魔法による模擬戦時には、事故防止と事故発生時の救護活動を目的として、屋内、屋外を問わずモニター要員が付くことになっている。
「真由美。潮田くんは本当に何者なんだ? 服部や沢木ですらあの防壁を前に一撃を入れられずにいたのに、不意打ちとはいえ初撃を当てるなんて並大抵のことじゃない」
「…………」
そのモニターに映し出された光景に、摩利が冷や汗を流しながら真由美へと言い寄った。だが真由美は答えられない。変に嘘をつくこともできなければ、本当のことを言うこともできない。
だが摩利としても引けない。
三巨頭である摩利には、同じ三巨頭である克人の実力はよく分かっている。その克人が、絶対的な防御能力を誇るあの十文字の者が、まさか
不意打ちを避けたのはさすがと言える。だがその時に渚の攻撃を防いだ左腕は、明らかに機能していない。
それでも魔法を発動しながら五人を相手にしている克人はさすがだが、その状況に陥らせたのは間違いなく渚。
「……ごめんね、摩利。潮田くんについては、言えないの」
「……十師族関連か?」
「そう思っていいわ」
だが引き際を心得ていない摩利ではない。少し問い詰めれば多少のことは答える真由美がここで否定するのは、少なくとも一般の者が知ってはいけないことが絡んでいる、ということ。
しかしそれだけでも、摩利としては十分だ。
つまり渚もまた、只者ではないということと同義なのだから。
「全く。本当に今年の二科生はどうなってるんだ……」
摩利の呟きには、真由美も同意するしかなかった。
◆◆◆
左腕の感覚を確かめる。
まだ多少の痺れはあるが、ある程度は回復していた。
野外演習場で一人水分補給をしながら、克人は先程の戦いを思い出していた。
あの時、克人は確かに生命の危機を感じた。咄嗟に出たのが魔法ではなく左腕。それくらいの濃密な殺気。
その左腕は、しばらくまともに動かすことが出来なかった。結果としては克人が全員倒しての勝利だったが、内容としては負けてもおかしくはなかった。
決して油断していた訳でもない。警戒を怠った訳でもない。むしろ彼はあの中でも一番警戒していたのだ。なのに彼は、いつの間にか自分の真上に、そして背後にいた。
そして、彼の魔法。相手の意識を刈り取る魔法は、だがその実基礎単一系統の振動魔法。二科生でも一秒足らずで発動できる魔法だ。
それを自分を座標にして打つのであれば、干渉魔法で無効化できる。だが彼の魔法は
この手法はあまり自分のためにならないため一回戦目では使わなかったが、これは自分だけの訓練ではない。一回戦目で十分訓練を
通信機に手を当て、服部に連絡を入れる。
「次の演習は十分後に行う……少し早いがこれで終わりだ」
本当は五回程度やろうと思っていた演習だが、服部の息遣いから察するにかなり消耗している。そういう克人もまた、かつてないほどに消耗しているのは事実。克人も渚ただ一人の参戦であそこまで崩れるとは思っても見なかったのだ。
暗殺教室の首席――その名前は伊達ではなかったことを、克人は身を持って実感した。
◆◆◆
服部から最後の演習だと告げられた彼らは、とても驚いたような顔をした。まさか二回で終わりだとは思っても見なかったのだろう。
だが休憩は約一時間ほど貰い、日は落ち始めているのも事実。時間的にも二回が妥当なところだ。
先程渚は克人の防壁をそのまま攻撃へと流用した魔法をとにかく避ける、という役目で援護を行っていたのだが、やはり選択ミスというのは存在する。
避けた先に予め展開されていた魔法に渚は吹き飛ばされ、少しの間意識を失っていたのだ。
そこから体制は崩れた。
だが、そのことから会場警備隊には分かったことがある。
克人は渚を異常なまでに意識しており、渚の動き一つで戦況が一変するということを。
現に先程克人に一撃を与えられたのは渚のみ。その結果左腕をしばらく使用不能にできたのが長期戦になった最たる理由だ。そして現在、渚は服部と対面している。
「潮田。納得は行かないがお前が今回の勝利の鍵を握っているのは間違いない。今回は拒否権はないぞ」
「勿論です。そのために先程は一人で動いてたんですから」
「……何か手があるんだな?」
渚の言うように、先程一人で動いたのは最後の試合のためだ。
克人は服部達にとって、頼りがいのある尊敬している先輩だ。だからこそ、一度で良いから勝ってみたいという願望がある。
そしてその願望は、目の前の一年生によって叶えられる可能性がある。
服部の目はいつになく本気だった。
「あります。決まれば必ず大きな隙が、場合によってはそのまま倒す手立てが」
それに渚は、真正面から応える。
渚にしても、殺す気で来いと言われて結局ダメでした、なんて情けない結果で終わらせるつもりは毛頭ないのだ。
「……いいだろう。潮田。お前にこの試合の作戦の全権を任せる。その作戦を教えてくれ」
◆◆◆
第二戦目。
作戦を伝えられた会場警備隊は、
ある程度距離を保ちつつ、身を隠しながら移動する彼らの中に、しかし渚と鋼の姿はない。
対する克人は開始から身体中に防壁魔法を常時展開しており、警戒は木陰は勿論、木の上に至るまで気配に頼らず目視で確認していく。
一戦目で疲れているとはいえ、そこは十師族。得意魔法ということもあり防壁魔法の常時展開を難なくこなす。
演習場は大きさはあると言ってもやはり人工的なもの。出会わないということはない。
周囲を警戒しながらも、着実に距離を縮める両者。
突如として、動きを止める。
先に相手を見つけたのは会場警備隊だった。
一斉に限界まで気配を隠し、隙を伺う。
距離にして百メートル。
CADに手を当て、魔法式発動の準備をする。
何かを察したのか、克人も会場警備隊の方へゆっくりと歩みを進める。バレてはいないと会場警備隊の方も確信している。これは克人の戦闘センス。所謂勘だ。
確実に縮まる両者の距離。
会場警備隊の高まる緊張感。それに克人も気がついたのか、CADに手を当て魔法発動の準備に入る。
そこで陣形の中央一番前にいる服部が、左手を克人に見えないよう横へと広げた。緊張感がさらに高まる。
各々の心臓の音が相手に聞こえていないか心配になるほど鼓動を早め、着実にその時は迫る。
その時、克人が戦闘態勢へと入った。
見つけた訳ではない。
その克人の動きが早いか、服部も上げていた左手を勢いよく振り下ろす。瞬間、全員屈めていた身体を一気にあげ、魔法式を展開。会場警備隊がお互いに干渉しないように合わせられた
だがそれらは克人の防壁魔法を前には意味を成さない。唯一克人に届いた光も目を少し幻惑することしか足らず、このままでは先程と同じようにいたちごっこの始まりになる。
しかし克人の目線は、別の方向に向けられていた。
克人は正確に感じ取ったのだ。
多数の弾丸の中に含まれた、
自分がもっとも負ける可能性が高い相手、
後ろから追撃の魔法が襲ってくるが、それらはやはり防壁魔法の前には意味を成さない。そして、木の上の人がいるのを目視する。
顔を見た。
間違いなく渚だ。
克人は逃げられないようにさらに勢いを増して突撃する。防壁魔法を破られることは無い。その自信があるからこその大胆かつ豪快な行動だ。
だがそれは、今回に限って言えば
突進している視界の端に、上から降ってくる人影を克人は確認した。それを防壁魔法を広げるようにして対処した克人だったが、次の瞬間驚きに目を見開く。
防壁魔法が破られたのだ。
そのまま目線は上へ。そして、己の失策を知った。
そこにいたのはレンジ・ゼロの異名を持つ鋼。いくら克人の魔法とはいえ、
それなら、とファランクスへと切り替え、克人は鋼をそのまま木の幹へと吹き飛ばした。その切り替えの早さは驚嘆に値するもの。
だがそれも今回は、間違いだったと言わざるを得ない。克人は元々誰を狙って突っ込んだのか、一瞬意識の外へとやってしまったのだ。その結果、背後に忍び寄った死神に身体を一瞬硬直させ、思わず振り向いてしまった。
防壁魔法は鋼によって破壊され、振り向いた先には距離にして一メートルまで肉薄している渚。手には拳銃型のCADが頭に照準を定めているのが分かる。
それを刹那に理解した克人は重心を無理矢理動かして頭に照準が合わないように身体を反らした。高鳴る鼓動。克人の視線は向けられた銃口へ。
いくら弾は出ないとはいえ、それを向けられてしまえば最初に視線はそこへと向いてしまう。
身体の自由は利かず、それでも頭だけでも動かして避けようとする克人に、だが渚のCADはそのまま宙を舞い始めた。
それに再び目を見開きながらも軌道を辿る克人。
その眼前に、渚の両手が放たれた。
「――ッ!?」
魔法の気配は無かった。
それなのに目の前が、そして脳内が爆発したかのような衝撃を与えられ、身体の平衡感覚が無くなった。
意識が遠退いていく感覚を覚えるなか、それでも歯を食い縛って最後の魔法を発動する克人。
その魔法は渚を側面から襲い、木の幹まで吹き飛ばす。
それを確認する間も無く、訪れた多数の加重魔法を前に、克人は意識を失った。
クラップ・スタナーを耐えた克人。
意地を見せられたのではないかと思います。