終わりの先の物語   作:えいとろーる

1 / 3
プロローグ

 こと人間における感情や心理、情緒の形成は、調べる対象の人間が育って来た環境によって大きく変容する、というのは古来よりよく語られている通説だ。

 その通説が世に語られ出したのは一八〇〇年も後半に差し掛かったあたりから、一九〇〇年の初頭といったところだった。

 その頃は人間の心理発達について研究する心理学者や、精神分析家などが増え始めていて、多くの学者がほとんど同じような結果を世に示していた。

 そんな彼らが世に流した多くの説の中で、共通に語っていたのは、上記に示したような現代でもよく耳にすることがある説だった。

 日本では『三つ子の魂百まで』という言葉で知られ、米国では『エリク・ホーンブルガー・エリクソンによる発達課題』という学説で、ドイツでは『ジークムント・フロイトによる心理的・性的発達段階』という発表で、世間に知られている。つまり、世間一般的な常識としては、人の感情と言うものは、おおよそ三歳から五歳までの時期である程度の基盤が形成される、と言う考えが主流になっているのだ。

 

 では、仮に出生から最低でも三歳、または五歳を越えるまで、一切生きた人間と接さず育った人間は、どのような精神の発達を示すのだろうか。

 人間が哺乳類であり胎生で繁殖する以上、自己以外の同種生物との接触が一切ない、と言うのは、一九〇〇年に生きた彼らにとっては常識的に考えられないだろう事だが、目を向ける時期を遥か未来の二二〇〇年代に移せば話は変わって来る。

 

 二二〇〇年の世界は、一九〇〇年代に生きた彼らにとっては全てが想像できない時代だろう。二〇七七年に起こった全核保有国家による核戦争、『大戦争(Great War)』によって完全に文明は崩壊し、土壌は汚染され、まともな子供の身体的、生理的、心理的な発達など、とても望めるような世界ではなくなっているからだ。

 しかし、世界のごく一部。主に米国のある特定の場所では、二二〇〇年現在でも、超高度な科学文明が生きている場所が存在した。それは、核戦争直前に米国政府が当時の有力企業であったvault-Tec社に命じて建設した『Vault』と呼ばれる特殊地下核シェルターだ。戦争直前に作られた全一二二基の特殊核シェルターは、核戦争からの避難民の保護を名目に謳っていたが、実際のところ、その多くは避難した人間の人権などは一切度外視した実験施設だった。

 戦前に放送されたコマーシャルでは、『Vaultでの生活は快適でスタイリッシュ!』などと謳っていたが、それは多くの人々をVaultに誘い込むための罠に近い誇張宣伝であり、まともに生活できるVaultは殆ど存在しなかった。

 

 Vault内で行われていた実験は実に多種多様に分かれていた。中でも酷いものを挙げるとするならば、ある一定の人数を収容後、勝手に扉が閉じ、二度と開かなくなった閉鎖空間で起こる人間の精神活動の変化を見る実験や、食事の中にFEVと呼ばれる生物の異常進化を促す物質を仕込み、変異生物へ至るまでの過程を観測するという、冒涜的な内容のものも含まれていた。

 

 そして、その非人道的な実験施設であるVault群の中の一つであるVault88でも、同様の実験は行われていた。

 かつてはカリフォルニア州、ニードルズと呼ばれていた街の郊外に作られたVault88の中で行われていたのは、人間の培養実験であった。逃げ込んだ人間の遺伝子の中で各分野で最も優れた遺伝子を厳選し、望む能力を持った人間を作り出す、と言った内容の実験だ。

 行われていた実験は、神をも恐れぬ実に冒涜的な実験ではあったが、このVault88に逃げ込んだ人々は、他のVaultを頼った避難者たちと比較すると、幸運な者達であったと言えるだろう。

 何故なら、実験のための材料にされるとはいえ、彼らは実験を行っている科学者達にとっても必要不可欠な存在であるため、死亡させない為に清潔な食事と、安定した住居を提供されていた事に加え、実験に対して彼らが提供するのは、体内の放射能汚染の度合いを調べる検査、という名目の週に一度の採血と、切除した爪や、毛髪のみであったからだ。

 

 しかし、そんな彼らの生活も、核戦争から十八年後の二〇九五年で、終焉を迎える事になった。食料が足りなくなっている、という噂が流布した末、人間同士の殺し合いが発生した為である。

 疑心暗鬼に囚われた人々は、Vault内にあった武器を手に、いくつかの派閥に分かれて争い、その末に外に通じる外部隔壁を損傷し、自らを放射能に曝して死に絶えて行った。

 

 無人となったVault内に残ったのは、放射能に何の影響も受けない自立起動ユニットである、作業用のアイボットやMr.ハンディ、Mr.ガッツィーなどと言ったロボット達と、操作するものがいなくなったとしても、最後に打ち込まれた命令を遵守する巨大な培養モジュールだけであった。

 

 その争いの果て、科学者達の中で最後の生存者である、『チャールズ・ロバート・ホーキング』によって最後に打ち込まれた命令は、以下のようなものだった。

 

『人間を』

 

 無数の試験管を保有する巨大な培養モジュールの全てに対して発したこの命令は、彼の最後の望みだった。

 人を作ろうとして、人に殺された彼の、最後の望みだった。

 

 そして、その最後の命令を、技術用のロボット達とモジュールは健気に全うした。主人である人間達が腐り、白骨化するほどの時が経っても、冷凍された大量の遺伝子サンプルの中から人間の設計図を模索し続け、途方も無いほどの可能性を探して研究を続けたのだ。

 

 そして、彼らは命令をやり遂げた。

 チャールズが死亡してから百七十年後の事だった。

 人間が生きていた十八年間で集めた大量のサンプルのほとんどを使い果たし、老朽化や、地上に通じる穴から略奪にやってくる人間との戦いによって、多くの警備用ロボットと技術用ロボット達が機能を停止して行く中で、彼らはチャールズの最後の命令を達成したのだ。

 

 二二六一年、十一月二十八日。

 チャールズとロボット達の執念の結晶である少年は誕生した。

 食糧生産区画のごく一部が技術用ガッツィー達の百七十年の働きにより、除染が完了していたことが幸いし、食料に困ることもなく、少年はロボット達によって健やかに育てられた。

 

 惜しむらくは、少年に対して人間らしい感情を向ける相手がいなかった事だろう。少年は、己以外全ての人間が死に絶えた場所で、感情を持たぬ無機質なロボット達によって育てられた事により、先述した一九〇〇年ではあり得ない存在だったモノへと成ったのである。

 

 チャールズが死の間際に打ち込んだ最後の命令である、一般的な人間としての形に『育てる』事に尽力したロボット達の子育ては、確かに一体の『人間』を作り上げる事には成功した。しかし、ソレはあくまで社会的な、道徳的な意味を持つ『人間』というものでは無い。

 ロボット達との会話や、彼らがディスプレイに表示する情報の中から言語に関する知識や、彼らが管理する健康知識から栄養管理や清潔観念についてはかろうじて最低限の知識を得ることができていたものの、人間としての最低限の道徳は知らず、感情はあれど、胸中に渦巻くその想いの名前をなんと呼べば良いのかも分からず、欲求はあれど、それが善なのか悪なのかの判別もつかず、それどころか、善とは、悪とはなんなのか、それすらも彼は知り得ることは無かった。

 それどころか、それらの人間としては付属された情報である知識に関しては、疑問に思うことすら無かった。

 

 そんな、何処までも純粋な人間として、彼はこの世に生を受けたのだった。

 

 生まれた後も、彼はそのままに、生のままに育てられた。望むものはチャールズの命令を遵守するロボット達に全て与えられ、苦痛を感じることも、不自由を感じることも無く、それこそ欲求のままに。

 

 そして、ロボット達により、理想的な食事と理想的な環境を与えられて育った彼は十五歳の誕生日を迎える。

 無論、誕生日をただの記録上の暦としか見ていないロボット達が彼の誕生日などを祝う事などは無かったが、その日は、彼にとっても、ロボット達にとっても、ある種特別な転換期の始まりの日となった。

 

「ーーご主人様。ご報告がございます」

 

「なに?」

 

「食料区画のメインコンピュータが、致命的な不具合を発生しました」

 

「…だから?」

 

「今後の食料の生産が不可能となりました」

 

「えっと…?」

 

「後一年で、残存する食料が底をつきるのです」

 

「えっ?」

 

「ご飯が食べられません」

 

「嫌だけど」

 

「では外に行きましょう」

 

「えっ?」

 

 地下深くの穴倉で暮らしていた少年は、外への第一歩を踏み出す事になったのだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。