歪な英雄 作:無個性者
数日後に入試を控えたある日のこと。
「むぅ‥」
むっすーと頬を少し膨らませてご機嫌ななめな紫が一人で歩いていた。
基本出久と行動を共にしている彼女が、雄英入試前だというのに彼と一緒に居ないのには理由があった。
出久が、特訓を一人ですると言いだしたからだ。
急なことでおかしいと思ったが、問い詰めようにも無言を貫かれてしまえば紫にはどうしようもない。
「六道、一人とは珍しいな」
「‥‥
出久より少し身長の低い紫よりも、更に頭半個分ほど低身長の少女が話しかけてきた。
紫とは対照的、真っ黒な長髪をサイドテールで一纏めにし、真紅のツリ目がジッと紫を見上げていた。
名前は
だが、校区が異なっているため、小学中学と別の学校に通っている上に、肝心の紫が人を遠ざける癖が治って無いせいで、よく話すのに未だどこか他人行儀だ。
「まぁちょっとあって」
「ふーん」
他校の水舟ですら出久と紫が四六時中一緒に居ることを知っている。幼馴染ゆえに、休日ばったり会う事もあるのだが、必ずと言っていいほど出久が居るのだ。
居ないとは珍しいが、こういう日もあるのかと納得しつつ、ゴソゴソと懐をあさりだした。
「‥‥ところで、六道」
「?」
「‥こいつはどうしたらいい?」
手渡されたのはタブレット小型端末。
懐かしの折り畳み式携帯ことガラケーから変えたとは聞いていたが、はて?
「…どう、って?」
「……使い方が、分からん」
「……」
この間までガラケーだった少女がタブレットに変えたと、一か月ほど前に聞いていたのを思い出した。たしかあの時はワクワクしてて自分で何とかしてみるって張り切っていたのだが……。
「‥説明書は?」
「読んだ。だがわからん……教えてくれ」
「はぁ……いいよ、時間あるし」
「助かる。ボクは機械関連はさっぱりだから‥」
「分かってるならもっと早く言ってよ」
幼い頃から分からないことを自力でやろうとしては大失敗を繰り返し、その度に紫が教えてあげるということを繰り返していたら、失敗する前に教えを乞うことを最近覚えてくれたらしく、ここ数年は機械関連に関してずっとこんな調子だったりする。
ヒーロー社会であり、情報社会でもある現代において致命的過ぎる弱点にとても心配になってしまう。
この日は結局水舟に端末の使い方を教えることのみに時間を費やすこととなった。
☠
偶然だった。№1ヒーロー「オールマイト」に彼、緑谷出久が出会ったのは。
何時もの学校帰り、忘れ物を取りに一人学校に戻った帰りの事だ。
ヘドロ状の
助けたら颯爽と去ろうとする彼に抱き着き必死に話をしようとした。どうしても聞きたかったことがあったのだ。
「無個性でも、ヒーローになれますか……?」
成れると言ってくれる人が居る。でも、それでもやはり不安はぬぐえなかった。
親も誰も彼もが否定する中で一人居てくれることがどれだけ貴重かなんてわかっていた。だからこそ、自分の憧れでもあるオールマイトにも訊いておきたかった。
訊いてる最中に何やらマッチョな彼は萎んで骸骨のようになってしまったが関係ない。どうしても彼の考えを聞いておきたかった。
彼の答えは……。
「……残念だが、
自分が骸骨のように萎んでしまったのは、命がけの戦いの結果負った傷のせいだという。今では一日3時間程度しか活動できないのだとか。
個性を持っていても、命懸けなのだ。無個性の者にはとてもじゃないが……ということだった。
オールマイトは立ち去ったが、それでも出久は諦めきれていなかった。
憧れにすら否定されても尚、心に残っているものがあったからだ。
「……まだ、入試だって受けてないんだ……まだ、まだ」
まだ、頑張れる。そう自分を虚勢で鼓舞しながら帰路についた。
その道中、またもやヘドロの
自分がオールマイトを足止めをしたせいで、捕まえ損なったのだと理解した。
「ヒーローは……!?」
近くにいるヒーローは、
他のヒーローも相性のいい者はいない……。
「……って、爆炎?」
ヘドロに取り込まれないように必死に抵抗し続けるタフネス、両手からの爆炎……ヘドロの隙間から覗くのは学ラン。
「かっちゃん……!?」
幼稚園の頃からの幼馴染で、今では虐めっこと虐められっ子にも似たような間柄になってしまっている彼が脳裏に浮かんだ。
そこに居たのは、やはり
(何やってんだ、僕!?)
自分で思いつつも足は止まらない。
ヘドロ状の体には触れられない、狙うなら眼だ。ヘドロにしてしまえば何も見えなくなるからだろう、瞳だけはずっと出っぱなしだ。
勢いよく背負っていた鞄を投げつけ、中身をばら撒きながらも眼に当てる。
自分を見失ったヘドロの懐に潜り込むと、ヘドロをかき分け勝己の腕を掴み引きずりだそうとする。息ができるように口元のヘドロも弾くと、勝己が大声を上げた。
「何で!!テメェが!!」
「そんなの、僕だって分かんないけど!!」
理由なんて、理屈なんて後々幾らでも湧いてきたけど、でもただ今はシンプルに一つ。
「君が、救けを求める顔してた……!!!」
救けを求められれば、どんな苦難でも飛び込んでどうにかするのがヒーローなのだ。
どんな状況からだって誰かを救い上げる。そんなヒーローに憧れたからこそ、身体が動いたのだ、と。
でも、どんな精神論を並べたところで、自分は無個性。纏わりつくヘドロから引きずり出すなんて芸当は出来なくて、結局オールマイトに助けられてしまった。
しかも周りの大人たちから叱られ、散々なことになったその帰り。また、オールマイトが現れた。
そして……。
「私の力を受け継いで……ヒーローに、なってみないか」
緑谷出久の人生が、大きく変わりだした。
☠
そうして数日後、出久はオールマイトと浜辺に居た。
「いやはや、中学生とは思えない身体の仕上がりでびっくりした。小柄だから器から鍛えなければと思っていたのだがね」
「え、えっとこれはその、毎日鍛えてたので‥‥」
「そうかそうか、感心するよ。無個性にもかかわらず、キミは本当にヒーローを目指していたんだね」
「……僕だけの意思でも力でもないです。その、小学生の頃からの親友が、応援してくれて……それで」
「ほぉ。それはいい友人を持ったな」
「はい。……あ、それで今日から特訓って言いましたけど」
オールマイトから
何故なら、受け取ったばかりの力はとても強大で、幾ら鍛えていると言っても中学生が扱って無事で済むとは思えないとのことだった。
「なんせ何の特訓もしていない者なら、摂取した時点で爆発しかねないからね」
「えぇぇぇ」
四肢爆散の可能性があったことにドン引く出久だが、それだけ強力なのだと理解もした。
「まぁどのみち特訓には怪我が付き物だと思ってね。……実は数日待ってもらったのは、彼女を連れだす準備をしていたんだ」
「彼女……ってもしかして」
さっきから隣にいた白衣のおばあさんを見つめる。
「あぁ、彼女はリカバリーガール!これからキミを診てくれるスーパーな女医さんだ!」
「ヨ、よろしくお願いします!」
がちがちに緊張しながらも、出久の中ではリカバリーガールの逸話が飛び回っていた。自分が知る中で治癒に関してこれ以上の医者はいないと断言できるほどの人だ。
「この子が後継ねぇ……」
値踏みをされながらも、出久の辛い修行が始まろうとしていた。
その修業とは……。
「ワン・フォー・オールの
「はい!」
「ってことでまずは一発全力でぶっ放してみようか!」
「は、え、えぇ!?加減の練習じゃ!?」
「フルパワーを知らなければ加減も何もないさ。さぁあの海に向かって思いっきり撃ちこんでごらん。そうして君は力を自覚し、同時に痛みを知らなければならない」
後は自分のイメージを固め、少しずつコントロールを確かにしていくのだ、と。
「使う時のコツは、ケツの穴をグッと締めてこう叫ぶといい」
『
――この日、僕は人生で初めて海を割り、そして人生初の大怪我をした。