平和な生活に馴染んでいる石切丸さんとにっかりさんのお話。にっかりさん目線。
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うちの本丸の石切丸さんは世間一般のイメージとちょっと違う。

 うちの本丸の石切丸さんは、世間一般のイメージとちょっと違う。

 

 石切丸さんとは……神社の御神刀にして病気平癒の神様、スラリとした長身、サラリとした切り揃えられた前髪とアメジストカラーの美しい目元……優しく頼り甲斐のある大人の雰囲気で、女性からの人気の高さも頷ける。

 

 去年放送していたアニメでも、石切丸さんは第1話にしてセクシーな入浴シーンを公開し、一緒に入浴したアヒルのオモチャを筆頭に視聴していた審神者達の目をハートマークにさせた。

 

 普段は露出度控えめの清楚系なのに、お色気までこなす、しかも強い……文武両道、眉目秀麗……の代表みたいなイメージである。

 

 そう、世間一般の石切丸さんはパーフェクトなレジェンド・オブ・イケメン御神刀なのだ……だが、顕現した刀剣男士は各本丸ごとに微妙に個性が違うらしく、何故かうちの石切丸さんはやたらフレンドリーで解放的なのであった。

 

 噂をすれば何とやら、廊下から聞こえる落ち着きのない足音……。

 

『バタバタバタ……!』

 そして、解放的な性格を表すかのごとく、めいいっぱい開かれるふすま。

『パターン!』

 

 風呂上がりの熱を冷ます為に腰にタオルを巻いただけのラフな姿。

 切り揃えられている髪の毛をタオルでガシガシと拭く石切丸さん……いつ見ても豪快だ。

「あー! いい風呂だったなぁ‼︎ にっかり君も一緒に入れば良かったのにぃ」

「僕は後でいいよ……(ゆっくり入りたいからね)」

 

 僕『にっかり青江』と『石切丸』さんは『神剣コンビ』と呼ばれているらしく、この本丸では相部屋である。なので、こういうやり取りは日常のひとコマと化していた。

 

 もう見慣れてしまったけど、この人いつも風呂上がりは腰にタオルを巻いた姿でフラフラしているんだよね……万が一あのタオルが取れてしまったら御神刀の高貴なイメージが……と心配することもあったが、そこはさすが神剣、不思議なチカラで腰に巻いたタオルはガードされており、絶対にあられもない姿を晒すような真似はしないのだった。

 

 僕が入浴の準備を済ませ部屋を出る頃には石切丸さんは、寝巻きを着込んでいた。

 

(いつの間に……彼の機動力は戦闘だと大太刀特有のゆっくり設定なのに、着替えのシーンはいつも瞬時に終わる……どんなにラフにしていても神なのか……)

 

 世間一般での僕は、年上の大人の雰囲気に満ちた御神刀に憧れる若手の刀剣……なので、一応この本丸でもそのような役回りのハズだけど……。

 

「今日はコーヒー牛乳にしたけど、明日はフルーツ牛乳がいいなぁ……お腹空いちゃったからお夜食にしようかなぁ? にっかり君、あのぉお風呂から上がったら……」

「お夜食のうどん作ってあげるから……それまで待ってね、きちんと髪の毛乾かさないと風邪ひいちゃうよ」

 

 人型を得てエンジョイする石切丸さんは、落ち着いた大人というよりどこか放っておけないところのある、お兄さんといった雰囲気で、僕がしっかりしなくては……という義務感が生まれているのであった。

 

 結局、お夜食のうどんを作る為にゆっくり入る予定だったお風呂を手早く済ませて、石切丸さんと一緒にうどんタイムを楽しむ事に。今日も平和に1日が終わった。

 

 翌日。

 

「おはようにっかり君、今日は何の任務だろう? 畑仕事だったら先に加持祈祷を済ませてから作業しないと……」

 

「僕は、ずっと戦いどうしだったから、そろそろ馬当番かな?」

 

 相部屋の石切丸さんと布団を綺麗にたたみ、一緒に身支度、食事を取るために広間に向かう最中に今日の任務の予想をする。

 

 僕は夜戦が得意な脇差だから、つい最近まで池田屋にしょっちゅう出陣していたけれど、夜戦では実力を発揮しきれない大太刀の石切丸さんは本丸で内番だった……池田屋攻略以前は本丸内でトップクラスのレベルだったのに現在では止まってしまっている。

 

「なんだか、内番ばかりしていたから最近腕が鈍っていてね……たまには鍛えた方が良いのかな?」

 

「みんなのために毎日祈祷してくれているんだし、無理しなくていいと思うよ」

 

 広間に着くと朝食のいい匂い……炊きたてご飯、お味噌汁、関西風のだし巻き卵、程よく焼けた鮭の西京焼き、自家製のお漬物、シンプルだけど嬉しいメニュー。

 

「今日も感謝して、いただきます! お味噌汁はなめこ汁だね、だし巻き美味しいなぁ、関西風だよ……燭台切君、おかわりいいかい?」

「石切丸さん、今日も元気だね! たくさん作ってるからどんどん食べてよ」

 

 楽しそうに毎日を過ごす石切丸さん、ご飯のおかわりをしてご満悦の表情だ。彼は神社暮らしが長い御神刀だし、そんなに無理に実戦に出なくても……と僕は考えるようになっていた。

 

 

 

 「主から指令、厚樫山でしばらく実戦から離れていた刀剣と新入りのレベル上げだって、隊長はオレ!」

 

 近侍を務める初期刀の加州清光君から今日の司令が伝達される。鮮やかに紅く塗られた爪が印象的な彼の手には主からの司令表。内容は加州清光君を隊長に石切丸さんらレベルに遅れの出ている刀剣と新入りのレベル上げだ。

 

「はは、しばらく実戦から離れていたけど……この任務で前線に戻れるように頑張るよ」

 普段通りの穏やかな表情で『前線』なんて言葉を使われて、僕はちょっと動揺した。

 前線……無理が重なれば『折れる』可能性もある……今更、石切丸さんを任務に出さなくても……彼には今の平和な暮らしの方が合っている。

 

 一介の脇差である僕に意見を言う余地はないはずだけれど、既に石切丸さんの保護者のような気持ちになっていた僕は初期刀の加州君や本丸を仕切っている長谷部君に間に入ってもらい、なんとか同じ任務に同行させてもらえるようにお願いした。

 メンバーは加州君、石切丸さん、鶯丸さん、新入りの千子村正さん、そして僕にっかり青江。

 

「にっかり君も一緒に来てくれるんだね、池田屋でずっと活躍してたキミがいると心強いよ。よろしくね」

「ふふっこちらこそよろしく」

 久しぶりに見る戦闘服……烏帽子姿の石切丸さん……一見、平常通りにしつつもどこか硬く、優しげな瞳の奥に刀としての本分が出るのか、鋭さも秘めていて思わずドキッとする。

 

「一応、何があるか分からないから金の刀装を装備しておいてね」

 加州君のアドバイスで金の刀装に付け替える……脇差特有の世話やき性質で思わず石切丸さんの刀装も装備させてあげた。

「神剣コンビは仲が良くて羨ましいな……俺にも大包平がいれば……ところで厚樫山に大包平はいるのか?」

「さぁ? 村正さん、知ってる?」

「huhuhu……大包平さんは私より前のイベントで配られたヨウデスが審神者は大包平さんをゲット出来なかったみたいデスね!」

「そんな……大包平……」

「もう、行くよ!」

 主命を遂行すべく厚樫山へと出立するのであった。

 

 

 

「……って、まさかこんなタイミングで検非違使に出くわすとはね……本気出しちゃうよッ……くっ」

「加州君ッ」

 キィィン!

 刀がぶつかり合う金属音。

 何となく……嫌な予感は当たるもので、よりによって検非違使と遭遇するハメになった。おそろしいことに検非違使は一番レベルの高い刀剣男士に合わせた強さのものに遭遇するらしい……この部隊で1番レベルの高い隊長加州君のレベルは初期刀だけあってかなりの高レベル……そんな加州君と同等の検非違使相手だなんて……戦闘から離れていた男士や加入したばかりの村正さんでは流石に厳しい。

「はぁ……はぁ……」

「……ッ大包平……」

 みんなかなり消耗している……加州君だけに戦いを任せるわけにはいかない……僕が……僕が、もっとしっかりしないと。

 

 思わずみんなを庇うように、前へ前へと出る……ザシュッザシュッ……熱い熱い、ピリピリとした痛み、全身が裂けていく感覚は肉体を得てから感じる生身特有のもの、斬り付けられて血が滲む……刀の時にはなかった感覚……。

「にっかり君! もういい、撤退しよう!」

 遠くで石切丸さんの声が聞こえる、僕を心配する声……僕がしっかりしないとなんて考えていたのに結局、御神刀である彼に心配をかけてしまう……けれど、不思議なもので僕は冷静に《ここで折れたら僕の意識はどうなるんだろう、全部消えてしまうのかな? 何気ない日常の記憶も全部……》なんて、肉体を斬り刻まれながら疑問符を打っていた。

 戦刀の本能か、どんなに敵に斬られても僕は手を止めなかった……止められなかった……刀装はもうとっくに壊されていて身を守る術は何もない、軽傷……中傷……重症……どうやら刀身にヒビが入ったようだ……僕自身が裂ける、裂ける、裂ける、視界は天に向かい青空と太陽が僕の目を突き刺す……ぐるぐると廻る世界、思わず残りのチカラで目を伏せる……気づけば僕を守るように検非違使との間に立ち塞がる誰かの影。

 

 刹那……僕の目が捉えた映像は……普段は優しく穏やかな御神刀の刀剣男士が鬼神の如く、修羅の様な気迫で大太刀を振り下ろす姿だった。

 

 

 

 目が覚めると手入れ部屋。どうやら助かった様だ。少し硬めの布団の中で寝返りを打とうとするけれど、相当ひどい傷だったのか全身がズキリと痛んで動けない。

「にっかり君、目が覚めた? 良かった……大変だったけどみんな無事だよ」

 隣の布団では、やはり僕と同じ満身創痍状態の石切丸さんの姿、いつも通りの優しげな表情で穏やかに微笑む。

「石切丸さん……」

 あの激しい気迫の大太刀は僕が気を失う間際に見た夢だったのだろうか、それとも……? あの時とのギャップに思わず凝視してしまう。

 僕の視線に気づいたのか、此方を見て何か思いついたようで……。

「たくさん戦ったから、なんかお腹空いちゃったなぁ……あのぉ……にっかり君、手入れが終わって元気になったら、悪いけど……」

 お腹が空いたから、何か作って欲しいという事らしい。どうやらいつもの調子の石切丸さんに戻っているようだ。

「分かったよ、元気になったら美味しいおうどん作るから……今回の部隊みんなで食べようね」

「ありがとう、にっかり君!」

 石切丸さんの花もほころぶような笑顔。

「どういたしまして」

 本当は……お礼を言うのは助けてもらった僕の方なのに、僕に気を遣わせないようにしてくれているのかもしれない。きっと、今までも気付かなかっただけでずっと……。

 

 うちの本丸の石切丸さんは世間一般のイメージとちょっと違うけれど、他の本丸の石切丸さんと同じく、とても優しくていざという時は頼り甲斐のある素敵な御神刀だ。

 だから、僕は感謝を込めていつも通り美味しいうどんを作ろう、ありがとうの言葉の代わりに。

 



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