ようこそ、ナースカフェへ 作:ピラサワ
本人とは一切関係ありません。
感想や指摘等あれば宜しくお願いします。
ディナータイムが始まるか、というそんな時間帯。
グラスを磨いていると、カランカラン、と来客を告げる鈴の音が鳴った。
「ま、マスター!ごめんなさい、ちょっと匿って下さい!!」
息を切らせてやってきたのは織斑 一夏くん。
IS――インフィニット・ストラトスというモノが作られ、尚且つそれは女性にしか動かせない。このことは世間どころか世界全ての風潮を一変させ、現在では女尊男卑がどんどんと強まっている、そんな世の中。
そんな中に現れた、唯一の男性操縦者が彼だ。
「おや、一夏くん。また楽しそうな事をしていますね」
「ちょ、何笑ってるんですか!」
「ふふふ、これは失礼。では、こちら側のカウンターにどうぞ」
「ありがとうございます!たぶん箒か鈴が来るのでなんとか…………!」
急ぎながらコソコソ、と妙にレベルの高い芸当をこなしつつ彼は裏へと潜っていった。それを確認した後、再びグラスを磨き始める。
暫くもしない内に、また鈴の音。さっきの音よりも強く扉を押されたのか、その音はカラコロカラコロ、と大きく響いた。
「いらっしゃいま「「一夏ぁーーー!!」」」
……思わずグラスを落とす所だった。
「ねえマスター!一夏見なかった!?」
「マスター!一夏がドコに行ったか知らないか!?」
店の雰囲気をぶち壊しながら叫んだ女の子の一人はISを開発した篠ノ之 束博士の妹さんであり一夏くん曰く「ファースト幼馴染」である篠ノ之 箒さん。そしてもう一人は、中国の代表候補生である凰 鈴音さん。一夏くん曰く、「セカンド幼馴染」らしい。
「鈴音さん、箒さん。あまり大きな声を出されるとグラスを落としてしまうかもしれないのでそろそろやめて頂けませんか?」
「まだ開店してないんだしいいじゃないの」
「ワタシがグラスを落としかけたのですがねぇ。これ、高いんですよ?」
「割れてないからセーフでしょ。それよりも!」
このままいくら注意をしようとしても今の精神状態では聞いてもらえないだろうなあ。なら、大人しくご退場願うとしよう。
「ここに来なかったら見てないですねえ」
「来たのか!?」
「少なくとも先程も言ったように準備中なので、ある程度の良識がある彼は来ないと思いますよ」
嫌味を込めて言ってみた。非があちらにあるのでこちらは何を言われても痛くない。
「っく……!それについてはすみません、ですが!」
素直に謝ってくれる箒さん。だけどその後は少し余計かなぁ。
「……ねえ、それってまるであたし達には良識が無いって言ってるようなもんじゃないの?」
一方、鈴音さんは最後の煽りに反応してしまった様子。沸点が低いところはまだまだ未熟ですね、と思わず呟いてしまったけど聞こえてはいなかったようだ。ふぅ。
「来るなりいきなり叫ぶお客様に良識があるのでしょうか?」
まあ、態度は変えないんですがね。少なくとも、今の二人の態度はいただけないなぁと思うし。他の場所でやられたらもっと困ってしまうから。
「……うう、悪かったわよ!とにかくいないのね!?別の場所を探すことにするわ」
ブスっとした顔で謝られても、と言おうとしたが、彼がいないと分かるとさっさと出ていってしまった。
「…………元気なのは良いことなのですがねぇ」
「すみませんでした……」
「おや」
この呟きは箒さんの耳に届いてしまったようだ。貴女が謝ることではないのだからいいのですよ、と言うと余計に頭を下げさせてしまった。コミュニケーションとは何と難儀なことか。
私も失礼します、そう言って箒さんは再び駆けていった。本当の事を伝えなかった彼女らにほんの少しの罪悪感を覚えたが、
「……来ないと思う、と言っただけで来ていないとは言っていませんし」
少なくともワタシはウソをついてはいない。もし問い詰められてもそれで逃れられるだろう。……それにしても。
「……いやはや、中々治らないですねぇ」
本当に、一夏くんは大変だ。
そして、ワタシも。
……彼は変わったのだけどねぇ、どうして周りはこんなに彼に優しくないのか。思わずため息が漏れた。ともかくこれ以上来ないように一旦鍵を掛けて、と。
「一夏くん、もう大丈夫ですよ」
▽ ▽ ▽
俺がISを動かしてしまったせいで入ることになったIS学園。そこの食堂スペースの隅の隅、少し気を配らないと気が付かないところには扉があって、その中では数少ない男の人がマスターをしている喫茶店がある。因みに夜にはバーになるらしい。千冬姉とかが通ってそうだなぁ……。
そのマスターの左胸には『平沢』と書いたプレートがあるんだけど、義務だからつけているだけであり、その名前では呼んでほしくないと言われた。だからここに来る人達はみんなマスター、って呼んでるらしい。
……そして、俺がよく匿ってもらうスペースでもある。いつも迷惑かけてすみません、と何回謝ったことやら。
「今日もお世話になっちゃって、ホントすいません」
「いえいえ、君の大変さが分からない訳ではないですからね。毎日毎日大変でしょう?」
うう、優しさが目にしみるぜ。箒達もこれくらい優しかったらなぁ…………イメージが出来ない、どうしようか。
思えばマスターと初めてこうして話したのは何時だっただろうか?
……ああ、そうだ。あれは確か、クラスの代表を決める模擬戦の後に偶々この店の扉を見つけたのがキッカケだったんだ――――――
「いらっしゃいませ」
カランカランと扉の裏から鈴の音。如何にも喫茶店っぽい、そんな感じだった。
「……へ?」
そして、俺の第一声がこれ。……いや、これは仕方ないだろ。まさかこんなところで男の人が働いてるなんて思ってなかったんだから。
マスターも声質を聞いて少し驚いていたようで、
「……! いやいや、まさかここをもう見つけてしまうとは。中々観察眼があるようですねぇ」
「い、いやあ……偶々ですよ」
「そうですか。ですが、今こうしてこちらに入られたのです。何かお飲みになりますか? ああ、勿論お酒はダメですよ」
マスターの第一印象は、若いなあ、というものだった。なんか漫画とかでも、マスターってのは髭を生やしたおじさん、みたいなイメージがあったから余計にそれが新鮮に感じた。それにしても、なんか俺達とかと同年代なんじゃないかってくらい若い。……実際聞いてみると、千冬姉の一つ下だったんだけどな。
「飲みませんよ! うーん……コーヒーとか紅茶ってありますか?」
「はい。今からですと紅茶のほうが早く出来上がりますが、どうしますか?」
「んー、じゃあそれで!」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
「えっ?」
そう言ったきり、黙り込んでお茶を淹れ始めてしまった。
「あの、俺何も注文してないんですけど……」
「ああ、大丈夫ですよ。サービスです」
「どうぞ」
そう言って出されたのは強い赤みが見えるお茶。何か底に沈んでいるのが見えるけど、とにかく。ありがとうございます、と断って早速飲んでみた。
「…………甘い。けど、さっぱりとしてる」
「はい。……これは、『DEMMER』というブランドのオレンジジンジャーという紅茶です。フルーツティーの一種ですね」
底にあるものを口に入れてみると、ほんのりとした甘み、そしてとても濃厚な香りを感じた。こんなもの、あったっけ? と記憶を掘り起こしていると、もしかして? というものがあった。
「これは……ドライフルーツ、ですか?」
「ご名答です。ドライフルーツ特有の香りの深さが分かるとは中々将来有望ですねぇ」
確かに噛むたびに、ふわっと口に香りが広がる感覚が分かった。レーズンとか柑橘系のものとか、色んな風味が口の中を支配する。だけどその中で、甘くない風味が立ってたんだ。そしてそれは直ぐに分かった。
「甘さが広がってるのに、生姜の風味が目立ってる……?」
「ふふふ。どうですか?」
甘くて、酸味もあって。紅茶の熱とその甘さが引き逢うかのように噛み合ってた。思わず大きく息を吐いてしまうくらい、今までのモヤモヤとかが吹っ飛んだ感覚があった。
「なんか、落ち着きます。今まで重い荷物を背負ってたのに、急に軽くなったみたいな」
「少しお疲れのようでしたので、リラックス効果がありそうなものを選ばせて頂きました」
「す、すげえ!」
そんな事まで分かるなんて、まるでマスターみたいじゃないか!?
「マスターなんですよ」
いや、なんていうかベテランっぽいなっていうか。
「ご馳走様でした、美味しかったです!」
「いえいえ。美味しそうに飲んでいただけるとこちらも淹れた甲斐がありました。……ああ、お帰りになる前に」
「ん?」
マスターが急に裏に回っていってしまった。まだお金も払っていないのに帰るわけにも行かず、待っていると、直ぐに戻ってきた。そして、
「この花をお部屋にでもお飾りください」
そう言って、一輪のキレイな花を渡された。
「えっと、これって蓮ですか?でも、なんでいきなり」
理由が分からないから聞いた単純な質問だった。
だけど……そう聞いた瞬間、一気にマスターの雰囲気が変わったんだ。ニコニコとした柔らかい雰囲気じゃなくて、凄く厳かな、千冬姉みたいな感じ。
「一夏くん」
「……はい?」
口調も変わっていて、ワケが分からないままとにかく返事をすることしかその時は出来なかった。そして。
「君はまだ何も知らない」
「なっ……!」
いきなり初対面の人にそんな事を言われて、思わず大きな声を出しそうになってしまったその時。
「――だけどそれは、決して悪いことではない」
「………………え?」
「その蓮は単に咲いているのではない、キミに咲いているのだから。
蓮の花言葉は『清らかな心』『神聖』。キミが何も知らないという事は、まだ何者にも穢されていない、ということでもある。
これから先、キミは泥に塗れる事があるだろう。汚れる事があるだろう。
だが、蓮は泥の中でも決して汚れを見せずに輝き続ける。清く、そして美しく。
なればこそ、キミは蓮を咲かせ続けなければならない。それが枯れた時、きっとキミは泥に呑まれてしまうだろう。
悪意に呑まれてはならない。
自分の心のままに、清くあれ。
正しい心を持ち続ける限り、その蓮は咲き続けるだろう。
巡り廻る命。その中での特異点。
蓮は再生の象徴。貴方に渡した華が咲き誇った時にきっと貴方は少し、生まれ変わることが出来る。
生の中の輪廻、再生。
人には夜が来て、夢を見て、そして朝を迎える。変わらない流れ、輪は巡る。
キミに夜が来るまで、Lotusが咲き続けることをワタシは祈ろう。
さあ、謳いなさい。その花はきっと、道を示してくれる」
意味は、分からなかった。そして、何故急に雰囲気が変わったのかも分からない。口調が変わった理由すら――――分からない。
だけど、その言葉一つ一つは俺の心、俺の全てに染み渡るかのように身体に響いた。まるでその一句一句を刻みつけるかのように、脳に吸い込まれていく。
蓮が咲き続ける。
それは花という存在である限り、決してあり得ないことだ。だって、花は咲いて枯れ、種を残してまた蕾が出てくるんだから。それでも、何故か。
この蓮が枯れないようにしようと、思ってしまった。
もらった蓮を無意識のまま胸ポケットに挿し込み、そして気づく。
「――――はっ!? ……マスター、今のは!?」
「ふふ。ワタシからのアドバイスです」
「アドバイス……」
「はい。お茶共々、気に入って頂けましたか?」
「――――はいっ!」
そう答えると、マスターは優しく笑ってくれた。
「――――なんてことが」
「ありましたねぇ」
カウンターでマスターと料理の仕込み。匿ってもらったお礼をしたい、と言うと、「では少し手伝って頂けますか?」と聞かれ、野菜を切ったりする手伝いをしている。
数ヶ月前の出来事に花を咲かせていると、マスターが「それはそうと」という言葉とともに
「その蓮はまだ、咲いていますか?」
答える。
「一度枯れかけましたけど」
だけど、
「また、咲き直しました!」
……あの時くれた蓮の意味。今ならその全てが分かる。だからこそ、この答えなんだ。
「それは、良かったです」
そう言って微笑んでくれたマスターが、まるで弟の成長を喜んでいる兄のように見えた。
メインキャラクターとの対話が殆どになるでしょう。
・Lotus
日本語で「蓮」という意味。
・DEMMER
オーストリアで創設された紅茶ブランド。フルーツティーの評判がいいことでおなじみ。オレンジジンジャーは100gで1900円(袋入り)、缶入りは100g2100円。
使用曲:Lotus
作者コメント:平沢氏の代表曲の一つと言っても過言ではないでしょう。絶対に一夏くんで使いたかった曲でもあります。チューブラヘルツは登場する予定です()