僕のエリカは、少し強がりだけど、とても繊細な女の子なんだ。

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Key Of Life

逸見エリカは、気が強い女だ。

 

だが、気が強い女が必ず、タフだとは限らない。

 

僕はそうじゃない女をたくさん見てきた。

 

気が強いけれど、タフじゃない女を、だ。

 

逸見エリカは、確実にそんな女だ。

 

そのことはわかりきっていた。

 

晴れた日に見える空の色よりも鮮やかにわかりやすい事実だ。

 

彼女は、とある試合に負けただけで、自分のハートをずたずたにしてしまっていた。

 

ハートが引き裂かれてしまったんだね。

 

可愛そうなエリカ。

 

あの娘は、引きこもってしまった。

 

だから僕は、彼女を慰めることにした。

 

仕事が終わった後、スーツのネクタイを緩めながら彼女の家の番号をプッシュする。

 

僕は、ついでに缶ビールの一つでも開けようと思ったけれど、コードの長さが足りないのでその行為は断念した。

 

なかなか出ない。

 

数えきれないほどのコール音を闇夜に投げかけていると、ようやくエリカが出た。

 

「やぁ、ダーリン。いとしい君の声が聴けてうれしいよ。調子はどうだい?」

 

「調子は最悪よ」

 

「そんな、二日酔いみたいな声を出さないでくれ。悲しくなるぜ?」

 

「あなたが悲しんでいるよりも、もっと深く私は悲しんでいるの」

 

「物事はだんだん良くなるさ」

 

「そんなの、まじないと同じよ」

 

ガチャリと音を立てて、電話が断たれた。

 

僕は小さく頷き、愛車に乗った。

 

外は雨だったが、そんなことは関係なかった。

 

少しでも早く、エリカの家にたどり着きたい。

 

僕は、真夜中のハイウェイを飛ばすことにした。

 

僕とエリカの家は離れている。

 

キャニオンを一つ越えて、大きな湖も周回しなくちゃならない。

 

その湖には、去年エリカと二人で遊びに行った。

 

僕たちが初めて口づけを交わした場所だ。

 

彼女の唇は、甘く、優雅だった。

 

僕はそれを懸命についばんだ。

 

そんなことを思い出しながら、カーラジオのスイッチを入れる。

 

おしゃべりなDJがつまらない与太話をした後で、気分のいいAORが流れだした。

 

まずまずの選曲だ。

 

僕はDJにチップをやってもいいと思った。

 

ハイウェイを飛ばす他の車のテールランプを見つめていると、不思議な気持ちになった。

 

みんなどこかへ向かってる。

 

誰かに会おうとしている。

 

 

エリカの家に着くと、僕は扉を叩いた。

 

彼女の家は古い農家で、10エーカーのコーン畑を所有している。

 

扉は木製だった。

 

僕が叩くごとに軋んだ音を立てた。

 

僕は「ノック・オン・ウッド」とつぶやいた。

 

これこそ本当のまじないだ。

 

やがて、扉がぎぎっと開き、太った女が顔を出した。

 

エリカの母親だ。

 

俺は心の中で、ビッグ・ファット・ママと呼んでいる。

 

「お母さん!」

 

ビッグ・ママがその分厚い指を立てて「しーっ」とつぶやいて微笑んだ。

 

「エリカは二階よ。行ってあげなさいな。あの子は素直じゃないけど、あなたのことを待ってるわ」

 

僕は頷いた。

 

ビッグ・ママは、いつもクールでチャーミングだ。

 

噂では、どこか風のひどく強い街の酒場で看板娘だったらしい。

 

20年前、そんな彼女の心を射止めた腕っ節の強い男が、エリカの親父さんだという。

 

エリカは、親父のことはあまり語りたがらない。

 

「帽子を置いたところが、あの人の家なのよ。それがどこでもね」

 

一度だけ自嘲気味にそう笑うので、僕はおどけてチャールストンを踊ってやった。

 

「それじゃ、世界中の帽子立てを僕が買い占めてやるよ」

 

「馬鹿な人」

 

それが僕たちの恋の始まりだった。

 

僕たちはそうして愛を育んできた。

 

それをここで終わらせるわけにはいかない。

 

僕は、口笛で『港の灯り』を吹きながら、軋む階段を二階へと登った。

 

エリカの部屋の前で立ち止まり、扉を優しくノックする。

 

「港から港へ旅をしてきた流れ者です。お嬢さん、僕の宿り木になっていただけませんか?」

 

すると、ほんの少しだけ扉が開く。

 

可愛い僕のエリカが顔をのぞかせた。

 

「馬鹿な人ね。ママが入れちゃったのね」

 

「彼女は慈悲深いよ。この哀れな子羊にチャンスをくれた」

 

「いいわ。入って。その代わり、スティーブ・ウィンウッドなんて歌わないでね」

 

「あんな歌うたわないよ。今夜僕が歌いたいのは、『恋のチャンスを』だ」

 

「勝手にピラミッドでも見てきて頂戴」

 

それでも、僕はエリカの部屋の中に入ることに成功した。

 

僕は彼女の前で軽いタップダンスを披露する。

 

「今夜は、あなたを慰めにきました。私の愛しい人」

 

「ねぇ、聞いて?」

 

「……何だい、エリカ?」

 

冗談めかした笑顔を辞めて、僕はエリカを見つめる。

 

エリカが訥々とつぶやいた。

 

「私ね、試合に負けたのよ。あの大事な試合に。私、役立たずなの。こんなふうに、恋にかまけている暇がないの。中途半端な人間になってしまっているの。恋に浮かれて、地に足もつかなくなって。まるで空を飛んでるみたいだった。寒い夜も暖かかった。でも、それじゃ駄目なのよ」

 

「ねぇ、エリカ」

 

「駄目、駄目なの」

 

僕はエリカを抱きしめた。

 

「君はおろかな娘だ。時間が有限なことに今更気がついたのかい。決められた一日を、恋と戦車道に費やせば、無理が来るのは当り前さ。それで、簡単に一つを放棄するというのかい?」

 

「そ、そうよ。それで何が悪いっていうの? 私はこれまでずっと戦車道を……」

 

「それじゃ、僕はどうなるんだい?」

 

「あ……」

 

「僕は君に捨てられた子犬になっちまう。君は僕のハートをフロアに放り投げるのかい? 誰かが代わりに拾ってくれるとでも思って? でも残念ながら、ここはディスコじゃない。このダンスフロアには君と僕しかいない。君が僕の心を拾い上げてくれるまで、僕の心は床に投げ出されたままだ」

 

「そんな、でも……」

 

「ひどい仕打ちは止めてくれよ。僕は心が凍えて死んでしまうぜ。僕はエスキモーじゃないんだ。冷え冷えとしたものには慣れていないんだ」

 

ここに来て、やっとエリカが微笑んだ。

 

「子供みたいな人ね。世界中の港を旅してきたんじゃなかったの?」

 

「温かい国限定だったんだ。僕はトロピカル・ダンディーだ」

 

僕は、口ひげがあるふりをして、それを撫でる仕草をした。

 

「ね。ここでも寒いよ。僕を温めてほしいんだ、エリカ。抱きしめて、キスをさせてくれ。君のその、極上のワインのような唇を味わいたい」

 

僕は彼女の返答を待たずに、口づけをする。

 

「まるでキャンティ・ワインだ。フルボディで、ふくらみがあるが、まだフレッシュだ」

 

「お口にあったかしら?」

 

「最高さ。これしか飲みたくないよ」

 

僕たちは、もう一度、口づけをする。

 

「エリカ。君は僕の人生の鍵だ。君がいなければ、僕の扉は開かない。僕という鍵穴に入って、まわして、扉を開けてくれ」

 

「それはあなたの心のことね」

 

「そうだ」

 

エリカは頷いた。

 

瞳が熱くうるんでいる。

 

もうすべては完全だった。

 

僕たちは、よりを戻すことができた。

 

「エリカ、エリカ。君が愛しい。君が欲しい。ねぇ、ねぇ。今夜はもう、時計の針を止めてしまおう。誰にも邪魔されたくない。電話線も引っこ抜いちまおうよ」

 

「それは素敵なアイディアね」

 

言葉ももどかしいというように、エリカが僕の唇にむしゃぶりついてくる。

 

僕よりも若く、まだ少女だというのに、なんて大胆なんだ。

 

僕たちは、やがて言葉をなくしていった。

 

僕はエリカの着ていたフレンチガウンをやさしい手つきで脱がせた。

 

彼女は恥じらい、まるで子供のようにはにかんだ。

 

「ねぇ、今夜こそ、本当に君の全てが知りたい」

 

「……覚悟はできてるわ」

 

とめどなく愛し合い、溶け合い、夜が更けていくのだ。

 

この夜は僕たちの、愛のランドマークになるのだ

 

僕とエリカ、お互いに、そんな予感がした。

 

が、その時、部屋の扉がノックされた。

 

僕たちは数マイル飛び上がらんばかりに驚いた。

 

扉の向こうから声が聞こえた。

 

ビッグ・ママだった。

 

「どう? 仲直りできたかしら?」

 

僕は乾いた笑いを返した。

 

「おかげさまで。何もかもがオールライトですよ」

 

「そう。よかったわ」

 

大きな足音がして、ビッグ・ママが去っていく。

 

そっと扉を開けると、二人分の紅茶が置いてあった。

 

おそろいのカップが湯気を立てている。

 

「やれやれだよ」

 

僕が肩をすくめると、エリカが優しげに微笑んだ。


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