部屋割りの件で家城教官に質問して理由が数が合わないからという、単純でごく自然なものだと分かって大人しく引き下がった。
その際「何かあったら相談しなさい、恋愛以外なら聞いてあげるわ。」と冗談半分に言われた。
その後俺はアヤと合流して部屋に向かおうと歩いているのだが、
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
はっきり言おう、気まずい。何か話した方がいいのは頭で分かるのだが、そもそもこれから幼なじみとはいえ異性と同じ部屋で生活するというのにそれを話題にできる程俺も、おそらくアヤも免疫はない。
そうしたぎこちない雰囲気のなか寮の二階に繋がる階段を上り廊下に出る。
二階の間取りはH字に廊下が繋がっており、俺達は二階の東西を繋ぐ廊下を通り右に曲がって少し歩いた先に2214号室があった。
持っていた合鍵を使ってドアを開けた俺は無言で中に入り、アヤも続いて部屋に上がった。
室内は電気が消えたままで薄暗く、部屋の玄関の壁に取り付けられた照明のスイッチをONにして靴を脱いで揃え奥に進む。
同じように部屋の照明の電源を入れた直後に2つの安価な見た目の羽毛ベッドと、その向かいにある2台のデスクが視界に映った。
取り敢えず2台あるデスクのひとつに荷物を降ろし、アヤもそれに倣う。
それから息をひとつ吐いた俺は自分の体を確認した。俺の今着ている服は高校時代に着ていたブレザーやプライベートに着る私服でもなく、上下共に青を基調としたEDF2級礼装だ。
ここへの入学が確定した二日後に実家に送られてきたこれを着て今日アカデミー入りを果たしたわけだ。
一方のアヤも自分の着る服を複雑な表情で見つめていた。
俺はこのあとに控える予定のため彼女に声をかける。
「取り敢えず、このあとは一階の食堂で昼食らしいから下に降りよう」
そう言って再び玄関に向かおうとしたが、背後からアヤが声をかけてきた。
「・・・・・・ねぇ、勝くん」
その声に俺は振り向いた。その先ではアヤが思い詰めたような表情でこちらを見つめて、続いて口を開いた。
「わ、私と相部屋はそんなに、嫌なの?」
「・・・・・・えっ?」
その言葉に俺は思わず疑問形で返してしまった。そんな俺の返事にアヤは剣呑な口調で聞いてきた。
「なんで疑問形なの! やっぱり私とは・・・・・・!?」
「だーもう! そんなんじゃない、一旦俺の話を聞け!」
アヤの突然の様子に俺は頭を抱える。これから大隊の同期生との交流を兼ねた昼食会だというのに、突然アヤはどうしたんだ。
とにかく落ち着いて話をするために深く息を吐き、そして話した。
「別に俺はアヤといるのが嫌な訳じゃないし、アヤを嫌っている訳でもない。というより、今まで世話になった相手を無下にするはずないだろ」
父さんが死んで、その後仕事でなかなか家に帰れない母さんの代わりに俺の面倒を見てくれたのがアヤとその両親だった。
彼女の両親は元陸自隊員で、自衛官候補生の時点で知り合いお互いの仲が発展してそのまま結婚し、その数年後にアヤが産まれ偶然にも俺の産まれた病院だったそうだ。
俺がまだ9歳の頃に父さんが死んだ後は、小林家で食事をご馳走になることが常で流石に世話になりっぱなしでは申し訳ないと思って家事を手伝っていた。
俺がこうしてここに来れたのも、アヤとその両親がいたからだろうな。まだ小学生でしかなかった俺が寂しい思いをしなくてすんだのもそのお陰で、感謝こそしても、嫌悪する理由なんてあるはずがなかった。
「なら、なんでさっきは
「それはあくまで幼なじみとは言え異性と相部屋なのはどうなのか聞きたかったからで、アヤを嫌っている訳じゃない。あの時は少し驚いただけさ」
言いながら俺はアヤを安心させるように、ゆっくりと頭を撫でた。アヤは一瞬ピクッと体を強張らせたがすぐに力を抜いて、俺と視線を合わせた。
「じゃあ、勝くんは私のことは嫌じゃないの・・・・・・?」
「ああ。俺にとってアヤは産まれてから19年来の大事な幼なじみだ。それが覆ることはない。これからもずっとな」
俺がそういった直後、アヤは何故か微妙な表情を浮かべた。
「? ・・・・・・どうしたんだ、そんな顔をして?」
俺は気になって訊いてみるが、
「え、いや、なんでもないよ! そうかぁ、私のことを勝くんが嫌っていないならそれでいいよね、幼なじみだもんね、うん」
何故かアヤは一人だけ納得しているが、俺はどういうことかさっぱり分からないぞ。
「それより早く一階の食堂に降りよう? 皆もうそこにいるかもしれないし!」
「お、おう」
急にテンションが高くなったアヤに促されて、俺達は移動した。
***
勝くんとの悶話を強引に終わらせた私はそのまま2階の廊下を歩いてる。その歩みを進めるなか、私はさっき勝くんが口に出した言葉を思い返していた。
『俺にとってアヤは産まれてから19年来の大事な幼なじみだ。それが覆ることはない。これからもずっとな』
勝くんは、私との幼なじみとしての関係が変わることはないと考えているのかもしれない。
さっきはここに来てからの不安な気持ちから彼にあんなことを言ってしまったけど、本当は私にも分かっている筈だった。彼が心で抱えていることについても、それによって勝くんが私をどう思っているのかも。
今の勝くんは
だから、いつかは気付いてもらおう。私の本当の気持ちに。
***
一階に降りた俺達はロビーを出て奥の通路を進み、右側に『1F食堂』と書かれた看板を見つけて自動ドアをくぐって入る。
食堂のなかは意外と広く既に入室した候補生で賑わっていた。
様々な国の人がそれぞれ出身国が同じもの同士でひとつのグループを作り、テーブルを囲っている。置かれているテーブルは10人が一度に座れる程大きく、それが15個以上設置されていた。
「よっ、お二人さん! やっと来たな?」
声がした方向に振り向くと、食事を載せたお盆を両手に持った淳也がこちらを見ていた。
「へぇ、美味しそうな味噌カツだね! ここのメニューなの?」
アヤの言う通り淳也のお盆に載せられているのは味噌カツを主菜にしたメニューだった。主食のご飯と副菜のレタスを刻んだサラダ、更に味噌汁と和食として定番と言える組み合わせだ。
「確かに美味しそうだな、それはどこで?」
「それだったら向こうの自販機で好きな料理の食券が買えるぜ?」
そう言いながら視線を横に向けて示す。そこには幾つかのテーブルの奥に自動販売機が2台並べて設置されていた。
「分かった、ありがとう淳也」
俺が礼を述べると続けてアヤも「ありがと!」と礼を言い、そのまま自販機のほうに歩く。
俺は自販機の前で足を止めると制服の内側のポケットから財布を取りだし、ガラスの向こうのメニューを見た。
メニューはそれぞれの国の出身に合わせているらしく、知っている国の料理からあまり聞かないような料理までが平均で2、3種類は用意されていた。
俺はその中の『唐揚げカレー』と書かれた料理が目に留まり、自販機のコイン投入口に小銭を入れて自販機の右側に付けられたスイッチの5番目を押した。
するとスイッチの数多く並んだその下、『食券を御取りください』と書かれた箇所から食券が出てきたのでそれを手に取る。
「勝くん、今買った食券はあそこで渡すんじゃない?」
同じく購入した食券を片手にアヤは食堂の一角を指差し、俺はそちらに視線を向ける。
そこには、10人以上の調理師が長いカウンターの向こうで忙しそうにしながら料理を『受け取り口』と書かれた看板の下に次々並べていた。周囲には他の候補生が疎らにいるだけで混んでいるわけではなさそうだ。
「すみません! 食券を買ったんですが、料理との交換はここでいいんですか!?」
「ああ、ここで良い! 取り敢えずその辺に食券だけ置いて食券と同じ料理だけ持っていけ! 返却は向こうのほうにな!」
調理する際の騒音が大きいため意図的に声量を大きくしながら訊いてみて、言われた通り食券だけ置いて料理を手に取る。アヤも自分の料理を両手に持っていた。
メニューはラーメンが中心になるらしく、もくもくとどんぶりからは湯気が出ていた。
料理を受け取った俺達はそのまま空いてる席を探していると、丁度淳也が座るテーブルが目に入り俺は淳也に話しかけた。
「よう淳也。こっちに座って良いか?」
「別に良いぜ。寧ろ食べながらでも聴きたいことが色々あるからな?」
俺に声をかけられて箸を使う手を止めた淳也がこっちを見てニッと笑いながら返事をする。
了承を得たので俺とアヤは淳也の向かい側に腰を下ろし、テーブルに置いた料理を前に頂きますと呟いてスプーンを手に取った。
「さっそく聴くけどさ、勝一と彩音ってどういう関係?」
「俺とアヤの関係?」
「おう。実を言うと本当に気になっててなー。ただの知り合いって割には仲が良すぎるし、知り合ってすぐ仲が良くなったわけでもなさそうだし、そこんとこどうよ?」
「別に大した関係じゃない。俺とアヤは産まれてからの幼なじみなんだ。でも恋人同士な訳じゃない」
俺は淳也にそう言ってスプーンでカレーを掬って口に運んだ。
「へぇ~、幼なじみねぇ。」
「?」
妙に間延びした声でそう言いながら淳也は意味深げに俺の隣に視線を向けて、それに釣られて俺は視線を動かすと、
「///////」
顔を林檎のように赤く染めたアヤがいた。湯気が出そうな程顔を紅潮させながらラーメンを啜っていた。
「どうしたんだ、アヤ。そんなに顔を赤くして?」
思わず部屋割りの時と同じ台詞で訊いてみるが、アヤから返ってきたのは意外な言葉だった。
「・・・・・・勝くんのバカ」
「へ?」
いきなり罵倒された。俺、なんか気に障ることしたのだろうか。
「まったく、ここまで来ると重症だなこりゃ」
「? ? ?」
アヤの言葉に首を傾げた俺に呆れた表情で溜め息をつく淳也に重症とはなんなのか聞こうとしたとき、背後から声をかけられる。
「昼食の最中に恋沙汰とはな、そんな体たらくでよくここへ入学したものだ」
聞き慣れない訛りの入った日本語だった。食事の手を止めて後ろを振り向くと、そこには一人の銀髪と青い瞳をした青年がこちら(多分主に俺)を睨んでいた。
「あんたは?」
恐らく海外の出身とは思うが名前は知らないので訊くと、フンと鼻を鳴らしてから話した。
「自己紹介が遅れたな。俺の名前はルミナス、ルミナス・ラスヴェートだ。お前と同じここアカデミーの第6期生でロシアの首都、モスクワの生まれだ」
ルミナスと名乗った青年は最初話しかけたときと同じネイティブな日本語で話した。それにしてもロシア人か、アメリカと比較したお国自慢が五月蝿そうなイメージがあるけど、そこはどうなんだろうか。まぁ、取り敢えず俺も自己紹介した方がいいな。
「俺の名前は神山勝一、気軽に勝一って呼んでくれ」
「私は小林彩音、よろしく!」
「中村淳也だ。取り敢えずよろしくな?」
剣呑な雰囲気のルミナスに対しなるべくフレンドリーに努める俺に続いてアヤと淳也が自己紹介して、握手しようと手を前に出すが彼はそれに応じず話を進めた。
「お前がコウヤマか。入学試験の成績がトップクラスだと聞いたからどんなやつかと思えば、まさかいつも女を侍らせるようなやつとはな。
ふむ。
どうやら俺は相当嫌われているみたいだな、午前の入学式直前に騒ぎを起こしたのはやはりまずかったかな。
「ちょっと、あなた!」
「いいよ、気にしてないから」
今アヤにいった通り、別に気にしていない。俺に対する悪口や陰口は昔から慣れているからな。
「ちょっと良いか?」
淳也が口を挟んだ。その顔には薄ら笑いが浮かんでいて、余裕のある表情をしていた。
「・・・・・・ナカムラか、なんだ?」
それに対してルミナスは淳也の余裕な態度が気に入らないのか、不愉快な表情を隠そうともせず先を促した。
「まず分からないのがなぁ、なんで入学試験の成績の事を最初に持ち出すんだ? 勝一がただ気に入らないだけなら、別に言う必要ないだろ。それとも、他に何か理由があるのか?」
当然の疑問だが、同時に確信を持つように問いかけた。その淳也の質問にルミナスは苦虫を噛み潰したように、口元を歪めた表情を浮かべながら答えた。
「それは、コウヤマがEDFに入隊したのには大義があったからだと俺は期待していたのに、入学初日で騒ぎを起こす何てふざけているにも程があるからだ! こんな奴がEDFに居るなんて「そこまでよ、ルミナ」クララ!?」
早口で捲し立てるルミナスの言葉を遮った声がした方を振り向くと、金色の髪をツインテールにした女性が厳しい表情をして立っており、ルミナスを諌めるように視線を向けている。
「確かに初日から騒ぎを起こしたのはどうかとは思うけど、だからと言ってそれをどうこう言う権限は貴方にはないはずよ」
「だが、クララ・・・・・・!」
「いいからこの場は収めなさい。既に周囲から注目を集めているし、初日から騒ぎを起こした新入生の一人には、なりたくないでしょう?」
クララと呼ばれた女性の言う通り、周囲の候補生が遠巻きにこちらを見ていた。このままだといずれ教官達の耳に入ることに気付いたのか、視線だけこちらに向けたまま踵を返した。
「今日はこの辺にしておく。だがコウヤマ! お前の事は絶対に認めないからな!」
そう言って俺達の居るテーブルから早足で去っていくルミナスを追うように「ごめんなさい、それじゃ」とだけ俺達に言ってクララも去っていった。
その後俺はさっきのルミナスの言葉を思い返していた。
俺の事は認めない、か。
これからのアカデミーの生活は色々大変そうだな。
第2話でした。主人公達の着る2級礼装ですが、具体的なデザインはFWの地球防衛軍の士官服を青を基調としたものに変えたものと思ってください。では、また。