この子は鈴谷っぽい思考の子です。
「はぁ……今日は私が秘書艦かぁ……司令官と顔合わせづらいな……」
「うう……電も、ちょっとだけ……なのです」
朝、鎮守府の食堂。
第六駆逐隊の4人、その中の暁と電は朝食を囲みながら溜息をついていた。
「あの事かい? ……私は気にする事ないと思うな」
「そうよ! 司令官だってあれ以来何も変な所はないじゃない!」
対して響と雷は、提督のあの言葉をそこまで気にしていないようだった。
「わかってるわよぉ……でも」
「私達が弱気になってどうするのよ。司令官の方がもっと辛いのよ?」
暁も、そんな事は解っている。
気にせずに、いつもの自分で彼と関わらなくてはいけないと、重々承知している。
「……どうするんだい?。ずっと不安なまま、司令官と話出来なくていいのか?」
「い、嫌よ! 私だって司令官と仲良くなりたいんだからっ!」
「じゃあ、やる事はひとつよね?」
雷は何か思いついたようで、暁にそっと耳打ちした。
暁はそれに驚きながらも、何か決心した様で、走って食堂から出ていった。
「い、雷ちゃん、何を言ったのです?」
「ふふーん♪ 司令官の事を少しでも知っていける大作戦よ!」
……それは現在、この鎮守府の誰もが望むものだった。
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「し、司令官、お腹空いてない?」
「あ、うん。そろそろお昼にしようか」
執務を終わらせ、昼休憩に入ろうとする提督。
暁は午前中、終始どこか落ち着きがなかった。
提督は気になっていたが、聞いても『なんでもないわ!』と返されてしまったので、
深く追求する事をやめたのだ。
「あ、あのっ、司令官!!」
「え、ど、どうしたの暁?」
部屋を出て食堂に行こうとした提督は、暁の声に止まった。
暁は提督を真っ直ぐに見上げながら続けた。
「あ、暁と一緒に、お外にご飯を食べに行きましょう!」
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巳波乃島には、小さいながらも町がある。
人口は非常に少ないが、小さな商店や飲食店もあるのだ。
深海棲艦の出現により、外部から訪れる人間はかなり減ってしまったが。
「この先にカレー屋さんがあるのよ!」
提督と暁は大淀に外出する旨を伝え、町に繰り出していた。
二人とも私服に着替えている。
暁は提督の前に立ち、町を案内していた。
「あ、暁は結構町に来るの?」
「あんまりないわ。明石さんとか間宮さんはよく買い出しに出てるけど」
艦娘達は基本的にあまり外出しない。
ほとんどの所用が、鎮守府内で済ませる事ができるからだ。
特定の艦娘以外が何か用事を持って外出する事は、非常に稀なのだ。
「でも私達が守る島の事だもの、少しぐらいは知ってるんだから!」
「……そうだね」
此処の艦娘達は、この島、並びに近海の制海権を守る為にいる。
提督も自分がこの島にいる理由を、心の中で再確認した。
「ここから商店街よ。あんまり長くはないんだけどね」
「おぉ、艦娘の嬢ちゃんじゃねえか! 元気してるかい?」
暁と提督が、島唯一の商店広場に立ち入る。
すると、一人の中年男が声をかけてきた。
「あ、おじさん! ごきげんようです!」
「おう! ……そっちのは見ねえ顔だな?」
「あ、どうも。この間鎮守府に着任した……」
訝しそうな視線を送る男に、提督は身分を明かした。
暁が艦娘であると知っていたため、問題ないと判断したのだ。
「遂に提督が着任したか! こりゃあめでてえ事じゃねえか!」
「ええ! これで私達もどんどん頑張っちゃうんだから!」
男は八百屋の店主であった。
暁を含め艦娘達は、島の住民と良好な関係を作れているようだった。
「提督さんよ、これから大変だろうけど頑張るんだぜ?」
「はいっ! ありがとうございます!」
提督は店主の激励に、敬礼でもって答えた。
それを見て暁は嬉しそうに笑った。
……それから二人は、目当てのカレー屋に着くまで、商店街の人々と何度か会話をした。
みな一様に提督の着任を祝った。
そして、感謝の言葉を述べていった。
「奴らが出てから、島は随分寂しくなっちまったが、それでも最近は少しずつ良くなってきたんだ」
「食料不足も解消されてきたし、艦娘様様だよぉ」
「ワシらはアンタ方を信じとる。ワシの生まれたこの島と海を、どうか守ってください」
提督は、島の住民の声を初めて聴いた。
自分が、自分たちが守るものを、彼は確かに感じたのだった。
そして……。
「……司令官、どうしたの?」
「い、いや……何でもないよ……」
彼は、震える声を何とか抑えて暁に言った。
暁はそれに気付かない振りをしたが、内心嬉しく思った。
提督は、やっぱり優しい人なんだ。
島の人の声に触れて、感動したんだ。
そんな風に、暁は考えていた。
……彼女は、まだ幼かった。
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「美味しかったわね司令官!」
「う、うん。本当に美味しかった。本当に」
二人はカレー屋から出て、鎮守府への帰路についていた。
暁はいっぱいになったお腹をに手を当て、満足そうに歩いている。
「……今度は響達と一緒に来たいわ。勿論、司令官も一緒よ!」
「あ、う、うん。楽しみにしてるよ」
暁は、一日提督と接して思った。
やはり、彼はまだまだ艦娘というものに慣れていない。
町の人と会話する様子は、自分と話す時とはまったく違うのだ。
(……やっぱり、あれは本音、なんだよね)
祝賀会での発言は、彼の本音なのだろう。
それを彼自身がしっかりと認識しているのか、それとも無意識に心の奥にあるものなのか。
どちらにせよ、彼があのようなことを言ってしまう精神状態であるという事に変わりはない。
暁は、提督の事を本当に優しい人だと感じている。
それでも、やはりああ思われているという事が、彼女には悲しかった。
(しょうがないわよ……司令官はあんな目にあってたんだから……)
暁は落ち込みながらも、少しでも提督と話を出来たことに満足することにした。
こうやって二人で出かけることが出来ただけでも、大きな前進だと思ったのだ。
「……オイてめえら。もしかして艦娘と提督か?」
そんな時、暁と提督の行く手を阻む者が現れた。
町から鎮守府へ続く、あまり人気のない道。
一人の若い男が、嫌らしい笑みを浮かべて立っていた。
「な、なによ貴方!」
「ふん、ちょっとばかし物申したい事があってなぁ」
「可哀想な市民の言葉、聞いて下さいませんかねぇ提督様よぉ?」
物申す、などとは言うが、男は軽薄な態度を隠そうともしない。
真剣な提言でなど無い事は、明らかだった。
「……何かな?」
「チッ! お高くとまりやがって……」
暁は、まずい事になったと思った。
『こういう輩』は、どこにでもいるものだ。
自分だけならどうとでもなるが、今は提督がいる。
彼が暴力に訴えてくれば、艦娘の力を行使することが出来るのだが……。
「おっと、そう睨まねえでくれや。怖い怖い」
「何も海軍様に逆らおうってわけじゃねえぜ? お話したいだけさぁ」
そう、彼の言う通り、彼はまだ何もしていない。
幾ら軍属とはいえ、一般市民を不当に制圧することは許されない。
何か正当な理由と証拠がなければ。
「……暁。大丈夫だよ」
「司令官……」
暁は提督を不安げに見上げた。
暁が一番恐れていることは、提督のことだった。
提督のあの過去を顧みると、それは無理も無い事。
こんな不埒な輩のせいで、彼のトラウマが刺激されたらと思ったのだ。
「へへ……まぁ俺が言いたいのはただ一つだ。お前らさぁ……」
「『役立たず』すぎなんじゃねえの? ひひっ」
「!!!」
男が放った一言は、暁を憤慨させた。
毎日、海やこの島、つまり国を守る為に努力しているというのに、役立たず?
それに加え、提督の事も馬鹿にされたことに、暁は激怒した。
絶対に許さない。
彼が今どんな思いで頑張っているのか知らない癖に。
暁は胸に溜まった思いの丈を、そのままにやつく男にぶつけようとした。
「……意味を図りかねるね」
「あぁ……?」
提督が、極めて落ち着いた声で放った言葉に、暁は口を留めた。
自分の前に立つ彼の背中を、黙って見る。
「役立たず? 君は彼女達のどこを見てそう思ったんだ?」
「は? そんなんこの現状を見りゃあ誰でも思う事だろうが!!」
男は口から唾を吐き出しながら喚き散らす。
「奴らに海で我が物顔させてよぉ! 何が人類の救世主だ?」
「碌に仕事も出来てねぇ癖に、呑気にお出かけしてんじゃねえよ!!」
男の言葉に、暁は唇を噛んだ。
こんな男も、自分たちが守るべき市民。
そして、こういった考えを持つ人間が、この男だけでは無いというのも事実なのだ。
「……深海棲艦に勝利できていない、だから、役立たずだと?」
「そうだろうが! 艦娘なんて戦う事しか出来ねえ兵器だろ!」
兵器。
そういわれた暁は、自分の目に涙が溜まっていくのを感じた。
守るべき存在に、そう言われる事が何より悲しく、そして悔しかった。
「……もしそうだったら、僕は此処にこうして立っていない……」
「あ? 何ぼそぼそ言ってんだよ? 聴こえねえぞ!!」
「ああ、いや何も。ただ君みたいな人には、何を言っても無駄なんだろうって」
暁は、ハッとなって提督を見た。
彼はただその場に立っているだけだったが、その声色から何かを感じたのだ。
「なんだと!?」
「別に、彼女たちはこんなに頑張っているんですよ、なんて喧伝するつもりはないよ」
「事実、深海棲艦との戦いは終わっていない。それも認める」
暁は、淡々と言葉を紡ぐ提督を見つめた。
「はっ、てめえらが無能だって認めんのかよ」
「無能? 君がそう思うんならそうなんじゃないかな。君の中では」
提督は暁の手を取った。
急に、しかもあの提督が艦娘に自ら触れたことに、暁は驚く。
「行こう暁。お昼休みが終わっちゃうよ」
「え、し、司令官……?」
そして、提督は男を無視して歩き出した。
呆然とする男の脇を通り抜けようとしたとき、男は我に返った。
提督の肩をわし掴む。
「おい! まだ話は終わって……!」
「もう僕から話す事は何も無い。この手を離せ」
男は、提督の威圧感に恐れをなして飛びのいた。
暁は、初めて聞く彼の冷たい声色に衝撃を受けた。
「……一言だけ言ってあげるよ。二度は言わないから良く聞いておいてね」
男は先程の態度が嘘のように、真顔で沈黙している。
「彼女達は役立たずなんかじゃない。……じゃあ、僕はこれで」
提督はそれだけ言うと、鎮守府に向かって歩き出した。
暁は、離れてしまった提督の手を見て、それに着いていく。
(司令官、私達の為に怒ってくれたのかな?)
暁は、胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。
あの男に怒り、そして自分たちを肯定してくれた事に、強い喜びを覚えていた。
(やっぱり司令官は私達の事嫌いなんかじゃないんだ!)
暁は、今朝のような不安な想いが氷解していく気持ちになった。
提督は過去と戦っている、自分たちを憎んでいるわけではないのだと、そう確信した。
「司令官! ありがとうっ!」
暁は満面の笑みで、提督へ礼を言った。
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……僕は、何様なんだ。
僕に彼を怒る資格なんて、あったのか。
まるで艦娘の代弁者、良き理解者みたいな面をして。
本当は一番、艦娘の事を拒絶しているくせに。
「司令官! ありがとうっ!」
暁が嬉しそうな声で礼を言ってくる。
……やめろ。
僕に、そんな事を言われる資格は無い。
僕に、そんな笑顔を見せる価値は無い。
暁、君は騙されているだけなんだ。
……僕も、あの男と同じ穴の貉なんだ。
僕は、こんな自分が、大嫌いだ。
町に出てチンピラ遭遇というテンプレ展開。
軍人に絡むとか命知らずにもほどがありますよね。