ようこそ、ナースカフェへ 作:ピラサワ
この小説における歌詞の解釈は完全な独自解釈によるものです。意見の異なる方のコメントやその他感想、指摘等あれば是非、よろしくお願いします。
何も考える気になれないまま、歩いてた。
事の発端は中学校の頃の約束だった。
『一夏……もし、あたしの料理が上手くなったら、毎日酢豚を食べてくれる?』
最後まで素直になれなかったあたしの、精一杯のアプローチ。
日本では「俺の為に毎日味噌汁を作って下さい」というプロポーズがあると聞いて、必死に考えだした言葉。
『ああ!』
頷いた時の真剣な、そしてカッコいいその顔をあたしは忘れていない。
だから、再開した時、あたしの事を覚えていてくれた事が嬉しかった。
「あの約束だろ?」
約束していた事も覚えていたのが嬉しかった。
だからこそ。
「料理が上手くなったら毎日酢豚を奢ってくれるんだよな!」
肝心な所に欠落があったのがどうしても許せなくて、つい手を出してしまった。
これまでにも――転校する前にも、嫉妬から思わず手が出てしまう事があった。
だけど、こんなのはあんまりじゃない。あたしはこんなに待っていたのに。
一夏は変わってなかった。良くも、悪くも。
あたしの告白、一体何だったんだろうなあ。
座り込む気分にもなれずに歩き続けていると、いつの間にか食堂に来てた。
「やば、門限に遅れる前に戻らないと……はぁ」
戻らないととは思いつつ、手を出してしまったという後悔と、なんで肝心な所を忘れているのだという怒り。二つの思いがごちゃまぜになってよく分からなくなってきた。
「考え込んじゃダメダメ! しっかりしないと……ん?」
頭を振って気分を入れ替えようとした先に、仄かな明かり。
こんな所にこんなドアあったかしら? と思いながら、小さな取っ手を引いた。
「いらっしゃいませ。こんな夜分に学生のお客様とは珍しいですねぇ」
そこにはゆったりとした雰囲気のフロア、そして男の――バーテンダーの格好をした――店員がいた。目を凝らしてネームプレートを見る。そこには
『Master SHINICHI HIRASAWA』 の文字があった。
マスターと書いてあるってことは、まあきっとそういう事なんでしょうね
と思いながらカウンターに座った。そしてすぐに突っ伏した。
マスターはこちらの様子を一瞥すると、こちらに何が合ったのかも聞かず。ただ静かにメニューを差し出してくれた。その気遣いが、少しだけ嬉しい。
「ご注文は如何なさいますか?」
「なんでもいい」
普段なら絶対することのない、やる気のない注文。だけどマスターは困った顔をすることもなくただ微笑み続けるだけだった。
「では取り敢えずお茶を出させて頂きますが、宜しいですか?」
「それでいいわ」
「チョトマテネ-」
「なんで片言なのよ」
「いえ、なんとなく」
……コイツ、結構変なやつね。弾よりはずっとマシだけど。
カウンターに暫く突っ伏していると、顔の近くでカタリという音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
「ん、ありがと」
できたてのお茶、カップからは湯気が溶けていくのが見える。薄い緑色は昔一夏の家で飲ませてもらった緑茶を思い出す。喧嘩した筈なのに一夏が頭から離れないのは惚れてしまった弱みってヤツなのか。
取り敢えず心を落ち着ける為に一口。……? あれ、これ緑茶っぽいけど緑茶じゃない?
あー、なんだっけこれ。確か……あっ!
「これ、凍頂烏龍?」
「ええ。良くお分かりになりましたねぇ」
「香りが緑茶と全然違うもの。そりゃ分かるわよ。しかもこれ、多分高いやつでしょ」
「そこまで分かるものなのですか?」
「ふふん、案外あたしもマスター向いてるんじゃないかしら。……ねえ、それより、高い凍頂烏龍っていうことは」
身を少し乗り出してみると、「ええ」、とマスターは笑った。
「お代わりはまだまだ用意出来ますよ」
「よっし、アンタかなり出来るじゃない」
「ふふふ、マスターですから」
………………………………。
そこからは、暫く愚痴を聞いてもらった。
「それでね、一夏たら」
どんどんと場の雰囲気が悪くなってしまうのが分かるけど、あたしは止まれなかった。感情に任せて、ただただ愚痴を言うばかり。
そして。
「第一、あたしはあんなに頑張って告白したのにアイツは全然気づいてくれなかった!」
そう口に出した瞬間、ゾクリと背中にムカデのようなものが走ったような気がした。
そしてかかる重圧。
「甘えるな凰 鈴音」
重い頭をギリギリと動かしながら発信源の方を向いた。
それは、今までとは打って変わった表情をしたマスター。そして、
気味の悪さに目を背けたくなった。だけど、簡単に逃げるのはあたしのプライドが許してくれない。
「な、急に何よ!」
出来るのは精々、空元気で吠えるくらい。
「オマエの言うことは間違ってはいない。確かにオマエにとってその約束は支えだったのだろう。織斑一夏が約束を間違えて覚えていたのは彼が悪い。
だが、この世には口に出して言わねば分からない事が数多くあるのだ。特にオマエの胸に秘めている想いなどは尚更だ。
恋心とはかくも素晴らしいものだし、何も言わずに伝わり合う心など如何にも文学にあるようなロマンンティックなものだろうな。だが、そんなものは滅多にない出来事でしかないのだ!」
「じゃあどうすればいいのよ! どうすればよかったのよ! どんなに頑張って伝えても、アイツには伝わらなかったのに!」
夜なのに思わず叫んじゃった。だけど、それくらい……今のマスターの後ろであたしを睨んでいるナニカは気持ちが悪かった。
だけど、マスターはあたしの叫びなど意に介せぬように鼻で笑った。
「オマエがその約束をした時、オマエは必死だっただろう? それは何故だ」
「それは、だって……もしかしたら、このままずっと離れちゃうんじゃないかと思っちゃって」
「なら今日再開して、約束が噛み合っていなかった時。もうダメだと思ったか?」
「え……?」
そういえばあたしはまだ怒ってしかいない。いや、落ち込んでもいるけど。だけど、あの時みたいな『振られたらどうしよう』なんて恐怖は全然浮かばなかった。
「ワタシが言いたいのはそれだ、凰 鈴音。
そもそも別れる時と今とで環境も状況も違うに決まっているではないかバカモノ。
ワタシの甘えるなとはそういうことだ。一度の失敗でオマエは諦めるような臆病者か?ましてや、相手は人気のある織斑一夏。
ああ、昔のオマエも今のオマエも本気なのは分かっている。だが余りにもオマエは肝心な所で臆病になってしまうクセがある。
毎日のように幸せな未来、幸せな夢を想像するがいい。その時のオマエは何と言っている? 愛を紡いでいる時と同じリズムで素直に口を開けば良いのだ!
晴れた日の空を見て未来にある知らない地図を書け! オマエの願う未来を空想――まさしく、空に想い続けるのだ!
大体、昔のオマエと違い、今のオマエにはまだまだ機会はあるではないか。
今日がダメなら明日、明日でダメならもう一つの日、その日がダメでももう一つの日がある!」
「続くもう一つの、チャンス」
チャンス。あたしにもまだまだ、チャンスがある。
胸に刻みつけて気合を入れる。重いプレッシャーはいつの間にか消えていた。
マスターを見ると、さっきみたいな背後にあったワケの分からないナニカも消えて、最初の時みたいな笑顔に戻っていた。
「いいですか? 合言葉は『消去可能』です」
「消去、可能?」
「ええ。過去の事でやり直しが効くことなんて沢山あるのです。貴女の昔の約束を存在させ続けることもできれば消去する事も出来る。その後でまた約束を契れば良いだけなのですから。昔のもう消してしまいたい涸れた声など、未来のいらない言葉で洗い流してしまえばいい」
「第一、拳で語るなど論外なのですよ。彼にとっては恐怖の対象にしかなりませんよ?」
「あ、あれは一夏が鈍感なのが悪いのよ!」
もう少し女心を理解してくれたっていいじゃない!
だけど、マスターは「そうですね」とも「いや」とも言うこと無く、
「うーん……」
って暫く考え込んだ。その後、まだ考えながら言葉を捻り出しているのが分かるようなゆっくりとした口調で話しだした。
「鈍感なのは別の問題として、恋愛云々についてのあの対応はワタシ、仕方ないと思うんですよねぇ。何しろ、色んな国、色んな人が彼を狙っています。それは恋愛的な意味でも、ハニートラップ的な意味でも。それに気づいて尚且つ悟られていないように振る舞う。どれ程それが心にストレスを与えていることか」
「う…………」
あたしはハニートラップなんか考えてない! そう言いたかったけど、政府の方からはそういった指示が出ていたと聞いたことがある以上、あたしにキッパリと否定する事なんて出来ない。
そういえば、と、思考はたらればに入っていく。あたしが転校する前から一夏は色んな女子からの告白を断ってた。そういった話を聞く度に、その子には申し訳ないけどホッとしたしまだまだチャンスがあると思えた。
だけど、もしあの時から一夏が鈍感じゃなかったら?
……想像しただけで怖くなった。あたしのあのアプローチにも気づいていたら。そして断りそうな素振りを見せていたら。申し訳無さそうな顔で話しかけられたら、辛くて逃げ出してしまいそう。
そう考えたら、マスターの言う通り今の状態はあたしにとっても他の子にとってもまだまだチャンスがあると言えるのかもしれない。
……よし!
「まだアイツの事を許したわけじゃないけど……でも、気持ちの整理は出来たわ。ありがとね」
待ってなさいよ一夏! 何時かあたしに振り向かせてみせるんだから!
「それなら何よりです。先生に見つからないように気をつけてお帰り下さい」
「…………」
あたし、無事に帰れるかな。
▽ ▽ ▽
一夏くんをn回くらい匿って逃した後、ふぅとため息をついた。
「なんとかしてあげたいのですがねぇ」
ワタシが聞いた所によると、一夏くんは小学校の頃から既にモテていたらしい。そして女尊男卑の風潮を抱えたまま中学校に上がり、ドイツでの例の事件、そしてこのIS学園への入学……彼にどれだけの重圧がかかっているのか、それを考えただけで哀れに思えてしまう。
色々な子からの好意に気づかない彼だが、その鈍感さはもしかすると後天的なものではないだろうか、と考える事がある。
元々、彼は凄く真面目、且つ自分にプレッシャーを掛けている子だ。
「俺がやらなきゃ」と、まるで全て自分がしないといけないかのような言動をすることがある。「俺が皆を守る」「俺が千冬姉を守る」 ああ、その心がけは素晴らしいものだ。だけど、ヒトの身体は一つしかない。器に合わない物を守り続けようとすればその器は何時か割れてしまう。その器が例え身体であっても、心であっても。
以前鈴音さんが言っていた記憶がある、「一夏くんが鈍感じゃなければ」というIF。
誠実な彼はその一つ一つに真剣に応えるに違いない。でも、普段からのアピールにまで気を遣わなければいけないとすると、きっとストレスは相当なものになるだろう。その上でここに放り込まれ、ハニートラップ等にもいちいち警戒しつつ毎日誰にも頼れない環境の中過ごしていく。
無理だ。精神が崩壊するか、若しくは自らの精神を守るために人を拒絶する未来しか見えない。
「一番簡単なのは彼女たちが素直になることなのですが……難しいでしょうねぇ。ああ、このままではワタシまで敵に負けてしまう」
どうにもならなさそうなら先輩に相談したほうがいいかもしれない。
あとがき
今回の鈴ちゃんの語りが静かだったのはきっと機嫌が悪かったからです。そんなわけで原作主人公があんなにも鈍感な理由にも持論を踏まえて少し語らせていただきました。
彼の境遇上、鈍感過ぎるというよりも心を閉ざしてると言ったほうが正しいと思われます。大勢の人から向けられる好意というのは存外疲れるもの。その数が多く、また性格が純粋であればあるほどその重みは更に増すでしょう。私はあの鈍感具合は逃避行動の一種だと思っています。つまり、環境が全部悪い。
・チョトマテネー
いまそこーまでーいーくーかーらー
・凍頂烏龍
見た目は緑茶、香りは烏龍茶というどこぞの名探偵のようなお茶。緑茶よりも爽やかな風味が特徴です。
・お代わり
このような高級なお茶(凍頂烏龍だけかどうかは不明ですが)は高い分非常に味が長持ちしまして、少しの茶葉でコップ3杯以上飲めることがザラにあります。
・敵
一体何テノールなんだ……。
使用曲:Another Day
作者コメント:突弦変異の方を使用。メッセージ性においてもこちらの方が使いやすかった為。P-MODELの曲ではサイボーグの次に好きな曲です。相変わらず解釈は都合のイイように変えていますがご了承下さい。また、ヒラサワ曲の中では珍し目の明るい曲調なので初心者向けかと思われます。