誰も、手を出すことができない。
声を出すこともできない。
あまりの激しさに、目を開けることすらままならない戦いが、渚達の目の前で行われていた。
現死神は魔法を使えない。
だが、彼には殺せんせーの約二倍の速さである『マッハ40』というアドバンテージがある。
魔法が使える殺せんせーはなんとかついていけてはいるが、このままではジリ貧になるのが明らかだ。
何故、現死神が『マッハ40』を可能としているのか。
それは彼の殺せんせーに対する執着心が、海より深く沼のように重く張り付いてくるものだったことに関係する。
彼は自分を犠牲にして殺せんせーと同じ反物質を取り込んだのだ。殺せんせーが死神だったころに鍛えられた、殺せんせーの一番弟子。
反物質との相性は、最悪なほどにとても良かった。
「いかに巧みに正面戦闘を避けてきた殺し屋でも、人生の中では必ず数度、全力尽くして戦わなければならない時がある。先生の場合――それは今です!」
死神と戦う前に殺せんせーが発した言葉。
これが殺せんせーの決意。
先生としての決意。
師匠としての償い。
だが、現実は甘くない。
魔法の発動が早くても、その後の魔法のスピードは二人のスピードと比べたら、天と地の差が出てしまっている。
自己加速魔法もあまり意味を為さない。
さらに、そこへ反物質を取り込み、優秀な魔法技能に加えて触手の動きを止める効果を持つ光を持った柳沢が加わる。
結果、殺せんせーが圧倒的に不利な戦いを強いられていた。
「絶望だろ? モルモット。二人×天才×憎悪の力……お前ごときの力、当に超えているぞ!」
その柳沢の言葉を示すかのように、殺せんせーは死神の攻撃を喰らってしまう。
そんな状況下の中、その殺せんせー本人はというと攻撃を受けながらも死神と初めて出会ったことを思い出していた。
『僕に殺しを教えてください!』
『本気かい? 私が今殺したのは君の父親だよ』
殺せんせーと現死神の出会いは、死神時代の殺せんせーが依頼で現死神の父親を殺したときだ。
彼は殺せんせーを恐怖の目ではなく、夢と希望に満ちた目で見つめていた。
『関係ないです! 裕福な暮らしで満たされなかったものは何か……父を殺した貴方を見てはっきりしました! 僕は貴方のスキルが欲しいんです! たとえ、死ぬ程努力しても!』
とても、純粋な目だった。
善悪の分からない、純粋な目。
正義にも悪にも簡単に染まる、そんな目だ。
だからこそ、殺せんせーは後悔している。
――ここに至る前に、明日と正気を捨てる前に育て方はいろいろとあったはず。
少しずつ、殺せんせーにダメージが入っていく。
その中で行われている目の前の次元が違いすぎる戦いに、E組生徒には大きな喪失感が生まれてきている。
この彼らの一年の努力は、全て無意味だったと思えるほどの戦い。
嫌な思考が渚の脳内を支配する。
(僕たちは何もできない……逃げ出すこともできず、ただ殺せんせーの足手まといになっているだけ。僕らは、殺せんせーの最大の――)
バチンッ!
その先は、言えなかった。
言わせてくれなかった。
なんと、殺せんせーが死神の攻撃を弾き返したからだ。
攻撃を受け続けていた殺せんせーは、いつの間にか目に見えるように攻撃を避け始めている。
「ほう……ならばこれはどうだ!」
「なんの!」
それを見た柳沢は触手の動きを止める光を放ったのだが、殺せんせーは即座に反応して土で光の侵入を防ぐ。
さらに、連携で叩き込んできた連打も、殺せんせーは受けきって見せた
「凄い……」
渚からは、思わず簡単の声が漏れる。
それをデータ的に解析した律が、声を震わせながらも呟いた。
「最小限の力で攻撃をそらし、土を使って光を防ぎ、間合いを詰めて威力を殺す……戦力差を工夫で埋めて示す姿、先生はどこまでも先生です……」
時間が経つに連れて、殺せんせーの動きは最適化されていく。戦闘の中で、進化をしているのだ。
「こればかりは年季の差です!」
速度の違いは二倍。
だというのに、既に死神の連打は殺せんせーを捉えられなくなっている。
そのせいか、死神は一回距離をおいた。
殺せんせーは肩で息をしているが、魔法の使用で反撃すらできているほど盛り返している。
「道を外れた生徒には今から教師の私が責任を取ります。だが柳沢、君は出ていけ。ここは生徒が育つための場所だ。君に立ち入る資格はない」
殺せんせーにそんな言葉をかけられた柳沢は、当然のように不快そうな顔をしている。
「まだ教師などを気取るか、モルモット。ならば、試してやろう――分からないか? 我々が何故、このタイミングを選んできたのか!」
「――ッ!!」
柳沢はパチンと指を鳴らした。
「守るんだよな? 先生ってやつは」
それを合図に、死神の視線が殺せんせーからE組へと移る。ターゲットが殺せんせーからE組へと移り、彼らには視認することすらできない触手が放たれた。