仕事も減る傾向にあった。
これを機に書類の整理でもしておこうと各種データを洗っていたのだが。
「今年は2万人減……」
ため息の原因となった数値を、確かめるようにもう一度口にする。
私が担当している世界、アクア先輩やカズマさんたちが毎日楽しそうに過ごしているあの世界の人口減少が止まらないことに、私は頭を悩ませていた。
別に、この問題は今に始まったことではない。
あの世界は魔王が軍勢を率いて暴れまわっているため、そして生命力逞しいモンスターが跋扈しているため、死んだ人間の魂が同じ世界での生まれ変わりを拒否し、別世界への転生を希望するというのは、以前から繰り返されていた流れだったからだ。
近頃はカズマさんのパーティーが次々と魔王軍幹部を討伐し、少しは人間側が有利な状況へと好転してきているが、それでも一般人や大多数の冒険者からしてみれば厳しい世界なのに変わりはない。魂の流出の勢いは留まるところを知らなかった。
だがそれでも、全体の人口は維持されていたのだ。去年までは。
「しかし、今年の移民は50人に留まる……」
今年に入ってから浮上した新たな問題は、上からの指示で進められているはずの異世界からの移民の数すらも減少の一途を辿っているということだった。
これまで魂の流出と流入が同じバランスで保たれていたからこそ、私の担当世界の人口は維持されてきた。しかし移民政策が滞り、魂の流出の方が多くなれば、当然人口は減る一方――いずれあの世界の人間は滅びてしまうだろう。
「なぜ急に移民が少なくなったのか、調べなければなりませんね……」
私は数値が記入された紙束を机でトントン叩いて揃えると、立ち上がって、他の神々が管理する空間へと足を向けた。
「違うんですよ――」
私は、アクア先輩の後任として日本の担当をしていた天使と顔を突き合わせていた。
各異世界からの移民、その去年と今年の推移を見比べてみると、意外や意外、去年まではアクア先輩が担当していた日本からの移民が一番多かったのだ。そして、今年の移民が一番少ないのも、また日本であった。他の異世界はどんぐりの背比べレベルの違いでしかない。
だからとりあえず日本からの移民が増えれば、いや、去年と同じ数字に戻りさえすればなんとかなるだろうと思って訪ねてみたのだが……。
私の顔を見るなり顔を強張らせた天使は、私が移民政策の滞りについて尋ねると、慌てて捲し立ててきた。
「――私は一生懸命やってるんです。私だけじゃなくて同僚の天使も総動員で、死者に片っ端から転生を勧めてるんですよ。でも、なかなか首を縦に振ってくれないんです」
目の前の天使はそう言ってしょんぼりと肩を落とした。
私も心苦しいが、移民政策は上からの指示でもある。それを彼女が維持できていない以上、ここは心を鬼にして、詳細を聞き出さなくてはならない。現状が確認できれば、こちらから改善案を提案できるかもしれないし。
「貴女が努力しているのはわかりました。ですが現実として、移民の数は減っているんです。こう言ってはなんですが、やり方に問題があるのでは……?」
「そんな! アクア様のように若者だけに留まらず、それこそ老若男女を問わず死者に転生を勧めているというのに……」
……ん?
「アクア先輩はこちらの即戦力になればと、若くして死んでしまった者だけに声をかけていたようですが」
「最初は私もそうしていたんですが、なかなかアクア様のように上手くいかなくて……なんとか去年の数値を維持しようと勧誘する世代を広げてみたのですが、それでも結果は芳しくなく……とうとう全ての死者に声をかけるところまで……きて……」
天使の声はどんどん小さくなっていく。
なるほど。アクア先輩は、あれでなかなか優秀な人だ。怠け者ではあるが、優秀な怠け者。自分が楽するためにいたずらに試行回数を増やすのではなく、的確に候補者を見出し、的確に勧誘を施していたのだろう。
そしてアクア先輩は部下の天使に嫌われていると聞いていた。カズマさんの特典扱いで連れて行かれたという話が出回ったときは、大喝采だったとか。
目の前の天使も例外ではないだろう。嫌いな上司がいなくなったこと、そして、棚ボタ的にアクア先輩の後任に――名誉ある地位につけたことに、喜んでいたはずだ。しかし蓋を開けてみればアクア先輩のように上手くいかず、数字を維持すらできなかったことに、そしてそれをとうとう私から苦言を呈される事態にまで陥ったことに、自分が情けなくてしょうがないのだろう。小さく震えていた。
私は息を吐き、助け舟を出すことにする。
「アクア先輩は数多の死者の中から、アニメや漫画、ゲームなどが好きな若者を選び出し、私の担当世界がそんなゲームみたいな世界だと言って勧誘していたと聞いています。実際、送られてきた若者は、みなスムーズに冒険者の仕組みに馴染んで、活躍してくれています。ギルドを探し出し、冒険者カードのシステムをすぐに覚え、モンスター退治のクエストを次々とこなして――日本には現実にそんな仕組みはないというのにですよ? 貴女も片っ端から勧誘するのではなく、まずは前任を倣ってそのようにしてみてはどうでしょうか?」
私の提案に、俯いていた天使がおずおずと顔を上げてきた。
……彼女の助けになるような、いい提案ができただろうか。これで盛り返してくれればいいのだが。
私はそう思っていたが、しかし天使は申し訳なさそうな口調で尋ねてくる。
「あの……げーむって、なんですか?」
……はい?
聞いてみれば、なんとこの天使は、自分の担当世界で広まっているアニメや漫画、ゲームの類を、まったく知らなかったのだ。当然、勧誘にも活かされてるはずがない。
私は呆れた。
「貴女の担当世界で広まっているものですよ? 私だってドラ○エくらいは知ってるというのに」
そしてそのドラ○エで有名な台詞を、この間カズマさんに言ってみたばかりだった。うん、あれは実に楽しかった。
「だって、所詮は人間の作った物かと思って。絵画や音楽などなら多少興味はあるのですが……」
「そういった先入観はいけません。実際にプレイしてみたら、案外楽しいものかもしれませんよ? 私だって最初は先輩に付き合わされてやってみただけでしたが、今ではたまに自分で買いに行ったりしていますし」
「そうなんですか?」
「……このことは、内緒ですよ?」
私はクリスのような仮初の肉体を日本にも降ろし、たまにショッピングを楽しんでいる。それに最近は王城でカズマさんと交わした約束もあり、漫画本なども買い集めていたりしていた。
天使はしばらく考え込んでいたが、やがて意を決した表情で。
「……わかりました。それが、勧誘の助けになるようなら、異存はありません。げーむ、やってみます」
「ええ、ぜひやってみてください」
閉塞した状況に新たな展望が見えてきたからか、天使は鼻息を荒くしていた。
「これは案外使えるかもしれませんね……」
私は自分の空間に戻って、各異世界からの移民の推移を記した紙束を再びを眺めながら、考え込んでいた。
日本からの移民の減少があまりにも桁違いだったためあの天使を訪ねたのだが、改めて見比べてみると、他の異世界からの移民はずっと低い数値をウロウロしてるだけであり。
仮にこれらの異世界からも、かつての日本と同じ水準の移民が送られてくるようになれば、私の担当世界の人口も容易に維持することが……いや、増加だって狙えることだろう。そうなればエリス教の信者の数も増え、私の力も増し、今よりもっと上の地位を狙うことだって――。
「そのために、日本のアニメ、漫画、ゲームを他の世界にも広め、勧誘に役立ててもらうというのは、いい案なのかもしれませんが……」
しかしあの天使は前任より不甲斐ない自分自身が情けなくて、必要に迫られてゲームをプレイすることを選択したのだ。女神たる私からの提案だから、ということもあったのだろうが。
だが、ここ数年ずっと低い数値を維持したまま、それを改善する動きも見られない他の異世界担当者が、同様にゲームをプレイして勧誘方法に導入してくれるだろうか。……いや、大多数の神や天使は、あの天使がそうだったように、人間が作ったものだからと見向きもしない可能性は十分にある。神々の中でも下っ端である私が正面から勧めても、効果は薄いだろう。
「一度触れてみれば、絶対に楽しさがわかると思うんですけどね……。その取っ掛かりをどうにか作れないものでしょうか」
「で、俺に相談か」
「そうなんだよー。何かいいアイディアない?」
あたしはクリスとして地上に降り立ち、カズマ君……助手君と冒険者ギルドの酒場で合流していた。別に逢引とか、そんな色気のある話ではない。かねてより約束していた、日本で購入した漫画本を届けるためだった。
助手君はあたしが持ってきた漫画本をパラパラと斜め読みしながら口を開く。
「そう言われてもな……ぶっちゃけ神様の思考パターンとかわからないから、俺のアイディアで通じるかどうか」
「ちょ、ちょっと。あたし神様だよ? アクア先輩だって神様じゃない。そんな人間と大差ないって。……それで助手君のアイディアって?」
「そうだな……。ゲームとかに限らず新しい情報に触れる手段って、情報サイトとか広告とかいろいろあったと思うんだけど、一番『自分もやってみたい』って思うのは、他人が楽しそうにプレイしてたり語ってたりするのを横から見てるときだと思うんだよな」
「ああ……確かに」
アクア先輩が楽しそうにゲームのことを語っていて、あたしもやってみたいと感じたことを思い出した。そしてここ最近も、地上での生活を楽しそうに過ごしているアクア先輩を上から眺めて、うらやましいと思ったことは一度や二度ではない。
それに、インターネットが広まってる現代日本でも、他人の体験談――口コミだったりレビューだったりは、重要な判断基準だろうし。
助手君が言うように、他人が楽しそうにしている姿、語らっている姿は、自分もやってみたいと思わせるには最適な材料に思えた。
助手君は続ける。
「だから、エ……お頭がゲームとかやって楽しいと感じたことを、他の人にそれとなく伝えてみればいいんじゃないかと思ってさ。たとえばこんな方法とかで」
そう言って助手君は、あたしが持ってきた漫画本のうち一冊を広げて見せた。
それは商業ラインで出回っている本ではなく、もっと薄い――。
「――同人誌?」
「ああ。このサークルの本、俺は作者の絵を目当てに買ってたんだけど、毎回別の作品のファンブックになってるんだよ。それを見て、俺も楽しそうだなーと思ってネタ元の作品を買ったこともあったからさ」
「なるほど……。なる……ほ……ど……」
あの日本担当の天使が「絵画や音楽などなら多少興味はあるのですが」と言っていたことが頭を過ぎる。。
――絵画や音楽など。
――絵画。
人間が作り出した芸術品の中でも、絵画の類を気に入っている神々は多い。自分の姿が格好良く描かれていることに気を良くして、わざわざ地上から持ち去ろうとした者もいるくらいだ。
「なるほど、絵画を取っ掛かりに興味を持たせ、そこで楽しさを広め、ネタ元に興味を持たせる……いい案かも……しれない……」
あたしは言葉を並べながら、深く頷いた。
これからの展望が明るく見えて、胸が躍るのを感じる。あの時私の提案を聞いた天使も、同じような気分だったのだろうか。
どんな風に伝えようか。
どんな誌面にしたら楽しみを共有できるだろうか。
同じ趣味の神ができたら、語り合ったりできるだろうか。
「――まぁ、これはあくまで一例で――」
助手君が何か続けようとしていたが、あたしは胸の奥からこみ上げてきた気持ちを、そのまま口にした。
「わかった。あたし、同人誌作る」
「!?」
続?