ささみさん(α)がんばらない   作:有終の美

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文章を書くのは難しくて大変ですね。
相変わらず、初投稿です。


第二話/別天神

『欲求』:生活体に生理的・心理的な欠乏や不足が生じた時、それを満たすための行動を起こそうとすること。

これは辞書からの引用だが、さらにこの『欲求』は大きく三つに分けることができる。

食欲・性欲・睡眠欲、いわゆる『人間の三大欲求』というものだ。

このなかでも食欲は他の欲求と少し異なっていて、()()()()()()()()()()()()()で満たすという特殊な条件下にある。

つまり食欲は―生きるためには必要とはいえ―数多の犠牲の上に成り立っているものであることを我々人間は忘れてはならないのだが……。

はっきり言って()()は別だ。

我々のように食に感謝することもなく、食べるものを選ぶということもしない。眼前にあるものを片っ端から、何も用いず手掴みで、味わうこともせず、一心不乱に喰らい続ける。

何千回もの記憶のリセットによる弊害から、もはや()()は自身のことが何一つ分からなくなっていた。

それでも()()が今も生きているのは―()()が人間を超越した存在であることもあるが―そんな()()に唯一食欲だけが残っていて、それが()()を支えているということが最もな理由だろう。

 

 

「……あぅあぅ」

 

 

否、残っているというより、意図的に残されているという表現の方が正しい。

創られた存在である()()は、ある目的を達するまでこのままなのだ……もしかしたら永遠にこのままかも知れないが。

 

 

「……いーと。あぅあぅ。いーと」

 

 

とうに全てを喰らいつくしてしまった()()は今もなお腹を空かせている。

獣のように涎を口から地面に垂らしながら、たまに自分の指や腕に噛みついて空腹を紛らわせながら、そこでじっと座っている。

本能的なものなのか、あるいはまだほんの僅かに知性が残っていたからなのかは分からないが、()()はここでじっとしていれば好物である()が勝手に向こうからやってくることを察知していた。

今はまだ我慢だ。耐える時なのだ。あと少し待てば、あの上手いものがまた喰えるのだ。

 

 

「あはあ~、んぐんぐ」

 

 

口内に溜まりに溜まった涎を一気に飲み込むと、ごろりと横になって楽な姿勢をとる。

その時、首にかかっていたロザリオが、繋ぎとめていた鎖が切れたことによりポトリと地面へ落ちた。

()()は全く気にする素振りを見せず、それどころか首の周りが楽になったとでも言いたいかのように首をグルグルと回す。

今は餌以外のことなど眼中に非ず。ロザリオが落ちたことなどどうでもいい。

 

 

奥深くの最深部にて、()()は待つ。

来たるべき、その時を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  @  @  @

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ~、すごいな~」

「……意外」

 

 

宇宙船の内部へと入ったわたしとるるなちゃんは思わず感嘆の声をあげていた。

外見はおどろおどろしい見た目だったのだが、内部は全くの逆と言っていい。

汚れのない清潔そうな白い床、難解そうな本がずらりと並んでいる大きな本棚、ゆったりとくつろげそうなふかふかのソファー、大きなテーブルと椅子、その他にも電子レンジや冷蔵庫といった電化製品も並んでいた。

今自分が宇宙船の内部にいるとは想像もつかない。

てっきりわたしは、映画とかでも見たようなもっとメカメカしい感じだと思っていた。

でも実際は一台のノートパソコンがあるだけで、それ以外は特になにもない。

まるでリビングみたいだ。

 

 

「キッチンもあるんだね……」

「ふふん、どうよ。すごいでしょう! 宇宙船の内部だとは思えないでしょう!」

 

 

すっかり目を丸くしたわたしたちを見て、えっへんとドヤ顔を決める情雨ちゃん。

 

 

「内装には結構こだわったのよ。映画みたいにメカメカしい感じはなんか嫌でしょ?」

「でもこれってどうやって動かすんですか?」

 

 

そう質問したのはるるなちゃんだ。

 

 

「天井にマイクが仕込んであるのよ。そこに向かって肉声を吹き込むだけよ。事故が起きるのを防ぐため、反応するのはあたしの声だけなんだけどね」

「それってなんか映画よりもすごいんじゃない?」

「ハイテクですね」

 

 

情雨ちゃんの解説を聞いて、わたしはまたも驚嘆した。

とてつもない技術である。

道理で宇宙人を協力させたといっても数年はかかるはずだ……いや、情雨ちゃんだからこそ数年で完成したのかも知れない。

情雨ちゃんの必死の努力を目の当たりにすると、改めて平和な日常を送ってきた自分がとても情けなく思えてきた。

汗水を垂らしながらこの宇宙船の製造に取り組み続けた情雨ちゃん、それに比べてのうのうと大学で学生生活を送っていた自分……。

なんだか気分が落ち込んだわたしは、少しだけ俯いた。

その時、ふと思い出した。

 

 

「あれ? そういえば、玉藻前(たまものまえ)さんは? さっきから姿が見えないけど……」

 

 

キョロキョロと辺りを見渡しても、それらしき姿は見えない。

玉藻前―元『アラハバキ』の幹部にして、情雨ちゃんの実の母親。その正体は『傾国の美女』とも謳われた金毛九尾の妖狐でもあるのだが。

彼女もあの日からわたしたちと同じく『霊力』を失ってしまい、人の姿でいることができなくなってしまった。

それでも、元の狐の姿に戻ってからも情雨ちゃんの傍で彼女を支え続けた。

情雨ちゃんが見放すとは到底思えない。

どこかに隠れているのだろうか?

 

 

「そういえばそうね、どこにいったのかしら? あ、もしかして!」

 

 

何やら一人で納得した様子を見せた情雨ちゃんは、急いでソファーに駆け寄った。

 

 

「ああ、やっぱり!」

 

 

そしてソファーに置かれていた、『何か』を拾い上げた。

何だろう……ぬいぐるみ、とは違うような気がする。金色の毛のようなものに覆われていることだけは分かるけれど。

得体の知れない、謎の物体である。

とりあえず、毛玉(仮)とでも呼ぼうか。

わたしとるるなちゃんはその毛玉(仮)を訝しげに見つめた。

 

 

「ママったら、また戻れなくなっちゃったのかしら?」

 

 

すると情雨ちゃんは、今度はその拾い上げた毛玉(仮)をゆさゆさと揺らし始めた。

集中してかなり強い調子で揺さぶっているが……え、何これは?

新手の儀式か何かだろうか? もしかして、しばらく会わない内に変な宗教団体にでも加入したの?

情雨ちゃんがそんなのに引っかかるとは思えないんだけど。

もしそうだとしたら、わたしがやめさせないと!

 

 

「うわっ!」

「え、何々」

 

 

などとくっそくだらない正義感にわたしが燃えていた時、不意にその毛玉(仮)に変化が起きた。

突然、よく分からない煙に包まれ出したのだ。その煙は情雨ちゃんの腕の部分も覆っている。

一体何が起こっているのか、わたしとるるなちゃんは理解できなかった。

さっきからの宗教じみた行動といい、謎の煙といい、何か某宗教団体が引き起こした地下鉄事件を連想しちゃったけれど……そんなことはどうでもいいや。

情雨ちゃんは揺さぶるのはやめたみたいだけど、じっとそれを見つめたままでいる。

特に慌てている訳でもないってことは、有害な物質が発生したとかじゃないのか。

けれども状況がよく分からない以上、まだ安心とは言えない。

 

 

「ささみ、これ何が起きてるの?」

「さあ……わたしにもよく分からないよ」

 

 

しばらく経つと、ゆっくりとだが霧が晴れてきた。

ぼんやりとしたものが徐々に形を成していく。

そしてその姿がはっきりと分かった時、わたしは思わず声をあげた。

 

 

「あ、玉藻前さん!」

 

 

かつて『傾国の美女』と謳われたとは思えないくらい幼くあどけない容姿、その小さい身体にぴったりに着こまれたメイド服、そして極めつけは……頭にある狐耳と九本に分かれた金色の尾!

間違いない……わたしが覚えている玉藻前さん張本人だ。

あれ? とするとさっきの毛玉(仮)は玉藻前さんだったのか。それなら合点がいく、『化ける』ことなら玉藻前さんの専売特許だからである。

『霊力』や『術』を駆使すれば、人間だけでなくその他のものにだって自由に姿を変えられるのだ。

……ん? いやちょっと待って、何かがおかしい。

そうだ! 玉藻前さんもわたしたちと同じように『霊力』を失ったんだった! それで狐に戻っちゃって……。

でも、それだと化けることは無理なはずだし、というより今わたしの眼前にいるのは人型の玉藻前さんだ。

う~ん頭がごちゃごちゃになってきた……一体何が何やら。

 

 

「もう心配したんだから!」

「ごめんなさい……上手くいくと思ったんですけど、まだ慣れないみたいで」

 

 

うんうん唸るわたしとは対照的に、情雨ちゃんは普通に玉藻前さん(?)と会話している。

るるなちゃんも黙ってその様子を眺めているが、その心情はわたしと同じだろう。その証拠に顔が少しだけ曇っている。

とにかくこのままじゃ何も分からない。

意を決したわたしは、二人に話しかけることにした。

 

 

「えっと……玉藻前さん、でいいんですよね?」

「はい、鎖々美さん! 随分とご無沙汰していました!」

 

 

ニコニコと嬉しそうに笑いながら、ぴょんとわたしに駆け寄ってくる玉藻前さん(?)。

同時にぴょこぴょこと動く狐耳とゆらゆら揺れる尻尾がとても愛らしい、見ているとものすごく抱きしめたくなる……かがみみたいなこと言ってるな、わたし。

うん、とにかくご本人で間違いないことは確かだ。

 

 

「でも、どうやって……というか何でその姿に?」

 

 

肝心な部分がまだ分からない。

一体どうやって玉藻前さんは、今もこうやって人の姿(正確には、獣娘といったところか)を保っているのだろうか?

 

 

「それなら()()が教えてくれるわよ、鎖々美さん」

 

 

情雨ちゃんはわたしの後ろを見やった。

それにつられて、わたしも背後を振り返る。

 

 

「やっとですか。喋るタイミングを掴めなかったもので……なかなか難しいものですね」

 

 

そういえばすっかり忘れていた。

わたしのことを一方的に知っていながら、わたしが全く知らない存在。

謎の座敷童っぽい少女が、そこに凛として佇んでいた。

その風貌からは考えられないほどの何か強大なオーラのようなものが発せられている……まるでわたしよりも何千、何万年も生きているような、そんな感じ……。

しかしその雰囲気は、決して近寄りがたいものではない。

むしろ、どこか懐かしみの感じるものである。

そこにはわたしが何年も忘れていたような、言葉では説明できない()()があった。

 

 

「まずは自己紹介を……私の名前は別天神(コトアマツカミ)といいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 @ @ @

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別天神、彼女はそう名乗った。

どこか聞き覚えのある名前だけれど、どこで聞いたのかは思い出せない……。

もしかしてこれもただの勘違いなのかな?

う~ん、最近ボケてきてるな。

 

 

「聞きたいこともあるかとは思いますが、出発してからに致しましょう。『出発して下さい』」

 

 

別天神と名乗る少女は天井を見上げてそう言った。

直後、『承知いたしました。大きな揺れにご注意下さい』という声が宇宙船内部に響き渡る。

誰の声だろうと辺りを見渡したが、今喋ったのはわたしたちの中の誰でもなかった。

わたしが、その声が機械から発せられたものだと気づくのと、床がガタガタと揺れ出すのはほとんど同時だった。

……え? なになに、何が起きてんの?

 

 

「あー! あんた勝手にプログラム書き換えたでしょ! どうしてあんたの声で反応するのよ!」

「まあまあ、おじょうさま」

 

 

憤る情雨ちゃんとそれをなだめる玉藻前さん。

状況を察するに宇宙船が本格的に動き出したようだった。

 

 

「とにかく何かに掴まらないと……お二人も何かに掴まって下さい! 中にあるものは全て固定化されていますわ!」

 

 

えっ、いきなりそんなこと言われても……。

しかしこうしている間にも揺れはどんどん激しくなってくる。まるで軽い地震が起きているようだ。

何かに掴まろうにも、こう揺れていると上手く身動きが取れない。

各々がテーブルや壁に掴まろうとしている中、わたしだけはただその場で振動にゆらゆらと揺られるしかなかった。

 

 

「ちょっとお姉ちゃん! 何やってんの!」

 

 

うう、そんなこと言われてもどうしようもないんだよ……ただでさえ運動は苦手なのに……。

次いで、ビービーとけたたましい機械音が宇宙船内部に響き渡った。

『ただいま、ワープホールを作成中です。振動にご注意下さい。ただいま、ワープホールを作成中です。振動にご注意下さい。なお、この振動は一分程継続します』―どうやら、ワープホールなるものをつくっているようだけど……今の警告を聞く限りあと一分はこの揺れが納まらないのか、うへぇ。

とにかく何かに掴まろうと必死で足を動かそうとした時、その場で堂々と佇む別天神ちゃん(一旦、こう呼ばせてもらう)が目に入った。

これだけ揺れているにも関わらず、接着剤でも足に塗っているのかというくらい微動だにしない。

足が地面に接しているなら揺れるはずなんだけど……え。

よく見たら彼女の足は浮いていた。

 

 

「すみません、ちょっと掴まります!」

 

 

何で浮いてるのかなんて疑問に思っている暇はなかった。

とりあえず何でもいいや、掴まれるものなら。

わたしは自分が持ち合わせる限りの運動能力を発揮して、別天神ちゃんに飛びついた。

思えばこれは英断だったと言えるだろう。

なぜなら、わたしが飛びついた瞬間、浮いているわたしたちを中心に周囲が回り始めたからだ。

宇宙船がワープホールを通って移動しようとしていることは、機械音声のアナウンスから辛うじて分かった。

ジェットコースターなんて比じゃないくらいの勢いで、回り続ける宇宙船に振り回されるるるなちゃんたち。

ギャーギャーとるるなちゃんたちの叫び声が響き渡る中、別天神ちゃんと宙に浮いていたわたしは『別天神』について思い出していた。

 

 

「確かその名は……」

 

 

天武天皇の勅命により稗田阿礼(ひえだのあれい)が誦習した帝紀や先代旧辞を、元明天皇の命で太安万侶(おおのやすまろ)が文章に記録し献進した、現存する日本最古の歴史書と言われている―『古事記』。

『別天神』は、それの冒頭に記載されている。

天と地が分かれ世界が開け始める、いわば世界の始まりである天地開闢(てんちかいびゃく)、その初めに現れたとされている神……それが『別天神』だ。

天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)高御産巣日神(たかみむすひのかみ)神産巣日神(かみむすひのかみ)宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)天之常立神(あまのとこたちのかみ)、これら五神を総称とする。

なかでも、天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神は『造化の三神』ともいわれている。

これらは、どの天つ神よりも()()な存在だ。

全ての源にして、全ての生みの親である。

つまりわたしが掴まっているこの娘は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 

「……」

 

 

どうしよう……もしわたしの想像が正しいのなら、わたしは今とんでもないことをしていることになるんじゃ……。

思いっきり掴まってぶら下がっちゃってるし、心の中でだけど別天神ちゃんとか気安く言ってたし……どうやらとんでもなく不敬なことをしでかしてしまったようだ……。

というかこの回転は一体いつまで続くんだろう? もう結構時間は経っていると思うんだけど。

さっきから誰の叫び声も聞こえなくなっちゃってるし、皆ぐったりとしているけど大丈夫なのかな?

そこでようやく、『ワープホールを通り抜けました。繰り返します、ワープホールを通り抜けました。これより自動運転システムへと切り替えます』と機械音声が流れた。

今まで上下左右ごちゃごちゃになっていた空間が、先程と同じ光景に戻ったのだ。

わたしと別天神()は静かに床へ降り立った。

 

 

「あー、まだ頭がぐわんぐわんしてますわ……」

「はぁ……はぁ……予想はして、たけど……ここまで酷いもんとわ、ね……」

「いくらなんでもきつ過ぎ……しんど」

 

 

べったりとへたり込みんで荒い呼吸を繰り返す三人。

色々と話し合う前に、ますは三人の介抱が優先だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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