「…それで、ヨグ。結局どういうことなの?」
自身が誕生してからちょうど十五年が経過した記念すべき日に、自分が普段食しているものが無くなるという事を聞いた少年は、あれから四度目となる同じ質問を、目の前に浮遊する作業用のMr.ハンディに繰り返していた。
「ですから、ご主人様。地上からの浸水によって予てよりだいぶ老朽化しておりました食糧生産区画のメインコンピュータが、崩落した天井部分の下敷きになってしまい…」
「なってしまい?」
「そりゃもうぺちゃんこ。もはや修復も望めない程に破損した次第でございます」
「それで、もうご飯がつくれない」
「左様でございます」
おどけたように少年と会話を行なっているこのMr.ハンディは、少年自身が特定の名前で呼んでいることからも分かる通り、このVault99内に無数に存在するロボット達とは勝手が違っている。
少年に『ヨグ』と呼ばれたこのMr.ハンディは、半年前に少年から『主人である人間を、チャールズから少年自身に切り替える』という命令を新たな名前と共に下されており、今ではすっかり少年の下僕となっているのだ。
故に、この鉄の従者の最優先目標は、少年を『育てる』というものから、少年を『守護る』というものに変更されていた。
そのため、この従者は少年はこの先も食料が残り少ないこのVault99内で生存するために、自らのコンピュータを駆使し、最も現実的な手段を弾き出したのだった。
「…それは…困るよ?」
「はい。ですので今回の場合は私が単独で外に出て、食料調達を行う、というものと、ご主人様ご自身もご一緒に外へ出られ、食料調達にあたっていただく、という二つの打開案が比較対象となり、後者の方が最終的なご主人様の生存確率が高くなるという結果を得られましたので、こうしてご提案させていただいているのです」
「どうして?」
「はい、前者の場合は、私が外に出ている場合に何かしらの原因で故障してしまった場合、ご主人様を餓死させてしまう可能性が高くなってしまいます。ですが、ご主人様自身が外に出られ、外で生きるための経験を積んでいただければ、ご主人様が生存される可能性は前者の案と比較して多少高くなるという結論に至ったのです」
三本のアームを大仰に動かして、器用なジェスチャー付きで語る従者が言っている事は、少年にも理解する事はできた。
『ヨグ』や、他のロボット達によってこれまで教えられてきた人間の身体構造や、食事によってもたらされる栄養素が、人間という種の生存条件として欠かせないものであるという事は、すでに頭に入っていたからだ。
そして少年は知っていたからだ。食料が残り一年で尽きるという事は、このままでは自身の体が、これまで見てきた動かなくなったロボット達のように、『機能停止』してしまう事を。
「僕も、しぼうして機能停止するのは、やっぱり困るなぁ…」
不遜な鉄の従者のオーバーな身振り手振りを鬱陶しそうに見ながら、少年は薄い眉を顰め、苦々しく口にする。
少年には、機能停止してしまっては満たすことのできない一つの強烈な欲求があったためだ。
その欲求は、この薄暗く、研究用の培養モジュールやロボット達の機械音と、時折かけられる機械的な合成音声以外は何も聞こえないVault99の中で、少年を満たし、そして満たされるたびに徐々に大きくなっていったものだった。
元よりその欲求に逆らうつもりなどさらさらなかった少年は、一切の穢れを持たないまっすぐな瞳で従者のメインカメラをじぃっと見つめ、少年には珍しい力強い語勢で口を切った。
「だって、僕は」
「もっと美味しいものが食べたいんだもの」
「…何よりでございます」
生物の基本的な生理欲求である、食以外に、一切の楽しみを見出せなかった少年が、地上へ出ると決心した瞬間であった。
「では、これから先の一年間は、外で生活するためのご指導をこのヨグが執らせていただきます」
「なにするの?」
「まずは外の地形の学習に始まり、そこに自生する植物や、生息する生物の生態の学習と、それらの危険行動に対する対処法。さらには様々な危険に対する対処法について、学習していただきます」
「ちけい…きけん…たいしょほう?」
「はい、それがある程度終わり次第、応用的な技術として、私や他の破損したロボットを使用した簡単な機械修理や、改造についても学んでいただきます」
「えっと…つまりどうすれば良いの?」
「まぁ…外にいる同じ型のロボット達やターミナルから時折入ってくる情報では、外の世界で生きるには、これの扱いを身につけることが最優先課題になります。多くの危険は、これの扱いによって、対処することができるのです」
そう言って、従者は自身のバックパック部を開き、中から少年の両手にぴったりと収まるサイズの鉄の塊を取り出し、少年に手渡した。
「これは?」
少年は初めて見る形状と、一見して小さく、軽そうに見える外観に対して意外なまでにずっしりとした重量感に戸惑いながらも、様々な持ち方を試しながら目の前で浮かぶ従者に向かって尋ねる。
すると、ふわふわと揺れながらその様子を見ていた不遜な機械仕掛けの従者は、事無げに、ざりざりとした機械音混じりの合成音声で少年に告げた。
「【Česká zbrojovka phantom-66】
百七十年前には、【Cz P-66】と呼称された、一般的な9ミリピストルでございます」
「きゅうみりぴすとる」
「はい、それの使い方は後ほどにして、お勉強から始めましょうか」
合成音声と共にゆっくりと進みだした従者は、主人である少年を気にしながら、すでに教材となる資料を準備してある空き部屋へと入っていく。
そして、それについて歩く少年は、彼の人生を大きく変える転換期となる一年を、機械仕掛けの従者と共に過ごす事になるのだった。
日々学び、日々鍛えながら、少年は初めて与えられる種類の知識を喜んで学んだ。
ロボットである彼がそれについて達成感や喜びを感じることは無かったが、少年は、従者であり、教師でもあった『ヨグ』にとって非常に優秀な生徒となった。
与えられた知識は、スポンジのように吸収し、教えられた技術は、たちまちのうちに自らの手腕の一部とした。
その凄まじい成長の裏には、これまでの刺激の少なさや、学習の中で空虚だった少年の心の中に芽生えた知識への餓えもあったが、それ以上に大きな要素だったのは、少年が『創られる』元になった人間達の遺伝子だろう。
コンピュータが果てしない計算の果てに導き出した結論たる遺伝子の組み合わせは、貯蔵されていたサンプルの中では、考えうる限り最高の組み合わせだった。
それ故に、少年の才能は、生まれつき、過剰と言えるほどに溢れていたのだ。
何時ものようにVault99内のシューティング・レンジで何気無く操銃の訓練を行なっていた少年は、日々増えていく自分が成せる事象の数々を見て、一度だけ従者にこう尋ねたことがある。
「外に行ったら、僕は何が出来て、何をすれば良いの?」
元は『食べる』という欲求を満たすだけのために外へ出る事を決意した少年が、それを行なっても有り余るだけの力を保有している事を自覚した際にふと少年の脳裏に浮かんだ疑問だった。
気まぐれに浮かんだ疑問を向けられた不遜な鉄の従者は、無垢なる主人に対して当然の如く切り返す。
「ご主人様の望む事を為せば良いのです」
それを聞いた少年は、ふぅん、と小さく唸ると、神妙な顔で、そうなんだ、とだけ言葉を吐き、五十メートル先で動き回る人型を取った目標に向かって、すっかり扱い慣れた9ミリピストルの引き金を二度、三度とリズミカルに弾いた。
9ミリ口径の銃口から放たれた弾丸は、寸分違わず目標の頭部を貫通し、その後ろの壁に小さな三つの傷を付けた。
「お見事です、ご主人様」
「じゃあさ、ヨグ」
ゆらゆらと下部のバーナーから陽炎を立ちのぼらせながら訓練の様子を見守っていた従者が、何時ものようにその結果を大仰な動作で褒め称えると、少年は少しの笑みを浮かべながら振り返って口を切った。
「僕は、色んなものを食べたい。ヨグが教えてくれた、バラモンっていう食べ物も、ゲッコーっていうのも、ラッドローチっていうのも…」
「えぇ、えぇ、勿論でございます。外では力こそが全てでございます。何をしようが、何を食べようが、全てが許されますゆえ」
従者の言葉を聞いて、少年の表情に、さらなる喜色が加わった。そして、少年は期待に満ちた様子で、再び口を開く。
「あとは…レイダーとかフィーンドっていうのも!」
「えぇ、承りましたとも。廃棄されたタンパク質の大量摂取はあまりオススメできかねますが、それでもウェイストランドでは重要な栄養源でございますし」
そんなやりとりを交わし、少年はますますやる気になったらしく、新たに出現した複数の標的に向かって上機嫌に引き金を引いた。子気味良い音を立ててリズミカルに響く銃声と、薬莢の落ちる音がレンジ内に木霊する。
音が消えると、その後に続くのは従者が主人を褒め称える声と、その主人がさらにリクエストする他の食物について語る期待に満ちた声のみだった。
そして、ヨグによる教育がちょうど一年を過ぎ、とうとう少年が地上へ出る時が来た。一九〇〇年代の学者たちが、『存在し得ないもの』として吐き捨てた存在として生を受けた少年が、人間の悪意と穢れとに満ち満ちた、荒野のウェイストランドに降り立つのだ。
一年前のデフォルトの状態から、少年の手によって大きく改造が加えられた従者に連れられ、少年は円柱形のエレベーターに乗りこみ、遥か頭上に見えるエレベーターの出口を見上げ、そして思う。
『この上にはどんな世界があるのだろう?』
一年の間で、従者によって外の知識を教え込まれた少年には、自身でも知らないうちに『好奇心』が芽生えていた。
少年自身はその感情がなんという名前なのかは理解どころか、存在すら知り得てはいなかったが、それは確かに少年の胸に、密かにふつふつと湧き上がっていた。