東方英雄章~【妖怪と人間と】   作:秦喜将

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三十話 刹那の対峙

Sideサグメ

 

 

 月で起きた大異変が終結して早数か月。地獄と地上、月を合わせた三つ巴の戦争は博麗の巫女とその愉快な仲間たちによって幕を閉じた。あれ以来、月では大きな動きがある。というのも、あのメチャクチャな女神・『ヘカーティア・ラピスラズリ』と首謀者である元月の民、『純狐』がもたらした被害が甚大であった為地上に資源採取に行こうというものである。

 

 無論の事だが、私はそれには強く反対した。第一、今回の異変は我々月の民の蒔いた種であり、その後始末を怠った自己責任が生んだ結果だ。しかもそれを博麗の巫女に手を借りて解決してしまったという始末。

 しかし頭の固い月の上層部はそんなもの勝手に地上の民が解決してしまった事に過ぎないと開き直る始末だ。自分たちの不備を棚に上げて地上の民への恩義を掌返しとは、なかなかどうして私は殺意と憎悪が湧いた。

 我々月の民にとって月を守るのは絶対であり使命でもある。それ故に月を守る為ならば手段を選ばないというのも分からなくは無い。だがここまで愚かで矮小だと自分が何のために戦い命を捧げているのか分からなくなる。

 だいたいの話だ。もしその地上に赴き資源採取をしたとして、何か問題でも起こしたらどうするというのか……。選抜メンバーには綿月姉妹が選ばれているらしいが、彼女達も知っている筈だ。月の民が地上で何か問題を起こせば、即座に星の抑止力が起動し今度こそ月は崩壊するであろうということを。

 

 それにだ、万が一何事も無く資源採取に成功したとして、今度はあの妖怪の賢者が出て来るだろう。それは何故かって?そんなもの決まっている。表の世界には行くことが出来ないので、裏側の世界である幻想郷に行くからだ。表の世界では色々と制約付くので、あまり縛られない幻想郷に赴くのだ。

 だからこそ、きっとあの妖怪の賢者は黙っていないだろう。もしかした月と幻想郷とで第三次月面戦争勃発になりかねない。まあそうなったとしても、月が負ける事はないだろうけど……。

 問題はそこではなく、やはり月側の礼儀知らずというとこだと思う。まったくもって、自分たちの不備を認めないのは如何なものか。……それに、今回の異変のみではなく、いつぞやにもあったオカルトボールがどうとかいう異変も元を辿ればこちら側が起こした事らしいではないか。もうこんな月嫌なんだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、こんな感じ?」

 

「ハ、ハア……?」

 

 私のある種の愚痴を現在、地獄の閻魔である四季映姫に聞いてもらっていた。当の四季映姫はというと、困ったような、呆れたような口ぶりで相槌を打つ。面倒くさがってはいないようだが、なんとも言えない反応。

 

「まあ、大まかな事情は分かりましたが……それで一体どうするおつもりなのです?」

 

「特に決まってはいない。けれど、出来ることなら力を貸して欲しい」

 

「そうは言われましても……」

 

 四季映姫は一層困ったような口調で返答する。地獄の閻魔に天津神から助力を要請するなど前代未聞だが、こうでもしないと月が色んな意味で危ないので仕方がないと思う。私だってこんな事はあまりしたくはない。

 

「私は閻魔ですので、公平な立場を維持しなければならない身です。独断で月に加担することはできません」

 

「どうしても?」

 

「どうしてもです」

 

 ケチな閻魔様だこと……。でも仕方ない、彼女も彼女で色々と大変なのだろうから。部下からの不満とか、上司からの圧力とかで振り回されていそうだし。大体立ち位置は私と同じ、中間管理職ってとこかしら。

 

「しかし、月面戦争が起こりかねないというのであれば私も取るべき行動が変わりますね」

 

 おそらくその言葉の真意は単純に、月面戦争が勃発するとヘカーティアが面白半分で参戦してくるので、その後処理が面倒なのだろう。あの面白好きな女神のことだから間違いなく現れるでしょうね……。互いに似た立場であるから、同情してしまうのは仕方ないと思う。

 まあでも、四季映姫は閻魔だから月面戦争が勃発したとしても公平に両者を裁くでしょうね……。それでも頭の固い月の上層部はあーだこーだと喚いて潔く閻魔の裁きを受け入れそうにはない。

 

「あなたはあのヘカーティアが遊び半分で月面戦争に出て来る事を恐れている?」

 

「ヘカーティア様ですか……。ええまあ、あの方は地獄の総括者であるにも関わらず気分屋ですのでね」

 

 すごく分かるその気持ち。月の重鎮達も無駄に権力振りかざすクセに興が削がれると仕事を丸ごと部下に押し付けて逃げ出すようなろくでもない連中しかいない。やはり私と彼女は似ている。

 

「しかし私が恐れている……。いえ、面倒なのはヘカーティア様もありますが、最も危惧しているのは月面戦争が起こってしまった場合、『星の抑止力』が発動するかもしれないということです」

 

「……星の抑止力」

 

「星の抑止を担う少年とは一度ならず二度、三度と交えたものですが………ハッキリ言って私や神々が太刀打ちできる相手ではありません」

 

 四季映姫は悔し気に、それでいて不愉快気味にそう吐き捨てる。

 ……知っている。私もその星の抑止力と一度戦い、絶対的な力の差を体感しているのだから。あれはもう妖怪とか神とか、そんな次元を遥かに超越した異次元の存在。生命といカテゴリーに所属している以上、あれに相対できるものなど居ないとさえ思わされる。というか、八意様から聞いたけど星断剣って何?万物万象全てを崩壊させるなんて意味分かんないんだけど?!

 

「……何の顔芸ですか?」

 

 あれ?顔に出てたのかしら……。それは見苦しい姿を見せてしまったようね。でも仕方ないとも思う。あの時の事を思い出せば思い出すほどに力の差と自身の劣等感が蘇ってくるのだから。

 星の抑止力を担う者の強さは我々では計り知れないし、そもそも相対することだって不可能に等しい。おそらく、八意様でようやく同じステージに昇れるぐらいでその先の世界に踏み込むことは出来ないと思う。例え同じステージに昇れたとしても彼は安易にその先の次元へ進出できるのだから。私のように神格を上げるようなパワーアップとは異なり、執行者は星の依り代……いや、もはや星そのものとしての猛威を振るうパワーアップだって可能だろうし。

 

「しかし、困ったものですね。……何故このタイミングであの男が幻想入りしてくるのか」

 

「あの男?」

 

 四季映姫から放たれた言葉に疑問を抱き問いかける。すると彼女は一層表情を暗くさせ、深くタメ息を吐いてその者の名を口にした。

 

「氷鉋乖離ですよ……。まったく、何故よりにもよって彼が幻想入りなどと」

 

 一瞬、頭の中が真っ白なペンキで塗りたくられたように空白に変わってしまった。その名を忘れる筈も無く、その名を愛おしく感じなかったことも無く、ただただひたすらな愛情を捧げた者の名が四季映姫から告げられた。真に美しく、気高き星の守り人……『氷鉋乖離』という名を……。

 そんな思いに耽っている私を他所に、四季映姫は一枚の紙を取り出した。

 

「数日前に八雲紫から新たに一人の人間が幻想入りしたと連絡がありまして、このような資料を送って来たのです」

 

 そう嫌々そうに顔をしかめながら、私にその資料であろう紙を渡してきたので、一応確認を含めて目を通しておくことにする。

 

 名は氷鉋乖離と書かれており、種族は人間。職業は今のところ無職とのことらしい。実年齢は不明ではあるが、肉体年齢が人間の18歳で固定化されているので18歳とのこと。

 精神ともに常人を遥かに超えた意思を持ち、時には機械のように冷酷になることがあるらしい。人妖共に個人的には好いており、誰でも分け隔てなく接するとのこと(尚常識は弁えている)

 

 通常の戦闘能力は鍛えられた人間程度ではあるが、一度力の蓋を開けると大妖怪クラスを秒殺できる程の強さを兼ね備えている。その領域は人の身でありながら神に匹敵する。ただ、女性経験が乏しく色仕掛けにはめっきり弱いのは一種の弱点。

 

 色々と詳細は抜いたけれど、この資料に書かれている人物は間違いなく乖離だ。あれほどまでに細かく記されていれば間違いようが無いし。

 乖離が月を去ってからもう千年以上は経つけれど、時間とは思ったよりも早いものなのね……。数万年と生きて来た私にとっては寝て覚めるぐらいの感覚でしかなかったけれど、やはり嬉しいものは嬉しい。これを依姫たちに報告してやるとキット喜ぶわね!そうと決まれば……。

 

「おや、どうされましたか?」

 

「急用を思い出したから帰るとするわ」

 

「そ、そうですか……」

 

 四季映姫に愚痴+相談事に対する礼をして、私は地獄の門を抜けることにした。

 道中は薄暗く光を灯していないと一メートル先も見えない。光を灯せば灯したで、怨霊の類かそれともただの幽霊か……光を求めてやってくる。

 そんな幽霊たちを無視して突き進んでいると、強大な神力を感じ歩を止める。

 薄暗い中でも神々しく輝く紅い髪を靡かせ、今一番遭いたくない人物と直面してしまった。

 

「あらん?月の天津神がこんなところにいるなんて珍しいわね」

 

「ヘカーティア・ラピスラズリ……」

 

 私の明らかに嫌そうな態度も何処吹く風のように無視し、ヘカーティア・ラピスラズリは相変わらず含みのある笑みで問いかけて来る。

 

「映姫ちゃんに何か用でもあったの?」

 

「あなたに言う義理があると?」

 

「無いけど、別に答えてくれてもいいじゃないかしら?」

 

 そういいながらも、相も変わらず人をイラつかせるような含み笑いを浮かべる。前回対峙した時もそうだが、やはり私はこの女神と一緒にいるといだけですこぶる気分が悪くなりそうだ。何故なら、この人を子馬鹿にした態度がとても不愉快に感じるからだ。

 

「私は月に帰るとこ……そこを退いて」

 

「ん~、どうしようかしらねん?」

 

 瞬間、私は体に流れる神力を開放した。

 空気が固まり、光に寄って来ていた霊たちは私が開放した神力に当てられ霧散していく。完全に臨戦態勢に入った私を前にしても、ヘカーティア・ラピスラズリは尚も余裕の笑みを崩さない。

 

「退かないのであれば……押し通るまで」

 

 殺意を剥き出しにし、右手をヘカーティア・ラピスラズリに翳し神力の弾を突き付ける。

 

「あら~、怖い怖い♪そんな目で睨まないでよ」

 

 そう言ってはいるが、まるで心が籠っていない。現に、ヘカーティア・ラピスラズリは汗一つかかずにヘラヘラと笑っている始末。……まるで遊ばれている気分だ。圧倒的な力の差があるのは理解しているが、ここまでコケにされると自分を抑えるのが難しくなるというものだ。

 右手に集約させた神力の弾を分散させ、無数の弾幕へと変化させる。一つ一つの火力はその昔、乖離と戦った時には及ばないが、それなりの威力は兼ね備えている。

 

「退く気が無いなら、容赦しない」

 

「……フッ、冗談よ。やれやれ、月の民は短気ね」

 

 鼻で嗤いながらヘカーティア・ラピスラズリは興が削がれたような表情で道を譲った。

 

「遊ぶ分にはいいけど、流石に今日この場でとなると映姫ちゃんに何言われるかわかったもんじゃないからね」

 

 仕方ないわねーと、そう呟く彼女を他所に私はさっさとこの場を去ることにした。これ以上関わっていてもいいことは無いし、ストレスが溜まる一方だから。

 駆け足でその場を去ろうとした時、不意にヘカーティア・ラピスラズリは小さく囁いてきた。いずれ来るであろう月の未来について……。

 

「精々余生を楽しんでおきなさいな月の民……。いずれお前たちは地に堕ちる事になるだろう」

 

 そんな声が聞こえた時には、既にヘカーティア・ラピスラズリの姿は無かった。言い逃げにしては随分といい趣味をしている。……言われるまでもなく、近い将来月が地に堕ちることは知っている。

 ヘカーティア・ラピスラズリが知っているということは、どうやら彼女にもあの日の『神託』が下ったようね……。

 

 

「月はいずれ、星の怒りと裁きによって消滅する……」

 

 おぞましい話だが、それがいつ起こるのか分からない。私はもしかしたら月の民が地上に資源採取に赴いた時にそうなるのではないかと推測している。もしそうであれば、それはおそらく乖離の手によって下される裁きなのではないだろうか……。

 どうなるかは分からないが、そんな肝が冷えるような事態にならないことを祈るしかない。

 

 そう思いながら、私は月への帰路に着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「よかったのですかご主人様?あんな言い回しで」

 

「大丈夫よクラピーちゃん、あの娘もあの娘で理解しているみたいだったから」

 

「月が消滅するっていう信憑性のない神託ですか……アタイには想像つかないです」

 

「そりゃそうでしょうね~。月が消えて無くなるなんて。向こうの『私』が知れば大騒ぎよん?」

 

「でしょうね~」

 

「……まあでも、それを防ぐために今私達が動いているんだから大丈夫じゃないかしら」

 

「だといいんですけどね」

 




ようやく終了しました。

そして次回から日常回となります。

もうかなりグダってきてるんだが………。


次回もお楽しみに!!

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