幻想郷にある襤褸家。そこには一人、おかしな男がいた。”権兵衛”を名乗る男は、その襤褸家に住みながら、まれに妖怪から相談をけていた。

※オリ主、一部オリキャラ(モブ込み)。また原作に無い設定が出てくる事があります。ご注意ください。

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こう言うものを読みたいと思い探したが、無かったので書きました。趣味全開。


人里温暖化噂騒動

 一

 

 春も終わり、日が高くなり麗らかな陽気が懐かしくなる頃。コンクリートと組まれたガラス窓から照り返す日光で治まることを知らない太陽の熱。日々の体調管理を疎かにすれば、今年もまたこの日光に倒れる者が続出するであろう。

 さて、そんな天気が現代日本で繰り返すわけだが、しかし同様にこの日差しに参ってしまうのは、何も人だけでない。道端をのそのそ歩く獣達も日差しで焼きつくアスファルトには、辟易している。うっかり焼けた車のボンネットにでも飛び乗った猫が悲鳴を上げている。という具合なのだが、これは我々の住む日本での日常であって、今回話が進むのは違う場所となる。そこは一応日本にあるのだが、陸を歩くも空を飛ぶも海を泳げども、行く事は容易でない場所である。なのでそこに住むのも中々癖のある者達で、それは所謂物ノ怪と言うものだ。そこは幻想郷と言う名で、現代日本でも片手で数える程の数で知る者は知る秘境である。だが知っていても行く事は容易でないので、結局それは名のとおり幻想として語られるばかりだ。そして、場所は違えどやはり暑さに参るのは、物ノ怪達もそうであるようだ。

 

「まいるなぁ、ああ、まいるなぁ」

 

 と、その幻想郷のある日陰にて、うごうご呻くのがその物ノ怪であり、槍のように突き刺してくる日光を避けようと、なんとか日陰に避難していた。

 

「あたいは氷精だよ、まったく。これじゃあ溶けて無くなっちゃうよ」

 

 などと続けて誰にと言う訳でなく文句を言うのは、小さな女であった。物ノ怪であるので普通の姿でなく、背には氷の羽が生えている。彼女は「太陽はあたいが嫌いなのだな」「だからこうも暑いし熱いんだ」と勝手に文句を言うのだ。だが確かに彼女の氷の羽は、しとしとと溶けしずくが滴っているが、おのが身の中心より発する冷気が一切溶けきるのを防いでいる。これからのちに、なんの因果かこんがりと日焼けするのだが、この物語には関係ない事であり、その事を知らぬ彼女は氷の物ノ怪なのだ。

 名を、チルノ、と言うのだがこの地では名の知れた物ノ怪で、そこいらにいる木っ端妖精と一緒にすると酷く怒る。これが実際、妖精などと言うものは、用意周到な者ならば人の身でも容易く蹴散らせるが、チルノ相手となれば話は別で、彼女の身より発する冷気にやられれば、たちまち体も固まり心ノ臓も凍りつくのだ。だからか、人は彼女を見かけると用心する。誰も氷像となって死にたくは無い。しかし付き合い方を上手くすれば物ノ怪相手も悪くは無いと、この幻想郷の人里ではあえて彼女と交流を持つ人間は、少なくない。

 今日彼女は、暇をしており日差しも暑いとあって日陰でお天道様に文句を言っている。春が終わり日が高くなってから、このところはこれが日課になり、いつか「暑い暑い」とふらりと立ち寄った人里の茶屋で自分の氷を提供して、ついでにその氷を主人に砕かせカキ氷にさせた。茶屋の人間も多量の氷を手に入るので断る理由も無く、お礼に氷に白玉とあんこを乗せて振舞った。この茶屋の主人もチルノとの付き合いをもつ里の人間で、こうして上手く付き合えば氷を手に入れれると言う具合、しかもこう暑い夏場とあれば氷を求める声は多いので喜んだ。

 そんな風にして手に入れた甘味に舌鼓をうっていると、自分と同じように暑さに参った男数人が、この夏の暑さの話をしていた。その男達曰く、これは”温暖化”なる現象がより太陽の日を強くしていると聞いた。以来、すなわち”温暖化”とは新手の異変であろうと思った彼女は、「あたいを苦しめる嫌なやつ」と怒りをあらわにして「温暖化撲滅運動」なる名だけは真っ当な運動を始めた。しかし意気込み始めたはいいが、温暖化なんぞ現代日本で起こる環境問題で、その内容の一端が気まぐれのようにして幻想郷に流れ着き、そこから名前だけが民衆に広まったに過ぎず、具体的に温暖化とはなんぞや?と頭を捻るのが彼女の活動内容で、撲滅には程遠いのが現状だ。彼女が温暖化なる現象を理解し、撲滅のためにオゾン層を如何にかせねばと思う頃には、季節は冬となり降り積もる雪を見て、喜び飛び出し温暖化のことは頭から抜け落ちるだろう。

 ついに彼女は「おのれ、オンダンカ」とだんだん「オンダンカ」と言う謎の物ノ怪を生み出すに至り、いもせぬ物ノ怪に恨み言を言い出していたわけである。そのようにして温暖化のことで頭を(勝手に)悩ましているチルノなのだが、しかしこの温暖化という言葉が、今回のまこと下らぬ問題にかかわるのであるのだが、チルノもそれは思いもせぬことであった。

 

「やあ、チルノ。いたいた」

 

 と、不意に声が聞こえその方をチルノが向くと、ふらふらと飛びながら一人物ノ怪が現れた。

 

「なんだ、リグルじゃないか」

「やあ、やあ、チルノ……ああ、暑いなあまったく」

 

 チルノのそばによるなり、暑い暑いと汗を拭うのは、チルノの友人であるリグルと言う虫の物ノ怪である。少年のような風貌だがれっきとした女子である。頭に生えた触角が虫である証だ。虫の羽のようなマントが熱を吸うのか、酷く暑く苦しそうだ。リグルはチルノのそばに来ると、氷精とあってひんやりとしているチルノに対し、冬場のストーブのようにして手を向けて涼んでいる。

 

「やだなあ、かってに涼まないでよ」

「まあ、まあ、君だってわかるだろうこの暑さの辛さは」

「あんたよりよっぽど身に染みてるよ、溶けそうよあたいは」

 

 と、言うがチルノもリグルとの付き合いは長いので別に嫌と言うわけでない。なので無下にはせず、ただ当たり障りない文句を口にするだけで、リグルもそれを承知であった。

 

「それでなにか用事かしら?」

「ああ、まあ用事と言えばそうなのだけれども、しかし君は涼しいなチルノ」

「ばか、涼むのは許すから続きを話しなさい」

「あ、ごめんよ。それで、ええと……そうそう、実は相談なのだけれどねチルノ、ここ最近の事だよ、そら、例の温暖化の話」

「そりゃもちろん、あたいは今もオンダンカについて頭を悩ませてるよ」

「君が今悩んでるのは、いやしないオンダンカだよ。暑さでやられちゃだめだよチルノ、温暖化だよ、太陽が強くなっちゃうほうの」

「あ、そっち」

 

 などと、チルノもいよいよ自らの妄想の産物であるオンダンカと温暖化の違いをごちゃ混ぜにしてしまいだしたわけである。

 

「まあそれで、いやに里で温暖化の話が持ち上がってるのさ。いや、話が出るのはかまわないけれど、どうも最近誰も彼もが温暖化と言うものだからね」

「けどそれだけ暑いからなあ……」

「暑いのは確かだけど、それがどうも虫達もこの事に参ってるのさ」

 

 リグルの言う虫達と言うのは、正しく虫である。リグルの物ノ怪としての力で操る多くの虫であるのだが、その虫達がどこからも「虫の知らせ」で温暖化のことが舞込んで煩くてかなわないとリグルにこぼしたのだ。

 

「暑いと虫は元気だよ。まあそれで”虫の知らせサービス”じゃなく行くと、虫取りか殺虫剤でころりとやられちゃうから、用心してるけどね」

 

 リグルは物ノ怪の力を使い、契約した人間の元に虫達を予め教えられた時刻に派遣して予定を知らせる「虫の知らせサービス」なる仕事を“ささやか”に行っている。物ノ怪の道楽仕事なのであるが、利用者も多いわけではない。知らせの使者が無数の虫では、気が落ち着かぬのだから当然だ。一度知らず利用した者が、「朝の五ツ頃(6時半)に起こしてくれ」と頼んで、のんきに寝ていると予定時刻になり耳元へと、うぞうぞと虫の大群が来たので「ぎゃあ」と里に男の声が響いた。

 まあ、そのような仕事ができるとあり虫は、人のうわさに敏感であったので、何かと里に行くとごちゃごちゃ煩いというのであった。

 

「それで、里行くと暑い暑いと煩いってか」

「まあ、つまりそう言うことさ」

「うむ」

 

 チルノは唸るが、唸るだけである。

 

「けれど、あたいはどうすればいいの?」

「だから相談だよ、温暖化をどうにかしようって言う。チルノは「温暖化撲滅」とか一応してるだろ」

「一応とは何か、あたいの活動は多岐にわたるぞ」

「たとえば?」

「温暖化を考え、温暖化を恨み、温暖化へ文句を言うんだ」

「なんだい、ただの怨み節じゃないか」

 

 リグルは呆れた様子であった。これは当てにならぬなあ、と頭をかいていると、チルノが、ああ、と声を上げた。

 

「あたいの知り合いにいいのがいる、あれに頼もう」

「へえ、誰だい?」

「あの襤褸家のやつよ」

「襤褸家って言うと、あのたまに香霖堂で働いてる男かい?」

「そうそう」

 

 香霖堂と言うのは、幻想郷で唯一外の、即ち我々の日本から流れ着いた道具やらを扱う道具家である。香霖堂主人の森近霖之助と言う男が、趣味で流れ着いた物を集め、それを売って生計を立てている。これもまた道楽仕事なので、殆ど商いとは言えない。その香霖堂には、幻想郷では有名な、紅白の巫女、や、白黒の魔法使い、なんかが入り浸っているが、一応は商店であるのでそれ以外の者も来るわけだ。それがチルノが言う件の男である。

 

「あいつは、あたいの子分で、あたいほどじゃないけど頭が回るから役にたつよ」

「はあ、それ君が子分以下って認めてないかい?」

「ばか、子分に花を持たせるのも親分の仕事よ」

 

 まあしかし、チルノと温暖化へ怨み節を一緒に言うよりは、建設的かとリグルは思い、それじゃあ行くかと噂の襤褸家へと向かうことになったわけである。

 

 二

 

 その襤褸家は、人里から僅かに離れたところにある。古い田畑の中にポツンと、孤島のようにして建っている。元はここに住んでいた農夫のものであったのだが、3年か前にその農夫が歳の所為か、体調を崩しそのまま亡くなった。大往生であったと言うが、独り身であったので残ったこの家をどうするかとなった。その農夫は善人であったが、人付き合いも少なく、故人の家となるとあまり関わりたくないので、しかも里から離れているとあって、壊すなりすぐにでもするべきであったが、誰がやるかの話し合いが長引くうちに忘れられ“襤褸”になった、と言うしだいである。

 そんな襤褸家に人が住むようになったのは、少し前のことであった。その男がチルノの言う“子分”なのである。

 

「よう、よう。いるかー」

 

 と、縁側に回ったチルノが軒先から声をかけた。”子分“と言うだけあり、何度か来たのか、「あいつ、玄関めったに使わないのよ」と言って、素早く縁側に回っている。そう言われるままについて来たリグルはと言うと、どうもこの襤褸家に怖気付いた様子だった。屋根や壁は、一応は修繕した様子であるが、継ぎ接ぎなのがはっきりとわかる。そこらじゅうから集めたのか、あらゆる材料を使い色彩もアバンギャルドだった。それでも素人仕事なので、取れかけた軒の一部がプラプラと柳のように揺れているし、柱も僅かにカビている。試しに物ノ怪的力で呼びかけると”白蟻“から返事があったのだから魂消てしまった。

 

「こりゃ人の住む家じゃないよ、妖怪だってよりつきやしない」

「そりゃそうだろうなあ、けど住んでんだもん」

「私、その男って見たことないけど、本当に人間かい?」

「人間だって言ってたよ」

「本当かなあ」

 

 などと言っていると奥から「おい」と一声聞こえた。

 

「今の声は、チルノか?」

「そうだよ、親分が来てやったんだ、出迎えたらどうだ?」

「わはは……なにが親分だい、まったく。悪いが今手が離せねえのだよ、用があるなら上がってくれ」

「なにを……?やれやれ、あの野郎め親分への敬愛と言うもの無いのね」

「親分と思っちゃないよ、きっと」

 

 そう言いながらもチルノは、いそいそと乱暴に靴を脱ぎ縁側から家の中へと上がりこんだ。リグルもこの襤褸家に入るのを「嫌だなぁ」などと思いながらも、用心してあがる。“白蟻”から「そこはもう、ご馳走になりましたよ」と言われた床だけは、なるたけ避けて通った。

 奥の部屋へ入ると、夏の日差しに関わらずどうも薄暗い部屋で、暗がりを好む物ノ怪の棲家のようであった。カビ臭くいかにも古い家だと臭いでわかる。居間も客間も仕切りは無くまるで区別が無くなってしまったようで、そこかしこに放ったままの衣類や、布団が乱雑に放置されている。襖もすっかりぼろぼろで、一つだけ残っているのも骨組みが見えていた。そしてリグルが何よりも「やだなあ」と思ったのは臭いだ。ほっておかれた衣類の臭いなのか、どうもリグルの鼻にツンツンとつつく様な臭いが入り込んでくる。チルノについて行くと、その臭いがなお強くなるので、引き返そうかと思ったが、そんな家の奥の部屋の真ん中で、なにやら大きな物体が、もぞもぞと蠢いているのを見てリグルは「ひゃあ……」と叫んだ。

 

「おや?チルノ、御連れさんがいるのか」

「そうだよ、友達のリグルっての」

 

 リグルの悲鳴を聞いて、そのもぞもぞとしていた物体がやおら立ち上がった。ぬっと、そのものが立ち上がると、身の丈6尺一寸(180cmと少し)はあろう若い男であった。昨今の日本ではさして珍しい身長ではないが、この幻想郷では中々に見ない大男である。(妖怪じゃなかったのか)とリグルが思うのも無理は無く、実に不気味な男だった。背は高いが幅は無く、細身の男で前髪はだらりと暖簾のように伸びて目と鼻を隠している。着ている物は、洋服で黒やら茶色のシミがつきよれたワイシャツだった。

 

「リグルさん、驚かせてすまないな」

「いや、ああこちらこそ突然に」

「いいんだ、まさかチルノや香霖堂の店主以外が来るとは思わなくてな、はは、ははは」

 

 顔でただ一つ見える口を大きく開けて男は笑っていた。不潔な家にシミの付いたワイシャツに似合わず、男の歯ばかりは妙に白く輝いていた。

 

「あんた、親分を出迎えず何してたのさ」

「またそれ、親分だって、わはは……なに、近頃夏の暑さに活気だった虫が増えてかなわないからなあ、蚊に食われてしかたない。とりあえず虫除けの薬とその類を集めてみたが、どれを使えばいいやら悩んでいた」

 

 男の足元には、いくつも蚊取り線香や虫除けスプレーやらの道具がこれでもかと言うほどに列挙していた。なるほど、先ほどから自分を不快にさせる臭いの正体はこれか、とリグルは合点がいった。

 

「お兄さん、申し訳ないのだけれどその道具をしまうかしてくれると嬉しいのだけど」

「おや?」

「見た通り私は妖怪なのだけど、虫の妖怪なのだけど」

「ははあ……」

 

 男はすぐにリグルの頭の触角をみて頷き、「知らぬとは言え失礼した」と広げた物全てを風呂敷に包んで、これまたボロボロな押し入れに押し込んだ。

 

「ああ、ありがとう。妖怪ともなれば流石に道具で死にはしないけど、しかし気分は悪くなるから」

「うん、うん。虫の妖怪も大変だなあ」

 

 男の同情したような様子で頷く姿をみて、なんとなくだがリグルは男の人柄と言うものをわかった気がした。純粋無垢とも取れるチルノが”子分”など呼びそれを笑っているあたり、悪い人間ではないのだな、と思った。そこでリグルは、この男は頼まれ事を無下に出来なそうな男でもあると、それこそ”虫の知らせ”的直観で感じ取ったのだ。

 

「けれどお兄さんは、虫に困ってるようだし一つ私の方から虫達にこの家ではお兄さんにちょっかい出さないように言っておこう」

「え、できるのかい?」

「できるのさ、虫なのだから」

「しかし、いいのかい?」

「かまわないよ」

 

 と、リグルが気の良い笑みを浮かべて直ぐに「ふ、ふふ」とちょっとばかり裏のある笑みに変えた。

 

「変わりと言っては何なのだけど、お兄さんの知恵を借りたいのだけれどもねえ」

「知恵、知恵かあ……虫の事をどうにかしてくれるなら、それは勿論かまわないのだけれど、さてなあ……俺の知恵でどうにかなる事であればいいけどなあ」

「まあ相談に乗るだけでもいいよ、取り合えず聞いておくれよ」

 

 と言う事で、男はリグルの頼みを聞くに至るのである。

 客間も居間も寝室もごちゃ混ぜな家なので、3人は唯一まともな座り所のある縁側で話をする事になる。林の近くにあるこの襤褸の民家は、縁側はこの夏場でも中々に涼しいようだった。不気味な襤褸家だが、この縁側であればなんかと心休まる。

 そう、リグルが思っていると男がチルノ提供の氷を浮かべ冷やした煎茶を盆に乗せてきた。

 

「茶でも飲みながら聞こうじゃないか」

 

 そう男は笑う。

 男の名は、権兵衛、と言う。襤褸家に住み香霖堂で稀に働く事ぐらいしか聞いた事のないリグルは、ここで初めて男の名を知った。だが権兵衛と言うのは、この幻想郷での名前と彼は言い、「実は名無しの、忘れん坊でなあ」と言った。彼の生まれは、幻想郷でなく、ある時ふらりと里に現れた人間なのだ。

 権兵衛が幻想郷に現れたのは、1年程前の事であった。まるで風が運ぶ枯草の様に、ふらり……、と彼は里に来た。幻想郷の暮らしは、我々の認識でならば大きくは江戸、一部に明治頃が混ざったような印象を受ける。人里は特に江戸の下町的な町並みで、人々もおおよそ和服を着て暮らしているのだが、そんな中に突如ワイシャツ姿の男が来たのだから「見かけぬやつ」と誰かが言うのもうなずける。

 その頃から権兵衛の風貌は、暖簾髪で目鼻は見えず、よれよれのシャツに、背が高く柳のようにふらついた大男、といかにも怪しいので、すぐに里の自警団に捕えられたのである。「さては、妖怪か」と尋問を受けるのだが「はて、気が付けばここにいたので、もしや狐狸妖怪に騙されたのかと思い、彷徨っておりましたので、なんとも」などと権兵衛は言った。そこからどう話を聞いても「わかりませぬ」としか答えが出ない。しかも権兵衛、ここに来るまでばかりか、自身の出生に至るまで一切の記憶が無いと言う始末であった。

 その割にはあまりにも落ち着き、嘘かとも思われたが、よくよく話を聞くとこれは嘘では無いな、となったのだが、とうの本人と言えば「困りましたな、あはは」なんて言うので、自警団でも年長の男が「人でも妖怪でも、こんな呑気な奴は初めて見た」と呆れていたのである。そこで困り果てた村人が頼ったのが、里で寺子屋をしている、上白沢慧音、と言う者であった。

 上白沢慧音と言う者は、実は”ワーハクタク”と呼ばれる”白澤”と”人間”とのハーフなのであるが、この人里で寺子屋を開いている。妖怪達の道楽仕事と違い、こちらは極めて真面目で熱心な慧音と言う半妖によるスパルタ寄りの教育施設だ。しかしまともな教育機関などないこの幻想郷では、”ものを教える”と言うのは実に優秀な能力であり、その信頼の高さは里でも随一だ。半妖とあり人より長く生きるのだから、教え子も今では所帯を持ち、それら男女の中にも、「慧音先生には世話になった」と言う者は多い。熱心が過ぎる教鞭は、子供には不評であるが、慧音自身の人柄には老若男女問わずほれ込んでいる。なので、なにか里で問題があると自然と「慧音先生に聞いてみるか」と誰かが言うので、そうなると皆「そうするか」と、これもまた自然と慧音を頼るのである。

 そうして自然な流れで慧音に権兵衛の事を相談をする事になった。突然、権兵衛の事を相談された彼女は、ため息交じりに呆れていたが、しかし一言「わかった」と了承した。彼女は直接権兵衛に会うと、また村人がしたような質問を再度聞いた。やはり彼は「わかりませんなあ」と呑気に答えていたが、慧音は彼の答えた内容よりも、彼自身の雰囲気をじっくりと観察していた。その上で彼女は「さては、外から迷い込んだか」と答えを導き出した。

 この幻想郷には、我々の時代などから、ふっとものが流れて行く事がある。中には人までも流れて消えてしまい、これを我々は”神隠し”と呼んでいる。ワイシャツ姿と言うのも、幻想郷では妖怪かその類にしか見られぬ洋服で一般的と言えず、更に権兵衛からはまるで”妖気”は無く、まためったに嗅ぐ事の無い”外の臭い”がしたので、慧音はそう思ったわけであった。

 この後に、男”権兵衛”は、慧音の元で一時世話になる。そして”権兵衛”の名を貰い、何かと騒動に巻き込まれながら、チルノと出会いそして今の襤褸家に住むようになるのだが、その話はまたの機会にしたい。

 ともかく、そんな記憶も、名前も思い出せぬ男、権兵衛であるが、実に真摯にリグルの相談を聞いていた。噂の”温暖化”も彼は知っていた。もとより外から来た人間で、そう言った知識は忘れていないのか、すぐに「なるほどなあ」と頷いたので、リグルは(チルノとはやはり違うな)と思った。

 

「温暖化による噂は俺も聞いているよ。飯を食いに里に行くと、誰も彼もがその話をしていた」

「そうなんだよう、おかげで虫からの報告がうるさくて」

「うん、実に不思議な話だ……なぜこの幻想郷でここまで温暖化の事が話に上がるか、俺は確かに奇妙だと思っていた」

 

 茶をすすりながら権兵衛は、うんうん、と唸りながら答える。チルノの時と違い、しっかりと頷き唸っていた。

 

「はっきり言ってしまえば、この暑さは別に温暖化の所為でないよ。ただ暑いだけでそれを温暖化の所為にしているだけだねえ。ここは幻想郷だからね、環境問題が起きるほどの施設も無ければ問題も無いよ」

「はあ、なるほど」

「それで、これがただの噂であればね……人の口から出るものだから、戸は立てられぬ。飽きるのを待つしかないねえ」

「ううむ」

「だけど噂の出所だけどもな……ううむ、たぶんだけど、何かそれを連想させるものが流れてきたと思うのだけれど、この温暖化と言う言葉が、里で広まりだしてまだそう経っていないからなあ……なんとも言えないが、これがただの噂でないなら、たぶんそろそろ里で何かがおこるよ」

「と言うと?」

「まあ、色々さな……その時に考えよう、それによってはまたこれも色々とせねばならないだろうからなあ」

 

 と、権兵衛はそう言うと、そこからは特にこれと言った解決策も出なかった。しかし「少し騒動が起きれば、また来ておくれよ」とだけ彼はリグルに言った。リグルは、騒動とは何であろうかと思いながらその時は住処へと戻った。

 

 三

 

 権兵衛の言う騒動が起こったのは、3人が出会ってから二日後であった。

 里では相変わらず誰も彼もが、温暖化の話をしていたのだが、そんな中“温暖化大明神“と言う、珍妙な神を称える社がぽっと現れたのである。しかもそれが小さいながら実に立派な作りなので、ますます怪しい。

 それを作ったのは、里の大工の男であった。小屋や何かを建てたとはわけが違い、神を祭るのだから、これを黙って作られてはたまらない。だが男が言うになんと夢に神が現れ「昨今の温暖化の騒ぎと、酷い暑さは、我が煩悩を焼き殺さんとする怒りによるものである。しかし我を祭れば衆生悉く救って見せよう」と言われたと証言した。これが我々現代人であるのなら「馬鹿な」と笑い捨てるのであるが、この幻想郷では神仏かその類は、ごろごろいるので、里の者も口では「きっと化かされたのさ」と笑いつつ(はて、だけれどもしこれが神か仏かの怒りであれば……)と、少しづつ信じてしまうのだ。

 そうして壊すのも手間なので、社は放置されたのであるが、なんとこの社に賽銭を入れる者が、ぽつぽつと現れた。一応は小さくも賽銭箱はあったが、流石に賽銭までも入れるのは馬鹿げていると思っていた里の者も、こう何度か賽銭が入っていると知れば「いよいよ、本物か」と“温暖化大明神”を信じてしまいだした。そうして徐々に徐々にと、賽銭が溜まりだすのである。

 しかしこれを冷ややかな目で見るのは、上白沢慧音である。半妖で長く時を過ごして来たある彼女は、もちろん“温暖化大明神”など珍妙極まる神がいるわけが無いと承知だ。そしてそうなると、この社を作らせたのは誰であろうか、と思うのである。

 賽銭箱に入れられた賽銭は、ある程度溜まると何時の間にやら消えている。どうも夜中に回収されたらしい。誰が回収したのか、まず大工の男が最初に疑われ、念の為にと調べられたが男の家からは賽銭は見つからなかった。

 はたして誰が、この賽銭を回収したのか。

 金銭が関わるとなると、ついに慧音も冷ややかな目を見開いた。

 と、一連の出来事が、虫達より知らされたリグルは、急ぎ権兵衛の下へと走った。騒動、と言えるかわからないが、しかし事が大きくなり出したのは確かだったのだ。彼女がまたあの襤褸家に現れると、縁側に権兵衛以外に上白沢慧音が座り話し込んでいた。

 

「おや、リグルさん」

 

 と、権兵衛は、あの時と同じよれたワイシャツのままで、にこやかにリグルを呼んだ。

 

「なんだ、意外なのがいると思えば」

「お前こそ、何時権兵衛と?」

「二日前にさ」

 

 まさか会うとは思わなかったので、リグル、慧音とお互い少し遠慮がちだった。

 

「何を話してたのさ」

「“大明神”騒ぎをね、慧音先生から」

「むう、同じ話を持ってきてしまったなあ」

「そうかね、まあ座りよ」

 

 と、権兵衛に言われるままにリグルは縁側に腰を落とした。

 

「さて、その“温暖化大明神”だけど」

「そうそう」

「ううむ、実に阿呆なことをするなあ……」

「だが困ることだよこれは、皆が皆でないにしろ、賽銭を出してしまうのだからな。しかもその賽銭を誰が回収してるかわからないときてる」

「博麗に守矢の巫女さんは、悔しがるだろうなあ」

「そこだよ、問題は。こと幻想郷でうかつに仏神を祭るなど……守矢や命蓮寺での騒動だってそう昔で無いのに、このような……」

 

 流れつくもの多くに寛容である幻想郷だが、こう仏神が増えることに関しては、少し神経質になる事がある。

 この幻想郷には、博麗神社と守矢神社、二つの神社がある。そして命蓮寺と言う寺が一つ。この主な社寺だが、もとは博麗神社の一つがこの幻想郷にあり、ある時様々な理由と思惑が入り乱れ守矢神社が“引越し”現れ、さらに遅れて命蓮寺が現れた。博麗、守矢の二社は、今でこそ大きなぶつかり合いは無いが、命蓮寺に関して言うと、人間の興味がそちらに向いたりするので、(少し気に食わない)と内心博麗の巫女は思っているとかなんとか。

 なので今回のような事は、幻想郷では到底褒められる事ではない。これがまさに“温暖化大明神”などと言う神がいるならば話は別だが、しかし当然いるはずは無い。では賽銭は、その信仰心はどこへ消えるのか。

 

「馬鹿だね、あの社を作らせたやつは」

「うーん、欲深き人の愚かさだなあ……」

「愚かだ、実に愚かだ」

 

 と、三人が口を合わせるのも当然であった。

 

「広いようで狭い幻想郷だからなあ、こんなやり口じゃあすぐに下手人も捕まるだろうけど……まあ捨て置けないか」

「うむ、そこでまあ……私が動いてもいいが」

「あい、承知してますよ先生」

 

 権兵衛は頭を下げて了承した。

 

「こういったのは、まず人間が動いたほうがいい」

「何をするってのさ?」

「まあね、とっととこの一連の騒動を終わらせようって話しで」

「そうなのかい?期待したいなあ、もう虫達の愚痴が煩くなくてすむ」

 

 リグルにそういわれ、権兵衛は二ンマリと笑い言った。

 

「まあ、がんばるよ……それでねえ、先生。最初に賽銭を入れたやつ、誰かわかる?」

 

 四

 

 善吉は、幻想郷にある雑貨屋「富家」の生まれの男であった。彼が生まれた雑貨屋は、日用品から少しの食品を扱う店で、我々の言うところの“コンビニエンス”な店舗である。彼は富家を継いだのは、5年か前のことである。その時、善吉はまだふらふらと遊び歩く事が多い男で、富家を継ぐかどうかは「のんびり決める」と言っていた。だが前店主であり父の善次郎が体を壊し倒れた時には、流石に顔を青くした。命に別状は無かったが「俺も歳だなあ……」と、ふいにこぼれた父の呟きを聞いた善吉は、(親父はこうも“小さかった”ろうか)と、弱り腰を曲げた父の姿を見て初めて己を恥じた。するとすぐに彼は店を継ぎ、父を安静にさせた。だが今まで遊び歩くばかりだった息子なのだから善次郎は、大変心配していた。しかし善吉は商売には真面目で、人当たりもよく評判であった。さらに父を案じての事であると知られると「富家の善吉のやつ、関心じゃねえか」「遊び人も、変わるものだなあ」などという風に、いままで遊び歩いていた事が逆に彼の評判を上げることになった。

 この里の評判も善次郎を見舞った者から彼の耳にはいる。息子の評判を聞いて善次郎は、言うまでも無くよろこんだ。しかし彼には心配事があった。「善吉は、あれで根が真面目なのは昔からだが……あいつは、酒が入るといけねえ……」と皆に言っていた。その父の心配のとおり、善吉は酒が入ると酷い酔い方をする。それが原因でのトラブルも多く、善次郎が方々に頭を下げにいった回数は、両手では足りない。「とにかくそれだけは、未だに心配でなあ」と常に不安な父、善次郎であったが、店を継いだとあって、また酒癖の悪さを自覚してか、善吉は店を継いでから酔うほどの酒を飲まなかった。「これなら……」といらぬ心配だったかと善次郎は思った。

 だが、5年も過ぎれば固い決意も綻んで来る。ある日仕入れを終えた善吉は、友人の二平に酒に誘われた。酷く酔うほど飲まないが、一切飲まぬわけでないので善吉は喜んで彼に付き合った。

 里にある飲み屋で二人は色々と話す。これは何時もの事で「所帯はいつもつ」「好きな女はいねえか」とかそんな話ばかりだ。だがこの日、二平にはある思惑があった。実際思惑と言うほど上等な事ではないが、彼は久しく酔った姿を見せない友人に“飽きて”いたのである。

 

(善吉のやろう、店継いでから真面目になりやがって……)

 

 肴をつまみながらにこやかに話す善吉を見て、二平は不適に笑った。二平は、善吉の遊び友達であった。里の中では、誰もが知り合いであるが、二人は特に付き合いがあった。善吉が遊び人である前からの仲で、上白沢慧音の寺子屋にもそろって世話になった。そんな仲であるので、善吉が父を案じて店を継いだ時は、もちろんその判断を尊重し、善吉を励ましちょくちょく相談にものった。だが酒を遠慮がちになった事は面白くなかった。真面目になった善吉を度々飲みに誘い、何度も「飲め飲め」と言ったが、「いや、もう俺は懲りた、酔わんと決めた」と言って、かつての頃を知る二平を驚かせた。しかし酒に口はつけるところを見て、二平はそこをつこうと決める。

 二平と言う男は、口が上手い男であった。何度も“真面目”な善吉を誘い、彼の飲むペースや、話のタイミング、酒の好みを知ると、そこから薦めると断れないタイミングを導きだし言葉巧みに「飲めや、飲めや」と一杯、また一杯と注ぎ足した。

 初めは「いや、困る」と言っていた善吉であったが、一度淹れられた酒を捨てるのも飲まれるのも不本意だった。元より酒好きなので、「しかたない」と言いながらも一杯、また一杯とそのペースは、かつての遊び歩いていた頃に戻っていた。

 こうなると二平も善吉も愉快になる。互い5年の間腹のそこから笑う事も少なくなっていたので、ここぞとばかりに飲んで騒いだ。そして酔いが回ると二平がある事を提案した。

 

「なあ、なあ善吉」

「なんだい、二平」

「あれ、噂“温暖化”の事だけどねえ」

「そのことか……」

「噂の出所、こりゃわからねえがねえ……俺は、これは物ノ怪に化かされたようなもんと思うのよ」

「ほーん」

「誰も彼もが馬鹿みたいに“温暖化”と騒ぐ、人は噂に踊らされてるわけだ」

「むう」

「そこで一つ“遊ぼう”じゃねえか。里のやつら、どんだけ“温暖化”なんか信じてるかをねえ」

「そりゃ……面白そうだねえ」

 

 と、完全に善吉も二平も、5年前の遊び人の調子に戻っていた。

 この二人、慧音の寺子屋時代から里で悪戯好きな悪童として有名であった。悪戯が過ぎて拳骨をもらった事は数え切れない。大人になると流石に大人しくなったものだが、酒が入ると、むくむく、と昔の頃のような悪戯心が湧き上がってきた。

 まず提案した二平が動く。里の皆が騒ぐ“温暖化”。彼は、これをまるで信じてはいない。そもそもどう言ったものかもよくわからないので、善吉に言った通り「物ノ怪に化かされた」程度に思っていた。つまり、狐狸妖怪闊歩する幻想郷ではよくある事という意味だ。そこでそれに便乗して“遊んで”やろうと思った。

 二平の仕事は“大工”であった。それも里では、中々に知られた腕前で、かつての悪童であっても大工としての信頼は厚い。その二平、少し工夫すれば簡単に社の一つ二つ作って見せた。これを闇夜に紛れて、そっと、里の中に設置してみせる。丁寧に“温暖化大明神”の名を添えて。

 これを読む皆様は、もうお分かりであろう。夢に神が現れた、と証言した大工、そして里に“温暖化大明神”の社を置いたのは、この二平であった。ことの始まりは、つまらぬ酒の席での提案であったのだ。

 それはともかく、ぱっと湧き出たような社に里の皆が騒いだのは言うまでも無く、先述の通り皆々「なにを馬鹿な」と言いながら、内心気が気でなかった。

 そこで最後の一仕事をしたのが善吉である。彼は民衆にまじり、一度か二度だけ“賽銭”を入れたのだ。

 その後の流れは知っての通り、皆の不安をあおり“温暖化大明神”の存在を決定付けていった。賽銭も増えていき、ここまで善吉達は愉快であった。

 

「わははは、みたかよ二平。皆が皆賽銭を入れていくぜ」

「まったく、おらぬ神を信じてるよ。ふふ、みな暑さでまいったようだ」

 

 と、二人酒をかわして笑っていた。二人は、賽銭をいただく気など無く、ある程度賽銭を入れる者が出たら、社を作った二平が「やはり気のせいに思えて……」とでも言いながら、賽銭もすべて返して社を壊せばいいと思っていた。

 二人にとって予想外だったのは、賽銭を入れる者が予想以上にいたことである。二、三日経って社を壊そうと思っていた二人だが、その時になって賽銭箱一杯の賽銭を見て“怖くなった”のだ。決して賽銭をそのまま貰ってしまうなどと言う欲は一切出なかった。二人そろって、この場に来て「しまった」と思った。

 どうする、どうする、と二人怯えてしまい、当初の予定通りに“気のせい”にしてしまえばよかったものを、愚かにも賽銭の量が量なので混乱したのか二平の家では怪しまれると言って、なんと善吉の部屋に賽銭を全て隠してしまったのだ。

 次の日すっかり空になった賽銭箱が、社に戻された。

 二人は悩んだ。一度隠してしまった以上、“気のせい”ですまなくしてしまった。とにかく何とかせねばと不安でたまらない二人だったが、すぐに賽銭箱は一杯になってしまった。二人はまいって、倒れそうになった。

 そして、二度目の賽銭が溜まった夜のこと。皆が寝静まる中で、闇にまぎれてこそこそと動く人影が里にあった。善吉、二平の二人だった。盗賊のように顔を隠して、しぐさも盗賊そのものだった。

 

「ぜ、善吉……こ、これはいよいよ、まずいなあ」

「二平、ばか、とにかく今はなんとか、しないと……」

 

 などと、怯えた声を出しながら二人は賽銭箱の前に来た。

 我々の住む世界と違って、電気の街灯など無いので二人を照らすのは月明かりのみ。それでも目を凝らしてやっと二人は見える程度、なので後ろめたい事をするには夜に限る。二人は急いで賽銭箱をどけると、二平が別に担いできた“空の賽銭箱”を換わりに置いたジャラジャラ音を立てて中身を出せないので、二人でそのまま運ぼうと言うのだ。

 

「そら、急げ」

 

 と、音を立てぬようにしながらも二人は急ぎ善吉の家に向かった。一度目の夜は、ビクビクと震えていたが、二度目になると度胸がついたのか、二人の足取りは慣れたものだった。そしてなんとか富家に着き、裏口から賽銭箱を入れようと、善吉が扉をあけた。

 

「あっ」

 

 と、善吉が声を上げた。二人の目の前に、なんと上白沢慧音、権兵衛、そして寝ているはずの父、善次郎が怒りの形相で仁王立ちしていた。

 

「馬鹿者っ!!」

 

 と、二人が何かを言う前に、慧音が里に響き渡るような怒号を上げて二人の頭に向かって、強烈な頭突きをおみまいした。富家が震えるような音をたて繰り出された頭突きに、たまらぬ二人は「ぎゃあっ」「うわあっ」と悲鳴を上げて転がる。そして善次郎が悶え転がる善吉の胸倉をつかみ引き上げると「この馬鹿息子っ!!」と握った拳を善吉の頬へ思い切り叩きつけた。

 

「お、親父」

「最近やっと大人しくなったと思えば、こんなつまらねえ事をしてっ!!」

「う、うう……」

「権や慧音先生が……最初、これ以上馬鹿な事させちゃいけねえって、けど一度だけ待とうって、自分から白状してくれないかって、思って、心配してくださって、おまえ、それなのに……」

「あう、ううぅ……」

 

 善吉はたまらずその場で泣き崩れた。父の言葉には、怒りのほかに自分を想う親の情があった。それを善吉は感じた。だからつらかった。

 自分が情けなかった。酒を控えて真面目になったはずが、悪戯心を抑えられなかった。そして老いた父にここまで心配させてしまった。腰も曲がって、弱っていたはずの父の拳は、慧音の頭突きよりも痛かった。

 

 五

 

 後日、リグルは権兵衛の家を訪ねた。相変わらず襤褸家は見るだけで不安になるが、権兵衛が縁側でまた慧音と話しているのをみて、少し安心した。権兵衛は直ぐにリグルを手招きすると、また茶を入れて彼女に出した。

 

「結局、二人はどうなったのさ」

 

 善吉、二平による“悪戯”は、一気に里すべてに知られる事になった。そして里の方々に善吉と共に頭を下げて回る善次郎の姿が里にはあった。二平はと言うと、彼は数年前に親を亡くしているのだが、親代わりとも言え、彼を大工として鍛えていた親方、源五郎が「俺も申し訳がねえ」と言って、後日再び二平を連れて回ったと言う。無論皆が出した賽銭は、数が数なので手間取りはしたが、しっかりと返された。

 また里の寄り合いに出た慧音は、険しい顔で言った。

 

「二人が悪いのは勿論だが、皆こうも迂闊に噂に踊らされてはいかん」

 

 と、一連の“温暖化”と言う噂に不安を感じるのは仕方ないとしても、いもせぬ神を信じる事を咎めた。里の皆は、慧音が言うように自分達も噂を真に受けていた、戒めとするし、賽銭を返してもらえば、と特に二人を責めはしなかった。なにより、二人がお互いを庇うのだ。二平は「俺が善吉を唆した、俺がわるかった」と言うと「俺も我慢できなかった、俺が二平を止めておけばよかったのだから二平は悪くない」と善吉が必死に庇う。これを見てると、なんだか見ている方も馬鹿らしいので「しかたないな」となってしまった。ただし歳に似合わぬ悪質ながら幼稚な悪戯に、二人とも今後死ぬまでからかわれるのは間違いない。これは二人も承知だろう。

 慧音は心底反省した二人へ「今後は真面目に、仕事に励め」とだけ言った。寺子屋の生徒だった時と同じ、厳しくも優しい言い方に、頭突きで打たれた頭が悪童時代何度も慧音に頭突きでお叱りを受けたのを思い出し、その懐かしさと慧音の変わらぬ懐の深さに二人は、おいおい、と泣きっぱなしであった。

 

「二人は今必死に働いてるよ。それに、酒に溺れぬなかれ、飲むなと言わないがほどほどに、とね」

「はあ、まあ人が死んだとかじゃないし、妥当なのかな」

 

 ここでリグルは疑問があった。

 

「しかし権兵衛、なぜ善吉が犯人とわかったのさ」

 

 今回の事件、すぐに善吉、二平が臭いと睨んだのは、権兵衛であった。慧音から問題の解決を頼まれた彼は、まず慧音に賽銭を先に入れた人物を尋ねた。社ができた次の日、善吉はある程度人が集まった時、その場で賽銭を入れた。すると里の皆は、だんだんと自分も入れようか、となった。それを聞き権兵衛は、善吉と大工である二平の関係を調べた。すると二人は、古くからの友人でしかも昔は悪戯好きの悪童と聞いた。

 こうなると権兵衛は直ぐに善吉の動きを探った。もっともよれたワイシャツ姿で、リグルに妖怪と思われるような風貌なので和服に変えたところで密偵のような事はできない。だからもう開き直る。権兵衛は堂々と二人がよく立ちよる飲み屋へと向かい、飯と酒を頼みそのついでの世間話をしながら、さり気無く店主に二人が最近よく来るか聞いたのだ。善吉達が阿呆な悪戯をしてると知らぬ店主の親父は、なにも考えずに「来てるよ、最近は特に」「善吉は特になあ、最近あそこまで飲んでなかったから覚えてるよ」と事細かに話した。

 ますます怪しいと思った権兵衛は、二人が飲み屋に行く日を狙い、慧音と共に富家へ赴き、善次郎に「最近になって善吉の酒の量が増えたそうで、彼の部屋で確認したい事がある」とこれまた堂々と頼んだのだ。これで普通ならば息子を信じ庇う事もありえるが、善次郎には予感があった。この頃になると、善吉の挙動が不安の所為で怪しくなっていたし、この数年、落ち着いた様子の息子だったが、しかし酒が絡むと話は別だった。そして慧音がいるのも重要で、権兵衛だけでなく里で特に信頼の高い彼女がいるとなると彼も「やはり……」と不安になったのだ。善吉の帰らぬ内に手早く彼の部屋を改めると、案の定賽銭がたんまり入った賽銭箱が床下から出てきた。

 この時の善次郎の怒りたるや、「今にも飲み屋にいる善吉の元へ駆け出して彼を殺しかねなかったなあ」と、冷や汗を流し権兵衛は言う。

 ともかく権兵衛ら二人は、怒り狂う善次郎を落ち着かせた。

 

「一度待ちましょう、そろそろ賽銭もたまるから……どうせこの金は使ってませんよ、こんな小さな里で、こんなやり方で手に入れたもの……善吉自身不安そうにしてるようだからなあ、それで彼が自分で白状するか……まだ隠すか……」

 

 と、一度だけ見守ることにした。

 そして善吉、二平二人が賽銭箱を運ぼうとしたあの夜。ひそかに富家へ潜り込んでいた権兵衛と慧音は、二人が二度目の犯行に及ぶのを見て「見逃せぬ」と唸った。その後の流れは、知っての通りである。

 

「手柄だったな、権兵衛」

「へっへっ……手柄と言うことでもないですよ、どうせわかることでした。隠し通せる事じゃないからなあ、親父さんに見つかるか、自ら白状するのが先だったか……」

「いや、しかし助かったのは事実だよ。二人も懲りたろうからな、これでよかったのだよ」

 

 慧音は息を吐いたが、それは安堵からくるものだろう。だがこの安堵は、善吉ら二人を捕らえられた事が全てではなかった。

 

「あの二人は、よく知らずにやったろうが……あのままでは、最悪“温暖化大明神”が生まれてしまった」

「ほう?」

 

 このことが慧音の最も危惧したことだった。彼女の言葉を聴き、リグルもまた、「ああ、やっぱり」と頷いていたが、一人権兵衛、首をかしげた。

 

「権兵衛は、ここへ来て一年と少しだっけ、ならよくわからんかもしれないね」

「神と言うのは、人の信仰を得て姿を保つのだ。博麗、守矢の神々もしかり。逆に信仰がなければ姿を保てぬ」

「はあ」

「無論、“温暖化大明神”なんて神はおらん。だが、あまりに人がそれを信じてしまうと」

「生まれる、と?」

「そう言うことだ」

 

 今回はまだ里の人間の多くに懐疑的であった。これが里の皆悉く信じてしまえば、力は弱くても“神”が生まれる可能性がある。

 

「そうなればとても里内での問題ではすまない、間違いなく博麗の巫女のみならず、八雲紫も動いたに違いない」

「ははあ、噂の紫さんがねえ」

 

 八雲紫、というのは言ってしまえばこの幻想郷を作った賢者だと権兵衛は聞いている。普段は“マヨヒガ”と呼ばれる場所に住むとか言われているが、実際のところ定かでなく、彼女自身あまり外に出歩かないらしく、その姿を見た事は権兵衛自身はないが、慧音曰く「八雲紫は、必ずお前を知っている」との事。権兵衛が外から来た故か、それは紫本人が知る。

 彼女は幻想郷の管理も行っているので、外から流れてくるものや、幻想郷にいなかったものが増えるのには敏感だ。そのスタンスは「全てを受け入れる」との事で、これも慧音から権兵衛が聞いたもので、比較的緩いと受け取れるのだが、だからと言ってぽんぽんと神仏が増えられては、幻想郷のパワーバランスが崩れてしまうので流石に黙ってはないだろう。

 ともかく、珍妙極まる“温暖化大明神”などが誕生する前に事態の沈静化が出来たのは、とにかく慧音にとっては重畳であった。

 

「考えてみろ、あんなものが生まれて何があるか……それこそ本当に“温暖化”がここで起こりかねん」

「あ、そうだよ」

 

 と、ここでリグルが声を上げた。

 

「その“温暖化”、結局それ自体はなんだったのかなあ」

 

 今回の騒動以来、里で持ちきりだった“温暖化”の噂も一緒に消えていった。一夏ももたぬ噂であった。虫の愚痴も無くなったので、リグルも安心したが、結局噂はなんだったのか。

 さて、それを聞いて権兵衛が「くっくっ」と笑う。彼はごちゃごちゃの部屋から何か一枚の紙を取り出すとそれを広げた。

 

「見なよ、これを」

「なんだいこりゃ?」

 

 そこには大きく、「温暖化防止 地球を 救おう」と言う言葉と、溶ける氷の絵が描かれていた。

 

「里で拾ったのさ、色の褪せ方から十何年か前だろうねえ。外じゃ温暖化が深刻だからなあ、こんなポスターを子供なんかに描かせてるのさ」

「なるほど、それが流れこんだか」

「捨ててあったからなあ、もはや誰が見たのか、誰が言い出したのかまではわからないけど、発端はこの一枚だろうなあ」

 

 我々の日本で、一枚の「温暖化防止ポスター」が無くなる。これに気がつく人は何人いるだろう。いや、元より忘れられたのかもしれない。だからこそ、ここにある。

 そこで慧音が「おお」と手をポンとたたいた。

 

「なにか?」

「うむ、まあ面白い事を思いついたよ、ふふふ」

「ははあ、面白いなら良い事でしょうねえ」

「そうだなあ……しかし権兵衛、お前もう少し部屋を綺麗にできんのか?」

 

 慧音が襤褸家の中を指差し責めると、リグルも強く頷いた。

 

「君これじゃあ妖怪だって近づきたくないよ」

「せめて外から見える部屋ぐらい片付けんか、いつも縁側でしか腰を落ち着けられん」

「へ、へへへ……まいったなあ」

 

 と、権兵衛は弱った様子で茶をすすった。

 後日、慧音の寺子屋では「偽神に疑心せよ」と、今回の騒動を戒めるポスターを子供達に描かせ、一際上手く描けたものを、数日だけ里に一枚張っておいた。なんとも幼稚な絵と文字であったが、人々はそれを見ると足を止め、善吉、二平の二人を酷く赤面させたのは言うまでもない。

 

 

 




なにやら続きそうなフレーズを散りばめておりますが、あと二話か三話ぐらいを書く程度かと思います。

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