ようこそ、ナースカフェへ 作:ピラサワ
本当はもう少し後に入れたかったお話。時系列が曖昧ですがお許し下さい。
評価をくださった方、感想をくださった方、そして見てくださった方。いつもありがとうございます。
雨上がりのIS学園。
その近くにある林で、佇んでいる黒い外套の男が一人。
男は黄金の月を見上げていた。
月の光が草の露に反射して、辺り一帯、幾万もの月が上っている。
幻想的な光景。だがしかし、彼はそれらに見向きもせず、ただ本物の月だけを見上げるだけだった。
「始まりましたか」
一人呟く声は少し強く吹いている風と木々の喧騒によりかき消され、消える。
「全く、憎らしいくらいに輝く月だ。さぞ兎も嘲笑っているに違いない」
月から目を逸らし自嘲するような笑みを浮かべた男は上着を翻しながら、光る月々から背を向けて歩き出した。
熱帯夜の夜、額に汗すら浮かばせていない彼は地面の水たまりに浮かぶ月を見つけるとフッと微笑み――静かにそれを踏み消した。
「……しかし、思い通りにはさせません。露が月を浮かべるのなら、太陽もまた露の中で光り輝く事が出来るのだから」
▽ ▽ ▽
気がつくと、波打ち際に立っていた。さっきまで立っていたあの人の姿はどこにもなく、ただ砂浜に一人。ふと空を見てみると、そこには黄金色をした綺麗な月があった。もしも夢なら届いたりするんだろうか。
視線を少し下げれば広い海。海面にはユラユラと揺れる月が一つ、空と同じ色をさせながら輝いていた。
幻想的な光景に目を奪われていると、何かが近づいてくる気配がした。その方向に振り向くと……一人の、白い甲冑を着た騎士のような格好をした人がいた。
『力を――求めますか?』
女性なのだろうか。その声は高く、この砂浜に響いていた。それが一体誰なのかは分からない。だけど、嫌な感じはしなかった。それどころか、こちらを包んでくれているような、そんな気さえしてくる。
「ああ。そりゃ欲しいさ」
『人は何時でも力を求めます。貴方はどうして力を求めるのですか?』
その声はどこか泣きそうで、だけれど厳しい――そんな声だった。
『力は争いを呼び、傲慢を呼び、混乱を呼ぶものへと簡単に変わってしまう。力を得た者はそれに驕り高ぶり、力なき弱者を踏み潰す。それはまた新たな闘争の歴史へと変わる。
それなのに、何故?』
声のトーンは変わらない。ひたすらその人は力の持つ悲しみを語っていた。
俺はその問いに、少し考える。
昔の俺はどう考えていただろう? 今の俺はどう考えているんだろう?
あの人は、どう考えているんだろう。そう考えてみたけれど、どうにも俺にはまだあの人を理解出来そうにない。
だから俺は、俺でいよう。今の俺の持つ答えは。
「俺自身が正しくあるため。俺はずっと『他の人を助けるため』とか言って、自分から目を背けてきた。そこから起きるまた他の人への危険とも。……だけど、それじゃ駄目だってあの人に教えてもらったから。助けたいという想いだけでも、単なる力だけでもきっと足りない。だからまず自分と向き合って、俺自身が俺のために強くならなくちゃいけないんだ。
ソレが例え例え泥臭い生き方でも良い。綺麗じゃないと言われても良い。
まず、自分が"自分"としていられるような――"それでも"と言い続けられる、そんな意志。そんな力が、欲しいんだ」
そして、これだけじゃない。
「さっき貴方は言った。『力は傲慢を生んで、混乱を生んで、争いを生む』って。だけど、きっとそれだけじゃないだろ?」
『?』
「確かに力が在る事はきっと、色んな人を調子に乗らせてしまうんだと思う。俺だって、あの箒だってそうだった。だけど、それでも! 力がある事で、俺は色んな人を護ることが出来るようになると思うんだ。力は包むことが出来る。護ることが出来る。信じることが出来る。……そりゃ、俺にはまだまだ足りないものがいっぱいある、それは分かってるさ。けど……でも今、力がないときっとより多くの人達の悲しみを生んでしまう。
だから……皆がその先で笑えるように。花を咲かせられるように。俺は、強くなりたい」
『……貴方の言ったその先には、きっと多くの苦難が待ち受けていることでしょう。時には傷つき、悲しみ、そして絶望することもあるかもしれない。それでも、行くのですか?』
つい前に教えてもらった事。今はもう、迷わない。
「ああ。"それでも"」
『ならば――――ええ。行きましょう』
「……え?」
騎士
光が、溢れていく。砂浜も、海も、空も、そして月も、全て、全て光になって。
そんな中で、あの騎士が笑っているような気がして。
光が広がって、消えて。そして――目を覚ました。
あんなに痛かった傷は何故か綺麗サッパリ姿を消している。
それだけじゃない。とても、とても身体が軽い気がする。まるで全身が生まれ変わったみたいだ。
今なら大丈夫だ。
「行くぞ……」
『いいですか、一夏君』
何時だったかは忘れたけど、前にマスターはあんなことを言っていたような気がする。あの時もまるで意味がわからないまま受け取ってしまったけど、今なら少しだけ、理解できたような気がする。
生まれ変わるというのは何も肉体とか魂とかそれだけじゃなくて、きっと心にも『生まれ変わる』っていう概念は存在するんだ。
ちょっと前の俺とはまるで違う心持ちでいられる。落ち着いていられる。
一時のものかもしれないけれど。
それでもいい。今この瞬間だけでもいい。生まれ変わった自分でいられるように。
『ロータスは輪廻転生――再生の象徴。ソレが咲いた時』
「白式ィッ!!」
『キミはきっと、生まれ変わる』
▽ ▽ ▽
「ワタシが夢の中に?」
「はい。マスター、俺の夢の中でこう言ってたんです」
『泥臭くありなさい。キミは蓮を咲かせ続けねばならない。それは象徴として。希望として。
これから先、貴方には無数の試練がある。
それは辛く、時に苦しく痛く。折れそうになることもあるでしょう。
綺麗事ではきっと解決しないことだって出てくるでしょう。
パラレルに行く船団は何時でもワタシ達を運んでくれますが、今はまだその時ではない。人間には生きるべき時と死ぬべき時が存在し、今の貴方は生きるべき時なのです。
だから、今はまだ眠りの時ではない。目覚めるのです』
「だけど、俺は……俺の機体も……」
『――ワタシが貴方に渡した花。それを強く想いなさい。
泥に塗れ、汚れ、一度は枯れかけて。それでもその中で優雅に咲き誇る白い花をイメージしなさい。
その白は貴方の誇り。
貴方の願い。貴方の根幹。
いくら汚れても白が在る限り、決して貴方は折れることがない。
足掻き続けなさい。
「それでも」と言い続けなさい。
そうすればいずれキミは彼女を守ることが出来る――白い
――――さあ、目覚めの時。新たなキミの始まりの日。呼びなさい、』
「しろ……しき」
「――――――で、その後俺はその白式と会ったんです」
IS学園の食堂の隅にある喫茶店。
お客様である一夏君とカウンター越しに向き合いながらワタシはいつもの様に話を聞いていたのだが……今回もとても興味深い内容であった。
「……ふぅむ。我ながら言うのも何ですが、如何にもワタシが喋りそうな言葉ですねぇ。一夏くんは中々ワタシの事を分かっているようだ」
というか、ほぼワタシであった。夢の中でまでこんな説教を喰らえば少しはウンザリするものだと思うのだが、しっかり覚えていて且つウンザリしていない一夏君は本当に広い心を持っている。
「えぇ!? いやまあ、手伝いとかしてますし色々匿って貰ってるので少しは……えーと、なんか、すみません?」
「いえいえ、責めてはいませんよ。寧ろ褒めているのです詳しい状況は判りませんし聞くつもりもありません。寧ろ、
「え?」
「いえ、こちらの話です。…………それより一夏君、臨海学校で何か思い出は作れましたか?」
「うぇ!? っ、ゲホッゲホッ」
素っ頓狂な声を上げたかと思うと、お茶が器官に入ったのだろう――激しくむせ始めた。
少しいつもと様子が違うようだったので軽く突っ込んでみただけなのだが、これは予想以上の反応であった。もしかすると『歩く朴念仁』等という渾名をつけられている彼にも遂に進展が来たのかもしれない。勿論そういった恋愛事というのは個人の自由だが、なんとなくこの機会を逃すと一夏君の色恋事情にコレ以上の発展が見込めないような気がした。
子供の発育にとって最も大事なのは、主に母親からの愛情だと言われている。生まれる前にはもう胎内で母親の声を聞いており、また幼少期に一番多く顔を見る機会が多いのもまた母親である。その為、健全な精神の発達には深く"親"の存在が関わってくるのだ。
しかし一夏君達の両親は彼の幼少期に消えてしまったと千冬さんは言っていた。そうなると無論、彼の精神発達にも問題が発生する可能性が高くなってくる。彼が他人からの恋慕を殆ど唯の好意としか受け取れないのは、そこら辺に理由があるのではないかと私は考えているのである。そんな一夏君に今最も必要なのは母性と愛情ではないだろうか? 家族としての愛情なら彼女が与えられるだろうが、いざ母性となると性格的に難しいものがある。そして今、彼はもしかするとその母性や愛情を持った女性を認識した可能性がある。
よって、ここは少し深く首を突っ込んで無理にでも意識をさせてやることにした。
「……ほほう?」
「いや、いきなりそれは卑怯ですよマスター!」
「こういう年齢になると若者の色恋沙汰にも興味が湧くものでして」
「こういう年齢って……マスターって千冬姉より」
「いけません一夏君ッ!!」
「っとあぶねぇ! えーっと……まだまだ若いじゃないすか」
思わず声を荒げてしまった。
年齢の話に女性を絡めるのはタブーだと言うが、これが千冬さんになると更に危険度が上がる。一度言い切ってしまえばもう地獄行き待ったなしである。あの人は一体全体どういう聴力をしているのか、今度調べさせてもらいたいものだ。
少し顔を赤らめたまま出ていった彼を見送った後、一息つくとビールのグラスを用意した。恐らく……来るだろうから。
噂をすれば何とやら――ゆっくりと開かれた扉の先には、先程話題にも出た女性が俯いて立っていた。
「いらっしゃいませ」
「…………」
その人は何も言わずカウンターに座ると突っ伏した。ああ、今日はかなり酷く落ち込んでいるようだ。こういう時はとっとと貸切にするに限る。
お絞りと冷たい麦茶を出した後、カフェの扉の鍵を締めた。この部屋は防音なので、ここの声が外に漏れることもない。
「私の判断はIS学園の教師としては合格だったのかもしれない。だが……一人の教育者として、そして姉としては最早、そう名乗る資格がないのだろうな」
その顔は伺うことが出来ないが、声音で分かる。酷く憔悴しているようだった。この人の中には今、様々は感情が唸りを上げて暴れまわっているのだろう。
怒り。悲しみ。後悔。苦しみ。自嘲。それら全てがぐちゃぐちゃになって、彼女の目を暗く閉ざしている。
――救わなければならない。彼女もまだ、若い。荒むべき時ではないから。
「私は……どうすればいい? 私はあいつらに何をしてやれるんだ……」
迷っている。行先をまた、彼と同じように探しているのだ。放っておけば時間が解決してくれるだろうが、ここに来られた以上、放っておく訳にはいかないだろう。
「あの子達は貴女に憧れを抱いています。"世界最強"のイメージというものは早々取れるものではないですからねぇ。だから難しく考えず、まずは彼らの前では強く凛々しくあれば良いのではないでしょうか。子供たちはひたすら前を見て歩けます。その先に貴女がいる限り、挫けることはきっとないでしょう」
どんなに目の前の人が苦しんでいても私は、ワタシは何時もと同じように在らねばならない。それは私がワタシとして生きるために決めた掟だから。分け隔てなく、そして迷いなく。少しでも手助けになるように、導くのがワタシの、マスターの仕事だからだ。
「ですが、ずっと気を張っていては貴女がいずれ潰れてしまう。疲れや愚痴が溜まればまた何時でもお越し下さい」
「……すまない」
「いえいえ、ここはそういう場所ですから」
――今日は寝るのが遅くなりそうだ。
使用曲:ロタティオン(Lotus-2)
作者コメント:Lotus三部作の中で私が最も好きな作品です。また、ロタティオンやLotusが再生だったり弔い、輪廻を意味していると思われる歌である以上、この作品における一夏の復活(?)シーンには必ず入れようと思っていました。第一話でいきなりLotusを使用したのはその為でもあります。