魔法科高校の暗殺者   作:型破 優位

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暗殺教室の時間最終話です


暗殺教室の時間 四時間目

 歓声はない。

 悲しくも、逃げることは許されない過ち。そして何より、茅野の状態――心臓が動いていないという最悪の状態が、彼らに歓喜の声を上げさせなかった。

 不安定ながらも、なんとか着地する殺せんせー。

 そこにE組全員が集まり、渚たちは殺せんせーと対面する。

 

 

「殺せんせー……茅野が……」

 

 

 渚の声が一瞬、震えた。

 結果はどうであれ、茅野の死に変わりはない。

 

 

「カエデちゃん……」

 

「寝かせてあげよう」

 

「降ろさないで、渚君。あまり地面の雑菌に触れさせたくない」

 

 

 最早助かる見込みは無い。誰が見ても明白な状態の茅野にせめてもの弔いを――と言う気持ちから出た言葉。それを殺せんせーは拒否する。

 

 

「殺せんせー……」

 

「皆さん、失った過去は決して戻ることはありません。先生自身もたくさんの過ちを犯してきました。ですが、過去を教訓に繰り返さない事はできます」

 

 

 そう言いながら、細く光る触手が真っ赤な球体を包み込むように渚達の前へと現れる。

 

 

「何これ……?」

 

「茅野さんの血液や体細胞です。地面に落ちる前に全て拾い、圧縮空気でつくった無菌膜に保管しておきました」

 

「バトル中にそんな事……」

 

 

 ハッと息を呑むE組生徒。これは茅野が助かる、大きな希望の光に他ならなかった。茅野が渚の手から殺せんせーの触手へと渡される。

 

 

「君たちを守るための触手だけは戦いに使わずに温存していましたから……今から一つ一つ、全ての細胞を繋げます。より早く、より精密に。この一年、ずっと能力を高めてきました。あの時と同じことがあったとしても、同じ悲劇には絶対にするまいと……修復できない細胞もあるので、均等に隙間を作り、先生の粘液で穴埋めします。数日のうちに彼女自身の細胞が再生して置き換わるでしょう」

 

 

 細く光る触手が茅野の周囲を、そして損傷している腹部を中心に血液の球体の間を交互に高速で行き来する。

 だが、それでも空中で拾った分だけではその後も流れ続けた血液を補うに足りなかった。

 

 

「血液が足りません! AB型の人、協力を!」

 

 

 そう言いながらAB型の業や柳沢に送られてきた刺客からE組の生徒となったイトナから血液を吸い取る殺せんせー。

 

「中村さん! さっきのバースデーケーキを拾ってきて、先生の口に!」

 

 

 殺せんせーの言葉にぎょっとする中村。バースデーケーキ。それは現死神によって破壊されたものだ。

 

 

「はぁ!? 土まくれでぐちゃぐちゃな生ごみだけど……」

 

「エネルギーの補充が必要なんです! 戦闘中もずっと食べたかったし。あーもう! 三十分ルールです!」

 

「三秒でしょ!」

 

 

 突っ込みを入れつつも、しっかりとケーキを持ってきた中村。それを殺せんせーは美味い美味いと涙を流しながら食べ始め、その姿に若干引く中村。だがその光景とは裏腹に、茅野の傷は着実に塞がっていく。

 

 

(糸を一切使わず、あと一つ残さず、傷口が塞がっていく……)

 

「ふー」

 

 

 殺せんせーが大きく息を吐いた。

 見た目は既に完治の状態。だが見た目を治したところで心臓は動かない。むしろここからだ。

 

 

「後は心臓が動けば蘇生します」

 

 

 しかし、この先生はそれを容易くこなしてくれると、安心してそう思わせてくれる。

 

 

「生徒が学校でどてっぱらをぶち抜かれた時の対処マニュアルどおり、完璧なはずです」

 

「「「そんな大惨事、普通想定してねぇよ!」」」

 

 

 全員からの突っ込み。マニュアルまで手にとって言うその姿には、だが確かに生徒を救えるという絶対の自信が伺えた。触手に青白く輝く電気を走らせる殺せんせー。

 

 

「今だからいいますが、君たちの体がバラバラにされても、蘇生できるように備えていました。先生がその場にいさえすれば、先生が生徒をちゃんと見てさえいれば」

 

 

 そこには、強い覚悟が伺えた。

 AEDの要領で触手を取り付ける殺せんせー。バチッ! という音ともに茅野に電気が流れ、数瞬の静寂。そして、咳き込むような音。

 

 

「かはっ!」

 

 

 その後に連続して聞こえる、ハッと息を呑む音。茅野は目を開けて周囲を見渡し、分からない状況下の中一つだけ理解した事を口にした。

 

 

「また、助けてもらっちゃった……?」

 

 

 スッ、と殺せんせーの触手が茅野の髪を掴む。

 

 

「何度でも助けますよ。お姉さんもきっとそうしたでしょう」

 

 

 そう言いながら、先ほどの戦いでほどけてしまった髪を結び直す。茅野はその言葉を聞いて顔を綻ばせ、何かを察したのか、ふと顔を横に向けてみると――

 

 

「うわぁっ!?」

 

 

 そこには、笑顔で、泣きながら、このどちらかまたは両者の表情を持ったE組全員が茅野に飛びかかっていたところだった。

 歓喜の声を上げ茅野を胴上げするE組に、それを後ろから見つめる殺せんせー。数回の胴上げの後、座っている茅野を囲むようにそのE組が配置し、茅野の後ろを渚が嬉しそうな表情で立ち膝している。

 

 

「茅野……助かってよかったぁ……」

 

「なぎさっくょん! ……寒むぅ……」

 

 

 渚に声をかけられたために返事をしながら振り向いた茅野だが、それは寒さによるくしゃみによって遮られた。一瞬訪れる沈黙。茅野が視線を落とし、顔を真っ赤にして身体を手で隠した。

 

 

「うわああああっはぁ! 私なんて格好を!?」

 

 

 胸元を大きく開けていたその服は、胴上げなどを含めたつい先ほどまでその状態だったという証拠であり、今気付いた渚達は少し顔を赤めながら明後日の方向を見る。

 しかし、一人ニヤニヤしながらガン見していた岡島……も例外にはならず、首が折れるのでは、というほど無理矢理明後日の方向を見せられていた。

 

 

「まぁいいじゃねぇか。殺せんせー、髪まで結ってくれたんだぜ」

 

「ありがとう……服から直してほしかったよ……」

 

 

 身体を隠したところで、寒いことに代わりはない。気を効かせた前原が自分の上着を着せながらなんとか良い方向に持っていこうとするも、あまりにも雑な持って行き方に涙を流しながら願望を言う茅野。

 

 

「いやいや、あの手厚い殺せんせーの治療だぁ! ちょっとぐらい巨乳になっているかもしれねぇぞぉ!」

 

「そうなの? 殺せんせー」

 

 

 首を無理矢理明後日の方向に向けている岡島は、それでも懲りずにその光景を見ようとなんとか抵抗しながら、下心丸出しでそう言った言葉に、隣にいた女子が反応して殺せんせーに問い掛けた。

 しかし、返事はない。返ってきたのは、バタンという殺せんせーが後ろ向きに倒れる音。

 

 

「ふぇぇぇ……疲れました……」

 

 

 その表情はとても満足げで、とても弱々しかった。

 かつてないほど衰弱している殺せんせー。誰もが動けないでいる中、その言葉は、殺せんせーからかけられた。

 

 

「皆さん……暗殺者が瀕死のターゲットを逃がしてどうしますか……」

 

 

 その言葉に、全員がはっとする。

 

 

「分かりませんか……? 殺し時ですよ……楽しい時間は、必ず終わるものです……それが、教室というものだから……」

 

 

 いつもなら迷わず手を出していたであろう殺せんせーの状態に、だが誰も手を出そうとはしない。その間も、宇宙から放たれようとしているレーザーの光が大きさを増している。迷っている時間はなかった。

 一番後ろにいた磯貝が、全員に声をかける。

 

 

「皆……俺たち自身で決めなきゃいけない……このまま手を下さずに、天に任せる選択肢だって勿論ある」

 

 

 強い決意をもって問いかける磯貝の声に、全員が耳を傾ける。磯貝から訪ねられる質問は全員が容易に想像出来るものだ。それを分かっている磯貝は、全員の顔を一度見てから問い掛けた。

 

 

「手を上げてくれ。殺せんせーを、殺したくない奴」

 

 

 顔を俯かせながら、それでも次々と手を上げていくE組。結果として、全員が殺したくないに手を上げている。

 

 

「オーケー。下ろして……殺したい奴」

 

 

 全員が、握力を強めた。

 誰もが目を閉じ、肩を震わせ、決断を出来ないでいた。だが、一人手を上げる。

 渚だ。

 それに続き茅野、業と続いていき、最終的に全員が手を上げた。その光景を満足そうに見つめ、起こしていた顔も地面へとつける殺せんせー。

 

 これが彼らの答えだ。

 渚達E組は殺し屋。ターゲットは先生。倒れている殺せんせーを全員で囲み、押さえ付ける。これは殺せんせーの弱点の一つ。全員で押さえつけられれば、捕まえられることだ。

 

 

「こうしたら動けないんだよね、殺せんせー」

 

「その通りです中村さん。握る力が弱いのが心配ですけどねぇ」

 

「……ッ」

 

 

 その指摘に、誰もがはっと息を呑んで殺せんせーを押さえ付ける。そして、これも全員の答えだ。本当は、殺せんせーを殺したくはないと。

 

 だがそこで問題が起きた。

 殺せんせーの着けているネクタイの下が心臓に当たるのだが、ならその暗殺を成し遂げるのが誰なのかという話になったのだ。誰もがお互いを見つめ、黙り込んだ。その静寂を、この場で唯一殺せんせーを押さえずにいた中性的な声の持ち主が破る。

 

 

「お願い。僕にやらせて」

 

 

 全員が驚きながら向ける視線の先。そこには校舎から歩いてくる渚の姿。一瞬戸惑う彼らだが、それでも何処か穏やかな表情で

 

 

「……誰も文句は言わねえよ」

 

「この教室じゃ、渚が首席だ」

 

 

 それが全員の意志だという言外の意味を明確に汲み取った渚は、そのまま歩みを進めて殺せんせーへと跨がる。

 

 

「その前に、皆さんに一つ言わなければいけないことがありましたね……」

 

 

 だが、その殺せんせーの言葉により、そのままネクタイを捲ろうとしていた渚の手が止まり、全員の視線が再び殺せんせーへと集まった。

 

 

「この暗殺教室のことは、一般人には知られることはありません。これは私が教師になる時につけた、秘密の条件です。皆さんには今、校舎の裏に誰がいるか分かりますか?」

 

 

 全員が視線を向ける先。そこには誰もいない――いや、いないように見えるだけ。魔法を疑った彼等。するとハッキリとではないが、初老とも取れた男性がそこには立っていた。その男性も魔法を看破されたのを察したのか、一礼して暗闇へと消えていった。

 

 

「彼はこの暗殺教室が円滑に進むように一年前から手筈を進めてくれた方なのです。例えば今張り巡らせているバリア。何故見えないようにしてあるか分かりますか?」

 

 

 そこで全員が今日何度目かの息を呑んだ。殺せんせーは魔法を看破する術を持っており、暗殺のターゲットというだけあって周りの警戒は怠っていない。そんな殺せんせーにバリアの隠蔽は意味がない。つまりこのバリアの隠蔽は――。

 

 

「この答えは先生からは言えません。その真実を知るのが一年後か二年後か、それ以上なのか未満なのかは分かりませんが――」

 

 

◆◆◆

 

 

 あの時のことは、半年近く経った今でも明確に覚えている。いつの間にか浅野にその時のことについて話していた渚だったが、そういえばと浅野に質問する。

 

 

「理事長先生、あの時のバリアの隠蔽。あれはもしかして僕達を守るためでしょうか」

 

「……さっき、渚くんを見かけたからここに来たと言ったね」

 

「あ、はい」

 

「少し早い気もするが、渚くんは皆よりも早く知る権利がある――今日ここに来たのは、その話をするためなのだよ」

 

 

 机に座っている浅野の目付きが変わる。渚はすぐに浅野の隣の席へと行き、確認を取ってから座った。

 

 

「渚くんはあの時の老人が誰かもう分かっているかな?」

 

「九島老師だと思います」

 

「さすがだね渚くん。正解だ。あのバリアを隠したのは九島老師と私だが、その目的は大いに異なっていた。私は君たちの今後のために、老師は君たちの存在を隠すためにね」

 

「僕たちの存在を……隠す?」

 

 

 暗殺教室の存在を隠すならともかく、何故渚たち生徒を隠す必要があるのか。頭にハテナを浮かべながら言葉を反芻した渚に浅野は縦に頷き、

 

 

「君たち暗殺教室の生徒は、簡単に言えば非魔法師にも関わらず魔法師を倒すことができる存在だ。その存在が人間主義や彼等――()()()()()()()()()()()などに見つかったとしたら、どうなるか分かるね?」

 

 

 一高をブランシュが襲ったことを知っているのに既に驚きだがなるほど、渚にも生徒に対する危険性及び魔法師社会に対しての危険性も理解できた。

 

 

「なるほど、理解しました」

 

「さすがだね。そして渚くん。君はその暗殺教室出身であり、魔法師でもある。渚くんは暗殺教室の代表的存在だ。敵は日本だけではなく、外にも存在している。聡明な渚くんなら、後は分かるね」

 

「はい、理事長先生。ありがとうございます」

 

 

 殺せんせーがあの時これを言わなかった理由は、どの道を進もうとその判断に任せるということだ。そして、殺せんせーは必ず正しい道を選ぶと信じている。浅野もそうだ。彼は渚なら必ず正しい道へと進むと信じている。だから渚も、浅野の目を見てしっかりと返事をした。

 

 

「……良い眼だ。さて、私はそろそろ戻るとするよ。渚くんはもう少しここに残るのかな?」

 

「はい、そのつもりです」

 

 

 そうか、と言って立ち上がる浅野。だが彼は教室から出ようとしたとき、急に立ち止まり渚に質問を投げた。

 

 

「この教室は好きかい?」

 

「……はい、大好きです」

 

「そうか。ならば教員免許を取れたら私に声をかけて欲しい。その時、渚くんにこのE組を託そう」

 

「……ッ!?」

 

 

 まさかの言葉だった。

 

 

「君のクラスメイトも渚くんに使われるのなら本望だろう。ここはもう君たちの教室だ。その時までE組制度は廃止だね」

 

 

 そしてそのまま教室を出ていった浅野。

 殺せんせーのような授業がしたいと思ってはいたが、まさか環境まで同じところを与えてくれるとは思っても見なかった。

 席を立ち、再び教卓の前へと向かう渚。

 その態度は堂々としており、その表情は笑みが溢れていた。




これにて暗殺教室の時間は完。
ざっとしか確認してないので、変なところや誤字があった場合は教えてください。
時間があるときにじっくりと読み直したいと思います。

エピローグ読んだかたは分かると思いますが、この話はそこに繋がる部分となります。魔法の存在によって変わる彼等の境遇。以後もよろしくお願いします。
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