字数の割にしょぼいクオリティーです。
あと、初投稿です。
「ささみ~」
うう、とわたしは布団の中で唸った。
わたしを(呼び捨てで)呼んだのは、我が妹である月読 るるなちゃんだ。
今年から高校に入学した彼女は、制服をばっちりと着こなしている。華奢な肢体に、艶やかな長い髪……この世に舞い降りた天使とも言うべきその存在……。
朝からこんな姿を拝めるなんて……ありがたや、ありがたや。
一瞬で眠気が吹っ飛んだわたしは、思わず彼女に向かって手を合わせた。
しかし彼女はその新月のように無慈悲な瞳でわたしを睨み付けると(わたしにとってはご褒美です♪)、容赦なく蹴りをいれてきた。
「いつまで寝惚けてんの? さっさと起きて顔洗って着替えてよ……ほんと愚図なんだから。わたしはもうご飯食べたし、先に行くからね」
そう言うと、教科書の詰め込まれた鞄をやや乱暴に担いで部屋を出て行ってしまった。
朝から容赦なく心を抉ってくるなぁ……ほんとは優しい子なんだと信じたい。
「あ、待ってよるるなちゃん」
わたしはノロノロと布団から這い出した。
その場で立ち上がり、大きく背伸びをする。
「……良い天気だな」
カーテンを開け放つと、日光がわたしを優しく包み込んだ。とても心地が良い。
そして、わたしの部屋の内部も照らし出す。
壁をぶち抜いて広い間取りにした、見慣れた部屋。
並ぶ、わたしと妹の勉強机。
置かれたベッド。
箪笥に飾られた、ぬいぐるみたち。
血で薄汚れたうさぎのぬいぐるみは、るるなちゃんのベッドにある。
昔大量にあった自作のパソコンは、今は数台しか残っていない。
『お兄ちゃん監視ツール』も、もうずっと使っていないから埃をかぶっている。
「……」
ベッドの枕元に置いてある、写真立て。
その写真には高校生だった頃のわたしと、そのわたしに抱き寄せられて嫌そうにしながらも、ちゃんとピースサインはしている小さな妹が写っている。
わたしたちの周りには、不自然に空白が空いている。
撮影に失敗した訳じゃない。かつてそこには
わたしたちを支え、助け、見守ってくれていた優しいひとたち……。
「……忘れないよ、ずうっと」
あの日―世界が
格好つけて、自分たちを犠牲にして、
思い出だけを、残して。
「それじゃあ、今日も
わたしは、今年で二十三歳になる。
高校を卒業し、大学に進み、就職もできずにうだうだとしている。
どこにでもいる、ふつうの人間。
ふつうの、人生。
ずうっと望んでいたはずの、日常のなかにいる。
わたしは今日も、がんばらなくちゃ。
@ @ @
「おや、ささみ。ずいぶん遅いお目覚めだな?」
開口一番、嫌味ったらしくわたしのお父さん―月読
「まったく、もう社会人と言っていい年齢なのに。おまえにはいろいろ自覚が足りん。そもそも子供のころからおまえは自堕落だったが……もっと気合をいれろ。がんばれ。恥ずかしいとは思わんのか。すくなくとも
などと、ぶつぶつ小言を垂れてくる。
耳が痛い話だが、お父さんが言っていることは正論だ。
言われなくても分かってるよ、とわたしは心中で言い返す。
「ほら、皿を出せ」
「……はい」
わたしは欠伸を噛み殺しながら、皿をお父さんの方へやった。
出来上がったばかりの、熱々で美味しそうな目玉焼きが落とされる。
「はい、珈琲。砂糖はどうする?」
「自分で入れるよ」
わたしの自宅は、平凡な一軒家だ。
どこにでもある、建て売り物件である。
その一階、小綺麗に掃除されたダイニング。
そこでようやく、いまだ寝間着姿のわたしは少し遅い朝食を取り始めた。
今までのやり取りからも分かるが、家事は殆どお父さんがやっている。
まるでどこかの俳優さんのように渋くて格好良い外見だが、意外とそういったとことが得意なのだこの人(所謂、『主夫』ってやつ?)。
エプロンをつけたまま水槽の熱帯魚に餌をやっているその姿には、威厳の欠片も感じられない。
でも今のお父さんの方が、わたしには好ましかった。
むかしはもっと怖くて、気持ち悪く―
「……むかし?」
あれ? むかしは……どうだったんだっけ?
必死に思い出そうとこめかみに指を添えたが、頭痛がしてきただけだった。
むかしの記憶が、ゆっくりと
霊能力を失い、『神々』との繋がりが断ち切れて、わたしたちを守って犠牲になったあのひとたちの残り香が、徐々に記憶から消えていく……。
とても、大事だったのに。
たいせつな思い出なのに。
全て忘れてしまうのが怖くて、わたしは覚えているうちに、それらを記録している。
長編小説十冊以上にもおよぶそのわたしたちの過去の記録は、あちこち微修正を繰り返しながら―先日やっと完成した。
そっちの方に気力を使い切ったわたしは、今日も就職活動をがんばらない。
「あ、るるなたん! 行ってらっしゃ~い♪」
といったことを考えていると、お父さんがわたしに向けるのとは正反対のにこやかな笑顔で手をふっていた。
見ると、玄関でるるなちゃんが靴を履き、まさに家を出ようとしているところだった。
「気をつけてね! 今日も学校がんばるんだよ! 愛してるよ~、チュ!」
そんな姿に向かって投げキッスをするお父さん。
傍から見ればクッソ気持ち悪い行為をしているが、これにはちゃんとした理由がある。
これも薄れて消えかけている記憶だけど、わたしにはお母さんがいた。
そのお母さんが命を懸けて生んだ子が、るるなちゃんなのだ。
お母さんの命を受け継ぎ、ある意味では
だからお母さんを愛していたお父さんは、るるなちゃんに特別な好意を向けている……まぁ、わたしよりるるなちゃんの方が出来が良くて可愛い、ていうのもあるんだろうけど。
ちょっと嫉妬しちゃうけど、実際その通りだからなぁ。
まあ、そんな哀しい経緯も乗り越えて。
妹は『神々』とか『対抗兵器』とかそういう怪しげな事情から解放され、今はひとりのどこにでもいる女の子として人生を満喫している。
わたしは姉として、そんな妹を優しく見守っていこうと思う。
お母さんの、代わりに。
お母さんが遺した、わたしの妹を愛していこう。
何にもできないわたしだけど、せめて大好きなひとたちの傍にいよう。
「行ってきます、パパ」
すこし照れくさそうに、るるなちゃんはお父さんに呼びかけると。
瞬時に嫌そうな顔になって、ついでにと言うように―わたしを睨みつけてきた。
「寝癖が跳ねてるよ、ささみ。みっともないなあ……そんな頭で外に出ないでよね?」
「いや、わたしはるるなちゃんと違って癖毛だからさ。これ以上はどうしようもないんだよ」
飛んできたのは暴言だった。
う~ん、まあこういうのも悪くないんだけど……少しはデレて欲しいなぁ。
妹を攻略するのは、難攻不落の城を武器無しで攻め落とそうとするようなものだ。要はか~な~り難しい。
でもわたしは諦めない! いつかわたしの愛がるるなちゃんを射止めると信じて…!
わたしは急いで残っていた朝食を平らげると、るるなちゃんに呼びかけた。
「というかちょっと待っててよ、るるなちゃん! 一緒に行こうよ! 姉妹で仲良く手を繋いで地平線の向こうまで旅立とう♪」
「うざっ……」
すごく鬱陶しそうな反応をされても、わたしはめげないんだから!
すると、るるなちゃんが靴を履くのを手伝っていたお父さんが恐ろしい目つきでこちらを睨んできた。
「おまえは朝食を食べたのならさっさと歯を磨いて身だしなみを整えろ。ていうか、るるなたんに一ミリたりとも近づくな。汚れる。ささみ菌がうつる。るるなたんがおまえのような『がんばらない』駄目人間になってしまったらどうするんだ? 責任をとれるのか? ぺっ、ぺっ!」
「それが娘に対する言い草か~!」
まるで小学生のような―いや、今時の小学生でもこんなやり取りはしないだろう。
朝からこんなアホみたいなことを繰り返す。
それがわたしたちの日常の始まり。
その瞬間までは。
「お、お姉ちゃん!」
ぎゃんぎゃんとお父さんと言いあっていたわたしは、妹の切迫した声を聞いて驚いた。
珍しいことに呼び方も「ささみ」から「お姉ちゃん」に変わっている。よっぽど動揺しているのだろうか? 一体何事だろう?
……もしや☆
「ど、どうしたの? るるなたん……もしかして遂にデレ期が到来したの? それとも、愛の告白? ハハハハハ! 我が世の春が来―」
「死ね。いいから、こっちきて! 早く、お姉ちゃん……!」
ほんきで怯えたような表情をする妹に、ただならぬものを感じてわたしはるるなちゃんに駆け寄る。
でも、わたしはちっとも焦っていなかった。
ここは『神々』のいない平和な世界―今更、わたしたちを悩ませるような不条理は起こらないはずだった。
だから、日常的な些細なことかと思ったのだ。
野良犬でもいたのかな、ぐらいの感覚で―妹に、そっと歩み寄って。
何気なく、その視線を追って。
わたしは、
@ @ @
平凡な一軒家たる我が家の庭に、不自然な
地面を突き破るようにして顔を覗かせているのは―巨大な岩石、だろうか……いや、見方によっては
核ミサイルみたいな厚ぼったい流線形の物体で、その周囲に岩が藤壺みたいにゴツゴツと貼りついている。
「何……これ……」
わたしは唖然として、そう呟いた。
怪奇現象など一切なくなったこの楽園で暮らして、もう五年は経つ。
久しぶりすぎる異常な事態に、わたしたちは呆気にとられるしかなかった。
悪夢みたいに、現実感がなかった。
その巨大な岩だか乗り物だかは、徐々にせりあがってくる。
そして、その胴体の一部を扉のように展開した。
耳障りな機械音を響かせて、大きく開いた扉の向こうから姿を見せたのは―
「ふうっ……」
例えるなら、未来へと向かう
「何よ、ぼけっとしちゃってさ。もうちょっと面白いリアクションをしなさいよ……馬っ鹿みたい。朝だからって寝惚けてるんじゃないでしょうね?」
わたしたちを眺めながら長い髪をかき上げ、そうぴしゃりと言い放った。
出会い頭にこんな高飛車な物言いが出来る人は―わたしは一人しか知らない。
「
こうやって再会するのも何年ぶりだろう……彼女は年相応に成長し、元々の麗しさにさらに磨きがかかっていた。
伸びた髪の毛はむかしのように子供っぽく結わえることなく、奔放に解き放っている。
と思ったら遮光器土偶みたいな髪留めで髪の先端あたりをゆるく結わえていた。
どうやら彼女はまだ、過去を完全に捨て去ったわけではないようだった。
「はぁ……そんなしけたツラしてんじゃないわよ」
わたしは彼女に何と声をかけたらいいか分からなくて、ただ立ち尽くしていた。
世界が『天国』と『地獄』に分かたれて―『神々』と『人間』が棲み分けを行い、すべてが切り替わってしまってから。
最初、わたしと情雨ちゃんは一緒に暮らしていた。しかし、自分に黙って勝手に全てを決めてしまった『神々』に対して情雨ちゃんは良く思っていなかった(彼女の性格を考えると当然のことだろう)。
この
こんな、生温い楽園は情雨ちゃんにとっては不用だった。
彼女は、こんな平凡な生活など望んでいなかったのだ。
対するわたしはいうと、己の無力さを思い知って、何もかもを諦めていた。
けれども『霊力』を失いただの一般人になってしまったわたしたちに、一体何ができるのだろうか?
とうとう情雨ちゃんはこんなわたしに愛想を尽かし、姿をくらましてしまった―はずなのだけど。
「これはあたしが
胸を張って誇らしげにする情雨ちゃん。
彼女は今までこんなものを造っていたのか……それは、どんな血の滲む努力だったのだろう。
わたしが諦めて、泣き暮らし、怠惰に生きている間にも―情雨ちゃんは、この輝かしい宝物のような人は、意地になってしゃにむに抗っていたのだ。
勝手に押しつけられたハッピーエンドを、全力で否定していたのだ。
「まあ、製作に関わったのはあたしだけじゃないんだけどね……」
バンバンと宇宙船を叩く情雨ちゃん。
「ともかくこれに乗れば、理論的には地球のあったはずの位置まで飛べるはずよ。宇宙人も見つけて捕獲して研究に付き合わせたし、絶対に大丈夫!」
どうも、この楽園―『天国』の創造には、宇宙人が関わっていたらしい。
彼らが底の知れない未知の力をもっていることはわたしも知っている。成程、確かに彼らの協力があれば可能なのかも知れない。
多分たまが、一生のお願い! とか言って頼み込んだのかな。
宇宙人はわたしたちの慣れ親しんだ神話云々とはまるで異なる次元の存在みたいだから、
などと、わたしは推測した。
「勿論、どんなトラブルが起こるかは分からないわ……飛び立った瞬間に大爆発して宇宙の塵になるかもね。『霊力』を失ったあたしたちに『神々』の加護はない。でも、だからって諦められるほどあたしは物分かりが良くないのよ!」
情雨ちゃんは何もかも気に食わないという表情で、わたしを睨みつける。
「これで納得すんの? めでたしめでたしだって思うの? こんなのが結末でいいの? 皆のおかげで助かりました、平和になりました、あとはいつまでものんびり幸せに暮らします……
不意に切れた情雨ちゃんは、宇宙船に向かって思い切り蹴りを入れた。
ゴン、という鈍い音が辺りに響き渡る。
「あたしは絶対絶対絶対に認めない! 許さない! こんな結末は断固として拒否よ! 大団円っていうのはねぇ、こんなんじゃないでしょ!」
そうだ。
わたしの部屋に置かれた写真には、空白がある。
そこにいたはずの、大好きな人たちの殆どは―この『天国』と名づけられた平和な場所にはいない。
ほんとは、皆がそこにいて欲しかった。
笑顔で、一緒にいて欲しかった。
それがほんとのハッピーエンドだ、わたしだってそう思うよ。
でも、これで納得するべきなんだ。
これが
そう思い込んだ前向きに生きていくことが、わたしたちにできる全部なんだ。
「……本当にそうなのかな?」
わたしはポツンと呟いた。
わたしのこの考えは間違っていないはず、『神々』が遺してくれたこの世界を平和に生きていく―彼らの意志を尊重した考え方。
間違ってない、間違ってないよ。
でも―
「……正しいとも思えないのは、どうしてなんだろうね?」
そう言って、るるなちゃんの方を見やった。
彼女は黙ってわたしのことを見つめている。
わたしの結論を、待っている。
わたしはもう大人になってしまった……誰かに責任を負わせることはできない。
自分の意志で、選び、進まなくちゃいけない。
……うん、ならもう、
「納得……できるかあああああああああああああああ!」
そのままわたしは妹を引っ張って、情雨ちゃんのもとへと駆け寄った。
その勢いのまま、懐かしい情雨ちゃんの胸元にとびこんで、抱きついた。
感情を爆発させ、ダムが決壊したみたいに、今まで溜めこんでいたものを全て吐き出した。
五年前の、全てが終わってしまった時のように。
駄々をこねる子供のように。
わたしは心の底を曝け出した。
「嫌だ! 皆とお別れなんて嫌だ! こんなのちっともハッピーエンドじゃない! これで全部お終いだなんて納得できないよ! かがみ! たま! つるぎ! お兄ちゃん―皆! 会いたいよ、皆に会いたいよ! 一緒に生きていきたいよ! こんな天国も平和も幸福も全部いらない! 大きなお世話だよ、糞喰らえだよ、つまんないよ哀しいよ寂しいよこんなの嫌だよ……!」
「そう……」
情雨ちゃんは、びっくりしたようにやや後ずさりながら。
微笑んで、抱きしめてくれた。
「―それでこそ月読 鎖々美。あの時から貴女が少しも変わっていなくて安心しました」
不意に聞こえてきたのは情雨ちゃんとは別の誰かの声。
名前を呼ばれたわたしは顔をあげた。
いつの間にか、
「自己紹介はまた後にしましょう。さあ、早く中に入りなさい」
見たところ、小学生くらいの可憐な女の子。
おかっぱ頭で着物を着ているその少女は……さながら『座敷童』のようだった。
幼い外見とは裏腹に、凛とした気品を漂わせている。
どこかで覚えのある雰囲気、懐かしい香りがしたような気がした。
でも今のこの子(?)の口振りからするとわたしを知っているみたいだったけど、わたしはこんな子供知らない。
「……誰?」
わたしは情雨ちゃんに問いかけた。
「あたしにもいろいろとあったのよ。そうね、この子の言う通り積もる話は後にした方が良いわね……」
わたしとるるなちゃんは顔を見合わせながら、情雨ちゃんに導かれるがままに宇宙船の中へと入っていった。
この先に何が待ち受けているのか? 無事に地球へ辿り着けるのか? 分からないことはたくさんある。
……ただそれでも、わたしたちは前に進みだした。
未来へと、歩き始めた。
全ての未練を、鬱屈を、吹き飛ばすために。
今はそれだけで十分。
これから一歩一歩を踏みしめていけばいい。
さあ、