東方英雄章~【妖怪と人間と】   作:秦喜将

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今回はかなり長いです。
おそらく過去一番長いと思われます


二十六話 月と彼の過去その④

Sideサグメ

 

 

 

 忌み嫌われし穢れの象徴、生命の淀みたる邪神の力を開放したのはいつ以来だっただろうか。

 前回使用した時は八意様が止めてくださったからよかったものの、月の都を半壊させてしまう程に暴走してしまったトラウマがある。あれ以降邪神の力は封印して来た。………もうあんな過ちは繰り返さぬようにと。

 

 しかし、今回は状況が状況だ。出し惜しみなどしていては月の都を守ることが出来ない。

 敵が敵なだけに、侮りや力の温存など考えて良いほど今回の敵は甘くない。下手をすると私や他の守護神達では敵わないかもしれない。果たすべき義務を果たせないなど、月の守護者であり天津神の名折れというものだ。伊達に数万年と月の守護を請け負っていないのだから、どんな手段を用いてでも勝たなければならない。

 

 

 例えこの身が穢れによって、汚染し尽くされてしまったとしても――――――。

 

 

 全身を駆け巡る重圧的な邪神の神力。それに伴う激流のような痛みと吐き気。

 意思を強く保っていないと一瞬で意識が持って行かれそうなほどの精神干渉力。かつてはこの痛みに耐えきれず、暴走してしまった。だが、今は思った以上に冷静だ。

 今にも意識が弾け飛びそうなのに、私の中の何かがそれを強く繋ぎ止めている。自身でも驚くほどに、頭が澄んでいる。――――怖くない。今見えている光景に、何の恐怖も感じない。自身がどうなってしまったのかは知らないし、どう変わってしまったのかも知らない。

 

 だけれど、身体に流れる神力はこれまでに無いほどに強く脈動し渦巻いている。その渦の中心に私の神力が集まり、融合を果たしているのが分かる。

 視認できている光景はなんとも美しく、まるで世界が小さくなってしまったかのように自身の視野が広くなったのを理解できる。

 

「なるほど、それが本来のお前の姿という訳か……」

 

「そうではない……と、言えないのがなんとも心苦しい。このような穢れた姿、本来なら嫌悪し憎悪する筈なのだがな」

 

 私は淡々と告げる。もう痛みも引いているみたいだし、これなら存分に戦える筈。

 尤も、今の私であれば先程の数倍の力を発揮できる筈だ。天津神でありながら邪神の神力を得たのだから、諸刃の剣であったとしても刺し違える程度であれば叶うだろう。

 

 私は敵意と殺意を十分に含んだ眼光を執行者に突き付けた。

 対する執行者は―――――笑っていた。

 何に対する笑いかは分からないけど、その笑みは一切の不純を含んでおらず、寧ろ見た目相応年相応の笑みであった。実年齢は知らないけど………。

 

 ただ、その笑みと同時に執行者の纏っていた空気が一変したのも事実だ。

 執行者は懐から一枚の赤いカードのような物を取り出し、私に見せつけるかのようにかざした。

 

「前言撤回!使うとするか、『クラスターカード』」

 

 

 ―――――瞬間、紅き光の柱が私の目の前に顕現した。

 それは執行者を吞み込み、計り知れようのない膨大なエネルギーの奔流となって月全体に波動となって拡散しれいく。

 とてつもない圧迫感に私は襲われる。………息が、出来ない。

 目の前に造り上げられた光の紅柱から放たれる波動によって、私は数メートルほど地面を削りながら離されてしまう。踏ん張っておかなければおそらく数十メートルは引き離されていただろう。

 未だにその輝きが衰えることのない光の柱は、これまでに感じた事のない爆発的な生命エネルギーを感じる。――――それは私達月の民が嫌う『穢れ』である筈なのに、その力からはその穢れすら感じなかった。

 

「これほどとは………!」

 

 圧巻だ。例えようもないほどの圧巻。これほどまでの存在感を放つ者など私は八意様意外に知らない。―――――いや、もしかしたらあの方以上に……。そう思わされるほどに、目の前のソレは圧倒的なものであった。

 

 

 

 神々しく輝く紅き光の柱は、徐々に収縮を始め一塊の球体へと姿を変えた。

 警戒してその球体を観察すること三秒――――――『その者』は霧散する粒子の如く弾けた紅き球体から姿を見せた。

 

 

 現れたのは、白い礼装を身に纏った白髪紅眼の少年だった。

 見た目が大きく変化しただけでは無いということくらい、私でも安易に理解できる……。その証拠に―――――勝利のイメージが、まるで沸かないのだ。

 先程までとは明らかに違うその佇まい。そして執行者から放たれる空気の重さが断然違っており神の重圧をも凌ぐほどに、圧倒的な力量差を感じる。

 

 執行者は小さく息を吐き口を開く。

 

「少し本気を出すが――――がっかりさせるなよ?」

 

 それだけ言い終えると、執行者は左手に先程持っていた紫の刀とは違い、赤い大剣を顕現させた。

 

「その………剣はッ!」

 

 瞬間、私の神経が凍り付いた。

 ありえない……。何故――――何故あの剣が執行者の手に有るのか!あの赤き大剣を見間違える神がこの世にいようものか。あれは……間違いなく最古の神々が造り上げた世界を終焉へと誘う『神造兵器』の一つ。

 

「「『壊山剣・イガリマ』」」

 

 あの剣は本来月の都の最高意思決定者である『ツクヨミ』様が封じておられた神をも殺す剣。

 一説には、あの剣は一振りで山脈を両断してみせるのだとか、神舞う天を裂く威力があるのだとか……。俗説は多々あれど、この世の神々において『神造兵器』は本来禁じられた宝具である。

 それを何故、あの執行者が所持しているというのか……。

 

「それを………どこで手に入れた」

 

 私は静かに問いかける。

 

「ある戦争での戦利品と、答えておこう」

 

 戦争……。ここ数千年で『神造兵器』が使用された戦争など地上には無かった筈だ……。そもそも、そんなものを戦利品と出来る戦争といえばかなり限られてくるだろう。

 となると、まさかとは思うが………。

 

「神話戦争……か?」

 

「……知っていたか」

 

 まさかとは思ったが、そのまさかだったとは……。

 『神話戦争』と言えば、一万七千年前に起きた地上での超大規模な戦争。人間と神々、魑魅魍魎悪鬼羅刹の類が三竦みで起こした星の主導権を巡った争い。私も深くは知らないが、その戦争で神々は禁断の至宝たる『神造兵器』七つ全てを導入したとか……。

 

 なんにせよ、あの執行者にとっての切り札がイガリマという事だろう。初見で面食らったが、あの剣の特徴は私も理解している。

 威力はあれどあれほどの大剣だ、そう易々と振る事など出来ないだろう。

 

 私は小さく息を吐き、気合を入れなおす。姿形が変化し、内包している不可思議な力が膨大になろうと私のやる事など決まっている。

 

「行くぞ執行者!……天津神の裁き、とくと受けるがいい!!」

 

 翼をしならせ、突貫の構えを取る。

 全身を駆け巡る膨大は神力は更に加速を始め、バチバチと稲妻の如く猛る。

 

 突撃、それは砲弾のように。吹き荒れる豪風と共に私は勢いよく執行者めがけて突貫をかける。

 間合いは一瞬で塞がれ、眼前には無防備な的の姿がある。

 

 

 ――――完全に捉えた!

 

「ハァァアア!!」

 

 咆哮と共に、蹴りの態勢に入る。

 今放てるこの一撃であれば、最初に放ったものの数倍の威力はあるだろう。その威力をもってすれば、執行者といえど屠ることは可能なはずだ。

 ―――――故に、後悔して逝くがいい愚かな執行者!

 

 回避は不可能、防御も間に合わないであろう私の蹴りが執行者の顔面に近づいたその時――――一瞬にして執行者は私の前から消え、必殺の一撃が被弾することは無かった。

 私の放った蹴りは執行者に被弾する事はなく、何もない空へと放たれた。その際生じた凄まじい豪風は、地面を抉りつつ遥か遠くまで飛んで行った。

 だが、今の私はそんな事を気にしている余裕は無く突如として消えた執行者を見つけることに躍起になっていた。

 しかし、一体どうやって今の一撃を回避したというのか……。あの状況で躱すことも防御することも不可能なはずだ。……例え八意様であってもあの状況からの回避や防御は不可能に近いだろうに……。

 

「一体……どこに?」

 

 辺りに気配を配りながら、執行者の行方を捜索する。

 

「どこ見てるんだマヌケ……」

 

 不意に背後から掛かる声。その声を聴いた瞬間、私は背後にレーザーを三発程撃ち込む。

 少しの間が空き背後から聞こえる爆発音と爆風、それを背に受けながら私は振り返る。するとそこには何事も無かったかのように佇む執行者の姿があった。

 

「どうやってアレを躱した……」

 

「愚問だ。……転移したまでだ」

 

 納得がいった。なるほど、そう言えばこの執行者はノーモーションからの転移が可能だった。それで私の蹴りを寸でのところで回避してみせたという事か。………忌々しいことだ。

 

 私は再度神力を足に集中させる。

 

「またそれか?何度やっても結果は変わらんが……」

 

 執行者は呆れたように口を開く。

 言われるまでもないが、どうあれ私の蹴りが奴に届くことは無い。それは先程躱された原因を聞いて理解している。――――ならば、初から当てなければいい(・・・・・・・・・・)だけの事だ。

 

「『転移というものも、随分便利なのね』」

 

 私はそれだけ口にすると、再度執行者に突貫する。

 先程までとまったく同じ構図。このまま蹴り込めば転移で躱されるのは必定だ。――――がしかし、布石は打った。

 

 私は渾身の蹴りを放つ。それは先程と同威力の代物だ。一度にこれほどまでの神力を消費するのはかなりの負担があるが、今はそんな事を気にしてはいられない。

 私の放った蹴りは、想像通り執行者に直撃した――――筈だった。

 

 ………驚愕した。私の放った蹴りは回避された訳では無い。執行者の肘と膝に挟まれ、完全に威力を殺されてしまったのだ。

 波打つ衝撃は四方に散らばり霧散する。地を削った筈の豪風は弾圧され沈黙。私は戸惑いと驚愕の中、為す術が無くなっていた。

 

「大技の直後には必ず隙が生じる。……同じ技を二度選んだお前の負けだ天津神」

 

 瞬間、執行者は私の前から再度姿を消した。思考が巡るよりも早く、私は神力を背後に放出してその場から離れようとする。

 しかし、時既に遅し。背中に走る猛烈な激痛を感じた。

 

「うっ!!ああぁぁぁ!」

 

 堪らず悲鳴が零れ落ちる。足を斬られた時以上の痛みが背中を無情にも駆け巡る。その痛みに耐えられず、膝を地に着けて悶える。

 痛い、とんでもなく痛い――――。これまで経験したことの無い痛みだ。焼ける、この身が焼けて、溶けて、ぐちゃぐちゃに零れ落ちそうだ!

 

「き、きさ……ま……何をし………た?」

 

 掠れた声で背後に佇む執行者に問いかける。その間も休むことなく続く激痛に、意識が奪われかける。

 

「この短刀には少し特別な毒を塗ってあってな、その毒に侵されるとほぼ確実に死に至る。本来神に対してこの程度の神秘纏わぬ雑具では傷つけることは出来ないがな」

 

 そう言って、執行者は赤黒い血で刀身が穢れた短刀を見せつける。その血が自身の物と理解するよりも早く、更なる激痛が全身を支配する。

 

「グッ――――――ァァァァァァッ!!

 

 更なる絶叫。意識を手放そうにも異次元染みた激痛が途切れかけの意識を繋ぎなおす。

 

「この毒は『大蛇(オロチ)』と呼ばれる化け物の毒を加工したものでな?本来の数倍の毒性を持っている。ギリシャに『ヒュドラ』という怪物がいるが、それと同等の毒性があるかもな」

 

 執行者が何かを言っているようではあるが、全く耳に入ってこない。そんなものすら耳に入らぬ程に、私の身体は蝕まれている。

 僅かだが、頬を伝う温もりを感じた。それが何なのかは理解できないが――――そう、キット私はこの痛みに耐えられず泣いているのだろう。

 

「不憫なものだな、月の民とは……。なまじ生と死を否定しているが故、痛みによるショック死が出来ないのだからな」

 

 また、何かが聞こえた気がした。そんな事を考えている余裕もなく、全身を侵し続ける激痛に私は無意識に、無様にも懇願する。この痛みから、この激痛から解放して欲しいと……。

 

「た、たす………け……て。―――――痛い……。痛いよぅ……」

 

 意識が朦朧とする中、自分でも何を言っているのか分からないほどに救いを求め泣き続ける。きっと、こんな姿の私を見て執行者は嗤っているのだろう。だが、無限に続くとも思える痛みの中では手段など選んでいる猶予もある筈が無い。

 

「たす……け「………恥を知れ天津神っ!」………ッ!」

 

 か細く、紡ごうとした救命の言葉は執行者の怒りによって断絶された。

 だが、それが起源となったのか……私は拳に強く力を入れ、あらん限りの神力を開放して痛みを無くすように錯覚させる。

 

 よろよろと、朦朧した意識のまま立ち上がる。

 錯覚させて痛みを中和させたとはいえ、完全に消せた訳では無い。あれほどものもだ、今でも全身に走る焼けるような痛みはある。それでも、私は再度執行者に向かい合う。

 

「醜態を………晒したわね」

 

「まったくだ。見るに堪えないとはこのことだ」

 

「死の前に……一ついいかしら?」

 

 何故か、私はそんな事を聞いてしまった。

 

「………何だ」

 

 以外にも、執行者は聞き返してきた。

 

「名を……聞かせて欲しい」

 

 それに何の意味があるというのか。冷静に考えるまでもなくなんの意味もない。だというのに、私は執行者である彼の名を聞きたかった。冥土の土産ってとこなのかもしれない。

 

 

 執行者は小さく息を吐きながらも私の方を向き、その真名を教えてくれた。

 

「氷鉋乖離だ……」

 

「氷鉋……乖離」

 

 勝利を諦めた訳ではないけれど、現状この状態では勝ち目はない。

 ――――だからせめて!

 

「『あなたは……勝つでしょうね』」

 

 最後の言葉と振り絞る。

 

 

 全神力を両手に手中させる。その瞬間に生じる強大な暴風と神力の奔流。辺り一面を薙ぎ払うかの如く吹き荒れる風が、自身を侵し続ける毒の痛みを忘れさせてくれる。

 これより放つは私に残った最後の技。これを放てば力の殆どを失いただの肉塊と成り果てるだろう。それでも、私はこの一撃を止める気はない。

 

「天津神たる稀神サグメが告げる」

 

 その詠唱は速やかに。

 

「死は原に、生は極に果つる」

 

 神の権威を招来させる。

 

「祖は地となり、真は天に上がる」

 

 蒼き神力が全身を駆ける。

 

「示し穿つは是、この神秘なり!」

 

 臨界に達した極限の神力は一点に収縮する。

 

「大地を清めよ【光となれ、神の宿業(ラ・アンジェルト)】!!」

 

 

 放つ極大の波動、全てを塵へと誘う神々の権能。

 放たれた全力の一撃は、真っ直ぐ迷う事なく一直線に執行者へと突き進む。

 

 だがそれと同時期に執行者が所持するイガリマが息吹を上げ、神代最大の力が振るわれる。

 

 迫りくる私の【光となれ、神の宿業】を前に、執行者はイガリマを天に翳し唱える。

 

「神罰を告げる剣よ、唸れ」

 

 イガリマはそれに呼応するように、絶大なる神力を放ち始める。

 

「天を裂き、地を抉る」

 

 一点の曇りも無く、『神造兵器』はその本質を垣間見せる。

 

「山を砕き、祖に連なる厄災はここに顕現す」

 

 圧倒的神力はギッチギチに収縮し詰め込まれていく。

 赤き稲妻は大地を駆け走り、触れた岩石をバターの様に溶解させていく。

 私と同じく、極限に達したイガリマは荒れ狂うオーラは静謐の如く静まり返る。

 ―――――瞬間、時限爆弾を作動させたかのように放たれる凝縮された神力は、空間を抉りながらその神名を明かす。

 

「裁きを受けよ!【天と地を砕く神の剣(イガリマ)】!!」

 

 空間断絶を思わせる至高の斬撃は、迫りくる『光となれ、神の宿業』と激突する。強大に膨れ上がった二つの絶技は、空間を破壊しながら狂ったように踊り合う。

 しかし、勝敗は決した。

 

 私の放った究極を一撃はみるみる内に極大の斬撃に切り裂かれていった。例え究極の一を持ってしても、極限に達した一には届かないという証明であった。同じ一でも根本が違えばここまで差が生じてしまうのだろう。

 一秒経つごとに迫る死を前に、何故か私は冷静であった。頭は澄んでおり、思考はいつも以上に落ち着いているのが分かる。

 不思議と死への恐怖は無かった。寧ろ、これほどの存在に殺されるのであれば本望とさえ思える。死の間際に感じる時間の圧縮といったとこだろうか……。

 

 瞬きを一つ、無防備に行った。

 瞼が開き、最初に目に入ったのは超高音で切り裂かれていく私の最後の一撃が映った。悔いは無いが、ああもあっさりと押し返されているのを見るとなんだか自身が無くなりそうになる。

 

「申し訳ありません……八意様」

 

 最後に私の口から出た言葉は、尊敬すべきあの方に向けた謝罪だった。

 勝利の布石として運命の逆転を図ったが意味は無かった。あの執行者の前では運命という大仰のものも意味を為さなかった。現実、私はこれより敗北するのだから。

 ただ、欲を出すならば………せめてあの方に何かを残したかった。

 

 

 繋いだ鎖を断ち切るような音が月に響き渡る。ようやく私の技は完全に破壊されたようだ。死の間際だったからか、とてもゆっくりに感じた。

 

 

 

 

 

 

「見事であったぞ、天津神」

 

 最後に聞こえたのが、執行者からの称賛の声であった。

 その称賛が耳に届いた瞬間、私の意識はそこで途切れた―――――――――。

 

 

 

 

※※※

 

 

 決着は着いた。勝利したのは執行者たる少年であり、敗北したのは天津神たる稀神サグメであった。

 

 二人によって放たれた絶技は月の一部を崩壊させ、一定距離の地形が変化してしまった。

 

 神と言えども、星を守護する者には届かなったということだろう。その証拠に、現在極大の絶技の跡地で血まみれに倒れ伏す稀神サグメを見下ろしているのは執行者たる少年である。

 彼は己に愚かにも、愚直にも挑んだ天津神を見下ろしながら呟く。

 

「同じ手段を選ばなければまた違う結果になっていたかもだな……」

 

 それは所詮もしもの話、他愛も無いたられば話に過ぎない。それを執行者は理解しているが、どうしてもそれが解せぬままであった。稀神サグメを強者であると認め、切り札の一柱である『クラスターカード』を使用し勝利を収めたと言えども、彼にはサグメのとった行動がなんとも理解し難いものだった。

 だが結果は結果だ。今更そんなことを自問自答したところでどうにかなる話ではない。であれば、彼はこの決着に納得する他ない。

 

 

 だが、それでも彼に情が無い訳ではない。

 

「まだ生きているな……」

 

 あの一撃を受けて尚、サグメは死んでいない。天津神である加護か、それとも邪神となったお陰か……どちらにせよサグメはまだ死んでいなかったのだ。不幸中の幸いとはこのことだろうと執行者は嗤う。

 

 執行者は懐から赤い液体の入った小瓶を取り出し蓋を開け、それを豪快にサグメに浴びせた。

 

「これで毒の効果は中和された筈だ……。後はお前の気力しだいだな」

 

 本来ヒュドラレベルの毒を中和できる薬は現状この世界には存在していない。だが彼がサグメに浴びせた液体は大蛇の毒性を加工したものである。したがって、同じ大蛇の毒ならば血清が生成できるということになる。

 だとしても、あれ程のダメージを受けたのだから毒が消えても助かるとは限らない。それを知っているからこそ、彼はサグメにかけた毒を消したのだ。自身に奥の手を使わせたせめてもの敬意を表れである。

 

「しかし、自らを邪神に反転させるなど正気の沙汰ではないな。……だが、それほどまでの覚悟であったという事なのか」

 

 邪神の力は既に解けてしまっているサグメを前に、執行者は不可思議な疑問を抱く。

 そしてその疑問は、突如として彼の背後に現れた十数名に向けられた。

 

「それとも何か、その答えを伝えにでも来たのか有象無象」

 

 執行者は振り返る。

 既にその場には、八意思兼を始めとした月の守護神達が臨戦態勢で構えていた。

 

 かつて、月史上において全守護神が動いたことなどない。月の守備は地上の神々であっても簡単に切り崩せるものではないからだ。それに加え、月を守護する者は地上でも最上位に位置しうる猛者揃いである。極めつけは、現状八意思兼と稀神サグメは月のツートップに君臨しておりこの二人は月最大の戦力として知られている。

 故に、如何に地上の神々が強かろうとこの次元を超えた防御を突破することはできないのだ。

 

 ―――しかし、それも今日この日までと言えるだろう。月の守護神といえど、カテゴリーが『神』ではなく『世界』そのものであれば話は別だ。如何に神が猛威を振るおうと、世界そのものには決して届きはしない。神と世界・所謂『星』とでは圧倒的に格が違い過ぎるのだから。

 

 

 執行者は自身に敵意と憎悪を剥き出しにし、今にも攻撃を仕掛けてきそうなまでに緊迫している月の守護神達を一見して、呆れるようにタメ息を吐いた。

 

「で?クソの役にも立たない有象無象が束になって何をしに来たんだ……。まさかとは思うが、俺を殺しに来たなどと妄言を吐きはしないよな………」

 

 それは冷徹に、向けられた敵意と憎悪を搔き消すほどの圧倒的殺気が放たれた。しかしそれはあくまでも執行者が投げかけた問に付属しただけのものである。

 だがその殺気が意味するのは、『くだらん返答は赦さん』という脅しにも似たものである。さしもの守護神達もこれには簡単に口を開くことが出来ずにいた。

 

 しかし、そんな殺気にすら臆しない者が一人……。

 

「愚問よ執行者、私たちはあなたを殺すのではなく……一片残さず消し去る為に来たのよ」

 

 上記の言葉を紡いだのは、既に弓に矢を番えた八意思兼であった。

 その返答に対し、執行者はイガリマを構え応える。

 

「そうか……では、邪魔者は排除しておかないとな」

 

 瞬く間の一瞬、時間にして一秒も掛かっていない。

 月の守護神達は、執行者が攻撃を仕掛けた(イガリマを振るった)事にすら気付かずに、八意思兼を除き全員が切り裂かれた。

 『桁違いだ』と、切り裂かれた誰もが思った。認識するよりも速く、鋭く放たれた一撃に一切の例外無く全員の守護神が地に倒れ伏した。

 

「お前たちは俺と戦うには能わない……役立たずは役立たずらしく、地だけを這いずってろ」

 

 執行者はつまらなげに、切り捨てた守護神達に目もくれずにいた。

 だがそれと同時に、執行者はふと違和感を覚えた。……右腕に何か(・・)が刺さっている。それは青い霊力を帯びた一本の矢であった。

 

 思兼は既に矢を放っていた。執行者が守護神に対して斬撃を放ったとほぼ同時に、彼女も攻撃を仕掛けていた。必殺の矢ではなかったにせよ、『ソレ』は確かに執行者に届いたのだ。

 それが意味している事は単純に執行者と思兼の力量である。気付かぬ内に放たれていた矢。偶然か……それとも理解していたからか、どうあれ執行者はここにきて初めて不意討ちをまともに喰らったのだ。

 だがそれがどうしたというのだろうか。執行者は理解の及ばぬ攻撃を受けても尚、動揺も無く驚きも無く、さも自身が不意討ちを受けたのは当たり前だったかのように、気に留めることはなかった。

 

 執行者は右腕に刺さっている矢を引き抜きそれを何食わぬ顔でへし折った。

 

「この程度か?……月の頭脳とやらは?とんだ拍子抜けだ」

 

「お望みとあらば、呼吸する暇なく消してあげましょうか?」

 

「出来もしない事を言うなよ……。たかだか数億年生きたくらいで粋がるな」

 

「……遺言はそれだけ?」

 

 思兼はそれだけ問うと、返答を待つこともせず無数の矢を展開した。その数、稀神サグメの数倍以上だ。

 

「加減無しで……殺してやる」

 

 刹那、数千を超える必殺の矢が縦横無尽に執行者へと放たれる。一切の情も無く、慈悲も無く、ただただ眼前の敵を打ち砕かんとひた走る。

 

 一矢が地面に触れる。その瞬間巻き起こる壮絶な爆発と衝撃波。これには流石の執行者も表情が変わった。あれをまともに喰らうのは避けた方が賢明だと、判断を下し上空に高く跳躍した。

 視線が交差する。それを機に執行者は爆発的なまでのエネルギーを放出し、月の都方面へ向かった。

 

 思兼は執行者を追いかけようとして、血塗れで倒れているサグメを一見した。

 彼女にも思うところはあれど、あの執行者を相手によくぞここまで成し遂げたものだと称賛の念を送った。これほどまでに傷ついたものを放っておくのは忍びないが、今はあの執行者を追うことが先決だと判断し追跡に向かった。

 

 

 

※※※

 

 

再度の対峙、そこより始まった月史上最大の戦いは双方の実力が拮抗していた為激しさを増していった。

 

 執行者は迫りくる無数の矢を悉く撃ち落としていった。

 対する思兼も、時折反撃してくる執行者の斬撃を同威力の矢をもって相殺していた。しかもそれが月の都の中心部で屠り行われているのだから、それを見ていた者達は圧巻と絶句、信じがたい光景に恐怖心すら抱いていた。

 

 

 だがそれでも、徐々に態勢は思兼に軍配があがり始めた。

 数時間以上戦い続け、次第に執行者の動きが落ち始めていた。このまま戦っても自身に勝ち目はないと判断した執行者は捨て身覚悟で思兼に突貫する。

 

「ここでは本気が出せん……場所を変えさせてもらうぞ」

 

 上記のセリフが思兼の耳に届いた瞬間、両者は目も眩むほどの極光によって姿を消した。

 だが、二人はあくまでも月から姿を消したのであって存在そのものが消えた訳では無い。

 

 二人の目に映ったのは、広大な空の海・輝ける星々の運河である。それも、現実を侵食しうる強大な世界。

 

「固有……結界……」

 

「流石に知っていたか……。そうとも、ここは固有結界の中だ」

 

「……猪口才を。これしきの世界がなんだというのかしら?こんなもので力の差は埋まらないわよ……」

 

「そう思うか?」

 

 妙に余裕を含んだ笑みを執行者は浮かべる。が、その笑みには油断も慢心も無く、一つの覚悟に似たものがあったのだ。

 クラスターカードが解ける。執行者の長く白い髪は黒に戻り、紅眼は紫眼に戻った。イガリマも同じくして、淡い光となって執行者の手から消えた。

 

 それを見て尚も、思兼は油断することなく執行者を見据えた。この男は油断や慢心をして勝てるほど甘い存在ではないと知っているからだ。故に、彼女が気を抜くという事はあり得ない。

 

「そろそろ本気を出すが、あんたはどうする?」

 

「そうね……決着を付けましょうか」

 

 思兼は、霊力を一点に集中させ一本の矢を精製する。

 その矢を見た執行者は目を細め、今までにない警戒をする。

 まさに、規格外の象徴と言える。思兼が精製した矢はいままでのものが玩具にしか思えない程の霊力を帯びていた。稲妻が走り、空間が震撼する。サグメの最後に放った絶大な神秘すら霞んで見えてしまうほど神々しい。

 地上のどの矢をもってしてもアレに到底及ばないと感じられる。

 

 嗚呼、これこそが神話の具現か……なかなかどうして、美しい。

 

 一点に収縮した霊力は研ぎ澄まされた鋭利な針の如く、細く……強く……頑丈に洗練されていた。

 アレは神々の叡智を超えた『真』に達している。本来ならば敵う道理などありはしない。

 執行者が会議室で見せた六色六翼の盾をもってしても空気を裂くかの如く貫通するだろう。それを一目で見抜いた執行者は改めて、月の頭脳・八意思兼の規格外さを認識する。

 

 だが、規格外であれば自身とて例外ではないと咆哮する。

 

「図に乗るなよ、月人がああぁぁぁぁっっ!!!」

 

 獣の如く吠え盛る。そに手に握られた『切り札』と共に。

 

 

 

 地球にまだ神々が存在する遥か太古、世界を支配していたのは生命に非ずたった一つの巨大概念であった。

 

 星にまだ天も地も無かった頃、たった一つの巨大な概念は地球そのものを覆い尽くし生命の誕生と創造を赦さなかった。人も、妖怪も、神も、亡霊も、全ての一切合切はその巨大概念によって誕生の刻を奪われていた。

 『それ』はあらゆる全ての天災の原点であり頂点。森羅万象天衣無縫全てを崩壊させる『絶望の果て』である。

 それは例え世界に名高い最高神であっても抗いきれない。そう、抗える筈がないのだ。結果を導く力ではなく、結果を突き付けるものとでは格が違い過ぎるのだ。

 

 そしてそれは、たった一人の人間に向けられようとしていた。

 

 執行者が手にしているのは青黒い球体。その色は一見禍々しいものにも見えるが、その実何も感じないようでもある。これが何なのか……どれだけ思考を巡らそうとも到底答えが出る筈も無い。これはこれとして受け入れる他ないのかもしれない。

 

 アレに原点はあるのか。

 アレに派生はあるのか。

 アレはそもそも……何なのか……。

 

 誰がどれだけ考えようとも、世界全ての知恵を集合させようとも―――答えが出る筈はない。この世には、何人たりとも理解の及ばないものが存在している。

 しかし、一つだけ分かることがあるのだとすれば、『ソレ』はあまりにも――――強大過ぎたということだろう。

 

 

 思兼は、その実体を見た事は無い。いや、彼女に限らずこの世全ての生命はその実体を認識した事が無い。

 ―――――だが、原点にて刻まれた遺伝子の記憶であればどうだろうか……。それが例え見た事も無い物・感じた事が無い物であったとしても憶測を立てることは出来るのではないだろうか。恐怖することは出来るのではないだろうか……。

 未だ見た事、感じた事のない『死』と同じように。

 

 鮮明に浮かび上がる死のイメージ―――それは執行者ではなく思兼が抱いたものだった。

 出鱈目だ……何もかもが出鱈目だ!!あんなものがこの世に存在していたというのか。バカな、ありえない―――!『アレ』はあらゆる法則性や概念を一切無視し、全てを崩壊させるものだというのか!!

 

 ―――――死ぬ!アレと相対すれば間違いなく死ぬ。意思も、肉体も、魂でさえ完全に消し去られてしまう。

 

 そう思わせるほどに、思兼が見ているソレは果てしなかった。

 

 

 

 固有結界が、音を立てて崩壊を始めた。地に叩きつけられ爽快な音を立てて割れるガラスのように、ひび割れ崩れ行く。

 その現象を引き起こしているのは他でもない、執行者が抜いた最大の切り札である。

 青黒い球体は果てを感じさせない膨大なエネルギーを放ちながら、『その形』と成っていく。

 

 『青』

 『黒』 

 『赤』

 『白』

 

 四色のエネルギーが交り合い、ここに再び原初の厄災(最初の地球)が目を醒ます―――――。

 

 

「【星断剣・アース】!!」

 

 異様な形を持った一振りの剣……いや、そもそもそれは剣と呼べるのだろうか。否、それは剣に非ず、形ばかりのミテクレである。

 しかし、そのミテクレに秘められた星そのものを思わせる極大のエネルギーは表現に難しくないほどに凄まじかった。

 

 両者必殺の武具は整った。後は己の全てを賭けて放つのみ。

 

 

 世界が―――一変する。

 

 思兼は矢を弓に番え引き絞る。

 執行者は剣を掲げ力を籠める。

 

 その意志は、鋼を越えダイヤの如く。

 

「神々の叡智よ、ここに集え」

「星よ、暗雲を断ち切れ」

 

 その咆哮は噴火のように。

 

「千を束ね、真へと至りし一となす」

「原初の息吹を呼び覚ます」

 

 激動のように二つの力が荒れ狂う。

 

「剛と柔はここに交わる」

「星の開闢とは、全ての否定」

 

 臨界に達した二つの極限至高の絶技は、今放たれる―――――。

 

 

「叡智を越えよ【ヤゴコロの矢】!!」

 

「万物に終焉を【転輪する星の宇宙(インフィディア・アース)】!!」

 

 極大に膨れ上がった二つの絶技は、一方的な決着を迎えた。

 【ヤゴコロの矢】が【転輪する星の宇宙】に触れた瞬間――――それは音も無く、呆気なく消し去られたのだ。まるで、燃え盛る業火に紙切れを投げ入れるかの如く、何の抗いも赦されずに消え去った。

 さしもの思兼も、この決着に驚きを隠せず動揺と憤りを感じていた。

 それは無理もないだろう。己が鍛え上げて来た究極の技が、信念が、誇りが何の意味も無く、非情無比に否定されたのだから。

 

 

 

 景色が一変する。……執行者が見ていたのは思兼であった。彼女はほぼ放心状態にあり、このまま放って置けば【転輪する星の宇宙】によって魂ごと消え去られるのがオチだろう。

 だが、何故かは知らない。執行者は無意識に動いていた。――――彼女を八意思兼を救う為に……。

 

 届かない……今更全速力で移動しようと、思兼が死ぬほうが早い。

 だからこそ、彼はその結末を『覆す』のだ。

 

 滅びの波動は、刻々と思兼に迫る。そしてその一端が彼女に触れた瞬間、全身を鋭利な刃物で切り刻まれたかのような傷を与える。

 全てを崩壊させる空間断絶の波動と、破壊されていない空間とで生じる異次元の風圧からなる超振動のカマイタチが思兼の身体をズタズタに引き裂き始めた時、切り刻まれ無に消え果てようとしたその瞬間、思兼の姿が消えた。

 

 

 

 間一髪、執行者が行った空間転移が作動し、思兼は一命を取り留めることに成功した。

 

「やれやれ、世話が焼けるな」

 

 正に奇跡と呼ぶに相応しい出来事であっただろう。あのままでは無に消え去る筈の思兼は重症ではあるが助かったのだ。下手をすれば二人揃って死んでいたかもしれないというのに……。

 

 気を失っている思兼を見て、執行者はかつての友人の名を零れ落とす。

 

 

 

 

「………アルニウン」

 

 

 やれやれ、今日は厄日だろ……と、小さく愚痴りながら【転輪する星の宇宙】によって破壊されていく固有結界をしばしの間眺め、思兼を担ぎ上げた執行者はその場から姿を消した。

 

 




おそらく次回で最後となれればいいと考えてます。
そして思ったのですが、何故わざわざこんな面倒な話をやってんでしょうね~。
回想話なら本編が終わった後のⅠFストーリーでやればいいものを……。

次回もお楽しみに!!
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