新生徒会が発足してから一週間が過ぎた。
昼休みである現在、渚達はE組の仲間達と学食を取っていた。しかし、そこには最近加入した顔がいくつかあった。
まずは達也。真由美の職権濫用によって生徒会室でなし崩しに慣例化された食事会に参加していた彼だが、今は新生徒会。発足と共に食堂を使うようになった。そして達也がいるなら深雪が、そして深雪がいるならほのかと雫が一緒になる。それにいつものメンバーを加えた九人で取る食事が、十月に入ってからの日課となっている。
A組の三人かE組の六人か。どちらか先に終わった方が席を取るため座れないということはまず起きない。そして今回は、E組の六人が席を取って待っていた。
今回彼女らが遅れたのは生徒会の仕事。深雪の、ではなく、
今回の新生徒会の役員は会長があずさ、副会長が深雪、書記がほのか、会計が九校戦のエンジニアにも選ばれた
渚はその事を話していたときの達也を思い出し、そして今も同じような顔をしていることから同じことを思い出していたな、と苦笑。思考により止めていた手を動かし始めた。
◆◆◆
ここ最近の渚は、授業を早く抜ける傾向があった。詳細な時期を言うと、生徒会長選挙の一週間ほど前からである。その理由は、図書館の地下二階にある資料庫に行くためである。
ここは達也に勧められた場所だ。あのアドバイスブックに書かれていない加重系魔法の技術的三大難問。それは、重力制御型熱核融合炉の実現についてだった。それについて調べていると達也に告げた際、驚いたように目を見開き、この場所を教えてくれた。
どうやら達也も似たような路線で調べ事をしているとのこと。達也の正体をトーラス・シルバーだと断定させている渚にとっては、特に驚くようなことでもなかった。
その資料庫にはオンライン化が不適切と判断された資料が格納されており、扱い方によっては危険度の高い資料、現在主流となっている理論から外れすぎていて、生徒に悪影響を与える恐れの高い論文などが魔法大学から物理的な記録媒体として運び込まれ、クローズドデーターベースの中に収められている。
原則閲覧自由となってはいるのだが、基本的に人がいる方が少ない場所だ。ちなみに達也はそこの連続通室の記録保持者。次点で渚、と言えばどれだけ使われていないかがよく分かるだろう。
公開されている主要な論文を粗方読み終わった渚はあえて、悪い言い方をすれば邪道の論文に手を出したのだ。未だに三大難問が解決していないということは、現在有力な論文も含めて全て失敗しているということ。その理由と共通の穴を見つけ出すのが、今回の目的だ。日に当たることの無い論文の中には、少し方向性を変えただけで世紀の大発見となるお宝が存在するかもしれない。
達也に聞くという選択肢は、渚には無い。渚は達也と
達也は既にこの三大難問の解決の目処は立てているというのが渚の見解。そのヒントとなっているのが、恐らく飛行魔法。
魔法の処理をCADに委任させているそれは、間違いなく今回の解決の糸口となる。
――後でアドバイスブックを読み直そう。
そう心に決めて、授業時間を気にしつつも論文を読むのを再開した。
◆◆◆
放課後の部活も終わり、身支度を済ませて帰ろうとする渚だったが、校門まで歩いたところで見慣れた顔を見つけてそちらへ駆け寄る。
言わずもがな、いつものメンバーだ。
最早何でもないかのようにその輪に参加した渚は、メンバーに達也と深雪が居ないことに気がついた。だがもう下校時刻。生徒会と言えど滅多に下校時刻を過ぎてまで作業はしないため、生徒会関連で遅れてるわけではない。何より書記のほのかがもういるのだ。達也関連だと結論付けて問いかけてみると、なんでも幾何学研究室への呼び出しがあったとのこと。
こういう日は間違いなく寄り道をする。
親は電話しなくて連絡だけあれば良い、ということになったので、予め連絡を入れておき達也と深雪を待つ。
するとそれから五分。
いつも通り二人で出てきた達也と深雪も先程の渚と同じようにその輪に参加し、駅までの道を歩く。
校門から駅まで一キロメートル未満ではあるが、この通学路には学生向けの店がびっしりと軒を連ねている。
第一高校は日本でも九つしかない魔法科高校ということもあり、飲食や雑貨に止まらず魔法教育関連の品揃えが豊富なため、遠隔地から足を運んでくるものも少なくはない。
その中でも本格的な店構えの喫茶店。そろそろ常連扱いを受ける程度には足繁く通っている店に、九人は腰を落ち着けた。
そして話は、この寄り道をすることとなった幾何学研究室に呼ばれた理由についてへ。
「えっ? 達也、論文コンペの代表に選ばれたんだ?」
論文コンペとは、通称、全国高校生魔法学論文コンペティション。九校戦が武の対抗戦だとしたら、論文コンペは文の対抗戦のようなものだ。
どうやら平河という三年生の先輩が体調不良により参加できる状態ではなく、そこで白羽の矢が立ったのが達也だという。
「でも、論文コンペの代表って、全校で三人だけなんじゃないですか?」
「まあね」
目を丸くしたまま問い掛けた美月の質問に、達也があっさりと肯定する。二人と表情は、まさしく対照的だった。
「まあね、って……達也くん、感動薄すぎ」
「達也にしてみりゃ、その程度は当然、ってこったろ」
「いやでも凄いよ。僕も論文をいくつか読んでみたけど、とても画期的なものばかりだったよ。さすが達也だね」
渚も興味を引かれた論文をいくつか読んだことがあるが、とても高校生レベルとは思えない論文もいくつかあり、感心させられていた。それに達也が選ばれたというのだ。エリカは呆れ顔で、レオは楽しそうに、渚は何処か誇らしげにそう言った。
「うん、本当に凄い。一年生で論文コンペに出場するなんてほとんど無かったことだよ」
「皆無でもないんだろ? 職員室だって、インデックスに新しい魔法を書き足すような天才を無視できるはずねえって」
「天才は止めろ」
雫はいつものように達也を褒め、レオはそれも当然だと反論。だが見逃せない一言があったため、達也が訂正を促した。
余程天才という言葉が嫌いらしい。だが確かにそれまでの努力を天才という一言で片付けられたりしたら、それは悲しいものだ。達也はこれとはまた別の理由で嫌っているだろうが。
「あ、時間は大丈夫なの?」
ふと思い出したこと。
選ばれたということは、もう作業を始めなければいけないということ。今こうやって喋っているのは大丈夫なのか? という、渚からのあくまで心配で言った問い掛けだ。
「学校への提出まで、正味九日だな」
「そんな!? 本当に、もうすぐじゃないですか!」
「大丈夫だよ。俺はあくまでサブだし、執筆自体は夏休み前から進められていたんだから」
顔色を変えたほのかに宥めるように手を振る達也。
それに一同は、それもそうか、と安堵する。
「それで、何について書くの?」
するとやはり興味はその内容へと移る。もう進められているということは、既に内容は決まっているということ。自然と全員が興味を移していく。
「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的問題点とその解決策についてだ」
「……想像もつかねぇよ」
「えぇ!? 本当、達也!?」
反応は二つの場所から。早々に諦めたレオと、驚いたような声を上げる渚。渚の弄られたとき以外でのこんな反応は珍しいため、若干名ビクッと肩を震わせた。だがそこで気遣いをできるなら大声なんて上げてない。
「ビ、ビックリしたぁ……」
「あ、ごめん……でも僕にとってはタイムリーな内容だったから」
だがその後は別だ。店内ということもあり、お客はいる。全員をビックリさせたという事実に、渚は萎縮しながら一回立ち上がって一礼し、そう付け加えた。
「ああ、そういえば渚も重力制御型熱核融合炉について調べていたな。理由を聞いても良いか?」
そしてその事を少し前に知っていた達也は、その理由を聞いてなかったと渚へと投げ掛けた。達也の目は、いつの間にか値踏みするかのようなものへとなっている。それはこの場で渚と深雪だけが理解したことだ。
「一番の理由はあのアドバイスブックに最後の宿題として出されたことだけど、この重力制御熱核融合炉って三大難問の中で唯一直接的な経済的効果を出せると思っているんだ。これだけでもやる価値はあるって僕は思っているんだ――まぁ、三大難問を一人でなんとかできるとは全く思っていないけどね」
全く思っていない、と言いつつも、その目はやる気に満ち溢れている。渚の言葉に対して、深雪は普段のアルカイックスマイルとはまた別の裏表のない笑みを、達也も驚いたような表情と共に、微笑を浮かべていた。
「まさかこんな身近に俺と同じマイナーな考えを持っている奴がいたなんてな」
「え? 達也もそうなの?」
「ああ」
正直なところ、渚はこの考え方は少数派だと分かっている。だが魔法が実現できれば可能なそれは、諦めるには勿体無いほどの大きな意味を持っているのだ。それを理解しているのはこの場で三人のみ。
予期せぬ共有者の誕生は、達也と深雪にとっても歓迎するべきものだった。
次話から盛り上がりをみせていきます。