Bloodborne 露纏いの狩人と物狂いの教授 作:J.D.(旧名:年老いた青年)
「……ほお」
「随分とまあ……」
二人が招かれた建物、『夢の工房』は雑多な武器や衣装、使い方も分からないような道具で満ち溢れた古工房だが、煩雑としていても不思議と清潔感と暖かみのある場所だった。
「見ての通りむさ苦しい所だが、椅子に座って楽にしていてほしい……そうだな。少々待っていてくれ――」
差し出した椅子に新しい狩人達が座ったのを確認するとハンスは備え付けられた大きなチェストを漁り始める。そして取り出したのは二人分の『狩装束』。
「生憎私の御古で同じ物は用意できてないのだが、どちらも性能は保証するよ」
「ふむ、なら先手は君に譲るよ」
「そりゃどうも……どれどれ」
ライオネルに先を譲られまずメリッサが生地を確かめるように触る。
――ヤーナムの『獣狩り』において『獣』と正面切って対峙するという事は即ち死を意味するため、基本的に『狩装束』に防御の概念は存在しない。あるのは狩人として十全の動きを阻害しない機動力と、爪や牙による致命傷を僅かに防ぐ程度の防護能力だけだ。
「――こっちを貰うとするよ、あんまりヒラヒラした服は好かないからね」
熟考の末、メリッサは『ヤーナムの狩装束』と呼ばれる分厚い革を多用した装束を選んだ。具体的な理由としては全体的に頑強で堅実な構造が特に気に入ったからだが……
「では私がコレか」
彼女にはライオネルの手に取ったもう一方、『狩人の装束』と呼ばれる短マント付きのロングコートがどうにも好きにはなれなかった。
実用面での性能は狩人という仕事に対して普遍的な物で非常に良い筈なのだが、この装束の全体的にヒラヒラしたデザインが荒事に向かないという先入観と忌避感を彼女に与えた。
「着方を教える必要は――」
「自分で覚える」
「あ、アハハ……その、ごゆっくり」
ハンスの言葉に下心はないように見えたが、持ち前の強烈な睨みで男性陣を工房から追い払うと彼女は狩装束へと着替えるため身に付けていた外套に手を掛けた。
ボディーラインを隠すような分厚い黒コートの下には男物のシャツ&ベスト。やや瞬巡してから彼女は脱ぎかけたベストのボタンを留め直して腰のベルトを外し、スラックスから狩装束のパンツへと履き替えた。しっとりとした質感が脚を包む。
続いてセンターベントの深いロングコートへと袖を通すと、意外にも軽いことにアタシは驚いた。どう見たって重厚な革で作られているのにまるでフェルトの厚着でも着ているような軽さ、驚くなというのが無理な話だ。
両肩から胸元と背中で
最後にブーツを履き、トリコーン帽を被る。トリコーン帽と共に用意されていた口許を覆い隠すマスクもあったのだが、あれは如何せん息苦しく蒸れるし、くすぐったくなって仕方がないので着用しなかった。
「――もう入っても構わないよ」
「やれやれ、漸くか。女性というのはいつの世も男性を待たせるものだ――ッ、一応男物だからとサイズや色々と心配していたが、随分と似合ってるじゃないか」
許可と同時に捲し立てるような口調で詰め寄る『助言者』であったが、彼女の服装を見るなり忽ち顔色を変えて誉め出す。全く現金なものだと呆れていると彼の背後にいた老人も狩装束に着替えていながらメリッサと似たような表情で苦笑していた。
「君のような人が助けになってくれるのであれば心強い、私も安心できるよ」
ライオネルはハンスに次いでメリッサに相対すると枯れた羽根の飾られたトリコーン帽を外して伸びた白髪を晒し会釈する。
『狩人の装束』と相俟ってその様相はさながら高位の貴族のようであったが、彼の落ち着いた口調とは裏腹に何かを期待する少年のようなソワソワとした態度には思わず可笑しくなってしまった。
「まったく、爺さんはなんだってそんなに楽しそうにしてられんだ? これからやろうとしてるのは――化け物との殺し合いみたいなモンだろ?」
「例え汚泥に塗れた秘密であろうと、未知なる事象に心躍らぬ学者もおるまい。況してやそれを自ら経験できると言うのならば、私でなくともこうなるだろうさ」
そう言い退けてくつくつと笑う老人にメリッサは頬が引き攣ったような苦笑いを浮かべるしかなかった。言いたい事は分かるが、小難しい言葉ばかり並べ立てられても学のないアタシにはまどろっこし過ぎるだけンだよクソジジィ! などと心中暴言で荒れ狂ってはいたが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「狩人の動きは基本的に攻撃、銃撃、回避の三つだけを考えろ」
場所は移り変わって『狩人の夢』の下部にある門の先、大樹の下の白い花畑。
三本指を立てながらハンスは何処から現れたのか、短い槍を取り出した。そしてそれを杖のように突くと――そのまま車椅子から立ち上がったではないか。
先程まで脚が悪いから車椅子に座っていると思っていたアタシと爺様はその光景に呆気にとられてしまった。
そんな此方側の思いは露知らず、ハンスは空を切り裂くように槍を振るう。二撃、三撃と続いて四撃目で大きく払い、五撃目で彼が突きと同時に柄を伸ばすように力を込めると武器が瞬く間に長い十文字槍へと変形していった。
「まずは攻撃――『仕掛け武器』は普通の武器みたいにただ振り回すだけじゃなく、変形も意識していけ。切り替える事で武器の特性を変え、相手に対応させていくんだ」
槍を地面に突き刺したハンスは続いて腰に吊るしたマスケット式の騎兵銃を抜き見えない的へ向かって片手で構える。
「次に銃撃だ――とは言っても、銃は基本的に獣に対する決定打にはならない。あくまでも動きを止める為に使うんだ」
そのまま銃を吊り直すとハンスは霞むような速さでメリッサの眼前に踏み込み、続いて傍にいたライオネルの背後に現れ銃の形にした指先を背中に突き立てた。
「最後に回避或いは接近――獣の動きは人間とは比べ物にならないほど素早い。相手に合わせ、ステップやローリングなどの最小限の動きで回避するんだ……以上、質問はあるかね?」
「アンタ……立てたのかよ。それの方が驚きだが、話は分かった。攻撃、銃撃、回避だな?」
「そうだ、心配しなくても何れは出来るようになる――否。なってもらわなくてはならない、だ」
おどけたような態度を見せる助言者にアタシは何とかそれだけを絞り出すとそのまま腰を抜かしてしまった。
なんだ、アレ。
アタシみたいなゴロツキとは比較するのも憚られるほど、溢れる強者としての風格。特に最後のステップなんて、人間の出来る動きと速さじゃない。
アレを、アレをやれと?
呆然としながら尻餅を付いたアタシの手首に触れる、ヒヤリとした冷たい感覚。
思わず手を引っ込めてそちらを見遣ると、そこにいたのは地面から生える異形の小人。『使者』と呼ばれるナニかだった。その手には、先程工房の壁や道具箱の中で見た仕掛け武器や銃を携えている。まるで使えとでも言わんばかりにアタシ達へとその細々しい腕で突き出していた。
「フフフッ、使者も君達を心配しているようだね……ほら、彼らから使いたい武器を受け取るんだ。言うまでもないが、間違っても武器に使われるなんて事のないようにね」
再び車椅子に座ったハンスから言われるそんな言葉も、今のアタシには反論する気力はなかった。当然だろう、先程まで大したことないと思っていた男がまさか化け物のような人物だと知ったのなら誰だってこんな反応になる。
そんなこんなで、アタシと爺様は使者に突き出された武器を見る。
峰にノコギリの刃が付いた長柄の鉈、柄を伸ばすとハルバードのようになる手斧、数珠繋ぎの刃で出来た鞭に変形するステッキ、小型と大型のマスケット銃。
どれもこれも凶悪な外観であり、なるほど診療所で見てきたような怪物を殺すにはこれくらいの物は必要だろうとアタシ達は不思議と納得していた。
助言者の言葉が頭にこびりつきながら熟考に熟考を重ねた結論として。アタシはノコギリ鉈と散弾銃、爺様は伸縮斧と同じく散弾銃を選んだ。爺様にそんな武器は使えるのかと聞くと力がない分を重さで補うと言った。老体の枝のような腕で本当に振れるのか甚だ疑問だったが、実際に体を軸にして振るわれる一撃は年寄りにしては中々の攻撃だった。
それから他にも色々と道具箱より都合してもらった。『輸血液』と呼ばれる得体の知れない血の容器や狩りの銃器に使われる『水銀弾』。ノコギリ状の刃を持つ投げナイフ、火炎瓶。爺様は荒縄や予備のポーチなんかを受け取っていた。
それが終わるとアタシ達はそれらを服のポーチやベルト、弾帯に詰めると石段の端で工房から一番離れた墓石の前で立ち止まる。
「ええと――ここに手を翳して、あの街に戻るよう念じればいいんだったな?」
「そうだ」
肯定の言葉に二人で墓石に手を翳すと、ぼんやりと脳裏に浮かぶのはあの診療所の光景。そこには、前にはなかった筈の小さな灯りがポツリと存在し、そこを中心に照らされる部屋が見えた。
そこに行くことを念じると、ぐにゃりと視界が捻れるように歪んでいく。そして貧血の時に似た、すうっと血の気が落ちる感覚と共に景色さえも暗転してしまった。
「――願わくば、君達の『狩り』が正しく成就することを祈るよ」
[――の―槍]
―――狩人ハンスが――――――――――と連なった際、工房で自作した武器の一つ。
十字槍に変形する幅広の穂先は、相手の――で――する時にこそその真価を発揮する。
――を―――しく引き裂くという――しく――な機構は――――――――――としては――の分類に入る。然れど彼は血に酔い、――――――故にこれを愛用し、そして他に比類しないほど多くの――を――に――たと言う。
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[シュ――ヴ―――ェン]
身も凍るような―――――の彫金をあしらった長い白銀の銃身を持つ短銃。
――――――――――達が用いる“―――――”を基に作られたそれは銃弾に―――を取り巻く――を込める――が織り混ぜられており、被弾した者を忽ちの内に――つかせる。
――には全てが遺される。それが美しさであるのならば、死に逝く彼らも本望なのではないか。
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[湿った荒縄]
滑る液体で湿った、荒く結われた縄の束。
大型の獣にこそ通用しないが、小型の獣に対してならばその動きを制限する枷へと変わる。
また滑る液体は可燃性の油であり、荒縄の上から火にかける事でより強く長く燃えるだろう。
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[輸血液のポーチ]
狩装束に備え付けられたポーチとは別に用意された、外付けの収納ケース。主に未熟な狩人や心配性な者が身に付けるものである。
これにより通常よりも多くの輸血液を持つことが出来るが、その分だけ回避に支障が出る。
狩りに確実な事などなにひとつない。幾ら準備をしようと余裕などなく、それこそがこうした狩道具を生む所以でもある。