新学期も始まって一週間。
休み明け特有の少し話しにくい雰囲気も無くなり――いつもの面子はそれこそいつも通りだったが――会話が弾みをつける頃合い。そこに一つ燃料が投下された。
生徒会長選挙。前期が七草だということもあり、次の立候補者が誰なのかという話題はあちこちで耳にする。渚の登校中にも既に数件耳に入ってきているものだ。そしてその中で、不可解な噂があった。
曰く、例の一年の風紀委員が立候補する。
渚にとって
「おはよう達也。生徒会長選挙に出るって本当?」
「渚までも……」
だが突っ伏した達也から答えはなかった。
既に集まっていたレオ、幹比古、エリカ、美月。回答から察するに同じようなことが少なくとも四回はあったということになる。
「そのデマは何処から知ったんだ?」
「あ、やっぱりデマなんだ。学校に向かってる最中に聞こえてきた話からだよ」
「やはり前向きに検討するしかないようだ」
「……何を?」
だが渚の問いかけに対しての答えは、一限目始業のベルだった。始まる授業。だが事を早く把握したいのか、達也は普段ではあり得ないほど素早く課題を終わらせ、そそくさと教室を出ていってしまった。二科生は基本自習みたいなものなので別に問題はないのだが、達也がこうして授業を捨てるのは珍しい。それだけ達也の中で重大な案件だということだろう。
「レオ、達也は何処に行ったの?」
「ああ、遥ちゃんのところだと思うぜ。なんでもその噂は遥ちゃんが出しているものらしいんだ」
「バカ。まだ仮定の話よ」
相変わらずの相手をバカにする言い方のエリカに正直に正面からぶつかるレオ。いつものと言って差し支えの無いやり取りを行っているなか、渚はなるほど、と一人うなずいていた。
それからおよそ二十分ほど。達也は帰ってきた。結果として噂の出所は、
その時点で最早合掌ものだが、事態は更に達也を貶めていく。一限目が終わった十分の休憩。その半分が過ぎようとしたときに、二人の来訪があったのだ。ただの一般生徒なら、達也も気が楽だっただろう。だがここに現れたのは、現生徒会長の真由美だった。背後には鈴音も控えている。
今のこの状況で二人が来るのは、遠目から見れば噂を立証させているようなものだ。そして連れていかれた達也は、その日教室に顔を見せることは無かった。
◆◆◆
そして時間は過ぎ、生徒会長選挙当日。前日までこれと言って盛り上がりを見せなかった選挙だったが――元々盛り上がる程のものでもないが――午後の授業を全部潰して行う、在校生が一堂に会するこの選挙は、やはり一大イベントと言っても過言ではないだろう。
今回行われる主要なイベントは生徒会長選挙だが、それだけを行うのではない。どういう経緯かは分からないが、結局達也があずさを説得して生徒会長に立候補させ、結果立候補者は一人。信任投票となった選挙にそんな時間を取る必要もない。
生徒会長選挙は後半、その前に生徒総会を行うとのことだ。渚達だけでなく、この集会には全校生徒が出席している。渚達はいつものように最前列――とはいかず、今回は知り合いが出ることもないので一年生の列後方からその様子を見守ることにした。
そして始まる生徒総会。真由美の最後の大仕事とも言える行事だ。真由美はブランシュの一件の時、生徒会役員の選任資格に関する制限を撤廃することを公約にしていたらしい(渚はその時実験棟にいて事件に巻き込まれたため知らなかった)
「……以上の理由をもって、私は生徒会役員の選任資格に関する制限の撤廃を提案します」
そして、真由美は見事にその議案を言い切った。すぐさま三年生の列から手が上がる。一科生のようだが九校戦の激励の式典で舞台上では見なかった顔の女子生徒が、質問席へとついた。
「……建前としては……正論です……ですが、現実問題として、制度を変更する必要があるのですか? つまり、生徒会役員に採用したい二科生がいるのですか?」
意図が丸見えの質問。というよりも、渚としては前から公約として掲げられていたこの議案をどうしても否決させたいための、
「私は今日で生徒会長の座を退きます。よって私が新たな役員を任命することはありませんし、そのようなことは考えてもいません」
「しかし、次の生徒会長に意中の二科生を任命するよう働きかけることはできるのでは?」
「私は院政を敷こうなどと思ってませんよ」
少しおどけた口調に、軽い笑い声が上がる。それにしても、あまりにも露骨に達也のことを問いただしているな、と渚は感じた。そしてそれは、さらに加速していく。
「次の生徒会役員の任命は、次期生徒会長の専権事項です。一切介入するつもりはありません」
「ということは次の生徒会長に、傍で囲っておきたい二科生がいて、その意向を受けて今回、制度の変更を言い出した、ということですね?」
明らかに毒が込められた言葉。講堂もざわめき始める。
「お静かにお願いします」
凛とした声で注意を呼び掛けるのは、舞台上の深雪。
会長の真由美が本来進行を務めるのだが、今は質疑の当事者であるため一時的に服部が進行、その補佐を深雪が行っている。ちなみに議長は存在しない。
だがこうして見ると、あの質問者は可哀想だと言えるだろう。前々から言っていたことに最近の出来事からいちゃもんを付けて否決させようとする。そんなの無理だ。しかも相手は十師族で駆け引きを常に行っているような人物。質問者も意固地になっているようだ。
現に――
「会長は、生徒会に入れたい二科生がいるから、資格制限を撤廃したいんでしょう! 本当の動機は依怙贔屓なんじゃないんですか!?」
――ヒステリック気味に机上の空論を叩きつけ始めた。
やけくそ気味な「そうだ!」が散発的に上がったことから計画的に進めていた質疑なのだろうが、完全に潰されている。現にブーイングの嵐が彼らを襲っていた。
「七草会長! 貴女の本当の目的は、そこにいる一年生を生徒会に入れることじゃないの!?」
指差されるのは、舞台下手に風紀委員の仕事で待機している達也。
「知ってるのよ! 昨日の帰りもそいつと駅まで一緒だったでしょう!」
自暴自棄とも取れるその言動は、だが予想外の効果を発揮する。ブーイングの嵐は止み、全校生徒の視線は真由美と達也を往復する。そして、真由美の頬が微かに赤く染まっているのだろうと、その様子から容易に想像がついた。
不味い展開。若干真由美側についていた渚はそう思ったが、その事態は壇上からの冷ややかな一言によって打開される。
「仰りたい事はそれだけですか?」
いつの間にか、深雪は立ち上がっていた。
魔法は発動していないにも関わらず、冷気が壇上から
放たれているのを渚は感じる。
「ただ今の発言には看過し難い個人的中傷が含まれていると判断します。よって、議事進行係補佐の権限に基づき、退場を命じます。不服があるなら、七草会長が特定の一年生に対して特別な感情を抱いているという発言の、根拠を示してください」
「それは……」
示せるわけがなかった。完全な机上の空論。そして深雪からの冷ややかな視線――物理的になりつつある――を受けている彼女にとって、上手い言い訳も思い付かない。
今の深雪は正しく、威厳という言葉を体現しているかのような佇まいだ。
「――訂正します。退場の必要はありません。ただし、質問は打ち切らせていただきます。浅野先輩、席にお戻りください」
ようやく収拾に動いたのは、進行役代行の服部だった。彼もまた、深雪のプレッシャーに呑まれていた一人。だが他の人より立ち直りが早く、職務を全うできたことは評価に値するだろう。
結果的に、達也が標的にされる度に深雪の威圧が放たれ、最終的に怒りによって魔法を発動してしまったため、一時は魔法での戦争が勃発仕掛けたのだが、運良く舞台下手には達也が控えていたため、その可能性は無くなり、選挙はそのまま進行。無事、あずさが生徒会長に就任することとなった。
なお、あまりにも威厳のある態度を見せ付けた深雪、何度も議題に上げられ最終的に荒れ狂う深雪の魔法を抑えた達也にも多数の票数、どれくらいかと言えば、投票数、五百五十四票の内、有効投票数は百七十三票。内訳が深雪二百二十票、あずさが百七十三票、達也が百六十一票が入っていたのだ。
その無効票に、レオ、エリカ、幹比古、そして美月までもが居たことは、達也に言うべきではない事実だった。
今回の話は作中で必須とはいえ、当事者では無い渚を主体として書くと面白味にかけますね……一話に纏めればよかったと今さらながらに思ってます。一時間目二時間目分けるつもりはなかった話ですし。
今回が軽いこともあり、次話はできれば明日、遅くても三日後までには出したいと思ってます。