Bloodborne 露纏いの狩人と物狂いの教授 作:J.D.(旧名:年老いた青年)
千景の狩人が行ってくる遺骨→居合→回避x2→銃撃→内臓コンボが怖い今日この頃。
内臓攻撃には気をつけよう!
アタシ――メリッサ=プロウライトが目を覚ますと、そこは暗い部屋の手術台の上であった。
着ている服からはいつの間にか湿り気が消えており、外套に至っては綺麗な状態で支柱に掛けられていた。僅かばかりの荷物を入れている肩掛け鞄も共にあり、中身は手を付けられていない様だ。すぐさま台から起き上がってそれらを身に付ける。
……頭はあの『血の医療』の影響なのか、ぼんやりとしていて深く考える事が出来ない。特に過去を思い出すのはとにかく苦労する。まあ、少なくとも前までに覚えていた不快感の殆どは消えたのだから一先ずは良しとしよう。
しかし診察代を払おうにも肝心のあの老医者がいない。近くの台では来た時にまだ居なかった爺様が寝ていたがアイツとは別人だ。
仕方なく奴を探そうと建物の入り口まで僅かな明かりを便りに少しずつ進んでいった所で……アタシは
最初は診療所には不釣り合いな、金持ち道楽の毛皮の敷物だと思った。
次に息遣いと脈動しているのを見て、この診療所で飼っている動物かと考えた。
次にその伸びた手足と口がくわえる死人の腕を見て、それがあの夢の中に出た怪物とようやく認識した。
外見は狼や犬に似ているがまるで地面を這う人間のように長い手足を持ち、二足で立ち上がれば私の身の丈くらいは優に越えそうな巨体。そしてそれが人間を食らっている。
しかも何より都合が悪いのは、ソイツが死体の倒れている診療所の出口にぴったりと陣取っていたからだ。
過去を詳しく思い出すことは出来ないが、かなり暴力的なことをやってきたという漠然とした感じはあった。しかし……あんな御伽噺に出てくるような怪物など戦うどころか見たこともない。
薄暗がりになっている部屋の端から回り込むのも考えてはみたが、そもそもが入り口をその体でぴったりと塞いでいるのだ。踏んづけるか飛び越してでも行かない限り通り抜けるのは難しい。おまけに玄関は閉まったままであり、あの重い扉を開けている間に背後からバックリ……なんて事になるのが関の山か。
近くにある武器になりそうな物と言えば……輸血に使った支柱と手術台くらいか。刃物か何かあれば多少は違うだろうがそれは無いものねだりという奴だ。
「うおおおおォッ!」
アタシは意を決し、手術台を勢い良く怪物へと向けて蹴りつけ押し出した。それを難なく飛び上がって避ける獣だが、その脇腹へアタシの振るう支柱が炸裂する。両端から突き出たフックがめり込み、その薄汚い毛皮を抉って血を撒き散らす。
しかし怯んだのは僅かであり鋭い爪を勢い良く振り翳してくるのを、支柱を捨てローリングすることで何とか回避する。
手元から数少ない武器を失い、相手は隙を見せれば直ぐ様その爪と牙で致命傷になり得る一撃を与えてくる怪物。
私は背を見せないようにゆっくりと後退りするがそれに合わせて獣も獲物をいたぶる猫のように私へとにじり寄る。
……そうしている内に背に棚がぶつかり、カタン、と物音を立てる。それを合図と見たか相手は素早い身のこなしで両腕を広げ飛び掛かってくる。
左右……このまま避けてもあの長い爪に持ってかれる、無理だ。
背後……棚があってこれ以上下がれない、幽霊のようにすり抜けが出来るなら別だがアタシには無理だ。
となると、残るは――前か。
一か八か、アタシは相手の懐へと飛び込む。
作戦は先程支柱で抉ってやった脇腹と振り上げてる腕の間をすり抜けて、隙がありゃそのまま離脱。実にシンプルで、その実はメチャクチャに難しい。
しかし、時間というものは実に無情である。悩む暇もなく彼女は自らの命を懸けた無謀な作戦の実行を余儀なくされる。
動きつつある相手の懐へステップで飛び込み距離を合わせ、そこからローリングで脇に開く僅かな隙間へと体を放り込むことで脚に浅くない傷を負うも攻撃を回避。怪物はそのまま彼女の背後にあった戸棚を抱擁すると、凄まじい膂力で瞬く間にそれを廃材へと変えた。
「グギャオオオアアッ!」
収められていた薬品の瓶が床で割られたのだろうか、強烈なアルコールをはじめとした刺激臭が閉鎖空間である部屋に満ちる。見た目からして嗅覚もイヌ科のそれなのか、この臭いはかなり堪えるらしい。鼻を押さえて暴れ回っている間にアタシはその無防備な腰へ渾身の蹴りを放つ。ベキリ、ミシリと靴底に伝わる骨を折った感触に顔を僅かに顰め、そしてこれを好機と――脇腹の傷を貫手で抉った。
「あああああっ!!」
傷口の奥深くにある血と臓物の温かな感触を掴みながら、私は叫ぶ。何故、突然こんな奇行に及んだのかはアタシにも分からなかった。ただ脳裏にこれがやれる、やるべきだと咄嗟に浮かび、それに従ったのだ。
――憎い。
頬に触れねっとりと絡み付く血の感触を味わいながら、心にそんな感情がどうしようもなく溢れてきた。
そしてその感情に従うままにアタシは滑る内臓をしっかりと掴み……そのまま怪物より幾ばくかの肉片を簒奪する。灰色混じりの鮮血が顔と外套を酷く濡らし、絶叫を上げて怪物は息絶える。手に握られたヒクヒクと蠢くモノはアタシに僅かな興奮と陶酔感、そして……それを徹底的に塗り潰すような強い憎悪を与えた。
慌ててソレを手放して近くの手術台に敷かれた不衛生な布を用い丹念にこびりつく死血を拭い去るも、手には僅かな死血と老廃物の屑と混じり先程のような生暖かい嫌悪感が油汚れのようにへばり付いて離れない。
「――ああ、穢らわしい」
自然と、その言葉が口を突いた。
怪物の死体がいつの間にか消えていたのを確認した後、診療所から出るとそこから見えるヤーナムは不潔な血溜まりと屍肉の紅、そこかしこで燃やされる焚き火の朱、夕日より降り注ぐ緋に染められ古都の無機質で陰鬱な風景により一層の恐ろしさを生み出していた。
……あの老医者が語るように、これも彼の語った悪い夢の一つなのだろうか。気を失ってからどれだけの時間が経っているのかは判らないがあまりに凄惨で悍ましく、狂気と混沌に彩られた街並みは訪れた当初の静寂さを失いつつあった。
「ふう……ッ」
彼女はまず息を落ち着かせるために入り口近くの石段に腰掛けようとして、脚に怪物の爪で傷を負ったのを思い出した。以前、野犬に腕を噛まれた事があり傷を化膿させかけた経験のある彼女は変な病気を貰ってないかと慌てて脛部分を引き裂かれたスラックスを捲り上げるが、そこに傷は一つもなかった。流れ出たと思われる血は服の生地に付着していたが、傷がまるではじめから存在していなかったかのようにツルリとした肌が捲った裾から覗いている。
あの時に感じた痛みは確かに本物だった、それなのにある筈の傷がない。この現象がどうしようもない違和感としてメリッサの思考の端に刻まれる。
牽く馬の居ない馬車が路肩に棄てられ血と泥と腐肉と煤とで汚された石畳の道を行く最中で、メリッサの脳裏にジリジリと焦がすような痛みと共に一瞬の光景がフラッシュ・バックする。
それは彼女が、自らの拳で大の男を叩きのめしている光景だった。
男の顔は元から醜かったのだろうが最早それさえも気にはならないほど、それは顔の体を成しておらず辛うじて膨れ上がった面の中に目鼻口を見出だすことが出来る程度のものである。
記憶の中で自身の拳にべったりと付着する血と鼻水と唾液の混合物を見て思わず鳥肌が立ち、実際には着いていないにも関わらずアタシはつい反射的に腕を振り払ってしまった。
……この頭にある記憶の殆どが『血の医療』で消えてくれてよかった。この分じゃ、残りだってどうせ碌でもない記憶しかないだろうと解ったから。
「ああ、クソッタレめ」
腹立ち紛れにメリッサは路肩へと止められた馬車へと八つ当たりする。鋭く打ち込まれた蹴りは余程の力が込められていたのか木製の車体を大きく凹ませ、一部を陥没させるまでに至っていた。
違和感と疑念と苛立ちと、大荷物を抱えた彼女はこの現状を認識する情報を集めるためにヤーナムの中心部へと歩を進めるのであった。
背後にある診療所、その手術台の上で、かの老人が目を覚ました事も知らないまま……