競技にはまだ少しかかります。
「すみません。ジュースのおかわりをお願いします」
「はい!少々お待ち……会長?」
「え?潮田くん!?」
給仕の仕事をしっかりとこなしていた渚は、後ろからジュースのおかわりを頼まれたため振り返って新しいジュースを渡そうと声の主の顔を見ると、そこには一高の生徒会長、七草 真由美がいた。
会長がいること自体は知っているので、渚は少し固まっただけで済んだが、真由美は渚とは違ってかなり驚いていた。
「あ、おかわりどうぞ」
「うん、ありがと……じゃなくて!潮田くんがどうしてここに?」
その質問に、渚は首を傾げる。
幹比古はともかく、エリカと真由美は顔の面識はある。
だから、エリカを見かければ少なくともエリカから直接聞いていない限りは渚もエリカたちと同じように参加していると思えるはずだ。
そして、自分がいたことを知らない時点で、エリカとは会っていないことになるのだが、エリカはかなり広範囲に移動しているため見かけないという可能性は低いはずなのだ。
「会長はエリ……千葉さんとは会わなかったのですか?」
「ううん、さっきまで摩利やリンちゃん、十文字くん、服部くんと一緒に他校の生徒会に挨拶していたけど、見かけなかったわよ?」
わざとらしく顎に手をあてて考える仕草をする真由美だが、これで渚は納得がいった。
エリカは、何故か摩利をあまり好ましく思っていない。
その摩利と一緒に行動していたなら、確かにエリカは近寄らないはずだ。
ちなみに、リンちゃんとは、三年生の生徒会会計、市原
「千葉さん……なるほど。だから潮田くんはここにいるのね」
真由美は一人で結論に至ったらしく、一人でウンウンと頷いているが、間違いなくその結論は間違っている。
しかし、それを訂正すればややこしいことになることも、間違いない。
よって、渚は真由美の勘違いに感謝してそれに乗っかることにした。
「ところで、潮田くんって執事服よりメイド服の方が似合いそうよね。一回着てみてほしいな」
「会長までそんなことを……さっき着せられて写真ま……」
そこまで言ったところで、渚は自分がとんでもないことを言っていることに気がついた。
真由美は、面白いものを見つけたようにニヤニヤとしながら楽しそうに渚に詰め寄る。
「ん?写真がどうしたの?」
「いや、何でも――」
「少し、お姉さんに見せてみなさい」
一気に詰め寄ってくる真由美。
その表情はまさに先程見た業や中村のそれだった。
そして、この場合に
「仕事があるので失礼します!」
「あ、ちょっと!」
逃げることだ。
早歩きで逃げた渚を見て、真由美は新しい獲物を見つけたとばかりに笑う。
「潮田 渚くんか……なんかあーちゃんを思い出すわね」
◆◆◆
「達也。久し振りだね」
「渚?エリカたちは分かるが、なんで渚が参加しているんだ?中学のクラスメイトはどうした」
「あー、一個ずつ答えるね。まず、中学のクラスメイトだけど、厨房に二人、このホール内に僕を含めて三人、部屋に二人いるよ。どうやって参加したかだけど、ちょっと知り合いに頼んだんだ」
渚は達也から空のグラスを受け取って新しいジュースを渡しながら、達也の質問に一つ一つ答える。
だが、渚はまだ知らない。
達也は既に、渚が軍の上官と面識があるというのを知っていることを。
そして、達也は知っている。
渚たちが『無頭竜』に狙われていることを。
それから少し談笑をした二人だが、来賓の挨拶が始まると周りが静かになってしまったため、自然と二人も静かになる。
そのまま会話できる雰囲気ではなくなったため、別れを告げて再び仕事に戻る渚。
壇上には入れ替わりで人が登壇するが、魔法に関与してから数ヵ月の渚には誰が誰だか全くわからない。
だが、次に告げられた名前に、渚はすぐさま壇上を見た。
その名前は、
周りを見てみると、生徒たちも同じように壇上を見ており、給仕の仕事をしている茅野や磯貝も壇上を見ていた。
ただし、渚たちと一般生徒との表情は全く違う。
そして、壇上に現れた人物の姿に、ホール内の時間が止まった。
眩しさを和らげたライトの下に現れたのは、パーティドレスを纏い髪を金色に染めた、若い女性。
それと同時に、渚、茅野、磯貝は過去に一度近いもの感じたことがある、『ナニか』を感じとった。
それは、
ホール内ではざわめきが広がっている。
何故こんな若い女性が代わりに姿を見せたのか。
何らかのトラブルがあったのか。
しかし、どれも違う。
渚の眼には、しっかりと金髪の女性の
周りを見てみると、茅野や磯貝も気づいているらしく、老人を凝視。
また、達也も同じように凝視していた。
老人の囁きを受けて、ドレス姿の女性はスッと脇へどいた。
ライトが老人を照らし、大きなどよめきが起こる。
「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」
その声は、マイクを通したものであることを差し引いても、かなり若々しいものだった。
「今のはチョッとした余興だ。魔法というよりも、手品の類いだ。だが、手品のタネに気づいた者は、私の見たところでは八人だ」
老人が何を言い出すのか、何を言いたいのかを大勢の高校生が興味津々に彼の言葉に耳を傾けている。
しかし、それどころでは無い高校生が、約三人。
「渚。あの人って……」
「間違いないよ磯貝くん。
「まさか、それがあの老師だってこと?」
「たぶん……あの時と似たような感覚をさっき感じたから、間違いないと思う」
渚、磯貝、茅野がさっきの魔法を見破れたのは、彼らの観察力が優れていたとか、魔法に耐性があるとかそういうのではない。
一度、今回のそれよりもかなり広範囲の魔法を実際に見たことがあるからだ。
「――明後日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に、魔法の使い方を競う場だということを覚えておいてもらいたい。魔法を学ぶ若人諸君。私は、諸君の
老人の話が終わったとき、ホール内は拍手に包まれる。
その拍手に包まれながら、老人は降壇する。
その老人の顔は、笑っていた。
◆◆◆
一仕事を終えた渚たちは、それぞれの部屋に戻って今日あったことや明日の予定などを決め、眠りについた。
『業、渚は寝た?』
「ああ、そっちはどう?」
『こっちも寝たよ』
だが、怪しい行動を起こすものが若干二名。
業と中村だ。
二人が懇親会に参加しなかったのは、今この時のためにある。
「よし、じゃあゆっくりと茅野ちゃんをこっちまで運んできて」
『了解』
業の面倒だったというのは本当だ。
ノックが聞こえ業が扉を開けると、そこには寝ている茅野を抱えている中村の姿があった。
「さすが。運ぶの上手いねー」
「まぁね。ほら、そんなこと言ってないでさっさとやるよ」
茅野を運ぶ先は、渚のベッドの上。
業が布団を捲り、中村が茅野を渚の隣に寝かす。
そして布団を被せて、写真を一枚。
つまり、二人がやりたかったのはこれだ。
『朝起きたら好きな人が目の前で寝ている件』
「業はしっかりと寝た?」
「勿論。遊び道具も持ってきたよ」
二人が懇親会に参加しなかったのは、その時間を睡眠時間にあてるため。
そして、渚や茅野がいつ起きてもいいように、夜通し見張ってシャッターチャンスを逃さないためだ。
要約すれば、彼らもまた、久し振りの再会が嬉しいのだ。
はい、実はこちらが悪戯の本命でした。
さりげなく大事なお話。