艦娘の本当の役割、発揮の時です。
演習の後、参加艦娘達が提督の元に戻ってきた。
艦娘達は、それぞれ好きに喋ることはせず、黙って提督の前に整列した。
彼女らも吹雪のように、あまり積極的になるべきでないと考えていたからだ。
ただ一人だけ、様子が違う艦娘が混ざっていたのだが。
その艦娘は緑色の髪を梳きながら、笑みを隠そうともせず提督の顔を眺めていた。
「皆、提督から伝えたい事があるそうだ!」
提督の隣にいた長門の声に、どこか落ち着かなかった艦娘達は背筋を伸ばした。
皆提督の言葉を聞き逃さないように真剣な面持ちで、彼の顔を見る。
そんな視線を一身に受ける提督は、居心地悪そうにしつつ、一歩前に出た。
「み、皆! 演習お疲れさま。全員申し分ない動きだったと思う」
提督の発言に、艦娘達は浮足立つ。
喜びを表現したいのだが、それをしていいのか。
自分たちが下手に騒いで、提督が怯えないか。
そういった想いが、彼女達の自由な気持ちを阻害した。
……艦娘達も、提督とは異なる恐怖を抱いているのだ。
提督を怖がらせていけないという、一種の強迫観念。
あの凄惨な映像は、確固たつ意思とともにそういった物も艦娘に植え付けてしまった。
しかし……。
「提督~? 鈴谷、実は褒められて伸びるタイプなんだよねー!」
「す、鈴谷さん!?」
演習艦隊に居た鈴谷は、一歩前に出て、『ごく自然』な態度でそう言った。
他の艦娘はそんな鈴谷を見て慌てる。
「そ、そんな馴れ馴れしくしてしまっては……!」
「いや、大丈夫だよ」
提督は、極めて落ち着きはらってそう言った。
そして鈴谷にさらに近づいていく。
提督が自分から艦娘に近づく、それは彼の経験を考えると意外な事だった。
「提督、鈴谷の活躍どうだった?」
「よかったよ。ず、瑞雲の扱いも手馴れていたし」
「えへへ、流石提督、よく見てるじゃん!」
提督と鈴谷は、普通に会話していた。
鈴谷達から提督の艦娘へ対する初日の態度を聞いていた艦娘達は、目を疑った。
(て、提督さん結構普通に喋れてるっぽい!)
(な、なにがあったんでしょう……)
(まだ少し緊張はしているようですが)
小声で話す艦娘達に、鈴谷が振り返る。
「みんな! 皆もさ、えと、普通に提督とお話しようよ!」
「で、でも提督は……」
「いつもの私達でいいじゃん? その方が提督も落ち着くよ、ね?」
鈴谷は提督に小首をかしげて問う。
提督はそんな鈴谷の様子を見て、苦笑しながら話す。
「う、うん。鈴谷の言う通りなんだ。皆普通に接してほしい」
「その……君たちのこと、もっと知っていきたいから……」
提督は、鈴谷、吹雪、長門と関わり、少し前進出来た。
それは彼自ら、艦娘に関わっていきたいと口に出せるほどに。
「っ! あ、あの、提督! 榛名はどうでしたか!?」
「う、うん。弾着観測、上手く行ってたよ」
艦娘達は、堰を切ったように提督に話しかけていく。
「夕立は!? 夕立活躍してたっぽい!?」
「雷撃の命中率も高かったし、大活躍してた、よ」
提督は、一人ずつ、ゆっくりと演習の私感を言っていく。
艦娘達は、心底嬉しそうにそれを聞くのだ。
「私はどうでしたか?」
「あ、か、赤城は、制空権と防空の配慮が行き届いた、いい立ち回りだった」
ただ、提督と艦娘が話す、それだけのこと。
たったそれだけのことが、彼女達にはとても幸せなことなのだ。
……鈴谷は、その様子をとても嬉し気に眺めていた。
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「……提督っ! 緊急入電だ!」
長門の声に、その場の全員がそちらを向いた。
演習に使用した無線に、大淀から通信が入ったのだ。
「……定期偵察機が、鎮守府近海にて敵艦隊発見の報を!」
「……深海、棲艦」
敵出現の知らせに、全員に緊張が走る。
この場にいる艦娘は全員、深海棲艦と戦った事がない訳では無い。
訓練期間、教導艦と共に数回は戦闘経験がある。
それでも、この鎮守府で、そして提督の元で戦うのは初めての事なのだ。
「……長門、無線を貸して」
「提督……分かった」
そんな中、提督は長門から無線機を受け取った。
艦娘達は神妙な面持ちで提督を見る。
『大淀、敵艦隊の発見座標、情報を詳細に伝えて』
提督は大淀から、細かな情報を聞き取っていく。
手元の紙に淡々と字を書き連ねていく姿に、艦娘達は感嘆する。
『……分かった。丁度演習終了艦隊が動けるから。うん』
提督は無線機を置くと、艦娘達に向き直る。
その顔は、彼が此処に着任して以来、艦娘にとって初めて見るものだった。
「皆、これから僕が言う事を良く聞いてほしい」
艦娘達は、背筋を伸ばし、提督の発言を逃さぬよう努めた。
「これより、敵艦隊殲滅の為、君たちに出撃してもらう」
「……!」
……提督の作戦はこうだった。
現在最も早く出撃できる艦隊、それは先程まで演習を行っていた鈴谷達。
演習用模擬弾を換装すれば、直ぐにでも戦闘準備できる。
準備終了後、すぐさま出撃、無線により作戦指揮をとる、と。
「……皆、頼む!」
提督は出撃の旨を伝え、そして艦娘達に頭を下げた。
彼は、今まで艦娘に幾度となく頭を下げてきた。
しかし、それは自身の命を守る為の、哀れな命乞いだ。
今の懇願は、それとは違う。
彼自身が元々持つ性格が、己の変わりに戦う艦娘へ頭を下げさせたのだ。
「……提督、ほら、顔あげてっ」
「す、鈴谷」
鈴谷に言われ、提督は頭を上げる。
彼の目に映るのは、笑顔の鈴谷と、艦娘達。
「提督さんの為なら頑張っちゃうっぽい!」
「榛名でいいなら、お任せください!」
「一航戦の力、お見せしましょう!」
全員、気概にあふれていた。
提督の元で、戦うという覚悟に燃えていた。
「……み、みんな」
「ふっ、提督、此処に居る全員、貴方に命を預ける覚悟があるのだぞ?」
長門は自身の艤装を出現させながら言う。
その目が言おうとしている事を、提督は理解した。
「……うん、『頼む』じゃない。……僕は提督として命じる」
彼もまた、戦う覚悟を決めた。
提督として、彼女達と共に戦い抜く覚悟を。
「第一艦隊、及び第二艦隊、抜錨せよ!!」
提督の、号令。
それに答えるは、少女達の高らかな声。
南の島の、とある鎮守府。
ここで初めての、対深海棲艦作戦が発動されたのだった。
今回戦闘シーンになる予定でしたが、次回に繰り越しです。
次のお話は結構長くなる予定です。