独りで飲み屋で酒を飲んでいた私は、不思議な初老の男性と出会う。

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ある人

「吉田」と名乗った彼とは、東京の外れのとある飲み屋で出会った。

 

「つまりだね、キミ。今の日本で女性の社会地位向上を謳っているやつはひとり残らず馬鹿なのだよ」

 

 吉田氏はおもむろに煙草を取り出しながら、そう語り出した。煙草の銘柄はセブンスターだ。また私との共通点が見つかった。

 

「キミ、昔の人だって馬鹿ではない。女性は家事をし、男性は外で働く。それが人類に適した姿なんだろうね」

 

 彼の口から白い煙が吐き出される度ヤニで汚れた歯が除く。煙草から立ち上る紫煙と吐き出された煙により私の視界はボヤけていく。

 

「キミはどう思う?」

 

 正直酔いが回り、話を何も聴いていなかったので私は相槌を打つことしか出来なかった。オジサン世代の、誰も聞いてない自論はろくなものが無いから無意識にどうでもいいと判断しているのも原因だろう。

 私はコミュニケーションがさほど得意ではないので普段なら初対面の人と話すことはない。然し、二回り以上も年が離れた吉田氏とは不思議と気が合った。最初に話しかけてきたのは無論吉田氏だ。

 

 「どうしたんだい。そんな寂しそうな顔をして」

 

 私が独り酒を飲んでいると急に後ろから話しかけられた。振り向くと少し腹が出て、髪が薄くなってきているごく一般的な初老の男性がそこにはいた。顔全体が脂ぎっており、声が若干しゃがれているのは煙草のせいだということはこの後分かった。

 吉田と名乗るその男性に、私は特に臆する事がなく喋ることが出来た。社会人ともなって恥ずかしいが普段なら有り得ないことである。私が臆することなく話すことが出来たのは、彼の独特な話術のお陰だろう。彼は私の好むテンポや間で会話を進めてくれた。これが、大人の力かと私は素直に驚いた。見えない手により、性感帯をまさぐられ続けられる様な気持ち悪さは結局最後まで消えることがなかったが......

 また、同郷であり趣味も同じであった。似ている所は探せば探すほど出てきた。要は似たもの同士であったのだ。

 もう一つ臆することがなかった理由の候補がある。吉田というのは、交際している彼女と同じ名前である。明日、海外に出張に行く彼女である。二、三年は戻ってこないようである。最悪もっと長く居るという可能性もあるが......

 私が独りで酒を飲んでいた理由もそれである。簡単に言うとヤケ酒である。婿入りすると彼女の家に挨拶までしていたのだが、急で長期な出張なので恐らく話自体無くなるであろう。

 

「キミは、さっきから私の話を聴いているのかい? どうせ、例の彼女のことを考えているんだろう?」

 

 独りで晩酌していた理由を仕切りに聞いてきたがはぐらかし続けていたのだが、知っているということは気付かないうちに伝えていたのであろう。話したことを忘れるとは予想以上に酔いが回っているようだ。

 

「老婆心ながら言わせてもらうと、キミは彼女を引き止めるべきだよ。でないと、キミは婚約の申し込みも何もかももう二度と伝えられないだろう。私は独り身だからキミが羨ましいよ」

 

 彼の言葉は、不思議と私の心にストンと落ちた。短くなった煙草から灰がこぼれ落ちる。

 

「キミも働いているんだろう?きっとキミはこれから仕事が成功する。家族を簡単に養っていけるほどね」

 

 何の根拠もない、偶然知り合ったオジサンの言葉が何故か真実にしか思えなかった。

 私は立ち上がり、今すぐ彼女の元へ行くことに決めた。そんな私を見て吉田氏は微笑んだ。

 

「お代は私が払っておくよ。ここは、オジサンに甘えるんだな。あんまり、出費が嵩むと家内が煩いんだがね」

 

 吉田氏は先程独り身だと言っていた気がするが、考えは纏まる前に煙草の煙とともに消えていく。吉田氏は火傷しそうな程短くなった煙草を灰皿に押し付ける。

 

「そうだ...」

 

 私は、お礼よりも伝えたいことがある事に気づく。

「私、今日から禁煙したいと思います」

 

 

「そうするといいよ」

 

 白い歯を見せて笑いながらそう答えた彼は、さっきより綺麗な声だなと私は思った。




小説家になろうにあげた作品を転載しました。


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