ようこそ、ナースカフェへ   作:ピラサワ

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 ごきげんよう! 本当にお久しぶりです。……お久しぶりです。

 作品を見て下さった方々、またお気に入り登録、評価して下さった方々。そして感想を下さった方々。いつも有難うございます。相変わらずの不定期更新ではありますが、宜しくお願い致します。また、歌詞の解釈は独自のものですので読者の方の解釈もお待ちしています。よろしくお願いします。誤字等もありましたら指摘のほどお願いいたします。

 やはりというか、今回も難産です。寧ろヒラサワ曲で簡単な解釈が出来る作品があるのか……?


ラウラ・ボーデヴィッヒ②

 新学期が始まってから数日。始めのうちはどこか気だるげな雰囲気が蔓延していた食堂も、今は春の活気を取り戻しつつある。

 

 そんな食堂の隅の隅、食堂カウンターからも返却口からも遠い不人気席近くに存在する壁の向こう側には、閑散としているのが日常の喫茶店がある。

 

 

 

     ▽ ▽ ▽

 

 

「師匠、少し相談があるのだが、いいだろうか?」

 

 喫茶店のマスター――私が師匠と呼ぶその男性は、カップを拭きながら笑顔で返事をしてくれた。

 

「ええ、構いませんよ。ここはそういう場所ですから」

 

 その言葉に甘えて、口を開く。といっても、あの戦闘は確か秘密裏に処理されるべき戦闘の筈だ。端から直接言えるわけもなく、当たり障りのない所から話を始める。

 

「まあ、相談というよりは愚痴に近いのだが……。臨海学校で事件があった、という話を聞いているか」

 

「ええ、一夏くんから聞いています。随分苦労された、と」

 

「そうか。……あの時、私は指揮を執っていた」

 

「はい。――福音との戦い、お見事でした」

 

「な……!?」

 

 どうしてマスターがそれを――福音の事を知っている?

 そんな疑問を口にする前に、彼は口を開いた。

 

「ラウラさん、家を造るのに必要なものは何でしょう?」

 

「は?」

 

 唐突な、それも意図の読めない質問。困惑しながらも"大まかにで構いません"、という言葉に従うことにする。

 

「……設計をする者と、建築材料。そしてそれらを設計通りに組み立てる者達、くらいだろうか」

 

「はい。それで構いません」

 

 頷いた後、マスターは指を1本立てた。

 

「では急ですが1つ、イメージをしてみましょう……と、その前に前提を。貴女方はこれから先、よりチームで動く事が多くなると予想されます。なので、これからイメージしてもらうのは集団における戦闘となります。宜しいですか?」

 

「分かった」

 


 

 ことり。かちゃり。

 

 食器を並べる音をBGMにして、師匠は話を始める。

 

「ではまず始めに、大きな概念を作っておきましょう。今回の場合はそうですね……家の完成。これを戦闘における勝利と考えて下さい。そして建築の過程は戦闘の過程、設計士は指揮官を、大工は兵士を指し、建築材料は戦術の数ですね。途中で建材がなくなった時、あるいは大工がいなくなってしまった時に敗北としましょう」

 

「ふむ」

 

 脳内で大凡のイメージをする。嫁の大工姿……ふむ、中々に似合っているな。……ではなくて!

 慌てて首を振る私。師匠はそれに苦笑しつつも、再び真剣な顔を見せた。

 

「ここでまずハッキリと言っておきましょう。ラウラさん、一夏くんを含む貴女方のグループにおいて、設計士は貴女以外考えられません」

 

「私が……?しかし私はあの時」

 

 負けたのだ、そう言おうとした口は続く言葉により塞がれた。

 

「何も勝負に勝つだけが戦闘の勝利ではないでしょう? 先の戦闘の時、最悪のケースはどのようなものでしたか?」

 

 先の戦闘における最悪のケース。それに対する答えは決まっている。

 

「私達が死ぬことだ。まだまだ技術が足りないにも関わらず軍用のモノと戦うのだからな。死ぬ。これが考えられる最悪だった」

 

「成る程。では、貴女にとって戦闘における完璧な勝利とは、何でしょうか?」

 

「それは勿論敵を倒して、全員生き残るこ――!」

 

 ――ああ、そうか。

 

 師匠は私の事など気にしないかのように話を続ける。

 

「勝利……つまり、家の完成において重要な要素に屋根があります。いくら土台が強固で骨組みが完璧であっても、屋根に隙間があれば雨漏りが起こりますし、夏は熱気、冬は冷気が入り込んで蓋の役目を成すことはないでしょう。これが所謂"詰めが甘い"という奴ですね」

 

「ならば、そうならないような屋根を作れば良い」

 

「ええ。そして、《それが設計士の仕事です》」

 

「……成る程な。指揮官、とはそういうことか」

 

「設計資格のない大工ばかりでは、何時迄も善い家は完成することがないように、戦士だけでは戦場で勝利を掴み取ることは基本的には不可能なのです。家には設計をし指示をする者、そして戦場には冷静に指揮を執る者が必要不可欠なのです。……そして、あの中でそれが出来るのは経験が豊富であるラウラさん、貴女しかいないでしょう」

 

 戦士と指揮官、という例えに納得する。指揮官が落ちる事で混乱する兵士たちを、戦場の中で何度も見たことがある。それと同時に、屋根の例えも理解が出来た。

 考え込む私を前に、師匠は話は変わりますが、と思い出したように言を発した。

 

「この前、クラリッサ・ハルフォーフさんにお会いしました」

 

「何ッ!?」

 

 予想していない名を出され、思わず大声を出してしまった。

 

「なんでも、貴女の部下にあたる方であるとか」

 

「……ああ。彼女は私達の部隊で最も慕われている副隊長だ。私が周りを突き放していた時も、彼女はついてきてくれた。信頼できる、優秀な部下だよ」

 

 今でこそ他の部下とも良好な関係を築けているが、昔の私は兎に角他人を拒絶していた。そんな中、ただひたすらついてきてくれた彼女。私の一番の部下だ。

 

「クラリッサさんと会話している中、彼女もまた、貴女の事を信頼している事が読み取れました。貴女の自慢話をしている時はそれはもう饒舌でしたよ。昼にお店に入った筈なのに、いつの間にか夜になっていましたが」

 

「……すまない。良く言っておく」

 

 疲れたような苦笑を見せる師匠に対し、私は謝罪をするしかなかった。私の知らない所で何をやっているのだ、奴は。確かに師匠には何でも話してしまいたくなるような雰囲気があるが、だからと言って私の話をしなくても良いだろうに……。

 

 そして、一つの仮説が思い浮かぶ。もしかしたら、師匠が私達のことをこんなに把握できているのは、私達と関わりが深い人間全員と話しているからではないのか? ……いや、まさかな。いくら何でも人脈が広すぎる。という事は、やはり師匠の観察眼が優れているのか。

 

 話を戻しましょう、そう言って師匠は再びグラスを磨き始めた。

 

「シェブロン、という言葉をご存知でしょうか?」

 

「シェブロン?」

 

 唐突な問い。話を戻す、と言ったからには恐らく意味があるのだろうが、その言葉は初耳だった。

 

「いや、知らないな」

 

「シェブロンは、紋章学における帯状で逆V字型の模様の1種です。さて、逆V字型と言えば?」

 

 手で模様を作っている師匠を見ると、なるほど確かに屋根に見える。

 

 だがそれに何の意味が――そう言おうとした刹那、さっきまでの話を思い出した。

 

「そうか、さっきの屋根の話は!」

 

 ご名答です、そう言って師匠は笑う。

 

「……さて、シェブロンの意味の1つには『信頼できる働きを成した建築家その他の者』というものがあるそうです。しっかりとした屋根を作る事はその働きの1つだと言えるでしょう。そして建築家が指揮官であるのならば」

 

「そうか、屋根は詰めだから、屋根の完成はつまり……!」

 

「はい――ということで、ワタシからこれをお贈りします」

 

 答えようとした言葉は遮られ、手をお出しください、と言われた。言葉に従うと、師匠はその掌の上に何かを置いた。

 

「これは……勲章?」

 

 いい素材を使っている、と一目で分かるくらいの輝きだ。幾つか勲章を授与された事はあるが、このような素材で大仰に作られたような物は授与されたことがない。そしてその紋様は。

 

「ええ。シェブロンの形をした勲章です。拙作ながら、作らせて頂きました」

 

「これだけのものを師匠が作ったのか!? ……いや、そんなことよりも私はこれを受け取る資格など」

 

「ありますよ」

 

 ふわっと、頭の上に何かが乗る感覚がした。頭上には師匠の大きな手。どうやら撫でられているようだ。……ああ、暖かいな。

 

「もしかすると、先の事件は貴女にとっては詰めが甘かった、勝てなかった……そう考えているかもしれません。しかし、貴女たちは負けなかった。貴女達は軍用の機体を相手にして全員が生きて帰ってこられた。私にとって、これは間違いなく朗報でした。皆が帰ってくることが、私にとっての勝利です。そしてそれは貴女の努力の結果でもあります――よく、頑張りましたね」

 

「……っ!」

 

 屈託のない優しい笑顔に、胸が燃えているような錯覚を覚えた。同時に目頭が熱くなるのを必死に堪える。軍人たる者、泣いてはならない。過去に教えられた言葉を守るべく、平静を。これは教官から褒められるものとは違う、まるで包まれているかのような……。

 

 

 

 ――ああ。そうか。教官は”師匠”で、師匠はきっと”親”なのだ。教官は認める者、そして師匠は受け入れる者。

 

「貴女はとても優秀な方です。IS操縦の技量も高く、誰かに技術を教える事も出来る。そして戦闘では戦闘を行いながら指揮を執る……今の一年生において、これだけの事を安定して行えるのはラウラさんくらいでしょう。だからこそ、迷うことなく、自分に自信を持つ事が大切なのです。しかし簡単にそのようなことが出来るはずはありません。人間というものは、とかく弱い生き物だからです」

 

 瞬間の沈黙。

 

「……だからこそ、どうしても迷った時。その悩みの、自分の中に呼びかけてみるといいかもしれません。その時心の底から返ってきた答えは、きっと貴女を光へと導くでしょう。自分ほど自分を知らぬ者はいませんが、それと同時に自分ほど自分を知る者はいないのですから。自分との対話こそ、新たな気付きへの道なのです」

 

「自分との対話、か。私にとっては中々難しい問題だ。何せ私は」

 

 造られた者であり、あのおぞましいモノと同一なのだから――。そう続けようとした言葉は、遮られた。

 

「生まれは関係ありませんよ、ラウラさん」

 

「え……?」

 

「貴女は今、自分の意志でここに在る。これは間違いなく真実です。出生がどうあれ、育ちがどうあれ、今の貴方は少なくともこの学園の一生徒、それ以上でもそれ以下でもありません。……それに、ここに来る方は、皆が何かしらの悩みを持っています。そしてそれは今の貴方と同じです。皆が皆、自分との対話に苦しみながら生きているのです。そう、同じなのですよ。皆も、貴方も」

 

「……私は。私は悩んでいていいのか?迷っていても、いいのか?」

 

「ええ、勿論ですとも。我々は人間なのですから」

 

 そう言った彼の柔らかい眼差しに、包まれるかのような感覚を覚えた。安心感に、頬が緩むのを止められない。

 

「……ああ。そうだな!」

 

 ――本当に。この人は、どこまでも私を知っている。心地よく耳に残る言葉で私を救ってくれる。

 しかし、まだアレが聞けていない。

 

 聞きたい。彼女が聞いた言葉を。彼女のような質問をすれば、聞けるだろうか。そう考えて聞いてみる。

 

 

 

「師匠。どうして貴方は、そんなに私達の事を知っているんだ? まるで思考を全て見透かしているかのようだ」

 

 


 

『へ? マスターについて知りたい?』

 

『ああ。弟子たる者、師匠の情報を集め越えようと努めるべきだと教わったからな』

 

『そ、そうなんだ。うーん、でも僕も全然あの人の事は分かんないよ?』

 

『? 何故だ?』

 

『だってあの人ちょっと追求したら直ぐに――』

 


 

 

 少しの間。彼はいつものように微笑んだ。

 

「マスターですから」

 

 

 

『――って言うんだもん』

 

 

 

 

 そう言った時の目。仕草や一言。全てが私を惹きつける。ドイツにいた時には誰も見ることのなかったその暖かな眼差しが、私にはとても輝いて見えた。

 

「……フ、やはり師匠は流石だな! その的確な判断力に洞察力、これなら教師や教官になっても多くの実績を残せそうだ」

 

 いや、どちらかと言えば僧侶や牧師の方が向いているかもしれない。師匠の語りの一言一句に迷いは無く、まるで神のような強固な存在が後ろにいるかのような、揺るぎない自信がある。それはまさしく宗教家のような――

 

 ……などと考えている中、師匠は静かに首を横に振る。

 

「お褒め頂くのは光栄ですが、生憎ワタシはそのようなガラではありませんよ。ワタシが好きなのは教師のように生徒を直接導くのではなく、あくまで皆様のお膳立てをすることですので。そうですね……教職ではありませんが、『用務員』などはどうでしょうか」

 

 その言葉に、目の前の男性が帽子と用務員服、それに清掃用具を持った姿を想像する。

 

 

 

 絶望的に似合っていない。しかしそれを師匠に直接言うのは憚られる。

 

「ふっ、似合わんな。用務員と名乗るには、少々線が細すぎる」

 

「それは残念です」

 

 そう言いながらも全く残念でもなさそうな顔をしていた。相変わらず掴めない人だが、それもまたこの人の魅力の一つなのだろう。……さて、そろそろ時間だ。

 

「会計を」

 

「はい。有難うございました」

 

 しかし、やられっぱなしというのも気に食わない。

 

「ああ……そうだ」

 

「はい?」

 

 帰り際、師匠の方に目を向ける。

 

()()()が言っていたのだが、何でもある国には師匠に位置するものを『父』と呼び慕うような文化があるらしいぞ? ……ではな、()()

 

「――」

 

 初めて見る、目を丸めた師匠を横目に店を出た。少しは意趣返しになっただろうか。……父上か、存外悪くない響きだ。

 

 

 

 

 

 

「……やってくれましたねぇ。お陰で、私としたことが不覚をとってしまった。全く、()()()()()()()は今度は何を参考にしたのか」

 

 

     *

 

 

 

 ナース・カフェからの帰り道。師匠との会話を脳内で繰り返しながら、私はあの時の戦いを思い出していた。

 

 さっき、師匠は私の事を頑張ったと労ってくれた。だが、あれは一夏や箒の奮起、そして偶然が勝ちを呼んだようなものであって、決して私の指揮が勝因ではないと思っている。

 

 日本のとある人間の言葉に『勝ちに不思議の勝ちあり 負けに不思議の負けなし』というものがあるらしい。そしてあの時の戦いは……間違いなく”不思議の勝ち”だった。

 

 だから私はもっと上を目指したい。”不思議の勝ち”を”勝ち”にするために。私に戦い方を教えてくれた教官や、生き方を教えてくれるクラリッサや部隊の皆、一夏達。前に進む道を整えてくれる師匠のためにも。

 

「……待っていてくれ、クラリッサ、皆。私はもっと――強くなって帰ってくる」

 

 握った拳に迷いは無く。今まで心にかかっていた靄も、どこかへと消え去った。なら後は、進むだけだ。

 

 

 

 ……そういえば師匠は、何故アレの事を知っていたのだろうか。




 ※CHEVRONの意味を語るために本編で建築の例えを用いましたが、私は建築関係の知識がないため実際の建築の流れとは異なるかもしれません。申し訳ありません。ついでに兵士や指揮官の例えも急造です。

使用曲:CHEVRON
作者コメント:これを解釈するにあたり、紋章学(シェブロン)やら紡錘体(スピンドル・ファイバー)等について知らねばならず、非常に難儀しました。この作品ではタイトルのCHEVRON(シェブロン)、つまり紋章学における概念を重要視して解釈しました。というか、紡錘体という単語とシェブロンを繋げると余りにもややこしい分野に関わらざるを得なかったので諦めました……。また、シェブロン(紋章学)の意味についてはwikipediaより一部引用させて頂きました。
 曲について。そもそもこの曲が収録されている『big body』というアルバム自体、身体の部位に因んだ歌が多いのですが、この曲はその中でも細胞分裂について取り扱われた曲だと思われ、他の方の解釈もそれに近しいものでありました。歌詞も割と直接的で聞きやすいのではないかと感じます。軽快なリズムと鼻歌がとても素敵な曲なのでぜひ一聴することを勧めたいです。

 ラウラ・ボーデヴィッヒはその設定上、主要キャラクターの中で最も指揮官として立ち回れる人間と言えると考えています。というか、原作は短気あるいはせっかちなキャラクターが余りに多すぎるのです……。ISという精密機械を扱っている以上、いくら若さが云々とはいえ直ぐに冷静さを失うというデメリットは国家候補には相応しくないような気もするのですがどうなのでしょうか。
 それはさておき。ラウラは今は経験こそ劣るものの、将来的には織斑千冬をも凌ぐ指揮官となり得るでしょう。何故ならば、織斑千冬はその類稀な戦闘力とカリスマ、そして経験という3つの大きな力が彼女を指揮官たらしめているだけであり、本来の立ち位置はどこまでも『兵士』である……そう私は考えているからです。……頭に「一騎当千の」が付きますが。しかしいつ超えられるかはこれからの研鑽次第。さて、彼女が『教官』を超えるのはいつの日か。



 ~謎の男に頭を殴られてまたこんど~

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