FAIRY TAIL 未知を求めし水銀の放浪記   作:ザトラツェニェ

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これは私のもう一つの作品、「アブソリュート・デュオ 覇道神に目を付けられた兄妹」の裏側で水銀が何をしているのかに焦点を当てたものです。
サラサラっと書いてみたものを投稿させていただきました!
もはや水銀が優し過ぎて、何この水銀とか言われるかもしれませんが、その辺りは生暖かい目で許容してください!

ではどうぞ!



水銀の蛇はとある世界で二人の少年少女と出会う

君たちは未視感というものを経験したことがあるだろうか。

 

 

既視ではなく未視。

 

 

これまで幾度となく見た筈のものが初めて見たかのように感じる感覚。

 

 

それは五感・六感にいたるまで、ありとあらゆる感覚器官に訴えるもの。

 

 

例えば、見慣れた筈の景色が初めて見たかのように感じる。

いつも食べていた筈の物が初めて食べたかのように感じる。

嗅ぎ慣れた筈の匂いが初めて嗅いだかのように感じる。

いつも聞いている筈の音楽が初めて聞いたように感じる。

いつもまぐわっていた筈の女が初めてまぐわったように感じる。

 

 

そして、何度も抱いた筈の感情が初めて抱いたように感じる。

 

 

錯覚―――脳の誤認識が時に生み出す、なかなか風情ある一種の錯覚。

 

 

そんな既知感と似たようなそれを、君たちは経験したことがあるだろうか。

 

 

それに是という者もいれば、否という者もいるだろう。

 

 

私は否だ。この身は遥か那由他の果てから既知感という正反対の感覚に苛まれてきた身故、そのような感覚は()()()一度も感じた事は無かった。

 

 

既知感。それは既に知っている世界で既に知っている出来事だけを繰り返し繰り返し行うのみ。

 

 

そのような地獄を体験していた身故に、私は先ほどの質問に是と答えた者たちに対して嫉妬を覚える。私もそのような風情ある感覚を味わえたのならどれほど世界が美しく見えただろうか―――

 

 

 

 

だが、そんな私にもその未視感というものが感じられるきっかけが舞い込んできた。

 

 

那由他の果てまで回帰し、森羅万象遍く全てを既知として飽いていた中、唯一私が至高の既知と讃えた存在―――マルグリット・ブルイユが第四天たる私を放逐し、第五天として座に坐ったのだ。

 

 

そしてマルグリットの提唱した理―――輪廻転生がこの世界に流れ出した瞬間、私は未知という感覚と共に、今まで感じた事の無かった未視感というものを感じ始めた。……ふむ、前言を修正しよう。私は今この時、未視感というものを感じる事が出来ている。他ならぬマルグリットのおかげで―――

 

 

未視感というものを初めて感じ、知った瞬間に私は一体どうしたと思う?―――心の底から歓喜したよ、胸が震えた。今まで既知感しか感じていなかったのだからそうなるのはある種、道理と言えるだろう。

 

 

それ以来、私は黄昏の守護者として女神の理を守護する他に、女神の法下にある世界を見てみたいが為に数多の世界を放浪するようになった。それらの感じた事のない感覚を求める為に―――

 

 

 

そんな放浪の最中に私の目はとある世界に止まった。

今宵、語るはそんな哀れな道化が興味を抱き、今に至るまで干渉を続けている世界の物語。

 

 

始まりの舞台はX777年のフィオーレ王国。人口1700万の永世中立国であり―――魔法というものが存在する世界。

 

 

これは女神の理が流れ出してから約百年程経った頃の物語。

 

 

そして―――私があの兄妹に目を付け、手を加える僅か一ヶ月程前の物語―――これから語る物語はそんな時に幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはりここにも無い……か」

 

地上にさんさんと太陽の暖かい日差しが降り注ぐ昼間、私は少し年季の入った小さめの書店から出る。

目的の書物が無かった事に小さく息をついた後、そのまま通りを歩く人たちの波に乗って歩き出した。

 

(予想はしていたが、これ程までに売っていないとは……。まあ、仕方ない)

 

私は再びため息をはいて、思考を切り替える。次に考える事は今後の予定についてだ。

 

(ならばこの街にもう用は無い。占いでそれなりに貯えも出来たし、そろそろ次の街に向かうとしよう)

 

この世界に入り込み、放浪し始めてから早一週間―――私は自らが最も得意とする占いを生かして商売をしていた。

もちろんデタラメやイカサマを行うような占いではなくきちんとした占星術やカード占いをしている。下手に偽ったり、出鱈目にやったりすると後々面倒事になる可能性があるからだ。

ちなみに占いの的中率は八割程といったところで、その的中率の高さ故か、あっという間にこのオニバスという商売都市では私の占いはよく当たると噂が広まった。

おかげで儲けも右肩上がりで、私の財布には現在30万J程入っている。

 

(次の目的地は……ここらでよく聞くマグノリアという街にでも行ってみるか。有名な魔導士ギルドとやらもあるようだしね)

 

魔導士―――この世界では魔法を駆使して生業としている者たちの事である。

当然ながら、私もそのような存在に少なからず興味を持っていた。獣殿や我が愚息がいた世界にはそのような存在はいなかったからね。

特にそのマグノリアという街にある妖精の尻尾(フェアリーテイル)というギルドについて私は興味を持っていた。

ちなみに私も少々ながらこの世界の魔法を勉強し、いくらか使えるようになっていた。大方の属性魔法は扱える程度まで仕上げてあるのだが―――その事を話すのはまた後ほどにしよう。

今後の方針を大方定めた所で、私はオニバスの街から出ようと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が西に傾き始め、夜の帳が辺りに下りようとしている頃―――私は鬱蒼(うっそう)とした木々が生い茂る森の中の一本道を歩いていた。手持ちの時計を見るとオニバスの街を出てからかれこれ五時間程が経っている。

 

(辺りに村は……無しか。ならば今日はこの辺りにテントでも張ろうか)

 

私は周囲を見渡し、灯りが無い事を確認して今夜はここで一夜を過ごす事にした。

本来であれば野宿など必要のない身ではあるが、今回は急ぐ必要もない放浪旅だ。たまにはこうしたものも良かろう。

……む?ニートがテントを張れるのか?野宿など出来るのか、だと?ふっ、愚問だな。私とてテント程度は張れるし、ある程度の自炊などは出来て当然なのだよ。

それはさておき、テントを準備しようとカバンに手を掛けたその時―――

 

「む?」

 

真っ直ぐ伸びている道の先にふと、二人の少年少女が道の端にいるのが目に入った。

一人は五歳くらいの少女だろうか。青色の短髪をした彼女は道の端でうずくまって肩を震わせていた。

そしてもう一人は十を少し過ぎたくらいの少年で、こちらも青色の短髪をしていた。彼はそんなうずくまっている少女の側で片膝をついて付き添っているように見える。

 

「ふむ……」

 

それを見た私は不思議とその二人に興味が湧き、近付いて話し掛ける事にした。

―――これが後々の物語のきっかけ、序章の始まりだった。

 

「どうしたのかね?このような遅い時間にこんな所で?」

 

「あ、すみません。この子が道の端にいたので声を掛けたら、突然泣き出してしまって……」

 

青髪で顔に紋章が入ってる少年は私に気が付くと、困ったような顔をしながらそう説明した。

どうやら彼とうずくまっている少女は全くの他人のようだ。髪の色などが似ているので兄妹ではないかと思ったのだが。

 

「いかがしたのかな、お嬢さん。もうすぐ日が沈むという時間に、こんな所に一人でいるとは」

 

私は出来る限り親切な言葉で彼女に問いかける。すると少女は―――

 

「うわあぁぁぁん……グランディーネ……どこぉ……?」

 

人物名と思われる言葉を呟きながら、大粒の涙をさらに流し始めた。

その発言と先ほどからの少女の行動を踏まえた上で、私は一つの結論を出す。

 

「先の発言から察するに、迷子かね?」

 

「多分そうだと思います……」

 

「ふむ……」

 

迷子か……ならば彼女にはどこでそのグランディーネとやらとはぐれてしまったのかを聞いて、探し出してあげたい所なのだが……。

 

「……とりあえず彼女が泣き止むのを待つとしようか」

 

「そうですね……僕はこのまま泣き止むまで、彼女の側にいます」

 

「私もそうさせてもらおう。声を掛けた手前、君に丸投げして立ち去るというのは些か気分が悪いのでね」

 

「すみません……」

 

そうして私と少年は少女が泣き止むまで、側で付き添う事にしたのだった。

 

 

 

 

 

そして数分後―――少女は落ち着いたのか、目元をこすりながら立ち上がって私と少年に向いた。

 

「あ、あの……突然泣き出してしまってごめんなさい……」

 

「気にしなくていいよ、それよりもう大丈夫かい?」

 

「はい……」

 

少年が優しい笑みを浮かべながら問うと、少女は元気無く頷いた。

 

「お嬢さん。一つ聞いてよろしいかな?」

 

「な、なんですか?」

 

そして私は先ほど、この少女が言っていたグランディーネという者について尋ねようとしたのだが―――

 

 

グゥ〜……

 

 

「ん?」

 

「おやおや―――」

 

突然小さいながらも、私と少年の耳に届く位の低く、可愛らしい腹の音が聞こえた。

無論私ではないし、立ち位置的に少年のものでも無い。となると……。

 

「…………」

 

必然的にこの少女の腹の音という事になる。それを肯定するかのように、少女は顔をうつむかせていた。

やはり見た目幼い少女でも、知り合って数分程の男二人に自分の腹の音を聞かれたのは恥ずかしいようだ。

 

「とりあえず込み入った事情を聞くのは後ほどとしよう。今から寝る場所と食事を準備をするから少し待つといい」

 

「え……?」

 

私が言った言葉を聞いた少年は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、戸惑いながら確認してきた。

 

「えっと……あの……それってつまり、貴方が僕とこの少女の寝る所と食べる物を用意してくれて、一緒にいてくれるって事ですか?」

 

「そういう事だ。それともいらん世話だったかね?」

 

「あ、いえ……そういうわけでは……ただなんでそんなに優しくしてくれるのかって思いまして……」

 

「別にただ優しい訳ではない。適切な判断を下したまでだよ。よく考えてみたまえ、既に日は僅かにしか拝む事が出来ず、近くに人の住んでいるような場所も無し、しかもこの辺りでは物の怪が出るとも聞く。そのような場所に子供二人を置いて去る事が出来ると思うかね?」

 

常識的に考えて出来ないだろう。

―――今、私にそんな感性があったのか!?と驚いたお前たち、心外だぞ。私だってそれくらいの常識は弁えている。

 

「幸いにも、こう見えてそれなりに魔法は扱えるのでね。物の怪から君たちを守る位は容易い」

 

最も、そこの少年も魔法を使える可能性は高い。彼の背負っている杖からはかなり強い魔力を感じるからだ。そしてもう一人の少女の方からも不思議な魔力を感じる。

私が先ほどこの二人の為に寝床と食事を準備すると言ったのも、その魔力に興味が湧き、もっと詳しく知りたいという探究心がある故だ。最も純粋に人助けをしてみる、という気持ちもあったりするのだが。

 

「……なら、僕はお言葉に甘えます。君はどうする?」

 

「あ……わ、私は……」

 

「遠慮はいらないよ。それとも君はこの暗い森の中をこれから当ても無く歩くのかな?」

 

私がそう言うと、彼女はビクッとして周りを見回した。

既に辺りは完全な闇に包まれてしまい、不気味な雰囲気を出していた。今にでも物の怪が出そうである。

 

「い、嫌です……私もここにいていいですか……?」

 

「いいとも。では暫し待ちたまえ。すぐに用意しよう」

 

私は二人にそう言い、準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、寝床となるテント(大きめ)を立てた私は、焚き火を起こして次に食事の準備へと取り掛かっていた。とはいえ、私はあまり料理が得意ではないのでそう大したものは作れない。

なので手持ちのもので、シンプルかつ一番簡単で美味しいものを作る事にした。

 

「そろそろ焼けたか……食べるといい。熱いから気を付けるのだよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

それは某世界ではかなり有名だろうこ○がり肉というものだ。

生肉をただムラ無く焼くだけの簡単なものあり、腹が減った時に一口食べればたちまち元気とスタミナが湧き上がってくるという素晴らしい料理である。私もかなり気に入っている料理の一つだ。

私は焚き火の上で焼いていた肉の焼け具合を見た後、ちょうどいいと判断し、先ほど腹を鳴らしていた少女へと差し出す。

少女は恐る恐るといった様子でこんがりと焼けた肉を受け取ると―――

 

「……いい匂い」

 

食欲を容赦無く刺激するこん○り肉の匂いにそう呟くと、ついに我慢出来なくなったのか、その小さな口で肉にかぶりついた。

 

「っ!はふ……はふ……」

 

少女は肉を一口、口の中に入れると予想以上に熱かったのか、はふはふと口の中で冷ましながら食べる。

 

「……美味しい」

 

そしてぽそりとそう感想を漏らした少女は一口、二口と勢いよくかぶりつき、一口一口しっかりと味を噛み締めるかのように咀嚼し始めた。どうやら熱さには慣れたようだ。

 

「とても美味しいです……!」

 

「それは重畳。焦らずにゆっくりと食べるといい。これは君の分だ」

 

「いただきます」

 

少女が嬉しそうに頷くのを確認した私は、次に少年に肉を手渡した。

 

「では私もいただこう」

 

そして私も自らが焼いた肉を手に取り、口へと運んだ。

瞬間、塩とコショウが付いている外皮のパリッとした食感と、中の部分から溢れ出す濃厚な肉汁と身が同時に私の口内に流れ込んでくる。

 

「これは……美味い」

 

「使っているのは生肉一つとほんの僅かな塩コショウ程度だがね」

 

「それだけでこんなに美味しくなるんですね……」

 

私はそれに頷き、いよいよ本題を切り出した。

 

「さて……では、先ほど聞こうとした質問を―――と言いたい所だが、私としたことが大事な事を忘れていた。今更ながらで申し訳ないが、君たちの名を聞かせてもらえないだろうか?」

 

「あ……はい!私はウェンディ。ウェンディ・マーベルといいます……」

 

少女は元気に返事したかと思うと、消え入るような声で自らの名を名乗り―――

 

「僕はジェラールっていいます。貴方の名は?」

 

少年はハキハキとした口調で答え、私の名を尋ねた。

 

「ふむ……カリオストロ、サン・ジェルマン、ノストラダムス、パラケルスス、メルクリウス……。名は売る程持っているが、君たちにはカール・クラフトと名乗らせてもらおうか。カールとでも、クラフトとでも、どちらか好きな方で呼んでくれても構わない」

 

私は聖槍十三騎士団を結成し、副首領となった時に使用した名を名乗った。

マルグリットと出会った時に名乗ったカリオストロと同様に、こちらの名も我が親友である獣殿に名乗ったが故に愛着がある。その名を何故彼らに名乗ったのは分からないが……なぜかそう名乗るべきなのだと感じたのだ。

 

「じゃ、じゃあ私はカールさんって呼びます……。それで私に聞きたい事ってなんですか?」

 

「先ほど君が泣いていた時に言っていたグランディーネとやらについてだ」

 

「…………」

 

その言葉を聞いた途端、ウェンディは黙って俯いてしまった。

また泣かせてしまったか……と思い、この話はまたいずれ話す事にしようと切り上げようとしたその時―――

 

「……グ、グランディーネは……私を育ててくれたドラゴンです……」

 

「ドラゴン……」

 

ぽつりと呟いた言葉に私は耳を疑った。

ドラゴン―――この世界では伝承などではよく聞くものの、滅多に見られない非常に珍しい存在とされている生物である。一説には絶滅したとも言われているのだが……。

そんな生物に育てられたと目の前の少女は言う。

 

(まさかまだドラゴンが存在していたとはな……あの存在によって全て狩られたと思っていたが……やはり生き残りはいるものなのか)

 

そんな事を思いながら、私はウェンディの話を聞いていた。

ウェンディの話の内容を纏めると、グランディーネは彼女にとって母親のようなものであり、魔法を教えてくれた師匠のようなものであると言った。

そんな彼女にとっては育ての親であるドラゴンが数日前、何も言わずに突然姿を消したらしい。

そしてそのドラゴンを探して様々な場所を探し歩いているうちに、一人になった悲しさと恐怖が溢れ出して、先ほどまで道の端でうずくまっていたとの事だ。

 

「そこに僕とカールさんが来て、今に至るって事だね?」

 

「はい……」

 

一通り話を聞き終えた私は先ほどの話を踏まえて、目の前の彼女の処遇について考え始めた。

一番良いのはグランディーネと呼ばれるドラゴンを見つけて彼女を渡す事なのだが……そのドラゴンを最後に見たのは数日前だと言うし、何より彼女自身当ても無くふらふらと歩いて探して来たらしいので、元々どこで育てられていたのかも分からないらしい。つまり決定的な情報や手がかりとなるようなものが全く無いのだ。

とはいえ、私たちがお手上げという事で彼女を見捨てるのもまた得策とは言い難い。私たちが諦めても彼女はたった一人でそのドラゴンを探すだろうし、(よわい)たったの五歳の少女一人がこの広い世界でたった一頭のドラゴンを探すというのは、はっきり言って夢物語にもならない。

 

「なら僕と一緒にそのドラゴンを探そうか?」

 

「え……?」

 

すると私と同じく考え事をしていたジェラールが言った提案にウェンディは目を点にして固まる。その反応から見るに、彼女はやはり私たちと別れて一人で探そうとしていたようだ。

 

「僕は色々な所を旅しているから、一緒に来ればそのドラゴンに会えるかもしれない」

 

「それは妙案だ。ならば私も協力させてもらっても構わないかね?二人よりも三人の方が色々と効率もいいだろう」

 

「あの……えっと……」

 

ここで会ったのも何かの縁であるし、何よりもこの二人についていけば自ずと未知や未視が感じられるのではないか―――そう思い提案すると、ウェンディは困惑したように言葉を詰まらせる。

 

「そ、そんな事までお世話になるわけには……」

 

「やれやれ……では聞くが、君はこれからそのドラゴンを探す当てがあるのかね?それにお金や寝床、食料はどうするつもりかな?そして君は物の怪に襲われてもそれを退ける程の力を持っているのかね?」

 

「そ、それは……」

 

私の指摘にウェンディは言葉に詰まる。やはりそこまで深く考えていなかったようだ。まあ齢五歳程度だからそこまで考えていないのは、仕方が無いといえば仕方が無いのだが。

 

「君はまだ幼く、弱く、そして脆い。それなのに無理をして遠慮する必要などどこにも無いのだよ。困った時は人に頼りたまえ。それが生きるということなのだからね」

 

「…………」

 

私の言葉にウェンディは黙ってうつむいてしまった。何も考える必要は無いと言うのに……彼女は引っ込み思案が強過ぎて、遠慮し過ぎてしまう性格のようだ。

 

「まあいい、その結論は明日出すといい。今日はもう疲れただろう?先にテントに入って寝たまえよ。重ねて言うが、遠慮はいらないよ」

 

「……はい」

 

返事をしたウェンディは地面から立ち上がると、ゆっくりと歩いてテントの中へと入っていった。

 

 

 

 

その場には私とジェラールの二人が残り、私たちは揃って無言となった。

 

「…………カールさん」

 

「何かね?」

 

暫くしてその静寂を破ったのは私では無くジェラールだった。まあ、私自身は彼が話しかけてくるまで待っていたのでこの静寂を破るつもりは無かったのだが。

 

「さっきも聞きましたけど、何故貴方は見ず知らずの僕と彼女にそこまでしてくれるんですか?さっき聞いた話だと適切な判断をしたまでと言っていましたが、本当はそうじゃないんですよね?」

 

するとどうだろう。彼は私の嘘を見破ってそう問いかけてきたではないか。

―――その質問に自然と自らの口角が引き上がるのを感じながら、私は問う。

 

「ほう。なぜそう思ったのかね?」

 

「……なんというか貴方は他の人とは違う気がするんです。僕と同じように……」

 

「君と同じように?」

 

私と同じ―――それはつまり既知感を感じるという意味だろうか。それとも別世界から来たという意味だろうか。その答えは―――

 

「……貴方には話しても大丈夫そうですね。実は僕はこの世界の裏側から来たんです」

 

後者であった。

しかしこの世界の裏といえば……。

 

「つまり君はエドラスの生まれという事かね?」

 

「っ!エドラスの事も知っているんですね……」

 

「愚問だな。私はこう見えて知識だけは豊富なのでね。エドラスについても本に書かれていた事を覚えていただけだよ」

 

しかしエドラスの者か……ならば彼自身の体から魔力が感じ取れないのも納得がいく。

エドラスに住む者たちは皆、このアースランドの者たちとは違い、体内に魔力を貯める器というものが無いらしいのだ。

それよりも先ほどの質問の返答を返すとしよう。

 

「確かに私もこの世界では無い別の世界から来た。しかしそれと君たちに親切にしたのは別件だよ」

 

「この世界では無い別世界……?いや、それよりそれと別件というなら貴方は何の為に僕たちを……?」

 

「何の為に……か。未知を求めて、だよ」

 

私はそう答え、彼に語り始めた。

かつての私は既知感というものばかりを感じて、未知というものをほぼ感じずに生きていたという事。しかしそれはとある出来事によって、今はある程度は緩和されたという事。

そして緩和されて以来、私は未知を求めて様々な世界を放浪しているという話を彼にした。

 

「……それってつまり、僕と彼女が貴方の未知を感じたいって気持ちに引っかかったって事ですか?」

 

「端的に言うとそんな所だ。理解したかね?私が君たちに対して、こうして世話を焼いたのも、君たちについて行きたいと提案したのも、全ては一つの理由に帰結する。つまり未知の結末を見る(Acta est fabula)という事なのだよ」

 

私がそう締めくくると、ジェラールはうつむいて何かを考え始めた。

そのまま再び静寂が辺りに満ちるものの―――彼は再び口を開く。

 

「……分かりました。でも一つだけ言わせてもらってもいいですか?」

 

「何かな?」

 

「貴方は僕と彼女に未知を求めていると言ってましたけど……きっと期待に沿えないと思いますよ。それでも貴方はついてくるんですか?」

 

「然り。それにたとえ未知を感じる事は出来なくとも、私はそれで構わないしね」

 

私がそう返すと、ジェラールは再び黙り込んでしまった。ならばと思い、今度は私の方から質問を投げかける。

 

「質問は終わったかね?ならば今度はこちらから問いたい事があるのだが」

 

「…………なんでしょうか?」

 

「何故君はこちらの世界にいるのか。確かエドラスとアースランドの行き来は容易では無いと記憶しているが……」

 

基本エドラスとアースランドは互いに表裏一体となっているだけで、互いの世界や人たちが干渉しあう事は無い。

まあ、次元の移動程度造作も無く出来て、異世界の者でもある私ならば一瞬で行き来出来るので干渉も何も無いが、この世界の者たちは違うだろう。おそらく反対側の世界に入り込むには多少なりとも、大掛かりな方法になると思われる。

そこまでして何故この少年がこの世界にやって来たのか―――興味が尽きなかった。

 

「……超亜空間魔法アニマ……僕はそれを塞ぐ為にこの世界に来たんです」

 

「ほう……。アニマとはどのような魔法なのかね?」

 

彼が口にした聞いた事の無い魔法の名前に私はますます興味が湧き上がり、即座に問い返した。

その後の彼の説明曰く、アニマとはエドラスがアースランドの魔力を搾取する為の超亜空間魔法との事。

空に開けた穴を介して魔力を持つ存在―――この場合はもっぱら魔導士など―――を空間ごと吸収して、魔水晶(ラクリマ)に変えるという中々に規模の大きい魔法だった。

 

「エドラスはアースランドとは違って、魔力は有限なんです。だから―――」

 

「その有限の魔力を補充する為に、こちらの世界から奪うというわけだね」

 

地力が無いのなら他から持ってくればよい―――確かに道理だとは思うが、そこまでの魔法を作る技術があるならば、魔力を作り出す魔法などを作った方がよいのではないか?と思ったのが感想だ。

 

「僕はそれを塞がなければいけないんです。あの人の計画を阻止する為にも……」

 

「……なるほど……。すまなかったね、わざわざそのような事まで説明してもらって」

 

「いえ、今日面倒を見てくれたお礼って事で気にしないでください」

 

それから私とジェラールはもうしばらく語らいを続け、揃ってテントの中で就寝したのは、日付が変わる頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、寝る前に散々考えた挙句、私たちと共に親探しの旅を手伝ってほしいと頭を下げたウェンディに、私たちは揃って了承の返事を返した。

それから私たち三人は様々な所を転々と旅したよ。

広大な森林が広がるジャングル、地平の果てまで続くような大草原、灼熱の太陽輝く砂漠―――大変な環境などもあったが、中々に愉快な旅路だったと今でも思う。

彼らにとってもそれは同じ事だったようだ。現にウェンディはとてもよく笑っていたし、ジェラールも楽しそうだった。そして私もそんな彼らに未知や未視を感じ、楽しませてもらったよ。

 

 

 

だが、そのような楽しい時は何か些細なきっかけ一つで崩れ去ってしまうものだ。

それは私たちが旅を始めて丁度一月(ひとつき)程経ったある日、前触れも無く突然訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……ここにもいなかったね」

 

「はい……」

 

「そんなに落ち込まないで、ウェンディ。こうやって探していればいつかはきっと見つけられる筈だ」

 

私たちはワース樹海近辺で、ウェンディの親ドラゴン探しをしていた。

だが結局見つける事は出来ず、落ち込むウェンディにジェラールは励ましの言葉を投げかける。

 

「ジェラール……うん!」

 

「しかしここにもいないとなると……次は霊峰ゾニアにでも行ってみるかね?」

 

「うわ……あそこってずっと雪が降ってませんでしたっけ?」

 

「ええっ!?さ、寒いのは少し……」

 

「さして問題は無いだろう。暑さの次には寒さにも慣れてはどうかな?それにグランディーネがそこにいたとしたらどうするかね?」

 

「う、うう〜……」

 

私がニヤつきながら聞くと、ウェンディは何か言いたげに私を見つめた。実に可愛らしいとは思うが、マルグリットには遠く及ばぬな。

 

「そう睨まないでほしいのだがね、ウェンディ。そこへはまだ行かないから安心するといい」

 

「まだって……まあ、とりあえず今日は近場の街にでも行って休む事に―――」

 

 

 

と言い掛けた所でジェラールは、何かを感じたのかバッと後ろに急に振り返る。そして―――

 

「アニマ!?」

 

そう叫んだかと思うと空を見上げた。私もそれに倣って彼と同じ方向の空を見上げてみると―――

 

「あれが例のアニマという魔法かね?」

 

空がほんの僅かながらも穴のような形になっており、そこからは微弱ながら魔力を感じた。どうやらあれが超亜空間魔法アニマの初期の状態のようだ。

 

「そうです。あれがどんどん大きくなっていって―――」

 

「例の効果が発動すると……」

 

私たちの話の内容が分からず、キョトンとしているウェンディを放置して、私は問い掛ける。

 

「どれ位で発動するのかね?」

 

「あの大きさだと、後一時間位で……そうなる前に早く塞がないと……」

 

「ふむ、ならば……旅はここまでというわけだね」

 

「えっ……?」

 

私の言葉にウェンディは、一瞬私が何を言ったのか分からないような声を出し、ジェラールは仕方ないといったように首を縦に振った。

そして彼はウェンディの目線に合わせてしゃがみ込み、彼自身も言いたくないだろう事を口にした。

 

「ごめん、ウェンディ。親探しの旅はここまでにしよう。僕はこれから一人で行かなくちゃいけない所があるから……」

 

「え……?」

 

その言葉にウェンディは茫然自失となり―――次の瞬間にはその両目に涙を浮かべ始めた。

 

「嫌だよ、ジェラール……もっといっぱい旅しようよ……私とカールと一緒にグランディーネを探してよぉ……」

 

「ウェンディ……ごめん」

 

「嫌ぁ……行かないでぇ……お願いだから……」

 

地面に跡を残すような大粒の涙を流し始めたウェンディに彼はただ謝る事しか出来なかった。そして―――

 

「大丈夫、君の事は近くのギルドに連れて行ってあげるから……だから……またいつか会おう。その時はまた一緒に旅を……」

 

「嫌ぁ!!そんなお別れの言葉なんて聞きたくないよぉ……ジェ……ラール……」

 

彼の睡眠魔法により、ウェンディは閉じた目に涙を浮かべながらも後ろに倒れそうになり―――私はそれを受け止める。

 

「……いいのかね?このような別れで」

 

「……仕方ないんです。いつかはこうなってしまうって思っていましたし、僕にはやらなければならない事がありますから……」

 

「……そうか。ならば私もそろそろ始めなければならないな」

 

私が座を譲った女神に捧げる歌劇を―――

 

「貴方も何処かに?」

 

「元いた世界に少しの間だけ戻るだけだよ。七年程度でまたこの世界に戻ってくる」

 

「そうですか……という事は、貴方とも暫しの別れというわけですね」

 

「そういう事になるね。そして彼女とも……」

 

私は目尻に涙を浮かべながら眠っているウェンディの頭を優しく撫でた。

そしてジェラールはここで別れる私に何を言うべきかを少し考えた後に―――

 

「一ヶ月間、僕とウェンディの世話をしてくれてありがとうございました。今回はこうなっちゃいましたけど……また次に会えた時には―――」

 

「ああ、その時はまた君たちに付き合わせてもらおうか。さあ、そろそろ行きたまえ」

 

「はい。本当にありがとうございました。ウェンディは僕が責任を持ってギルドに連れて行きますから……」

 

「頼んだよ」

 

最後に私に向かって深く礼をしたジェラールはウェンディを抱えて走り去った。

その場には私だけが残され、辺りは鳥のさえずりと僅かながらのそよ風の音のみが静かに響き渡っていた。まるで先ほどまでの楽しい会話など無かったかのような静寂が辺りを包んでいたが―――

 

「さて、私もそろそろ準備を始めるとしようか。我らの未来を決めるかもしれぬ歌劇を」

 

そのような事などに微塵も興味が無い私は即座に転移した。我らが女神のいる座の近くへと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私がキャスティングをした例の歌劇が始まってから十五年。しかし時間軸の異なるこちらの世界では七年の月日が経った頃、私は再びこの世界に降り立った。更なる未知を求めて―――

 




一番初めの序章としてはかなり長かった気がしますが、いかがでしたでしょうか?

この作品の水銀は未知や新たに感じるようになった未視を求めながらも、既知も楽しみ始めた水銀です。
ここまでこいつが丸くなったのはマリィのおかげ……本当、第五天は偉大ですね(崇拝)とはいえやはり水銀は水銀なのですが(苦笑)

次回は一気に時が進んでニルヴァーナ編に入ります。水銀の魔法の腕前は?FAIRY TAILの世界の人たち(特に敵の人)は水銀を見てどのような反応をするのか?そしてニルヴァーナ編が終わった後は……?

様々な謎が気になる作品かと思いますが、こちらの作品もエタらないように頑張って書いていきます!

誤字脱字・感想意見等よろしくお願いします!

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