新約 腕が痛い

「腕が……ッ!!腕が動かなかったんです!!ほらぁ!!」腕ブンブン

と、RPG史に残るヘタレキャラに名乗りを上げたスノウを幻水的にもう少し親友らしく4をスノウ視点で再構成。4主の名前はラズロ

ちょっと腕の痛みを和らげ過ぎたかなとは思うけど、それぐらいやらなきゃ無理じゃないかなって……。

すべての腕が痛くて動かない人に捧ぐ


この短編は理想郷さんにも投下しています。

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僕と君の声 

 

 初めて君に会った日を懐かしく思い出す。

 

 大海原に点在する小さな島々、その一つであるガイエン公国ラズリル領。本土より東に遠く離れたラズリル島は群島諸国との交易の中継点として栄えた島であり、領内には海上騎士団を有し近海の治安と防衛を預けられていた。

 

 領主の名はヴィンセント・フィンガーフート。僕ことスノウ・フィンガーフートの父にあたる。

 

 いずれ父の後を継いでこの地を治めていく事に、この頃の僕は何の疑問も大した関心も持ってはいなかった。そろそろ人の上に立つという事を学んでも貰うと言われても、いまいち意味がわからず生返事で返した。ただ漠然とした未来へと繋がる道を歩みだしたその時に、君は現れた。

 

 僕の前に所在無さげに立つ君は、挨拶の言葉がたどたどしくて父は声を張り上げた。騎士団が巡回の途中で見つけた一隻の小舟に蹲っていた少年。衰弱が激しくて、もう少し発見が遅れたら死んでいたそうだ。

 

 回復した少年は何も覚えてはおらず、自分のことすらわからないのに文字が書けるということに目をつけた父が僕の小間使いとして連れてきた。父は一人息子の僕には優しかったけど、他人や目下の者には傲慢で粗暴な態度を取ることが多かった。

 

 例に漏れず、君もその圧力に曝されて萎縮しているのだろう。そう思い、優しく声をかけるも反応は薄い。苛つき、怒鳴りだした父に急かされて君はようやく名をラズロと告げる。僕も名前を名乗り挨拶を交わすものの不満は明らかだった。

 

 潮風と日差しに晒されて、くすんでしまった亜麻色の髪はボサボサで、痩せ痩けてしまった頬と暗い瞳が不気味さを際立てる。おどおどとした態度は僕にも変わらず、好んで近づこうとはしなかった。

 

 それが変わったのは数日たった夜のことだ。

 

 怖い夢を見て飛び起きた僕は眠ることも出来ずに震えていた。父の部屋を訪ねようかと考えるものの、部屋から出るのが怖くて朝が来るのじっと待っていた。

 

 長過ぎる夜は囁くようにそっと不安を募らせた。ついに耐えきれず廊下へと飛び出て足をもつらせる。急ぎ、立ち上がり走り出せば父の部屋は逆方向。泣きそうになって周りを見渡せば窓の向こうに灯りが見えた。

 

 離れに在った物置のような小屋は君に与えられた部屋。

 

 暗闇から逃れるよう早足で辿り着いて戸を開く。居るべき筈の場所に君の姿はなくて、灯っていたランプの火を頼りに首をふる。薄暗い部屋の片隅には頭から毛布を被って震える影があった。

 

 どうしたの? って声をかけると君は夜が怖い、と答えた。子供だなって自分のことを棚に上げて優越感を覚えた僕は、また君がたどたどしく出した言葉に声を失った。

 

「何も無い……真っ暗な海で一人だった。何処に行けばいいのかもわからなくて何処にもいけない……。僕の声は……誰にも届かない……」

 

 後で僕は君を助けた騎士団の人たちに詳しい話を聞いた。君は小さな舟で二週間近く、大海原を彷徨っていた。青一面の世界が押し潰すような暗黒に変わる。大人だって発狂するような状況だ。安全になった今でも思い出して夜は眠れないだろうって。

 

 でも、その時の僕は同情なんかじゃなくて、ただ君を勇気付けたくて声をかけた。

 

「大丈夫。君は僕の後ろを付いてくればいい。僕が君の歩く道を照らすから」

 

 僕が君の灯台だ、なんて、かっこつけたことを恥ずかしく思い出せる。驚いた顔の君はまだ疑うような視線を向けていたけれど、僕が部屋から出ていかない事に安心して眠りに落ちた。寝顔は本当にただの子供のもので、弟が出来たような感覚に陥ったことを覚えている。

 

 それから暫く、僕は君の部屋で眠っていた。僕は君の主なんだから、君が辛い顔をしていると僕が疑われるからなんて、聞かれてもない理由を自分に言い聞かせたのはこれがいけないことだと知っていたからだ。

 

 楽しかったんだ。

 

 何も知らない君に僕は本で読んだ知識を自分の経験であるかのように語った。すると君は目を輝かせてスノウは凄いねって褒め称えてくれる。無垢な眼差しが羨望で染められていくのが心地よくて、父の書斎に潜り込んで本を漁った。

 

 けど、そんな日々は長くは続かなかった。

 

 僕が部屋で寝ていないことに気付いた父は君を見つけて殴り飛ばした。汚らわしい、自分の立場を考えろって憤慨した父が怖くて、ただ殴られる君を眺めていた。痣だらけになった顔で頭を下げさせられた君を、何も言わずに受け入れたこの時に――僕らの関係は決まってしまった。

 

 僕はこの日から用事もないのに君の部屋を訪れることを止めた。道を歩く時は必ず君が僕の後ろを歩くように教え込んだ。そうしなければ父はまた君を殴るんだと説明したら君はわかったと頷いて僕の影に入った。けれど本当は隣りを歩く君を見た父が僕を殴ることが怖かった。

 

 臆病な自分を認めたくなくて、僕はなにか凄い所を君に見せたかった。君が尊敬するような、ずっと僕について来てくれるような。そして、あの夜の裏通りに辿り着いた。

 

 君に頼りになる所を見せようと、もさもさ退治を頑張っていた筈なのに。あの強い大人の人が褒めるのは君ばかりで、主として誇らしく振舞っていたけど、本当は君に嫉妬していた。きっとこの日から僕は、劣等感を抱いたんだ。

 

 

――君と僕は、どうしてこんなにも違うんだろう?

 

 

 

 

 

 少し大きくなった僕らは海兵学校に入った。

 

 軟弱だった僕の身体は訓練に付いていけなくて、君は傷薬を買いにいつも街へと繰り出した。それを同期のみんなにからかわれて雑用を押し付けられていた。偶々、その光景を目にした僕は直ぐに助けようと足を速めて、ふと立ち止る。

 

――僕と彼ら、いったい何が違うのか。

 

 初めて覚えた疑問で眩暈がした時、君と彼らの間に割り込んだのは二人の少年、タルとケネス。僕よりも年上のタルは兄貴肌で、こういう事はしっかり断われと君に言い聞かせる。ケネスは正義感に溢れていて、君を使おうとした彼らに説教を食らわした。

 

 ありがとう、と頭を下げながらも誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべた君は僕を見つけて近寄って来る。

 

 差し出された傷薬を取ることなく君の顔を伺えば邪気のない瞳が目に入る。それが酷く胸を締め付けた。でも、本当に痛かったのは、こちらを窺うタルとケネスが何も言わないことだった。

 

 だって知っている。僕と君の関係を。二人だけではなく、島中の人間が。

 

 "領主の息子"と"その小間使い"

 

 仕方がないじゃないか……。

 

 もうそうなってしまった。今さらこの関係は変えられない。

 

 だから、せめて、君に恥じないよう立派な主になろうと決意した。

 

 

 遅くまで訓練場に残っていた僕に頑張ってるね、なんて言いながら水を取ってくれたのはジュエル。ナ・ナル島からやって来た彼女は小さな身体がはち切れんばかりの笑顔を振りまいてくる。

 

「スノウは領主になるんでしょう? 剣技を磨いても活躍の場はないんじゃない?」

 

「領主だからって学問だけをやればいいとは思わない。それに僕が戦わなければ誰も付いてこないよ」

 

「あ、ごめん。そんなつもりじゃ……」

 

「わかってる。でも僕は強く在りたいんだ」

 

 バツの悪そうな顔をしたジュエルに軽く微笑んでまた剣を振る。

 

 そう、領主の息子だから、自分が特別扱いされていることは知っていた。その殻を破りたくて、豆が潰れても剣を振り続けた。

 

 

 いつしか僕の周りには人が増えていた。

 

 君は勿論のこと、タルとケネス、それにジュエルと彼女が連れ来たハーフエルフのポーラ。年も育ちもバラバラだったけど、どこか馬が合うのか、この五人で居ることが多くなった。

 

 訓練の出来が悪いと自虐を浮かべたジュエルをタルがからかい、始まった些細な喧嘩に呆れ顔のケネスと無関心なポーラ。君はどちらに付くのかを迫られ、困り顔で僕に助けを求めた。苦笑いをこぼして仲裁に入る、そんな毎日。

 

 嬉しかったんだと思う。まだ君に頼られていることが。自分の決意と成長が実感できているようで。楽しかったんだとも思う。このまま穏やかな日々が続いていけば過去の過ちなんてなかったことにできそうで。

 

 でも、

 

 それに気付いてしまったのはいつだっただろう。

 

 訓練で君と剣を合わせた時に違和感を覚えた。君の打ち込みが見える。僕の打ち込みに君は手をやいて剣を手放した。湧き起こる歓声の中で僕だけが戸惑っていた。

 

 僕は本当に強くなったのか……?

 

 タルに勝てる君をタルに勝てない僕が倒せる程に。

 

 

 訓練の後に君は指導に来ていた騎士団のグレン団長に呼び出された。僕はその事が少し嬉しかった。

 

 従者が衆人の前で主人に勝つなんて事があってはいけない。それは当然の事だけど、厳格さと誠実さで知られたグレン団長ならそれを正してくれるんじゃないかって。騎士団の館の前で君が出てくるのを心待ちにした。

 

 けど、何も変わらなかった。

 

 どうしたんだい? なんて何も気付かない振りをした僕に君は何でもないって首を振る。そうかい、と適当に声を返していつものように前を歩く。向かい風に拳を握りしめて。

 

 別に僕が強くある必要なんてない。

 

 僕は領主になるのであって騎士になる訳じゃない。だから、この手のひらに出来た豆だって僕にとっては意味のないものだ。僕の背中しか見えない君は知らなくていい。自分を誤魔化した僕の表情を。

 

 

 そうやって胸に巣食う欺瞞を抑えて過ごした海兵学校は卒業の日を迎える。毎年、卒業生代表によって行われる"火入れの儀式"、領民たちの持つ松明に火を灯して、航海の安全とラズリルの繁栄を願い、騎士としての忠誠を誓う。

 

 今年の代表は僕だった。

 

 剣技ではタルに一歩及ばなかったものの、航海術、戦略においては大差をつけた。領主の息子だからではなく、誰が見ても総合的な評価では僕が優っていた筈だ。なのに、火を灯す心はざわめいている。

 

「君もやってみるかい?」

 

 手に持った松明を半ば無理やり君へと押し付けたのは、この結果が真実ではないと僕だけが知っていたからだ。少しの贖罪だった。自己満足でしかないけど。

 

 でもね、君が灯した火が楼蘭と輝いて辺りを照らしだした時、いつからか胸の奥に潜んでいた不安の正体に気が付いた。輝きの中心で歓声を受ける君は気付かなかった筈だ。暗闇へと紛れ込んでしまった僕の姿を。

 

「いつまでも……こんな日々が続けばいい……」

 

 夜空を彩った火花の下でそれだけを願った。

 

 

 

 

 

 初任務の日は直ぐにやって来た。イルヤ島へ向かう商船の護衛。ありふれた任務だったけど、僕は艦長に任命された。海兵学校を出たばかりの士官がいきなりの艦長。どうせ父が手を回したのだろう。

 

 別に文句なんてなかった。だって僕は領主になるんだ。その為の箔づけとしては悪くない。そんな風に考え、また自分を誤魔化した。だけど、みんなが僕に寄せる視線が少し痛い。

 

 君はどんな顔をしているんだろうと不安を押さえて振り返ると君はいつものように笑顔を浮かべていた。ほっ、として僕はまた前を向く。握り込んだ手のひらを湿らせて。

 

 ぼやけていた。

 

 

 大海原へと出た僕らは海猫が空を舞うのを呑気に眺めながら言葉を交わす。初めての航海なのに君は緊張なんてまるでしていなくて、僕はまた君との違いに胸が締め付けられた。置き場のない視線を海へと彷徨わせて艦長の仕事に戻る振りをする。

 

 航海は順調だった。操舵士を除けば船員は皆、同期生。反発を和らげる為の父の配慮は苦々しくも安堵になっていた。それが最大の裏目と出るなんて思いもせずに。

 

「艦長」

 

 同期生の一人が僕に声をかける。こちらに近づく船があるようだ。群島では船での物流が一般的であり航路が被るなんてことは多々ある。取り敢えず警告をしようと望遠鏡を覗いて船体を確認する。

 

 そして、頭を駆け抜けた違和感。

 

「六本マスト……?」

 

 何かを思い出すように呟いて目を細める。するとキラリと光る物が目に飛び込んだ。

 

「商船じゃないッ! 右舷に砲列っ! あれは……ッ!!?」

 

 轟音が空に響いた。船体が激しく揺れる。次の瞬間には身体は宙を舞っていた。そのまま受け身も取れず、甲板へと叩きつけられて横たわる。朦朧とする意識の中で思い出した帆船の正体。あれは……海賊ブランドだ……っ!

 

「艦長、ご無事ですか!? 指示をッ!!」

 

 焦る団員が倒れていた僕に駆け寄ってくる。首だけを動かしてなんとか声を出そうとしたその一瞬で、目の前の団員は消し飛んだ。

 

「ひ、ひいぃいい!!!」

 

 生暖かい血が雨のように身体へと降り注ぐ。砲弾と悲鳴が鳴り止まない中でまた違う団員が叫ぶ。

 

「艦長っ! 指示を……ッ!!」

 

「と、取り舵!!! 全速離脱!!! 急げっ!!」

 

「はっ!?」

 

「に、逃げろと言ってるんだよ! 早く……っ!!!」

 

「そ、それでは商船を見殺すことになります!!」

 

 僕の口は勝手にそう叫んでいた。目の前で起きた惨劇に頭が追いつかず、ただこの場を逃げ出したかった。

 

「……っ! 腕が……」

 

「か、艦長……?」

 

「……痛い……いたいよぉ……」

 

 鈍重な腕の痛みがそれを肯定していく。

 

 

――勝てる訳がないじゃないか……っ。

 

 こっちは碌に経験も積んでいない新兵なんだ。だから僕の判断は間違っていない。僕は艦長なんだからこの船のみんなの安全を守る義務がある。

 

 なのに――誰も従わない。見下すような目で僕を見た後、君を見る。

 

「……オラーク海運の船がこの海域を離脱するまで僕たちは逃げる訳にはいかない。応戦する」

 

「艦長は僕だっ!!! 勝手なことをするなっ!!!!!」

 

 もう僕の声は誰にも届かなくて、君は推されるままに指揮を執った。だけど、やっぱり敵は強くて、紋章砲が打ち込まれる度に船体は傾いて身体が震えだす。

 

 今のは危なかった。目の前の甲板は無残に抉れている。それに僕は最初の転倒で腕が痛いんだ。丸まった僕の前を砲弾が掠めて海へと着水する。

 

「お願いだから舵をきってくれよぉぉおおおおお!!!!!!」

 

 すぐそこに迫った死が僕の判断を更に狂わせた。

 

「こ、このままじゃ全滅する……あれは……」

 

 目に入ったのは緊急用に備え付けられた小舟。そこからのことはよく覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、一人で逃げ出してきたと?」

 

「はい……」

 

 僕の前には険しい顔つきをしたグレン団長が立っていた。どうやら団長たちは一歩遅れて海賊の情報を掴んだようで、僕達のいた海域へと向かう最中だった。運良く発見され、詳しい状況説明を求められた僕は拙いながらも覚えていることを話した。次の瞬間には激しい痛みと鉄の味が口内を駆け巡った。

 

「馬鹿者がっ!! 艦長は最後まで退艦してはならない!! 直ぐに救援に向かう!」

 

 激昂して怒りを振りまいた団長の姿に海賊とはまた違う恐れが走る。痛む頬を抑えながら、なんとか取り繕おうと混乱から抜け出せない頭を働かせた。

 

 僕にだって言い分はある。僕はみんなのことを考えて撤退するよう指示を下したんだ。それに従わなかったのはあいつらだ。それに――

 

「それに……なんだ?」

 

 幾許か厳しさを増した団長の視線が身体を強ばらせる。ゴクリと唾を呑み込んで、この視線から逃れるためだけの言葉を絞り出した。

 

「腕が……腕が痛くて動かなかったんです……っ! だから戦うことも……ッ!?」

 

 再び走った頬の痛みで無理矢理に黙らされる。大きくため息をこぼして背を向けた団長は去っていく。後に残された僕に向けられたのは失笑と嘲笑。艦の誰もが僕を馬鹿にしていた。

 

 

 艦はそのまま先ほどの海域へと向かう。時間が経てばたつほどに頭は冷静さを取り戻し、自分がどんなに情けなくて愚かな真似をしたか、自責の念が強くなる。煙を吹いて海上に漂う船体を発見したとの報が流れても、まともに見れはしなかった。

 

 きっとみんな死んでしまった。もう海賊たちの姿もない。すべてを奪って帰路についたのだろう。君も――

 

「生きてる? 生存者がいるぞ!」

 

 団員の一人がそう叫ぶ。次々と甲鈑から身を乗り出していく団員たちにつられて僕も覗き込んだ。接舷するための小さな舟がこちらに帰ってくる。乗っていたのは団長と騎士団員、そして、傷だらけになった君だった。

 

「――っ!」

 

 咄嗟に目を背けてしまった。嬉しい筈なのに後ろめたい。

 

「団長はどうした!? やられたのか!!?」

 

 怒号とも、悲鳴とも取れる叫びは艦を震えさせた。よく見れば団長は小舟に寝かされている。傷は一つも見当たらないのに意識がないようだ。 

 

「旗艦はラズリルに帰港します!! 負傷者の収容急げ! 二番艦以下で近辺の警戒と捜索を! ああっ団長……っ!!」

 

 青い顔をしたカタリナ副団長が指示を下す。悲壮感で満ちた姿にとても近寄ることは出来なくて、慌ただしく動き始めた艦内で君と顔を合わせることはなかった。

 

 

 

 

 

 ラズリルに帰港して一週間ばかりが過ぎた。その間、僕は自宅での謹慎を命じられていた。本来ならば除隊処分以上が妥当であろう敵前逃亡の罪。それがこれ程までに軽い。

 

 詳しいことはわからなかったが、敵、海賊船は初めからオラーク海運の積み荷を狙っていたとの報告があり、これは事前に襲撃を察知できなかった騎士団の過失である、と父は主張した。父は騎士団最大の支援者でもあり、自分の名声をも下げかねない僕の失態を隠すために相当の圧力をかけたようだ。

 

 それを息苦しく思いながらも今回ばかりは父に感謝していた。

 

 僕はやり直せるチャンスを貰ったのだ。まだ一度失敗しただけだ。いくらでも挽回はきく、と自分を鼓舞して甲冑に身を通す。足が向かったのは騎士団の館。海兵学校と同じ場所にあり、運営も同じだが、正式な騎士団員以外は立ち入ることを許されない。

 

 手土産に選んだのは少しばかり値の張る薬。軽い処分への礼ではなく、純粋に団長の身を案じてのことだ。外傷はなかったようだが、三日ほど目を覚まさなかったと聞いた。

 

 それに、ここには君もいる筈だから……謝らなければ……。

 

 

 まだ見慣れたとは言いがたい館を早足で駆け抜ける。団長の部屋は最上階だ。階段ですれ違う団員たちの視線から顔を背けたまま、ようやくたどり着いて大きく息を吐く。ドアを叩く手は少し震えていた。

 

「スノウか……入れ」

 

「は、はい」

 

 威厳のある、しかし、どこか覇気のない声に心臓が高鳴る。やっぱりまだ調子が悪いのか、それとも僕に失望したからなのか。再び殴られはしないか。処分の追加を言い渡されないか。そんな思い悩んだすべてが扉を開いた瞬間吹き飛んだ。

 

「え……?」

 

 そこに君が居たからだ。たった一人で、どこか団長とも副団長とも親しげな空気を残したままに。

 

「スノウ、それで何のようだ?」

 

「あ、いえ……原隊復帰の報告をと……」

 

 ベットで横になっていた団長は少し考えるような仕草を取ると僅かに顔を曇らせた。

 

「そうか……今回のおまえの行動は艦長として在るまじき行為だ。だが、伯爵が言うように騎士団全体の過失でもある。今後このようなことがないよう留意しよう。おまえも精進するがよい」

 

「は、はい」

 

 予定調和で塗れた声は頭にまるで入らなかった。それだけで僕との会話は終わり。そして温度差のある声が心を凍てつかせる。

 

「ラズロももういいぞ。心配をかけたな」

 

 君は軽く一礼をして僕と同時に部屋を出る。僕が歩き出せば君は自然とそれに続く。階段を一段降りる度に先の光景が強くなる。

 

 何を話していたんだろう……?

 

 団長の厳しい声と優しげだった声にある差が振り向くことを躊躇わせた。

 

 どうして君が……?

 

 でも、このままじゃいけない。そうだ、謝らなければ……!

 

 ようやく思考がそこにたどり着いたのは階段を降りきったのと同時だった。意を決して君へと振り返る。そして――邪魔が入った。

 

「よう、この間は助かったぜ。おまえが居なきゃどうにもならなかった」

 

 君はそこで近寄ってきた二人の団員に声をかけられた。親しげに肩を叩き、感謝を述べる二人は僕にも見覚えがある。あの船に乗っていた同期の二人だ。名前くらいしか僕は知らないけど君は親しかったんだろうか。愚かにもそんなことを思えば敵意は直ぐに牙を剥いた。

 

「お、艦長さんも居たんですね。腕の具合はもういいんですか?」

 

 再び冷たい声が心に突き刺さる。いや、当然か。あの船に乗っていたということは僕が見捨てたということなのだから。

 

「おい、よせよ」

 

「なんだよ、おまえだって言いたいことはあるだろう」

 

「いいからよ、じゃ、またな、ラズロ」

 

 無言のまま、立ち去る彼らを見送った。離れてもまだ声は聞こえる。

 

「主席ったって実戦じゃあんなもんかよ。腕が動かねえで舟が漕げるかよ」

 

「言うなって。ま、今じゃその主席じたい怪しいもんだがな」

 

「言えてら。だって、あいつは領主の……」

 

 

 返す言葉は何もなかった。唇を噛み締めたままじっと耐える。しかし、眉根を寄せて追いかけようとした君の姿に慌てて手を伸ばす。 

 

「君が……気にすることはないよ。次は上手くやるさ……言いたい奴には言わせておけばいい……」

 

 肩を掴んでそう言うと、またあの表情をした君が気を鎮める。そんな態度を取ってくれたことが嬉しいのにどこか癇に障る。

 

 なぜ……何も言わないんだよ?

 

 あいつらにじゃない。僕に対してだ。

 

 不満はあるはずだ。ない訳がない……!

 

 じっと君の顔を覗き込んで見るが、君は首を傾げるくらいで声を発さない。

 

 

 いいさ……

 

 君が何も言わないのなら僕の方から――

 

 

 そして、唾を飲み込んだ。

 

 

「……本当に……腕が動かなかったんだ……君だけは信じてくれるよね……?」

 

 

 浅ましい!!!

 

 どうして僕の口はこんな風に動くんだ!! 

 

 そして、どうして君はいつものように曖昧な笑顔を浮かべて従うんだ!?

 

 その顔は嫌いだよ。

 

 逃げ出すよう渡せなかった薬を君へと押し付けた。

 

 

 

 

 

 それから暫く経った日だった。いくつもの海賊船がラズリルの沖に現れたのは。

 

 島は騒然としたが、僕や騎士団員たちはこの襲撃の明確な理由がわからず、憮然とした空気が流れる中で乗艦命令を聞いた。

 

 ラズリルはミドルポートと並んでガイエン公国の東海方面における最前線基地にあたる。駐留艦隊を要するミドルポートと騎士団のあるラズリル。両者の戦力は群島諸国の中では抜きん出ている。単に街を襲そうのなら群島の一つを襲った方が楽なのは明白だ。

 

 一括りに海賊と言ってもこの海には二種類いる。

 

 一つは群島諸国以外の国の船を主に襲う者たち。特にミドルポート船籍の船は多く襲われている。時にはクールークの艦隊にすら喧嘩を売るような奴らだ。群島船籍の船は稀にしか襲わず、義賊のような行為もするため、彼らに憧れている住民も群島には多いのがガイエンとしては頭痛の種である。

 

 もう一つは本当にどうしようもない、ただのろくでなし。食うに困って海賊家業に身を落とした奴らだ。このラズリルの牢にも多く捕らえられている。

 

 今回の件は間違いなく前者であろう。ラズリルを攻めるような奴らが後者であるはずがない。

 

 動機は敵討ちかと不意に思う。海賊ブランドは前者の方で名前を売っていた。そしてそのブランドはあの戦いで死んだと聞いた。君が討ったのか、団長が討ったのか、は定かではないが、君が救援が来るまで仲間を守り続けたのは事実として団員たちが噂していた。

 

 僕の地位は変わらず艦長のまま。不安げな眼差しを向ける団員たちを背に開戦の時を待つ。今回の戦いには団長は加われない。まだ身体の調子が良くないと。先の軍議で告げられた事実が身体を固くさせていた。

 

 不意に轟音は響く。射程距離外から撃ち込まれた紋章砲は船体を揺らし恐怖を思い出させた。

 

「あの……艦長……?」

 

「……っ!」

 

 顔を上げた時には遅かった。列を組んでいた艦隊の船尾が目に入る。

 

 出遅れた……!

 

「何をしてるっ! 前進だ! 早くっ!!」

 

「は、はい!」

 

 八つ当りのように怒号を投げつけた。またしてもの失態に焦りが加速する。思わず振り返ってしまったのは何故だろう。そこに居るはずの君はいないのに。

 

 君は前方で戦う一隻の艦の指揮を取っていた。この大抜擢は僕のようなコネじゃない。団長が戦列に加われない状況で騎士団には新たな柱を立てる必要があった。それに君は選ばれた。先の遭遇戦における君の功績は皆が知る所であり、表立って文句を言う奴はいない。むしろ歓迎すらしていただろう。

 

 若すぎるという指摘も及ばない。騎士団が欲しいのは次代の担い手だ。若ければ若いほどそれは有利に働く。騎士団だけではなくガイエン本国にとっても。

 

 初陣で悪名高い海賊を撃退して商船を守りぬいたと知れば美辞麗句を並び立てて手駒へと組み込むだろう。いや、もしかしたら、もうその思惑が動いた上で辞令が下っていたのかもしれない。あのクールークの誇る"海神の申し子"への対抗策として。

 

 そして君の戦いが偶然や嘘ではなかったことを証明するかのように海賊船より火が上がる。君の艦から放たれた一撃が動力部を貫いた。僕の艦でも歓声は上がる。けれど、素直に喜ぶことは出来なかった。

 

 焦っていたんだ。僕の前を行く君に。

 

 このまま離されて、二度と追いつけない気がして。

 

「まだかっ!!? まだ射程には入らないかっ!!?」

 

「も、もう少しですっ!!」

 

 声を荒げたまま戦場を睨みつける。不思議な事に恐怖は消えていた。

 

 君ができるのなら僕にだって……っ!

 

 嘘だっ! と感傷でざらついた心を抑えこんだのは不甲斐ない自分に対する怒りだった。

 

「艦長……っ!!」

 

「撃てッ!!!」

 

 放物線を描きながら魔力光に包まれた砲弾は海賊船へと迫る。着弾と同時に爆発。撃沈とまではいかないが足を止める。

 

「まだだ! 砲撃の手を休めるな!! 敵船との距離を保ったまま2時方向に前進、最右翼に踊り出るっ!!」

 

 出遅れたことが幸いとして戦場の全体図を眺めることができた。このまま半包囲陣形に追い込み十字砲火を食らわせてやる。

 

 だが、まだ小手調べという段階で海賊たちは引き上げ始めた。団長の不在がここにきて響く。追撃か、撤退か、即座に上がらぬ信号弾に騎士団の和はかき乱される。僕の判断は、

 

「追撃だ」

 

「追撃、ですか……? しかし、旗艦の信号弾は撤退を……」

 

「わからないのか!? いいから行け!!」

 

「は、はい……っ!」

 

 一喝して、遅れて上がった信号弾に舌打ちをする。

 

 高揚感に酔っていたことは認める。けど、追撃を仕掛けることが間違っていたとは思わない。海賊たちに決定的な打撃を与えられたわけじゃない。これがこちらの戦力を図る緒戦ならば彼らは必ずもう一度やってくる。今より多い戦力を揃えて。

 

 対するこちらの艦隊戦力に増加は見込めない。ミドルポートや群島の島々はこの襲撃で自衛を優先させるだろう。本国とて海賊相手に援軍など認めはしない。国の名折れだ。動くとすればラズリルが落ちた後。それじゃ遅い。今ここで叩いておく必要がある。

 

 何故だろうか?

 

 この時ばかりは頭がすらすらと動いた。一隻で突出すれば袋叩きにあうことも理解している。それでも負ける気がしなかった。僕が動けば君はきっとついてきてくれる。いくらでもかかってくればいい。

 

「艦長ッ!」

 

 副官の焦った声に振り返ればそこには君の艦が近づいていた。狙い通りの展開に笑みを隠し切れない。やがて海上で連なった二隻の艦に心が踊る。君は僕の前に出るでも後ろに引っ込むでもなく横にいる。あの日から重ねた続けた負債を払い終えた気がした。

 

けど、

 

「撤退……?」

 

 君の言葉は期待したものではなかった。申し訳無さそうに告げる姿に僕を止めに来たんだと理解させられる。

 

「なんで……これじゃラズリルは……」

 

 喉の奥から悲痛で声が漏れる。

 

 いや、本当はそんなことはどうでもよかったのかもしれない。

 

「これから……これからじゃないか……? ようやく……ようやく僕は君と――」

 

 寸前の所で頭を下げた。涙など君に見せたくはなかった。

 

 

 

 団長の部屋には硬く打ち付けた音が響きわたる。三度、僕の頬を殴りつけた音だ。何を言っているかは頭に入ってこない。意識はその前に見せられた君への称賛で埋め尽くされていた。

 

 退出した部屋の前で暫し立ち尽くす。

 

 俯けたまま顔は上げない。こんな顔は見せたくない。こちらに媚びて機嫌を伺うような顔も見たくない。でも――声は抑えられなかった。

 

「なんで君ばっかり……ッ!!」

 

 それ以上その場には居られず駆け出した。

 

 僕の考えは正しかった筈だ。

 

 なのに団長も副団長も聞いてもくれない。団員たちだってそうだ。また彼奴か、と冷ややかな視線をもって口を歪める。

 

 殴られた意味はわかるさ! 命令無視の独断専行!

 

 騎士団に居る以上それが許されることじゃないってこともッ!!

 

 でも、感情に折り合いはつかない。一刻も早くこの館を抜け出したくて――

 

「わっ!!?」

 

「――っ!?」

 

 目の前が見えていなかった。突き飛ばすような形でぶつかったのは白い髪の小柄な少女だ。

 

「……ジュエル……ごめん……」

 

「……っっ。スノウ? その顔……」

 

 すぐに手をかして引き起こした所で顔の痣に気づかれた。

 

「……仕方ないさ。僕の判断は間違っていた。そういうことなんだろう……」

 

 こんな時でさえ見栄を張ろうとする自分が嫌いだった。思ってもいないことを口にする。哀れむような視線に耐えられなくなって、直ぐさま横を抜けようと足を動かす。

 

「まったくの間違いってわけじゃないと思うよ」

 

 聞こえて来た声が信じられなくて、暫しジュエルの顔を凝視した。

 

「ほ、ほら、あたし旗艦にいたからわかるんだけどさ、カタリナ副団長が撤退の指示を下すまで意見は割れてたんだ。ラズロの活躍は凄かったし、スノウだってそう、この勢いに乗ったまま押し切るべきだって。たぶんグレン団長が居たなら副団長も追撃を選んでたんじゃないかな?」

 

 でも、グレン団長は僕を……。

 

 そこで一つの考えが頭に浮かぶ。

 

 ひょっとしてこの頬の痣は命令違反に対してであり、追撃を選んだことに対してではないのか……? グレン団長も追撃を仕掛けることの意味はわかっていたんだ。けど、追撃を仕掛ければ予期せぬ混乱も高確率で起きうる。その際、団長は戦場に居らず、即応できない。艦隊の統率にも乱れが出る。これを埋めるにはラズロではまだ経験不足だと副団長は判断を下したんだ。

 

 都合のいい解釈かもしれない。でも、そう思いたかった。

 

「……スノウ?」

 

「ああ、ごめん。いや……ありがとう……少し気が楽になった」

 

 そう告げれば、なぜか赤い顔したジュエルが顔の前で手を振る。いやいや、と。

 

「あ、この後ね、祝勝会やろうかってちょっと盛り上がってるの。これが初陣だった子も多いからさ。よかったらスノウも……」

 

「いや……やめておくよ。今日は疲れているみたいなんだ……」

 

「あ、そ、そうだよね。うん、ごめんね。気づかなくて」

 

 その申し出は流石に受けられない。そんな場所に僕が行けばどうなるか……。

 

 それに、称賛を浴びる君の姿は見たくない。

 

「僕の分まで楽しんできなよ……」

 

「あ……うん……」

 

 今できるだけの笑顔で告げて別れた。館を後にする時、ぼそり、と何かが聞こえた気がした。

 

「あたしのバカ……」

 

 

 

 そうだ、僕は認められなかったわけじゃない……。

 

 夕闇に染まる埠頭を一人歩く。大通りに繋がる門を抜ければ商店が連なり、坂道を登れば屋敷へとたどり着く。慣れ親しんだ筈の帰り道はひどく寂しい。

 

 海兵学校に入った頃は道行く人、皆が僕を気遣い声をかけてくれた。それがいつからか僕のことよりも、君の事を尋ねられることが多くなった。誇らしげな顔で声を返せていたのはいつまでだったか。今日に至っては誰も声をかけてこない。既に噂が広まっているのだろう。余所余所しい視線を向けながら皆、顔を背ける。

 

「…………どしたの? 元気ないねー?」

 

 背けない所か覗き込んでくる奴がいた。酒樽を抱えた獣人相手では喜んでいいのかはわからないけど。

 

「チープー……騎士団への届け物かい?」

 

「そうなんだよ、まったく! 祝勝会かなにか知らないけど、何で僕が一人でこの量を……!」

 

 後、六樽もあるんだよ! と嘆き、猫耳を伏せて落ち込む。ついには地面に樽を置いて、そこに顔を乗せた商売人にあるまじき猫の亜人に苦笑する。

 

「商売繁盛でいいじゃないか……」

 

「んニャぁ……もっと大きな仕事がしたいんだよ、僕は……」

 

「下っ端だからね、君は……。上の言葉には従わないと」

 

 どの口が言うのか。

 

「やだよ、もう~。何かと雑用ばかり押し付けてさ。僕は商売の勉強がしたくてラズリルに来たのに、こんな力仕事ばかりじゃ水夫になっちゃうよ。……うん? ネコボルト族史上初の艦長……それはそれでいいかも……」

 

 何やら考え始めたようなので、この隙きに立ち去るとしよう。巻き込まれて館に戻るのはごめんだ。

 

 チープーには夢がある。

 

 世界を猫股にかける大商人。

 

 亜人ということを考えれば大きすぎる夢だ。ガイエンとて亜人種の扱いがいいとは言えない。このラズリルが亜人種の住まう群島諸国との関係から政策を緩和していなければ、とても受け入れられはしなかっただろう。その顛末が今の状況だが、笑う気にはなれない。

 

 彼はその夢に向かって日々を邁進しているのだから。

 

 僕の夢は…………何だったかな……。

 

「あっ!? ちょっとぉ!? 手伝ってよぉ~!!」

 

 

 

 

 

 君と顔を合わさない日が続く。

 

 意図的に避けていた。あれから三日程経ったが海賊たちはこない。

 

 騎士団での君の評価は急速に高まっている。団長、副団長、共に覚えのいい君は古参の幹部の目の敵にされるかと思えば、従順で角の無い態度が気に入られたようで、次期団長に推薦するなんて声も出てくるほどだ。

 

「流石に早いだろう」

 

「いいんじゃないの? コネだけの艦長に使われるよりはマシだろう」

 

「そうそう、適当な判断で殺されちゃ堪らないって」

 

 わざわざ僕に聞かせるよう笑い声が起こった。特に言い返すつもりはない。実績を上げねば僕の言葉など一笑されて終わりだ。見慣れない団員達と談笑する君を遠目で追いながらも気づかれないように場を立ち去る。人垣に囲まれた君の姿が過去の自分に重なり胸の中で暴れだしていた。

 

 早く手柄を上げて僕も在るべき場所に。

 

 心の何処かで海賊の襲来を望んでいた。

 

 

 願いが通じたのが、沖を埋め尽くす大艦隊を揃えて海賊たちは再びやってきた。

 

 だが、状況は最悪。伝令用のナセル鳥を狙われたことにより彼らの集結に気付けず、気付いた時にはラズリルへの上陸を許していた。

 

 やっぱり僕が正しかった。

 

 館へと押し寄せる敵に剣を振りながらまたそんなことを思う。不幸中の幸いと云うべきか、海賊たち一人ひとりの強さは大したことはない。僕の腕でもなんとかなる。だが、数が多すぎる。近くには君の姿もあった。次から次へと襲ってくる敵を斬り伏せ味方を鼓舞する。その姿に皆は勇気付けられているようだが、僕は違う。

 

 悔しかった。

 

 またこれで君の評価が高まる。同じ戦場で同じように戦っているのに。今度は逃げ出すことも命令違反もしていないのに……っ! 

 

 君だけが輝いていく……!

 

 誰も僕の活躍など見てはいない。期待してもいない。ただ君さえ居れば大丈夫。そんな空気が肌をおぞましく染めあげる。いったい、どうして――

 

「――ッ!」

 

 不意に衝撃が走り抜ける。海賊たちは紋章砲をここへと撃ち込み始めた。崩れ行く外壁から離れて前へ出る。副団長の顔にも焦りが見える。船着き場を抑えられたままではこちらにはどうしようもない。

 

 行くべきか……。

 

 無理に攻めてこない海賊たちを前に考えを絞らせる。強行突破するしかは道はない。それがわかっていても足がでない。最初に突っ込めばまず死ぬだろう。また臆病さを出した僕の前で走り出した君の姿に顔を歪ませる。

 

 その時、身体に影がさした。

 

 晴天だった筈の空に暗雲が立ち込める。すぐに耳をつんざいた悲鳴としか思えない絶叫が辺りに響き渡る。一条の赤光が空を貫き視界を赤く染めた。

 

 

「なにが……」

 

 紋章砲の比ではない。大地を揺らすような衝撃が押し寄せた。誰も立ってはいられず地に膝をつける。雫が背中を濡らしていた。

 

 雨が降っていた。

 

 天候まで狂ったのかと顔を上げて海を見る。

 

 青い海は――焼けていた。

 

 艦列を並べていた三十を超える海賊船の殆どが大破。火を吹いたまま僅かな断末魔を響かせ沈みゆく。時が止まっていた。戦っていた筈の僕らも、海賊たちも、その光景が信じられなくて、この世の終わりでも見るかのように身を震わせていた。

 

 そんな中、いち早く動き出した人物に瞳を奪われる。亜麻色の見慣れた髪の色――

 

「ラズロ……?」

 

 何処へ……、と考えるより早く足が動いた。先程動けなかった反動も押し寄せていたのだろう。

 

 この時は知らなかった。知ろうともしなかった。もし、この時、この光が『罰の紋章』の力だと知っていたのなら、僕らはこの先、同じ道を歩いていけたのだろうか?

 

 

 

 君を必死で追いかける。

 

 立ち入り禁止命令が出ていた館へと躊躇なく飛び込んだ君にまた先を行かれると焦りを感じて。

 

 なにか団長から君だけは特別な任務を与えられていたのか、それともこれは単なる君の増長なのか、浮かんできた二つの考えに、もし、後者なら、と意地汚く浅い策謀が心を惑わせる。振り払おうと頭を振った。そんなことで君を追い落しとしても僕は喜べない。

 

 わかっていた。

 

 わかっていた筈なのに……!!

 

 

「ラ、ラズロが団長をぉおおおお……っ!!!!!」

 

 

 喉から勝手に声が飛び出た。あたかもそれが真実であるかのように。

 

 

 辿り着いた屋上には思いもしない光景があった。息も絶え絶えな団長が必死で君になにかを呼びかけている。訳も分からず、間に割り込んだ。

 

「だ、団長……? ど、どけぇえええ!!!!」

 

 君を突き飛ばして、倒れていた団長を抱き起こすよう懸命に呼びかける。

 

 団長の危機を救ったのは君じゃなくて僕。

 

 そんな立ち位置を愚かにも確保しようと。

 

「くる……な……馬鹿者が……俺のように……」

 

「団長っ! もう喋ら……ッ!!?」

 

 そんな卑しい願い虚しく、団長は――――炭となって消えた。

 

「ぁぁあ……ああぁぁあ…………」

 

 ぺたん、と尻もちをついた音が響く。膝に力が入らない。人が消えた。

 

 死んだ……?

 

 血も肉も服さえも残さず炭となって……?

 

「うわああああああああああ!!!!」

 

 後ずさりをしてもがいたその瞬間に目と目が合う。君は苦しそうに顔を歪ませていたけど、僕にはわかった。君はこうなることを知っていた。だって、その表情は――――何も語らず僕に従うだけの表情だ。

 

「君、なのか……っ、君が……団長を……ッ?」

 

 答えはない。何かを言いかけるよう君は倒れこんだ。

 

「おい、何があった!!? 団長は……!!?」

 

「ラ、ラズロがっ! ラ、ラズロが団長をぉおおおお……っ!!!!!」

 

 言ってしまった。言ってしまったんだ。追いかけてきた団員たちの目の前で。

 

 もう、取り返しはつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――グレン・コットの死を悼み、その功績に恥じぬよう受け継いでいくことをここに誓う。弔砲用意、放て」

 

 僕の声に合わせて空砲が空へと放たれる。嘘みたいな快晴の空と凪のない海は故人を慎むかのように粛然としていた。ラズリルの沖で遺体のない棺は遺品を込められて海中へと沈められていく。参列者は献花の花束を手に、思い思いに海へと投げた。

 

 葬儀にはラズリルの領民と騎士団員だけではなく、本国や群島諸国の人間の姿もあった。ミドルポートからもラインバッハ伯が直々に見られ、弔事を述べた後、簡単な祝辞を僕へと送る。改めて、偉大なる人物を失ったのだと気付かされた。

 

「本当に……良かったんですか?」

 

「丘の上で眠るよりも、あの人は海の中で眠りたいと思うわ……」

 

 水葬はカタリナ副団長の強い希望だった。皆が団服を着込んで見送る中、一人、喪服で祈る寂しげな横顔にどんな感情が込められていたのかは窺い知れない。

 

「貴方もこれからは大変だろうけど……頑張ってね……」

 

「はい……」

 

 力なく側を離れていく副団長に手を借りることは出来ないのだと思い知らされる。

 

 

 僕は騎士団長への就任が決定していた。この喪が明ければ直ぐにでも団長だ。

 

 確かにラズリル防衛戦ではそれなりの活躍をした。けど、それまでの失態を拭い去れるようなものじゃない。もう、わかっているッ! こんなデタラメな人事がまかり通る理由など一つしかない!

 

 また、父が手を回したのだろう……ッ!

 

 団員達の目が痛い。出来るなら、耳も塞いでしまいたい。

 

「あっ……スノウ……じゃなくて……新団長」

 

 ジュエル達だってこの調子だ。どう接していいのか距離を測りかねている。お願いだから君たちだけはそんな目で僕を見ないで欲しい!

 

「スノウ……で、いいよ。僕は何も変わってなんかない……」

 

 精一杯の勇気をもって告げる。ほっとしたようなジュエルとケネスの顔に安堵する。けど、

 

「そう……じゃ、スノウ、ラズロのことだけどさ」

 

 それは一番聞きたくない内容だった。

 

 君が流刑になってラズリルから追放された後、タルとポーラもいなくなった。聞いてもないのにジュエルとケネス教えてくれる。君の罪は何かの間違いだから君を助ける為に付いて行ったって、ジュエルが心配そうに笑いかけた。何とも言えない顔をして黙り込んだ僕の肩に手を置いたケネスがそれに続く。

 

 わずらわしい……そして君が羨ましい……。

 

「……どうした、スノウ?」

 

「なんでもないよ……」

 

 彼らを避けるよう足を早めた。

 

 僕の心にも疑問はある。

 

 本当に君が団長を殺したのか?

 

 君の性格を考えればありえないと断言できる……!

 

 でも、僕は擁護しなかった。三日にも及ぶ聞き取りの際にも、ただの一度も潔白を訴えなかった。

 

 怖かったんだ。

 

 君に濡れ衣を着せたと責めたてられることが。そして君にさえ嫌悪を向けられることが……!

 

 だが、なによりも、

 

 僕の居場所を奪っていく君が疎ましかった。

 

 

 

 

 

 その後、ラズリルは波風の立たない日が続く。

 

 団長になったと云っても予想通り僕への風当たりは強く、決済の判だけを押す日々が続いた。一人では耐えられなかったかも知れない孤独はジュエルとケネスが埋めてくれた。僕の仕事を手伝いながらも時折、思い出したように君の話題が出ては海兵学校の思い出が浮かび上がる。

 

 楽しかったね、と笑顔を向けられる度に胸の何処かが痛んだ。それも代わり映えのない日常の中に埋没していく。いずれ風化して痛みも感じなくなるのだろうか。そんな風に忘れてしまうことを受け入れ始めた頃だった。

 

 ナセル鳥が、あの伝令を運んできたのは――

 

 

 群島の最北端に位置するクールーク皇国がエルイール要塞から放った巨大紋章砲の一撃。イルヤ島を消し飛ばして空へと上がり続けた黒煙は戦争の始まりの合図だった。そのままクールークは大艦隊をもって南進、小さな島々を次々に占領下に置いた。

 

 この一大事に本国からの指示はなく、ラズリルは独断での判断を迫られた。騎士団の館で指示を飛ばすカタリナ副団長はグレン団長の死からまだショックが抜け切れていないようで、誰が見ても無理をしていると感じただろう。

 

 新任の上、若輩者である僕に指示を仰ぐ者などおらず、それでも方針は決めねばならぬと会議は開かれた。そこで団長としての意見を求められた時に、自分はお飾り以下の存在であることを悟った。

 

 オベル王国のような小さな島国とは違い、ラズリルはガイエン公国の領地だ。本気で戦争になれば本国が動く。その被害は向こうだって十分承知している。クールークは北の内陸部には赤月帝国という敵国を抱えている。海に阻まれ長期戦になることが明白なガイエンとは事を構えはしない。

 

 そう意見を出せば皆が納得したように頷いた。

 

 今まで友好を結んでいた群島の島々を見捨てるという非情な意見でもあるが、それがラズリルを守るためには最良の判断だと誰もが知っていたんだ。

 

 渋った顔をしている者、視線を合わせず顔を落とした者、担ぎ上げ褒め称える者、要は責任は僕にあるということだ。唯一声を荒らげたカタリナ副団長が眩しく見えた。それも数と団長という権威の前に封殺されていく。

 

――貧乏クジを引かされたのか……。いや、違う。僕がラズリルを守るんだ。

 

 そう思った気持ちに嘘はない。

 

 

 けど、

 

 甘かった。

 

 南進を続ける艦隊に本国が動くことはなく、ラズリルは捨てられた。

 

 残された領民たちの怒りが向かったのはクールークでも本国でもなく、領主である僕の父だった。家の中から灯が消える。夜になると硝子の割れる音が当たり前のように響いた。すべてを遮断するよう頭から毛布を被って書斎に篭る父は小さかった。あの日の君のように――。

 

 ラズリルは、程なくしてクールークの侵攻を受け、部屋から出ない父の代理として会談へと向かった僕は選択を迫られた。降伏か、抗戦による死か。本国からの助けがない以上勝ち目は万に一もなかった。

 

 だから僕は降伏を選んだ。

 

 領民の安全を考えれば正しい判断だった。正しい判断だったんだっ!!!!

 

 なのに――

 

 

 

 

 

 僕は売国奴と呼ばれた。

 

 

 

 騎士団はクールークの走狗となり果て、誰もが僕に後ろ指を差して臆病者と口籠る。嫌悪の視線は憎悪に変わり、心を蝕んでいく。

 

 

――どうして、どうして僕だけが責められる……!!

 

 

「大丈夫だって、スノウ。みんな、ちょっと混乱しているだけだから……」

 

「ああ、スノウはよくやっている」

 

「ジュエル、ケネス……」

 

 でも、まだ僕には理解者がいた。それだけでこの苦難にも耐えていける。

 

 そう思っていたんだ……!

 

 あの時までは――ッ!!

 

 

 

 同じ頃、群島の海には一つの噂が流れていた。

 

 陥落したオベル王国から逃げ出した巨大戦艦とそれに集う者たちがクールークに占有された島々を解放するために戦っていると。ラズリルの領民たちもその噂の虜になっていた。クールークとしては面白くない話だ。その命令が僕らに下されたのは必然だった。

 

 近海の"海賊"退治。

 

 クールークは彼らを反乱軍とは認めず、僕らの手で処理させることで民衆の憎悪を騎士団へと向けさせ、統治しやすい状況を作ろうとした。断れる筈もない。断れば砲火はラズリルへと向けられる。それはジュエルもケネスもわかっていた。表面上は明るく振舞い、決意を込めた瞳で僕を見る。

 

「強いね……」

 

「スノウが頑張ってるんだ。あたしだって負けてられない」

 

「何が正しいかなんて俺にはわからない。でも、俺たちはラズリルを守る。それはきっと正しいことだ」

 

 何よりも二人の言葉に勇気付けられた。

 

 何時になく潮風が鼻を差す夕暮れに、僕らは碇を上げた。

 

 

 肩に伸し掛かる重みで誰もが口を閉ざしたまま艦隊は真っ暗な海を進む。押し潰されそうな閉塞感から甲板へと逃げ出せば漆黒の闇が心を食い潰さんと襲い来る。星さえも輝くことを止めた光のない世界に――――君のことを思い出した。

 

「これが……君が見ていた景色……でも、違う……。僕の行き先は決まっている……」

 

 君は何処に行けばいいのか、わからなくて、何処にも行けないと言った。でも、裏を返せば何処にだって行けたんだ……ッ!

 

 それなのに――

 

「僕は……君の光にはなれなかった……」

 

 今になって後悔が押し寄せた。再び、この真っ暗な海へと君を追いやった。何処かでまだ生きているのか、それともあのまま死んでしまったのか……。

 

 そんなことを祈る資格は僕にはないのだろうけど、願わくばどうか、君が光を見つけていることを――

 

 夜風のせいか、やけに背中は冷たかった。

 

 

 やがて朝日は差して目標の海域へとたどり着く。ゆうにこちらの三倍はあろうかという巨大戦艦は何かトラブルでもあったのか、不自然な程にその巨体を晒したまま停泊していた。

 

「砲撃用意……」

 

 緊張と申し訳なさで声が震える。群島の為に戦う彼らを討つ。ひょっとしたらラズリルさえも救える彼らを。でも、そんな不確定な未来を待てるほど僕らの立場は良くはない。

 

 ようやく彼らもこちらに気付いたようだが、もう遅い。振り上げた手を下ろせば未来は決まる――

 

「待てッ!! スノウ!!!」

 

「うそ……っ」

 

 突如、ケネスの静止がかかり、ジュエルが呆然と見つめた巨大戦艦の甲板に――

 

 

 

 

 

 

 

――――君がいた。

 

 

 どうして、どうして君がそこに居るんだ!!?

 

 

 声が出ない程に驚いて、頭の中が真っ白になる。

 

 

 偶々……乗り合わせたのか……? 

 

 

 そんな淡い期待は直ぐさま打ち砕かれた。目の前で応戦用意と指示を飛ばす姿はあの日、海賊相手に君が見せたものだ。

 

 

――僕の代わりに……ッ!! 君が反乱軍のリーダー……ッ!!!

 

 

 

 

 

「撃てぇぇええええッ!!!!!!」

 

 腹の底に溜め込んだ感情が引鉄を引く。唇を噛み切って叫んだ。それ以外の感情もあったはずなのに、君が憎くて憎くて堪らない。

 

 轟音と共に放たれた三発の紋章砲は空を切り裂いて船体へと向かう。けれど着弾したのは一発で、二発は水しぶきと共に海へと沈んだ。

 

「躱された!? あの図体で……!? 次弾装填ッ!! 次は外すなっ!!!」

 

「スノウッ!!? 待ってッ!!!」

 

「やめろっ!! スノウ!! あそこには……ッ!!」

 

 君を見つけた時からジュエルとケネスは動揺していた。それが許せなくて声を張り上げた。

 

「行けばいいだろう!? あいつの方がいいって言うんなら、あいつの所にさぁッ!!!」

 

「何を言って……」

 

「じゃあ、何なんだよ……ッ!!? 僕らはラズリルを守るためにここまで来たんだ!! 君たちだってそうじゃないのかっ!!? あいつが……ッ!!! あいつが居たからって……!! そんなの関係ないだろうっ!!!」

 

「本気で……本気で言ってるの……?」

 

「当たり前……ッ!?」

 

 言い終わるより早く、頬に痛みが走った。

 

「軽蔑する……」

 

 

――何を、だよ……。

 

 

 砲火は交わって、

 

 

 

 僕は、

 

 

 

 負けた。

 

 

 

 負けた理由は単純、造反されたんだ。図らずも僕の言葉通りに。

 

 あの日と同じ、またしても僕の声は届かなかった。

 

 君の存在一つでラズリルの為にと結束していた筈の僕らは簡単に崩された。捕らえられた僕の前には双剣を腰に差した君がいる。ジュエルとケネスには身体を縛る縄はない。滑稽にも僕の助命を嘆願している。

 

――僕がこうなっているのは君たちのせいじゃないかッ!!

 

 憤りと裏切られた失意を隠すよう顔を下げて食いしばった。でも本当に腹わたが煮えくり返ったのは、

 

「わかってる。スノウだってやりたくてやった訳じゃない。仕方がなかったんだ」

 

 わかったような顔で僕を見下ろした君の言葉だ。

 

 いったい何をわかっているんだよ!?

 

 わかる筈がないだろう!?

 

 僕の背中しか見えなかった君がなにを……ッ!!

 

「じゃあ、スノウのこと許してくれる?」

 

「許すもなにも……」

 

 許す? 許すだって……!?

 

 君をラズリルから追い出した挙句、殺そうとした僕を本当に許せるのかっ!? その曖昧な表情を浮かべたままで……ッ!!

 

「僕は……君のそういういい奴ぶった所が大っ嫌いだよ……」

 

 僕は初めて君に本音を言った。返事はなかった。

 

 

 

 

 

 任務を果たすことが出来なかった僕にもう居場所はなかった。

 

 結局、君は僕を殺そうとはしなくて、反乱軍……いや解放軍か、それに合流しなかった兵たちに船を与えた。僕もラズリルへと向かうその船にいた。この先どうするか、なんて考える余裕もなかった僕らを出迎えたのは反乱を起こした領民。父は既に僕を見捨てて本国へと逃げていた。

 

 群島の希望である君に刃を向けたことによって噴き出した不満を抑えることは出来なくて、僕はラズリルを追われた。

 

 君が聞けば笑うのだろうか。それとも、まだ僕の心配をするのだろうか……。

 

 やっぱり、笑ってしまうよね……。

 

 君にやった事が僕にはね返って来たのだから。

 

 ただ、君と違うのは、

 

 君の側にはタルとポーラが居た。

 

 僕の側には誰もいない……。

 

 

 

 

 

 でもね、こんな僕にもまだ利用価値はあったんだ。僕は領主の息子で騎士団の団長だったんだから。反乱のどさくさに紛れて牢を抜け出した罪人たちがすり寄ってきた。一緒にラズリルを取り返しましょう、なんて甘い言葉を囁いて僕を利用する。

 

 それがわかりながら僕はその手を取った。

 

 君が群島の英雄になるのなら、僕は稀代の海賊になって君の前に立ち塞がる。まだそんな現実味のない夢を見て自分を慰めた。けれど僕に出来たのは、無力な商船を襲うことぐらい。ただ日々を生き延びる為だけに命を奪った。

 

 そうやって僕が薄汚く汚れていけばいく程に君は輝いていく。ナ・ナル島、ミドルポート、そしてオベル王国。奪われた島々で次々と戦果を上げる君に人々が熱狂を覚える。嫌でも耳に届く噂話をかき消すよう剣を振り下ろす。無抵抗な商人はそれだけで息絶えた。

 

 血溜まりで立ち竦む僕の剣は弱者を虐げることしか出来ない。君の剣は弱者を守り、今やこの海の強者の代名詞である"海神の申し子"トロイの首さえも落とせると囁かれる。

 

 群島の島々を束ね、強大な皇国を打ち倒す男の英雄譚。

 

 それはもはや夢ではなく、近い未来に叶いうる現実として誰もがその日を待ちわびていた。

 

 そう、

 

 僕以外の誰もが――

 

 

 

 

 

 足下の砂浜にはさざ波が押し寄せる。ひいては返す、見果てぬ水平線の向こうに君はいる。

 

「なんで……君ばっかり……」

 

 何度も繰り返した問いの答えは波のように返ってはこなくて、代わりに涙がこぼれ出た。夕焼けを映しだした浜辺に膝から崩れ落ちて顔を拭う。拭っても拭っても涙は止まらなくて、行き場のない衝動が腕を振り上げさせた。だけど、砂へと叩きつけた想いはまたしても醜い嫉妬だった。

 

 おかしいよね……?

 

 僕らは兄弟のように育って、いつも僕の後ろを付いてきた君が背中すら見えない遥か前を歩いている。僕は振り返ってほしいのだろうか? 立ち止ってほしいのか!? 僕より前を歩くなっ、とあの日のように!!

 

 こんなにも汚れきった僕がっ!!! 誰からも愛される君が羨ましくて!!!

 

 

――君と僕は――どうして、こんなにも違ってしまったんだろう……っ!?

 

 

 あの日、海賊と戦えば良かったのかな……?

 

 殺されるってわかっていても剣を握りしめて向かっていけば良かったのかな……。

 

 団長が死んだ時に君の潔白を訴えていたのなら――!!

 

 そうしたら君は――

 

 

「――――ッ!」

 

 ふと手元濡らした波が意識を彼方へと引っ張っていく。

 

 あり得たはずの未来。

 

 変わらなかった世界。

 

 このさざ波のように絶え間なく穏やかで、振り返れば君が笑う――――

 

 

 それが堪らなく嫌だった筈なのにッ!!

 

「そうしたら……?」

 

 考える。

 

 そんな虚偽で満ちた世界の可能性をじゃない。

 

 ただ、君はどうして、僕の後ろを歩いていたのかを。

 

 

――僕が振り返るまで声も発さず影のようにっ!!

 

 

 それは君にとっての幸せだったのかっ!!? 

 

 

 ラズロ……ッ!

 

 

 変わってしまった世界に対する悔恨の中でようやく気付く。まだ手に力は入った。足も動く。立ち上がればもう陽は沈みかけていた。夜の帳を告げる風が頭を吹き抜けて、考えは纏まった。

 

 僕は、確かめなければいけない。

 

 君が何を思って僕の後ろを歩いていたのかを。

 

 もうそれ以外には何も残っていない。どんな結末であろうとも、このまま死ぬよりも生きるよりもいい。

 

 

 

 

 

 そして今、

 

 

 

 

 

――――僕は君の前に立っている。

 

 

「一対一の決闘を申し込む!! まさか逃げはしないだろうなッ!? 僕は君に負けたんじゃないっ! それを証明してやる!!」

 

 さぞ、滑稽だっただろう。

 

 無理やり突っ込ませた船体は壊滅。今まさに沈みゆく船の上で気の狂った海賊が一人訳の分からない理屈をごねていたのだから。当然、浴びせられたのは呆れと蔑み、それに紛れた哀れみの視線。もう止めろ、と叫ぶタルたちの声を無視したまま君だけを睨み続けた。

 

「……わかった。けど、そこは足場が悪い。こっちでやろう……」

 

 やがて君は観念したかのように決断を下す。無意味だ、と諭す君の仲間たちに背を向け、縄梯子を投げた。強張らせた表情とは裏腹に君はどこか安堵しているようにも見えた。自分の船ならばこのまま僕が死ぬことはないと。

 

 

 魂までも凍えるような寒波の中で僕らは向かい合う。

 

 胸が酷くざわめいていたのは僕を侮っていることに対する怒りなのか、それともまだ気遣っていることに対する歓喜なのか、判断はつかなくて、

 

「スノウ……ッ……!」

 

 まだ何か言いたげな君へと向けて容赦なく剣を打ち込んだ。鮮やかに捌いた双剣に、幼き日の記憶が蘇る。あの頃の君は誰に教わったはずもないのに、それぞれの手に木の棒を握りしめて戦っていた。それが見られなくなったのは海兵学校に入ってから。

 

 気にも止めなかった。いや、見なかったことにしたかったのか……。

 

「海兵学校の……訓練を覚えているかい……?」

 

「スノウ……?」

 

 何度かの打ち合いの後、剣を合わせて問いかける。目を合わせはしないけど。

 

「こうやって……何度も戦った。いつも勝ったのは僕だった……」

 

「……そう、だね……」

 

「――ッ!」

 

 力任せに薙ぎ払えば曖昧な表情をした君は体勢を崩して後ろへと下がる。ここまでは訓練と同じ、けれど本気で首を落すつもりで斬り込めば甲音が冬の空を靡かせた。逆手で防ぎ飛びながらも、その剣に映った表情に驚きと不安が見て取れる。

 

「……今日も……僕の勝ちにするつもりか……? 本気できなよ」

 

「…………」

 

 君は答えない。歯を食いしばるよう顔を歪めて甲鈑を蹴る。あの頃よりも疾い踏み込みに暗い感情が蠢いて喜色で出迎えた。けれど繰り出された剣技には落胆。騎士団の型通りの剣筋を読むことは容易くて、僕は剣を構えなかった。

 

「……ッ!」

 

 腕を僅かにかすっただけの斬撃に痛みは感じない。むしろ無理矢理に身体を捻らせた君のほうが痛いだろう。このまま死んでもいいと思っていた。

 

「何をやっている……」

 

 君の仲間たちからは見慣れない光景に戸惑いと苛立ちがあがる。群島の英雄が、彼らの英雄が、たかが海賊如きにこんなにも無様な姿を晒している。苛立って当然だろう?

 

 でも、一番苛立っているのは僕だ!!

 

 僕がどれだけの力を込めて打ち込んでも君は完璧に凌ぎきる。そして合わせるだけの打ち込みを繰り返す。このまま死んでもいいと思っていた。君が僕を恨んでいるのなら……っ!!

 

 けど、

 

 でも、

 

 そうじゃないのなら君は何を思っているんだっ!? 

 

 もう僕の目には虚像でしか映らない。

 

 僕の前で倒れたあの日から君はどれだけの嘘をついていたんだ?

 

 そして、きっと……ッ

 

 

 

 

 

 僕が居る限り嘘をつき続けるのだろう……。

 

 

 

 

 

「ぐッ……!」

 

 もう限界だった。こんな腑抜けた打ち込みを見るのは!

 

 こんなもんじゃない。こんなもんじゃないはずだ!

 

 僕の知る君は……っ!!!

 

 みんなが知る群島の英雄たる君は――ッ!!

 

「本気でやれよっ!!! いつだって君はそうだ!! 僕よりも優れている癖に僕を立てる為に自分を偽っていた!! 僕と君がっ……"領主の息子"と"その小間使い"なんていう関係だったから……!! 本当はずっと……っ!! 僕を見下していたんだろう!!!?」

 

 君に選択肢なんてなかった。そういう風に僕がねじ曲げた……ッ!

 

 

 僕は――

 

 本当の声が聞きたい。

 

 今までの僕を、君を裏切った僕を否定して罵って欲しい。そうすればまだ救われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は、ずっと君の役に立ちたかった……」

 

 

 答えは優しすぎて残酷で――――

 

 

 

 

 

 ううん……、

 

 

 

 

 

 わかってた……。

 

 それが君の本音だって。

 

 だから僕は君をまっすぐに見れなくなった。君は眩しすぎたんだ。僕の影に潜んでいた筈なのに、いつだって光は君を照らしていた。僕が影になる日をずっと恐れていたんだ……っ。

 

 そして今日がその日、いや、もう僕は影にすらなれない。

 

 あの夜の裏通りで気付いてた。本気をだした君に勝てる筈なんてない。決着はあっさりとついて剣は弾かれ海へと落ちた。甲板の端に追い詰められた僕に君はまた手を差し出して影に戻ろうとする。

 

 それが君の優しさだって知っている!! でも――っ!!

 

 

――――惨めだ……ッ!!!!

 

 

 僕は、誰よりも君に認められたかったッ! いつまでも君の目指す標で在りたかった……ッ!! 

 

 けど――もう駄目なんだ!! わかってしまった……っ!! 

 

 君は初めから僕の前を歩いていた。

 

 僕がずっと君の道を塞いでいたんだっ!!! だから――

 

 

 だから、

 

 

――君が伸ばした手を振り払うことが、僕に残された最後の意地だ。

 

 

「ごめんよ……ラズロ……」

 

 重力に任せて海へと背中を傾けた。緩やかに反転していく空と海を隔てた境界線は物悲しくて、いつか無くなってしまえと毒づいた。

 

 最後まで、こんな身勝手で醜い心は変わりはしない。きっと君だけは笑って許してくれるんだろう。

 

 でも僕は、自分のことが許せない……。

 

 死ぬことで償えるなんて思わない。けれど君にこんな姿を見せるのはもう耐えられない。

 

 

 ああ、そうか……ぜんぶ自分のことばかり――

 

 

 僕は……我儘なんだ。

 

 だから僕の側には誰もいないんだね。

 

 やっと気付けた。もう遅いよね……。

 

 

 

 

 

 

 

「――――スノウッ!!!!!」

 

 

 

 

 逆光の中で聞こえた声は酷く懐かしい気がした。顔は見えはしない。見えはしないけど、きっと――

 

 

 まだ……僕を名前で呼んでくれるのか……。

 

 でもね、君がそんな顔をする必要はないんだ。僕は最初から君の友達なんかじゃなかった……。君の友達は騎士団のみんな――――もし、違う出会い方をしていたなら、その輪の中に僕も加われたのかな……?

 

 

――そう、だったら……いいな……。

 

 

 

 極寒の海に飛沫が舞う。

 

 後悔も願いも懺悔も大海が気まぐれで引き起こした波の中に呑まれていく。無常と罵るか、優しさと受け取るか、少女の呟きもまた泡立つことなくかき消えた。

 

「スノウの……大馬鹿野郎…………っ」

 

 

 

 臆病だった少年が、自分の存在を賭けて挑んだ戦いは敗北に終わる。いや、勝者などいなかった、と決闘を見守っていた者達は口を噤んだ。

 

 その一ヶ月後に、エルイール要塞は陥落し、群島諸国連合の設立が発表された。南進政策を主導していたクールークのグレアム・クレイ提督は要塞と運命を共にし、"海神の申し子"とまで呼ばれた男もまた暗い海の底へと沈んでいった。

 

 皇国は皇王派であった英雄を失い、この機に乗じて国の主権を奪おうとした長老派との闘争の果てに国のそのものの衰退と崩壊を招く事となる。 国家解体の宣言を出した幼き姫君がそれを防ぐために奔走していた事は皮肉であろうが、それもまた、国の興亡を彩った一幕に過ぎないと歴史家たちは筆を置いた。

 

 太陽暦307年、後に群島解放戦争と呼ばれた戦いは集結した。だが、その立て役者であった少年と、その親友であった筈の少年の姿はこれ以降、歴史の何処にも記されていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……所有者の命を喰らう呪われし『罰』よ……これがあなたが望んだ結末なのですか……? 私は後、幾度こんな光景を見守ればよいのでしょう……。"バランスの執行者"である私は天秤の傾きに手を加えることを許されても、それ以上のことは許されていない。涙を零すことさえ許されないのです……」

 

 ならば、せめて、

 

「……祈りましょう。時代の流れと人々の意思に翻弄された二つの魂が安らかであることを……。運命は過酷なれど、それさえも許さぬほど無慈悲ではない。

 

 星々の輝きは足りずとも、母の如き優しき大海は慈しみをもって包み込むことでしょう。二つの魂を知る星々もまた、それを願っています……」

 

 

 

 

 

 ただ、惜しむらくは――

 

 

 

 

 

「――あなたはあまりに腕が痛すぎた……」

 

「狂ったのですか……レックナート……」

 

「……ハッ!?」ゼラセイツノマニ…

 

 

 

 

 ヘ ⌒ヽフ

( ・ω・)おしま……

 

 

大海さん「あなたがこの海に落としたのはヘタレで汚い腕ですか? それとも勇敢で綺麗な腕ですか? 後、ブタは死ね」

 

 

 ヘ ⌒ヽフ

(´・ω・`)!?? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、今日の訓練もラズロにやられたよー。惜しかったんだけどなぁー」

 

「惜しかったって……ジュエル、最初の攻防で死んでなかったか?」

 

「うっ、あ、あれはポーラが酷いんだよ。一緒に戦うって約束したのにさー」

 

「あんな所で転んだジュエルがいけないんです。戦術的判断です」

 

「あ、冷たい。ポーラが冷たいよーケネス」

 

「まぁ、仕方ない。次は気をつけるんだな」

 

 夕暮れ時の広場には年頃の男女の声が響き渡る。先程まで行われていた海兵学校海上演習の反省会。毎年、様々な訓練生を募るラズリルではもはや日常となった光景だ。全寮制の学校で許された僅かな自由時間、厳しい訓練の愚痴を吐き出すよう置かれた円卓には幾つものグループが形成されている。

 

 そこに腰掛けた彼ら四人もその一つであり、些細な違いを上げるのなら、その場にハーフエルフが一人紛れ込んでいることであろう。

 

「約束を破ったことに関しては私も悪いと思っています。ですから、今日の支払いは私が持ちましょう」

 

「マジで!? ポーラ大好き!!」

 

 テーブルに俯せていたジュエルは現金なもので奢りと聞いた瞬間、目を輝かせて喜色を零した。全寮制であるが故に親元からの仕送りがない彼らの懐は寂しい。育ち盛りの身体には配給される分だけでは足りないというものだ。勿論、その分のお金は自分たちで支払わなければならず、ラズリルではそんな訓練生に向けた仕事が幾つか斡旋されている。

 

 そして、それを狙う商売も成り立ち、広場に連ねられた露店へとジュエルはポーラの腕を引っ張った。

 

「まったく、そんな小さな身体の何処にそんな入るんだか……夕食もあるんだぞ」

 

「大丈夫。それも食べる」

 

 やがて腕いっぱいに抱えた品々をテーブルへとまき散らしたジュエルを見てタルがげんなりとぼやく。腹は減ってはいるが、訓練の激しさに加え、目の前で次から次へと口に運ぶジュエルの姿に食欲は減退してしまった。

 

「タルとケネスもよかったらどうぞ。次は負けないように活力を養わないといけませんから」

 

 しかし、そう言われては断るのも気が悪い。軽くケネスと顔を見合わせてから手を動かし始めた。

 

「今日は振り分けが悪かったな。ラズロもスノウも敵に回っちまったからな」

 

「そういやラズロとスノウは?」

 

「あの二人なら騎士団のグレン団長の所だ。何でも頼みたいことがあるらしい」

 

「頼み事? 珍しいね。スノウ、あんまりそういうの好きじゃないのに」

 

 食べる手を止め、ぽかんと口を開いたジュエルがケネスを窺う。

 

「そういやそうだな……しかも教官じゃなくてグレン団長とはな。今日の訓練で何か問題でもあったか?」

 

 相槌を打ったのはタルだ。三人の顔をぐるりと見渡してはみたが、特に思い当たることはなさそうだ。

 

「わかんねえぁ」

 

「なら、本人に聞いてみるか」

 

「あ、スノウ、ラズロも」

 

 そこで、こちらへと向かってくる二人の姿が目に入った。しかし、その姿に四人は些細な違和感を覚えた。二人共に着込んだ無骨な鉄の胸当ては同じだが、ラズロはどこか浮かない顔しており、その腰には二本の剣を差していた。対照的に明るい表情をしたスノウ。だが、水上の訓練では付くはずもない土を身体の所々に擦りつけていた。

 

「ちょうどおまえ達の話をしていた所だ」

 

「僕らの? なにかやったかな?」

 

 スノウが思い当たることもなく、首をかしげるとタルが口元を歪める。

 

「おいおい、スノウ。自分がさっき何をやったかもう忘れたのか? ラズロと一緒になって俺たちをボコボコにしただろう」

 

「痛かったです……」

 

「あたし、杏蜜食べたいな……」

 

「訓練じゃないか……勘弁してくれよ」

 

 演技ではあるが、開き直ってふてくされるようなタルとじっと怒りを込めるよう顔を下げたポーラの態度は洒落にならない。じりじりと言い知れぬ圧迫感にスノウが焦燥を覚える中、さり気なくケネスが助け舟をだす。

 

「まあ、それは冗談としてだ、家からの援助さえ拒んだおまえが団長に頼みごとだなんて、これは何かあるのではと話し合っていたんだ」

 

「大袈裟だね、ケネスもみんなも。そんな大したことじゃ……いや、大したことはあったかな」

 

「お屋敷の方から通われてもいいと思いますが」

 

 少し考えるような素振りを見せたスノウにポーラが一歩遅れるように突っ込んだ。皆、周知のことではあるが、スノウも訓練生として寝食を共にしている。父であるフート伯は断固として反対の立場を取っていたが、大喧嘩の末に認めざるを得なくなったのが現状だ。

 

「僕だけが特別扱いを受ける訳にはいかないよ。ただでさえ次期領主なんておだてられてウンザリしてるのに」

 

「お、やっぱり学年主席は言うことが違いますなぁ」

 

「からかわないでくれよ。君たちにまでそう言われると流石に気が滅入る。それに主席って言っても剣技じゃタルとラズロには敵わないし、座学だってケネスとポーラには及ばない。あくまで総合の成績に過ぎないよ」

 

「あれ、あ、あたしは?」

 

「ジュエルですから、仕方ないですね」

 

「ど、どういう意味かなっ、ポーラ?」

 

「心配するなって、ジュエル。食い意地だけはぶっちぎりだ」

 

「よし、ぶっ飛ばす!」

 

「おっ、やんのか?」

 

 頬を紅潮させながらジュエルは果敢にもタルに突っ込んでいく。が、振りきった拳はタルが片手間で伸ばした腕に阻まれ、白い髪をわしゃわしゃと撫でられる結果に終わった。ぐぬぬ、と唸りながら手数を増やすジュエルだが、そのどれもを防がれ更に顔を赤くする。

 

 見守るケネスやポーラも特に止める気はない。どこか兄妹喧嘩思わせる光景は微笑ましく、戯れているだけだ、とよく知っていた。例に漏れず微笑んでいたスノウだが、少し気落ちしたような表情のラズロを見て口を開く。

 

「特別扱いを気にしているのかい? 団長だって認めてくれたじゃないか。騎士団の型に無理やり嵌めるよりも君本来の戦い方……っていうのも変かな。とにかく、君は双剣の方が強いんだ。将来的なことを考えれば海兵学校としても文句はないさ」

 

「それを頼みに行ってたんだ? よく気付いたね、スノウ。あたし、ラズロの二刀流なんて見たことないよ」

 

 めげずに拳を繰り出していたジュエルの動きが止まる。少し恥ずかしそうにスノウは鼻を掻いた。

 

「ああ、昔ちょっとね……。まあ、それを証明するための立ち合いで見ての通りボロボロにされたわけだけど」

 

「その姿はそのせいか、次の訓練ではお手柔らかに願いたいもんだ」

 

「ううぅ、あたし当たりたくなーい!」

 

「頑張りましょう。きっとジュエルですから」

 

「なぜに……!?」

 

 ケネスが納得がいったと期待を向ければジュエルは蹲って頭を抱える。そしてポーラの何気ない追撃。どうもこの中で最年少のジュエルはいじられることが多いようだ。本人もその役割を受け入れているのか、言葉ほどには落ち込んだ様子は見られない。そんないつも通りの光景に微笑んで、スノウはまたラズロを見て苦笑した。

 

「だから、そんな顔をしないでくれよ。いいことだってあったじゃないか?」

 

「いいこと、ですか?」

 

「ああ、ラズロの剣技なんだけどね、どうも団長には見覚えがあるみたいなんだ。ひょっとしたらラズロの生まれ故郷がわかるかもしれない」

 

「本当か! 良かったな、ラズロ!」

 

 思わず立ち上がったタルはそのままラズロの肩に手を回すと自分のことのように喜びを表した。

 

「あーあー止めなって、タル。ラズロ、苦しそうじゃん。けど、よかったね」

 

 暑苦しいタルに苦言を呈しつつも笑顔を絶やさないジュエル。ふと満足そうなスノウを覗き見て赤らめた頬は夕日の中に溶け込んだ。

 

「良かったな、ラズロ」

 

「では、本日はラズロのお祝いと云うことになりますね。奮発しましょう」

 

 ケネスが続き、ポーラの大盤振る舞いである。一番喜んだのは気恥ずかしそうに笑みを浮かべたラズロではなく、ジュエルであっただろうが。

 

「よーし、食べるぞー」

 

「まだ食うのかよ……」

 

「なにさ。文句あんの?」

 

 キッ、と大きな瞳がタルを威嚇する。へいへい、ありませんよ、と目を逸らした先ではまだてんこ盛りに残っていた品々が胃に誘惑をかけた。気の持ちようか、不思議なものでさっきまでは無理矢理に詰め込もうとしていた物が魅力的に見えた。抗うことなく手を伸ばし、口に放り込もうとした所で手は止まる。

 

「ん……? ポーラ……それ、俺の財布じゃねえのか……?」

 

 端にちょこんと紛れ込んでいた、がま口財布、あのくたびれ方、どう見ても自分の物である。

 

「違いますぅ。訓練中に拾ったんですぅ」

 

ぷぅーと頬を膨らませたポーラが心外だと言わんばかりに抗議する。

 

「名前書いてねえか……中に……って、そういう問題じゃなくてだなっ!」

 

「そうなんですか? 人間の文字にはまだわからない所があって……すみません。お返しします」

 

 ポカン、としていたポーラだが、よくよくがま口の裏地を見てみれば、そこにはタルの名前が入っていた。さしものポーラもこの事実の前には頭を下げ、財布をタルへと差し出した。

 

「……中身も……返せよ……」

 

「お財布を拾った人は五割を頂けるとチープーさんに教わりました」

 

 タルの言い分はまったくもって理解できないが。

 

「ポーラ、騙されてるからね……タルだからいいけど……」

 

「ちょっと待てっ!! タルだからってのはどういう意味だっ!?」

 

「やばっ、聞こえた。逃げるよ、ポーラ」

 

「はい、戦術的撤退ですね」

 

「あっ、待て!! ちっ、追うぞ、ケネス! 人間社会のルールってもんを叩き込んでやるっ!! 次いでにチープーの奴にもなぁ!!!」

 

「まったく、やれやれだな」

 

 

 騒がしい日常が過ぎていく。

 

 今までも変わらず、いつまでもこんな日が――

 

 そう思った所でスノウは隣のラズロを見る。

 

「楽しいよね。こんな風に笑いあえる日がいつまでも続けばいいと思う。でも、それは叶わないことなんだ……」

 

 そこにほんの少しだけ寂しさを感じる。

 

 だけど、けして終わりじゃない。

 

「僕は領主として、君は騎士団の団長として、みんなと一緒に、このラズリルを守っていく。それが――今の僕の夢なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、夢はいつか覚める。

 

 

 

 そうだ、わかってる。

 

 

 

 これは夢だ。

 

 

 

 僕が欲しくて、

 

 

 

 ずっと取りこぼし続けた夢なんだ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……生きてる」

 

 初めに浮かんだ感情は後悔。

 

 死ぬべきだった。生きていてはいけないと衝動に駆り立てられてベットから転げ落ちた。咄嗟に突き出した筈の手は動かず頭を打った。海面に落ちた時に打ち所が悪かったのか、本当に腕が動かない。

 

 因果応報とでもいうのか。どうせなら命まで奪ってくれればよかったのにと不運を呪う。唯一真実になったのはそれだけで、いくら望んでも夢のような自分の姿は何処にもない。

 

 その事に泣きたくなるが、今は時間が惜しい。会うわけにはいかない。このまま消えて何処かで死ねば、まだ間に合うと這いずるよう動き出す。けど、どうして僕は――

 

 そんなことを考えていた所で潮の匂いが鼻を差した。

 

 

 

 

 

「……ラズロ」

 

 部屋の隅には乾ききらない服のまま、椅子に腰掛け眠り続ける君がいた。

 

 

 全身の力が抜けていく。あれほどまでに不様な姿を晒した挙句、また君に助けられた。埋めようのない劣等感が心を再び染める。それと同時に――――頬を涙が伝った。

 

 

――何年ぶりだろう……君の寝顔を見たのは……。

 

 色んな感情が溢れすぎて逃げ出すことなんて忘れていた。ようやく泣き止んでから、まるで目覚める気配のない君の顔が出会った頃に重なった。

 

 あの頃の僕らの距離はもっと近かった筈なのに。

 

 いつからか僕は君との間に線を引いた。それが正しいことだと信じていた……。

 

 ……違う。……信じ込もうとしていた……。

 

 自分の……弱さを隠す為に……。

 

 僕は……君の前を歩きたかったんじゃない……。

 

 本当は僕は君と――――

 

 

 

「ラズロ? 看病代わるから、そろそろ……」

 

 そこで部屋の扉が開いた。入ってきたジュエルと目が合う。突然のことで二人とも固まっていたけど、直ぐに腕を振りかぶるのが見えた。

 

 

「心配したんだからね……」

 

 思いっきり頬を張り付けられてから、ずれた頭の包帯を取り替える。それを皮切りにタルとケネスがやってきて、また包帯はずれた。ポーラは殴らなかったけど怒っているようで睨むことを止めてくれない。

 

 急に賑やかになった船室で、君は瞼を擦って目を覚ます。不意に重なりそうになった視線から顔を背ける。また大丈夫だって曖昧な表情をした君を見ることが怖かった。

 

「スノウ……ごめん。先に謝っておく……」

 

 けど、君はそう言うと、見たことの無い顔をして本気で僕を殴りつけた。本当に殴られてばかりだと自嘲する。けど、嬉しくはなかった。これが僕のことを思っての拳だということは、もう十分理解している。それでも僕は、

 

「……死ぬべきだったんだ」

 

 再び、痛みが頬を襲う。でも、答えは変わらない。胸ぐらを掴み上げられた今でさえも。

 

「なんで、そんなことを……」

 

「……僕は君たちに数え切れない程の迷惑をかけた……あの時だってそうだ。本気で君を殺そうとした」

 

「そんなことはもういいッ!」

 

 そうだろうね。君はそう言うだろうね。でも、僕が僕を許せないんだ。それに、このままじゃ――

 

「……僕は君がずっと羨ましかった。剣の才能も度胸も人望だって何一つ勝てやしない……ッ。そんな君が僕の言うことには何だって従うんだ。気分が良かったと思うか!? 屈辱だったよ!! 

 身元もわからない下男が貴族の僕の上をいこうとするんだ! 許せる筈がないだろう!!? だから、僕は君を殺そうとした」

 

 嘘じゃない。そんな感情が間違いなく僕の心にはある。軽蔑してくれていい。首を斬ってくれればいい。そうしなければ君が囚われる。

 

「……言いたいことはそれだけ……?」

 

「ああ、他にもあるよ。グレン団長は本当に君が殺したんだろう? 君は知っていたはずだ。団長が炭になって死ぬことを」

 

「……知ってたよ。海賊ブランドも同じように死んだから……。この『罰の紋章』の力で……」

 

 僕の胸ぐらをつかむ左手の甲では紋章が微かに光った。聞き覚えがある。確かクールークが捜索命令を下していた真の紋章の一つだ。君が宿しているとは思わなかったけど、君の潔白が証明されたことに安堵した。たぶん団長はブランドよりこれを受け継いでその代償に果てたのだろう。

 

 海を焼くほどの力だ。人を炭にすることなど造作もない。そして、それを君が受け継ぎ、僕が勘違いしたわけか……いや、勘違いじゃないな……。あの時の僕は君のせいであればいい、と少なからず思っていた。

 

「じゃあ何かい、君は戦功も上げていないのに艦長になってみんなを騙していたのか? 卑しい下男のやりそうなことだ。良かったじゃないか?

 みんなそれに気づかないまま今じゃ君は解放軍のリーダーだ。さっさと僕を処刑すればいい」

 

 きつい言い方だったが、もう心残りはない。あるとすればその紋章の力で君が死なないことを祈るだけだ。

 

「……じゃあ、スノウはなんでそんな卑しい下男に手を差し伸べてくれたんだ……?」

 

 あの夜のことを言っているのだろうか。初めて君が眠った日のことを。

 

「……ただの気まぐれだよ。現に父が君を殴っている時には僕は助けなかっただろう」

 

「そうだね……スノウは助けてはくれなかった。でも、手当をしてくれたのも君だよ。泣きながらごめんねって……」

 

「……っ! 覚えて……」

 

 あの日、頭を下げさせられた後、君は倒れ込んで気を失った。父は放おっておけ、と言ったけど隠れるように傷の手当をした。直ぐに見回りがくるからと僅かな時間しか側には居られなかった筈なのに。

 

「もう、嘘はたくさんだ。本当の声を聞かせてほしい」

 

「嘘なんて……」

 

 そうだ。嘘なんて一つもない。

 

 ぜんぶ本当のことだ。

 

 僕が臆病で汚い人間であることも。

 

 虚栄心と嫉心で染められた心も。

 

 自己嫌悪で象られて人を殺めたこの身体も……!

 

 

 なのに……っ!!

 

 

 どうして君は――ッ!!

 

「スノウが僕に後ろを歩くように言ったのは、僕を守ろうとしているからだと思った。だから僕は強くなろうとした。君に守られないでもいいように……!! 君を守れるように!! いつかまた笑って隣を歩けるように……ッ!!

 今の僕があるとしたらスノウのおかげじゃないかッ!!?」

 

「違うッ!!! 僕と出会ったことで君は不幸になった!! 僕に出会わなければ君はもっと早く、みんなに認められていたっ!!」

 

「タルもケネスも、ジュエルもポーラも!! 君が海兵学校に入らないかって誘ってくれたから出会えたんだ!! だから、僕は生きている!! ラズリルを追い出されてもタルとポーラが助けてくれたから!!」

 

「それも違う!! きっと君は僕がいなくたって彼らと友達になっていた!! 僕がいたから君はラズリルを追われたんだ! 海兵学校の事だって僕を守る為にと父が決めた事だ!! 僕は君に何も与えてなんかない!!!!」

 

 だから、もうやめてくれ……ッ!

 

 君は自分で輝いて歩いている。歪んだ僕の光なんて必要ないんだ……っ!!

 

「それに聞こえたよ……決闘の時だって、スノウは謝ったじゃないか……」

 

 それを最後に手は放され部屋には沈黙が落ちる。

 

 こうなることがわかっていた。だから僕は死ななければいけなかった。

 

 君はもう言葉を紡げない。

 

 顔を伏せたまま自責の念に駆られているのだろう?

 

 僕を変えてしまったのは自分だと……!

 

 

 そうじゃない……っ!!

 

 

 そう叫んでも、きっと君には届かない。もう僕にも、伝える言葉がない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ラズロの宿してる『罰の紋章』ってさ、『償い』と『許し』を司どるんだって……」

 

 遠慮がちに沈黙を打ち破ったのはジュエル。僕ら二人の顔を見合わせながらラズロの左手にある紋章について語る。

 

 『真なる紋章』とその継承者の持つ運命。そしてラズロが歩んだ軌跡を。 

 

 真の紋章は人を惑わせ争いを引き寄せる。幼き日に読んだ本にはそう書かれていた。そして継承者はその紋章が司るものに強く影響を受けるとも。赤黒く渦を巻いた紋章は禍々しくて、とても『償い』と『許し』を司っているようには見えなかった。

 

 でも、心の何処かで納得していた。

 

 だから、だからなのだろうか……?

 

 君が誰かを憎むことが出来ないのは……こんな僕でさえも許そうとするように……。

 

「なぁ、スノウ……『償い』って、何だと思う?」

 

 ケネスが僕の目を覗きこんで問う。

 

 言われてみればそこは引っかかる。『許し』はわかる。今のラズロを見れば。けど、ラズロは罪なんて何も――

 

「ラズロは罪を犯していないと思っているんだろう? 馬鹿を言うな。罪を犯さずに生きてきた人間なんていない。人の輪の中で生きれば無意識に誰かを傷つけていたなんてことは多々ある。おまえがずっと、ラズロの優しさに傷つけられていたように」

 

「何を言って……」

 

 あまりにもズレた言葉に反論しようとした所でタルが割り込んだ。

 

「そうそう、俺なんて良かれと思って口に出したことで何度文句を言われたか」

 

「あーそれはあるかも」

 

「そうですね」

 

「えっ、まじで?」

 

 したり顔でケネスのフォローに回ろうとしたタルが思わぬ言葉に目を剥く。

 

「マジマジ、大マジ。タルってさ、いい奴なんだけど、おっせかいっていうか、暑苦しいっていうか、何でもかんでも自分で解決したがるんだよね。そういうのって偶にうざい」

 

「なんとなくわかりますね。私も一人でいるのは嫌いじゃないんですが、エルフとハーフだから疎外されていると勘違いされて騒がしい場所に連れだされました。作り笑いって疲れるんですよ」

 

「……おまえら……ここぞとばかりに毒吐きすぎだろ……って、今は俺のことはいいんだよ! 何が言いたいかって言うとだな……!」

 

 タルもヘコんだようだが、すぐに立ち直りこちらへと向き直る。

 

「償わなきゃいけないのはラズロでもスノウだけでもない。俺たち全員だ。俺もケネスも、おまえ達の二人の関係が歪だと知りながら放置していた」

 

 何を言いたいのかまるでわからない。

 

「そんなの……当たり前じゃないか……。僕とラズロは……"領主の息子"と……"その小間使い"だったんだから……」

 

 自分で口にして顔を伏せる。そうでなければと何度願ったか。けど、タルは、

 

「そうだな。だから今のおまえ達なら心置きなくぶん殴れる」

 

「うわっ! かっこわる……よく言えるね……」

 

「端的に言うとダサいってことですね」

 

 何やら女性陣二人が辛辣な言葉と共にタルに蔑んだ視線を送るが、なんでもないとタルは胸を張る。

 

「仕方ないだろ。あの頃のスノウを殴ったりしたらラズリルから追い出されちまう。言っとくが、おまえらだって何も言わなかったんだから同罪だからな」

 

「ええー横暴だ! こんなか弱い女の子二人に何が出来たって言うのさぁ!?」

 

「いつだって、女が涙を流す世の中なんですね……それが人間社会……」

 

「妙な勘違いはやめろ……洒落にならねえから……後、嘘くせぇぞ、ジュエル……」

 

 芝居がかった口調で落ち込むジュエルとたぶん本心からそう思っていそうなポーラにタルが呆れをみせる。

 

 クスリ、とケネスが笑った。

 

「わかっただろう、スノウ。俺たちだってこんなもんだ。おまえを責められるほど立派な人間じゃないんだ」

 

「私はエルフですけどね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ポーラ、ちょっと黙っていようね……」

 

「……? 私はただ事実を……ああ、正確にはハーフエルフでしたね。すみません」

 

「いいから……っ!」

 

 悪気なく話の腰を折るエルフをジュエルが引っ張り、んんっ、とケネスの咳払いが聞こえた。

 

「一人ひとりの小さな罪が重なってこの状況を生んだんだ。それはラズロだってそうだ。何も言わずにおまえにすべてを任せていた」

 

「それは僕がそうなるように……っ!!」

 

「そうかもしれないな……だから、ここからやり直すんだ。おまえ一人が罪を背負って死ぬなんてことを、俺たちは絶対に認めない」

 

「君たちに罪なんて――」

 

 言いかけた言葉はこちらを強く見つめる五人の眼差しにかき消された。

 

 ああ、そうか――

 

 これはきっと方便だ。

 

 許されない罪を犯した僕を生かす罪を背負う彼らの。

 

「ラズロはきっとどんなことだって許してしまう。いや、俺たちだってそうだ。スノウがどんなに馬鹿な奴で、どんな酷いことをしてきたとしても許す。そして繰り返させない。だから、俺たちは全員で償っていこう。それがきっと『罰』を宿すラズロの側に集った俺たちの運命なんだ」

 

 そうまでして、そうまでして……っ

 

 まだ、共に生きようと言ってくれるのか……。

 

 また、涙がこぼれ出た。

 

 生きていいのだろうか……。

 

 こんな僕でもまだ変われるのだろうか……。

 

 

 思い悩む中で暖かい声は聞こえる。

 

 

「ええー! じゃあ、あたし達は一蓮托生?」

 

 湿っぽい空気を吹き飛ばそうと大げさに驚きながらも頬を弛めたジュエルをタルは見逃さなかった。

 

「嬉しいだろ、ジュエル?」

 

「はぁ? なんでさ、タル?」

 

 口調は柔らかに、されど先ほどの反撃とばかりに乙女の心を抉る。

 

「だって、おまえ、海兵学校の時からスノウのこと……つい、さっきまでもスノウが死んじゃうって泣き叫んでた癖によ」

 

「ちょっタル!! なに言ってんの!?」

 

 慌てたのはジュエルだ。突然の曝露を防がんとタルに詰め寄るが、その後ろから刺された。

 

「まあ、泣いていたのはホントです。私はまだ怒っていますよ。命は簡単に捨てて良いものではありません」

 

「ポ、ポーラ!?? う、裏切ったねっ! ポーラがあたしを裏切った……っ!!  う、嘘だかんね!!」

 

「へえ~嘘なんだ?」

 

「タル!! さっきからあんたねぇええ!!!!」

 

「よせ、ジュエル!! 俺はスノウを元気づけようと……っ!」

 

「人をだしに使うなっ!!!」

 

「はぁ……、タルもジュエルもうるさいです。ここは病室ですよ」

 

 タルとジェエルが騒がしく軽口を叩き合って、他人事とポーラがぶった切る。海兵学校の時からいつまでも変わらないと思っていた光景は目の前で音を立てて変わっていく。具体的には顔を見合わせ争うことを止めた二人によって。

 

「……なあ、ジュエル……俺たちはいがみ合う前にやらなければいけないことがあると思うんだが……」

 

「奇遇だね、タル……あたしもそう思っていたところだよ……」

 

 声は低く、速やかに動き出した二人はのほほんとしたエルフを取り囲む。

 

「なんですか、二人とも? そんな怖い顔をして……痛っ! 何で叩くんですかっ!?」

 

「これもポーラの為なんだよ!」

 

「ああ! もっと早くにこうしておけば……! 放置していた自分の罪が憎い!」

 

「なんですか、それは!? ハーフで生まれたことが罪だとでも……!」

 

「おまえら……たぶん無駄だろうが、ほどほどにな……。ポーラが人間不信になりかねん……」

 

「いたっ!! 二回も……っ!!助けて下さい、ラズロッ!」

 

 ため息を付いたケネスの前で、じゃれあうような喧嘩の仲裁に入るのは僕の役目だった。でも、今はその場所には君がいる。

 

 君が僕の場所を奪ったのか、僕が君の場所に居座り続けていたのか。まだ浅ましい感情は胸の奥で小さく渦巻いている。けど、もうそこに留まりたくはない。

 

 あの日、君に言えなかった、あの時、踏み出せなかった臆病な自分を許せる勇気は彼らがくれた。なら僕はもう嘘で塗り固めないただ一つの声を――

 

「ラズロ……僕は……、君の……君たちの友達でいいのかな……」

 

 答えはわかってる。ただ君の口から聞きたかった。

 

「当たり前だろ」

 

 僕は初めて君が笑った顔を見た気がするよ。

 

 でも、それは錯覚。

 

 君の表情には裏も表も影もなかった。僕の目が、ずっと曇っていたんだ。

 

 

              

 

 

                 




 
 簡単なあとがき

 基本として『償い』はスノウに『許し』はラズロに、バランスに同期のみんなを。

 107星ENDは臆病な自分は認めても許せないから死ぬ。108星ENDは許るせるから生きていける。

 『罰』の運命で言うところの償いの期間は終わり、許しの時に入ったわけだが、スノウはずっと償いたいと思ってはいたけど嫉妬とヘタレに足を引っ張られて結局なにもできていない。それは原作における4主も一緒だけど、そもそも冤罪でしかない4主にいったい何を償えと……。

 この物語では一応4主にも償いの部分、自分の弱さと立場の悪さというのを背負ってもらった。それを何とかしようと頑張れば頑張るほどスノウが追い込まれていく糞ループ。ラズロもまた過去の自分を許して全部が自分のせいだと思い込むのを止めないと破滅する。

 おぼっちゃま感を犠牲にしてキャラを立てるしかなかったのが悔い。その分ずれて腕の痛みが和らいだ。常時漂流後や首を切れと言われた後のシリアスなスノウだと思ってもらえれば違和感も少なくなるかなと。

 あなたはあまりに腕が痛すぎた、と言いたかっただけのお話なのも事実。



 以下真ENDへの条件

 決戦前夜までにスノウ以外の107星を集めましょう

 スノウの言葉を一度でも疑ってはいけません。選択肢はすべて肯定、あるいは沈黙を選んで下さい。野次られている時には怒りましょう。

 一騎打ちでは本音を語るまで攻撃しないでください。攻撃するとそれ以降スノウの攻撃がすべて捨て身になって勝手に死にます。

 スノウが海に落ちる時に一瞬選択肢が出るのでボタンを連打してください。押し忘れたら海に飛び込むイベントが発生しません。好感度が足りていない場合は飛び込んでも発見できません。

 すべての条件を満たし決闘後に綺麗な腕のムービーが流れ出すと成功です。



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