Side乖離
今日はプレオープン。我が定食屋の試運営日だ。
三日前から雇った従業員達に客に対する礼儀と作法を余すことなく叩き込み、店の運営やその他諸々を頭に刷り込ませた。時間が無かったのもあり、少々大雑把になってしまったのは俺の采配不足として反省しておこう。
全員今日の為に必死に覚えようとしてくれたのだが、やはり妖怪。我の強い連中なので一体何度『いらっしゃいませ』の作法を指摘したことか……。正邪はあからさまに嫌そうな顔でいらっしゃいませと言うし、フランなんかは完全に客を破壊する気だったようだし。その点で言えばこころちゃん辺りは割とキチンとしていた。寺育ちだからだろうか?
ぬえと俺は基本的に厨房に居るので客と対面することはあまり無い。だが、こちらもこちらで手間が掛かった。
現代機器の扱いにおいて、説明書云々や俺からアドバイスを何度か送ったりもしたのだが、やはり慣れない事をさせた勢だろうか、ぬえは何度か店を炎上させかけた。そのお蔭でガス台が跳ね上がりましたがね。
それでも彼女らはよくやってくれた。正邪とぬえは不眠不休・徹夜をしてでも自分の役割を頭に、そして体に叩き込もうとしてくれていた。まあ、我が家に泊まり込みしてくれた勢で家の食費がバカにならなかったんだけどもネ!やれハンバーグ食わせろだのカツ丼作れだの、俺にもやる事があるのに散々こき使われたよ。それはそれとして新鮮だったからいいんだけど。
して、現在はというと、こころちゃんとフランは楽しそうに綾取りをして遊んでいる。プレオープンまで時間もあるし、ああして英気を養っておくのも仕事の内だ。
そしてぬえと正邪はというと、死んでいるんじゃないかとさえ思える程、爆睡中だ。この二人においては昨日の朝から今日の朝まで徹夜をしていたのだから無理もないだろう。
かく言う俺も徹夜勢である。うちの従業員が頑張ってくれているというのに、俺が楽をできる筈もあるまいて。まあその勢もあってか、鏡を見れば目の下にクマが出来ているがね。
「さて、そろそろ来る頃合いか……」
重い腰を上げ、俺は店の出入り口へと足を運ぶ。
店を扉を開け、外に出ると一際強い風が吹く。暖簾がはためき、パタパタと顔に当たる。少し上を見上げれると、手帳とペンを持つ鴉天狗が居た。
「おはようございます乖離さん!調子はいかがですか?」
「まずまずかな?徹夜の勢で少し体が重いよ」
文は黒い翼をたたみ、スッと俺の前に降り立った。
「今日はご招待いただきありがとうございます!私も美味しいご飯が食べられると思い徹夜勢です♪」
驚いた。ここにも徹夜勢が居たとはね……。
今日こうして文を招待したのは、彼女の発行している『文々。新聞』にうちの定食屋を宣伝して欲しいというのと、これは俺の意思ではないのだが人間と妖怪両者が平等に食事が出来るという空間を作って欲しいというとある僧侶さんのお願いでもある。まあ俺としては客がくればなんだっていいんだけどね。
「文も徹夜か……なら、眠気も吹っ飛ぶような料理をご馳走しないといけないな」
「はい!期待増し増しで待ってますよ~!」
にこやかに笑う文につられて、俺も無意識に頬が緩んでいた。だらしないなと思いながらも、意外と悪くないとも思った。
「プレオープンまで時間は残り30分くらいか……。そろそろ二人を起こさなくてはね」
「では私はお先に中を取材させてもらっても構いませんか?」
「いいよ、存分にね。あ、でも厨房は立ち入り禁止ね?あこは料理人の聖域だから」
「了解です♪」
「独占インタビュー!」と徹夜しているとは思えないテンションで文は我先にと店の中に入って行った。やれやれと苦笑しながら俺も正邪とぬえを起こすべく再度店に戻った。
尚二人を起こした時とても機嫌が悪かったらしく、危うく三又の槍で串刺しにされクラレントで真っ二つに切り裂かれるところだったのはちょっとした裏事情。
「さて諸君、店の前には既にお客様が待機中だ。首尾は上々かね?」
「俺の方は問題ないよ。いつでもいける」
「右に同じく。徹夜で今回出す料理のレシピは頭と体に叩き込んだ」
「私達も大丈夫だよ!ね、こころちゃん♪」
「バッチこーい!」
「よろしい……ではお迎えしよう」
それぞれがそれぞれの配置につく。皆私服ではなく、俺が呉服屋に発注した制服を着て仕事にあたる。その中でも俺は黒いエプロンを着て、ぬえは白いエプロンを着ている。これが料理人の正装だ。
さて、これから俺はお客様方を迎え入れ戦場に赴く訳だが、なに神話戦争の延長戦と思えば気が楽になる。相手は所詮歴戦の猛者(腹ペコ)でしかない。その程度なら問題はないだろう。
「正邪、鍵を開けてくれ」
「分かった」
正邪は扉の鍵を開け、数歩後ろに下がる。
小さく深呼吸をし、俺は扉に手を掛ける。ガラガラと音を立てて開かれた扉の先には、やはりというべきか……招待状を送った者達が目をキラキラと輝かせて待っていた。
「ようこそ我が定食屋へ。これよりプレオープンだ!存分に試食していってくれ」
さて、これより先はにあるのは料理人の戦場だ。
※※※
「オーダー入るよ!唐揚げ定食六人前、カツ丼大盛り二人前」
「オーダー!ハンバーグ定食四人前と麻婆丼三人前!」
「「了解!」」
オーダー確認。俺とぬえはすぐさま料理に取り掛かる。
しっかり味付けを施した唐揚げを油鍋の中に流し込み三十~四十五秒間揚げていく。その間別の油鍋にカツを入れて一分から二分程熱していく。時間の余裕はあまりないので次の作業に取り掛かる。
「ぬえハンバーグを頼む!こっちは麻婆に取り掛かる!」
「分かった、任せて!正邪領収まだ終わんない?!」
「話しかけんな!気が散る」
店の中は大忙し。プレオープンにつき招待した客は十人を超えている。その中でも数名は大食いと来たもんだから、俺達に休む暇など与えてくれそうにはない。それぞれがそれぞれの仕事で手一杯で、とてもではないが助力に行けそうにない。
「唐揚げ揚げ終わった!どんどん回してくれ」
衣がふやけないように丁寧に油紙で油を吸い取り、皿に並べてレモンを添える。先に湯でておいたレタスをしっかり湯切りしておき、唐揚げの下に敷く。後は茶碗にご飯と沢庵を乗せて完了だ。
「ぬえ、味噌汁の方はどうだ?」
「今六人分器に注ぎ終わったよ!唐揚げ定食六人前完了!!」
「了解!出来た皿からどんどん出してくれ」
上記の行程の間にカツも出来上がったらしい。すぐさまカツを取り出し油紙の上に置き数秒冷ます。そうこうしている間に卵を溶き、玉ねぎを細く刻んでいく。フランパンを用意し、特製のタレで溶いた卵と玉ねぎを加熱していく。
「ぬえ、ハンバーグはどうなった?」
「まだ掛かるよ!そっちは?」
「カツ丼はもうじきできるから麻婆にも取り掛からないとな」
そう俺が言うと、ぬえは小さく四角に切り終えた豆腐を出してきた。
「豆腐は切ってあるよ」
「……ナイスだ!」
ぬえが先に豆腐を切ってくれたおかげで料理の行程が一歩先に進んだ。というか手際がいいのも確かだが、昨日今日でよくここまで料理の腕を昇華させたものだ。ぬえにはこっちの才能があったのかもしれない。
丼ぶりに白米を盛り、揚げ終わったカツを六等分に分け特製タレで加熱した具材を乗せればカツ丼の完成だ。次は麻婆丼に取り掛かるとしよう。
「オーダー追加!カツオ御膳を四人分お願い!」
焦った様子のこころちゃんが厨房に届くように大きな声を出して教えてくれる。やれやれ腹ペコ集団め、俺達に休ませる気は無いとみた!しかもカツオ御膳といえば俺とぬえが協力しないと出来ないやつじゃないか。今のぬえにその余裕があるかどうか……。
「急だけどオーダー追加!ケーキをホールでお願い!!」
フランの声が響いたと思ったら次から次へと難題が飛んでくる。ケーキのホールと言えば俺しか作れないじゃないか。ぬえにはまだ作り方教えていないし、さて困ったぞ……。カツオ御膳を四人分に加えケーキのホール、俺はこれから麻婆丼に取り掛からなければならないとはいえ、ぬえは未だハンバーグ定食にてんてこ舞。
「スウ……」
一旦整理をつける為に静かに息を吸う。俺のやるべき事は麻婆丼を作りながらカツオ御膳とケーキをホールで作る。ぬえは今現在ハンバーグ定食を作るので手一杯、おそらくカツオ御膳とを両立させるのは少し厳しいかもしれない。
「ぬえ、カツオ御膳いけるかい?」
「え、マジで言ってる!?ムゥ~~やるしかないんでしょ?こうなったら大妖怪ぬえ様の本気見せてやるわよ!!」
「……よし!」
気を引き締める為にエプロン帯を締めなおす。ぬえも然り、こころちゃんもフランも正邪も頑張ってくれているのだから、俺も本気を出さないといけないな。
「いくぞ、腹ペコ共。胃袋の貯蔵は充分か」
どこかで聞いた事のあるセリフを口にした俺は真っ先に麻婆丼とケーキに取り掛かったのだった。
結果だけを言うならば、なんとかオーダーラッシュは切り抜ける事に成功した。特にケーキをホールでってのは難題中の難題だったが、そこは俺の料理人歴=才能で突破した。麻婆丼もカツオ御膳も、ぬえと共同戦線を張りなんとかクリアしてみせた。それ以外の追加オーダーも同じ要領で……。
「燃え尽きた~、真っ白に」
「指が……指がァァ」
「「へとへとだよー」
死んだように椅子にもたれ掛かるぬえと、痺れて動かないのか指を必死に抑える正邪とお冷を流し込んで水分補給を取るこころちゃんとフラン。皆、よく頑張ってくれた。かく言う俺も長椅子に仰向けになっているんだけどな。
「久しぶりにこんなに疲れたな~」
ここまで働いたのなんていつ以来だろうか。おそらく月に住んでいた頃にサグメと研究室に二日ほど引き籠って始末書纏めてた時振りかな。いやはや、今回はアレに匹敵するレベルだったと思う。
こうして休んではいるが、この休憩が終わればまだデザートが残っているのでもう一山越えねばならない。そう考えただけでも頭が痛くなりそうだ。
「お疲れのようね乖離クン」
「ん?」
不意に名を呼ばれたと思うと、額に冷たい物が当たった。ひんやりしていてとても気持ちいい……。声から察するにヘカちゃんがお冷を持ってきてくれたのかな。
「あのカツ丼大盛りとても美味しかったわよ?私も映姫ちゃんも夢中になって口の中にかき込んでたわ!あ~あ、これだけ美味しいご飯なら純狐とクラピーちゃんも連れて来ればよかったわん」
控え目に言って勘弁して欲しいな……。こっからまたも腹ペコが増えると思うと気が気じゃなくなりそうだ。
俺はヘカちゃんからお冷を受け取り、起き上がって一息にお冷を口に流し込む。冷たい物を一気に飲み込んだせいで頭がキンキンと痛くなる。
「美味しかったのなら嬉しい限りだよ。まあ俺らはその勢で死にそうだけどね……。過労という意味で」
「過労死なんてしたら地獄行きよ?」
「ハハハ、これは手厳しいねえ……」
思わず苦笑してしまう。ヘカちゃんが地獄行きなんて言ったら本当にそうされそうで怖い。なんて言っても相手は地獄の女神様だ。人間一人を地獄に堕とすなんて寝ていても出来るくらいなんだろうな。
「それより、他のお客さんは喜んでくれてたのかねぇ」
「皆嬉しそうに、それでいて楽しそうに料理を食べていたわよ?えーっと、妖怪の賢者さんだったかしらね。彼女なんて泣いて食べていたくらいだし」
紫か……。別に泣いて食うようなものでもないだろうに。まったく大げさな事だ。嬉しいと言えば嬉しい事だがね。
「そうそう、他にも月の姫と白髪モンペは唐揚げを取り合っていたわね?そこで二人の保護者?に怒られていたわね」
輝夜と妹紅か。で、保護者と言えばおそらく永琳と慧音さん辺りかな。唐揚げ取り合うとか子供かよ……。まああの二人は何年経っても中身は子供なのかな。
「考えるだけで頭が痛くなりそうだよ」
「それと、あの鴉天狗の娘は「実食レポート!」とか言って麻婆丼を食べて幸せのあまり昇天しかけてたわよん?」
今度は文か。ていうか、うちの定食屋で飯食って昇天とかマジでやめて欲しいのだが……。妖怪が定食屋で飯食って死んだとか笑い話にもならない。もしそんな噂が広まればお客さん来なくなってしまうじゃないか。
しかし、なんにせよ皆喜んでくれているのなら嬉しい限りだ。苦労した甲斐があってなによりだし、料理人冥利に尽きるというものだ。
「ただ、女神の舌を唸らせるには些か物足りないわよ?」
「言ってくれるじゃん。こう見えても俺は料理の腕に誇りとプライドを持ってるんだ。……いいだろう!俺の最高のスイーツで沈めてやる」
「あら、それはとても魅力的ね♡ぜひお願いするわねん!」
そう言い残して、ヘカちゃんは去り際に俺にウインクを飛ばしてくる。若干の苦笑いと共に、重い腰を上げて宣言通り、俺の最高のスイーツ『虹色ディニッシュ』を振舞うべくもう一度厨房へと足を運ぶ。
厨房では既にこころちゃんと正邪が食器洗いをしており、殆どの皿が綺麗に洗浄されている。この二人はやたらこういった作業は器用にこなすから凄いと思える。ぬえや俺は料理はともかく皿洗いはがさつだからね。フランの場合は言わずもがな、破壊してしまうのでこういう作業はさせられない。
さて、ここからは俺の仕事だ。スイーツ系はぬえといえど作り方は教えていないので手伝えと言ってもそれは無茶振りに等しい。そもそもの話をするのなら、俺は料理人を名乗ってはいるがそれはあくまでも副業のようなものに過ぎない。俺の本業はスイーツ系・つまりパティシエにある。
大きめのボールを用意し、小麦粉と良質なミネラルウォーターを準備する。片手にお玉、もう片手には泡立て器を構え、最後のステージへと昇る。
「ラストスパート……これで終わらせる」
結局、死亡フラグ紛いのセリフを言ったはいいものの、ディニッシュ作りやその他のスイーツ系は特に手伝って貰う必要もなく、気さえ抜かなければ簡単な作業なので回収する必要は無かった。そもそも回収とかしたら俺が死んでしまうのだけどな。
ただ、プレオープンは無事終了した。招待した者達も喜んでくれていたし、本格的に開店となったときはスポンサー契約を結びたいなどと言い出してきた者も居たくらいだ。……主に紫とレミさんだけど。
そして今は、俺は従業員たちと共に店の前に並んで立っている。というのも、文がせっかくだからと集合写真を撮る事になったのだ。
「何で写真なんか……」
「いいじゃない正邪ちゃん!面白そうだわ♪」
「ワクワクする!」
「そうよ!文句バッカ言わないの」
嫌そうな顔で不満を漏らす正邪、楽しそうな表情ではしゃぐこころちゃんとフラン、嫌そうな顔をする正邪の腕を組み無理やりにでも参加させようとするぬえ。この光景が、俺にとってはとても微笑ましいものに思える。
「それでは皆さんいいですか~?撮りますよ!」
俺は皆より少し後ろに立ち、出来るだけ彼女らが目立つような位置に移動する。が、こころちゃんに裾を掴まれていたようで動けなかった。というかいつの間に……。
「それでは3・2・1……」
文が数字を数え終わると、フラッシュにより一瞬視界が真っ白になる。この程度の光には慣れているので瞬きをすることは無いが、目に悪いのは確かだ。あまりフラッシュを浴び続けると視力が落ちてしまうだろう。
最後に撮った集合写真は後に文々。新聞に採り上げられていた。皆良い顔で写っていたので、写真のデータをコピーしてもらい、定食屋の物置台に飾っておくことにした。
もう一つ挙げることがあるとすれば、我が定食屋の名は『料亭氷鉋』になった。何故俺の苗字をと思ったのだが、他の皆がそうしろというものだから抗おうにも抗えきれなかったのだ。まあ、それはそれとして構わないのだけどね。
これからも、彼女らとは楽しく営業を営んでいけることを願うとしよう………。
※※※
「神奈子様、諏訪子様、ご飯の準備が出来ましたよ!」
「「はーい♪」」
「あら、これは文々。新聞ですね……。何々、人里にて新たな定食屋開店?従業員は愉快な人間とそのお供妖怪四人。……また妙な記事を載せますね文さんは。アレ、この写真は…………この写真に乗っている真ん中の男性、どこかで……。でも、この特徴的な雰囲気は、まさか………乖離君?」
「早苗~御飯は?」
「あーうー、お腹空いたよぅ~」
「どうして、乖離君がこの……幻想郷に………。もう、二度と会えないと思っていたのに……どうして…………」
「「えっ!!何で早苗泣いてんの?!」」
言い訳はしません。すいませんでした!
まさかここまで長くなるとは……。し、しかしこれで日常編は終わりましたのでようやく新章開幕ですね!そして次回ですが、少しキャラを纏める為に『キャラ説』を投稿したいと思います。キャラ説は簡単なのでわりかし早めに投稿できる筈です。
では、次回もお楽しみに!!