Bloodborne 露纏いの狩人と物狂いの教授 作:J.D.(旧名:年老いた青年)
大型のボスなら楽勝で勝てる……そう思っていた時期が、私にもありました。(アメンドーズ後のえぶたそに絶望、そのまま無視してAエンドに逃げた作者)
私、ライオネル=コナーは気が付くと手術台の上で寝かせられていた。
――あの臨場感のある風景と感覚、おどろおどろしい怪物達は全て私の夢の中の産物だったのであろうか? まるで明晰夢でも見た後かのような今一落ち着かない感覚に現実ではあんな物が有り得る筈がない、在り得る筈がないのだと暗示のように唱えて気を鎮める。
しかし、あの怪物が万に一つの可能性として実在するのだとしたら……徹底的に研究し尽くしてみたい。どういった原理で浮遊するのか、無数にある触腕はそれぞれ何の用途で用いられるのか、人とコミュニケーションを取れるほど知能は発達しているのか、エトセトラエトセトラ……!
そこまでいって、自分が再び独りで気を昂らせていた事にやや赤面しながらゆったりとした深呼吸で息を整え、そして今思い付いた事を忘れまいとポケットから手帳を取り出し、そのページに素早く書き記す。
「あっ」
知識欲を心地よく刺激してくれる久々の興奮からかペンに力が入り過ぎ、書いていたページの一部が破れて床に落ちる。
床の血がページに染み込んで内容を読み取れぬようになってしまう前に拾い上げようとした私は、そこで驚くべき光景を目にした。
あの夢に出てきた小人達が床から湧き出して私の手記を拾い上げると、そのまま……まるで東洋のキモノのように纏い始めたのだ。
「……ふむ」
突然の非日常的な光景を現実で見ることとなり非常に混乱していた頭を落ち着かせようと冷静なポージングだけでも行っておく。人の精神は行動に直結する、どちらか片方を傾ければもう片方も自然と……という奴だ。
まず、この小人のような生き物(?)は何なのだ?
身体の大きさは腰から下が地面に埋まっていて判別できないが、上半身部分の人間と同じような骨格が下にそのままあると仮定しても40~60cmほどだ。今の状態では私の脛の中程までに頭がくる大きさである。
そして顔立ちは個体差があり、中には人間に近い者もいるが醜い裂け目のような眼と口だったり、小石のような眼やギザギザの鋭い歯を持っていたりとこの世の生物とは思い難い者ばかり。
言葉を持つのか、人の言葉を理解できるかどうかは知らないが、話しかけると嗄れた笑い声のようなもので答えてくれる……勿論、私にはその声の意味は解らないが。
――生物学が専門ではないと言えども、これでも仕事上では多くの学徒に教えを授ける立場である私をしてこの生き物のようなものの正体は寡聞にして知らない。
しかし指で触れてみて分かる通り、この生き物は実在しているようだ。つまりこれは、あの触腕の怪物も実在する可能性に繋がる。
この世界は未だ人の解明されていない事象に満ち充ちている。その事実にライオネルの顔は笑みを形作り喜びの感情を露にする。
年老いてなお未知を欲するこの脳髄が発したあの甘美で悪魔的な快楽、その虜となって久しい私は手帳に再び湧き上がる仮説の数々を書き連ねていこうと筆を伸ばし――。
そこで彼は気付く。気付いてしまう。
彼の持っていた手帳……そこには今まで書き記し整然と並べられた仮説群が所狭しと積み重なり、最早マトモに書き込めるのは先程破り落としてしまい今は小人の衣服と化した最後のページだけだったのだ。
「うあああ……っ!」
欲していた未知を前にして、脳内に次々と浮上する閃きを記録に残せないことにライオネルは先程までとは打って変わって憔悴した顔で呻きながら白髪を掻き毟る。
それはまるで心の病に蝕まれているが如き様相であり、彼が周囲から『物狂い』などと揶揄される一端を示しているようだった。
「か、紙。書面に書き起こさなければ……ああ、閃きが消えてしまう。いかんいかん……!」
ライオネルはそう呟きながら他人の物であるにも関わらず周囲の書類を引っ掻き回して書き込める余白を探す。
誓約書、カルテ、未使用の羊皮紙、目につく紙の余白に事細かく様々な理論立った仮説や閃きの数々を落とし込んでいくと少しずつ気が静まってきたのか、彼のペン先を動かすスピードも徐々に落ちていった。
今回書き記した分はおおよそ羊皮紙四、五枚程度。実際には書類十数枚の余白に書き込んだのだが、持ち運ぶには然程困らない。
しかし他人の物に、それも重要そうな書類にまで書き込んでしまったのは如何したものか。こればかりは勝手に持ち出す訳にもいかない上、許可を貰う為の持ち主の居場所がまず分からない。
「ううむ……ん?」
爪先をトントンと突く感触に足元を見遣ると、私が持っているものと同じような手帳を捧げるように差し出してくる小人達。ひょっとして、これを私にくれると言うのだろうか?
試しに手帳の端を掴むと小人達はそのまま床へと潜っていってしまった。手帳は私の手に納められたまま。どうやら、そういう事らしい。
私は喜び勇んで手帳を開き、余所様の物に書き込んでしまった自らの記録を一つづつ渡された手帳に記し直していく。
――あの小人は兎も角として、あの黒い異形……これから何と呼称すべきか。異形の者? いや、黒き巨人? それとも、悍ましき触腕?
『
脳裏に広がる智慧の海原にポツリと一滴の言葉が落ち、染み込む。
これだ、この名前。実によく馴染む……“月の魔物についての考察”。ノートの数ページをアレと似ていなくもない絵と職業柄几帳面な文字とで埋め尽くした文章に、私はその題名を添えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これは……」
診療所の調べられる場所を隈無く探しても、あのご老人の姿は見当たらなかった。玄関前で一人の男がまるで『猛獣にでもやられた』かのような傷で死んでいたが、顔つきは毛深く老人という歳でもない別人。
周囲には破壊の痕跡が幾つも残っており、床板に走る爪痕や亀裂。ドロリと鉄と獣の臭いを発しながら深く染み込んだ灰色混じりの血溜まり。腐臭と共に醸し出される只ならぬ雰囲気にライオネルは己の危機を感じ、自身の荷物である鞄から一つの塊を取り出した。
――やはり未知とは素晴らしい。見識を広げ、世界を拡張し、そして自らの存在格を高める夢の宝物庫。しかし、財宝は時に竜など超常の怪物によって阻まれる事も確か。故に知識人と言えども暴力装置の一つ二つは持つべきなのだ。
鞄から取り出された物――それは小さく纏め上げられた拳銃用のベルトホルスターだった。彼はそれを手早く広げて腰に回し、ボタン式の固定器具で留め中に納められていた銃を引き抜く。
最低限の整備だけはされていたのだろうと思わせる鈍い光を放つ回転式シリンダー。英国の厳格さを示す6インチのオクタゴンバレル。持ち主の拘りと財力を見せつけるような象牙製スムースグリップ。
“ウェブリー Mk.VI”と呼ばれるリボルバー拳銃を皺だらけになったその手に握り、物狂いの教授はこの体験の先に鎮座する筈の叡智の存在を幻視し死人を前にしているにも関わらず心を躍らせる。
――こういった経験が堪らない。危険を犯す事なく手に入れる欠片ほどの智慧もいいが、やはり命の危険に曝されてから得た巨大な叡智の方が何万倍も尊く、そして美しく感じる……私はそれを、心の底から欲しているのだ。
彼は期待と興奮で今にも破裂してしまいそうな心臓を左手で抑えながら、嬉々として古都から死都へとなりつつあるヤーナム……その中心部へと繰り出していった。
パンドラの箱の中に残された最後の一欠片、『
[使者の手記衣]
勘違いした使者の装飾。
遠い昔に狩人より託され、今では本人と共にその存在も忘れられた手記を、自らの身体に纏ったもの。乱暴な扱いは一切しておらず、書かれた内容は着用されたままでも読むことができる。
使者は狩人を慕うが故に、既に意味を失った物さえも丁重に扱うのだろうか。
切り株の洞に住む使者達は、装飾に興味があるらしい。
どうせ児戯とて、まあ喜ぶのなら良いではないか。
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[古びたリボルバー]
異郷の地より持ち込まれた回転する弾倉を持つ連発式短銃。
それから放たれる鉛の弾は人体に有効だが、獣に対しての効果は期待できない。
洗練された機構はヤーナムのそれを数段上回る、人間を取り巻く常識の範疇内でのみ他者を殺す為に生み出された合理的な凶器だ。その小さな弾丸は獣を狩るにはあまりにも心細く、然れど力無き者の拠る辺となるだろうか。