人は独りでは生きられない。
どのような存在であれ、人とは誰かに支えられて生きているのだから。
―――そしてそれは人以外の存在であっても同じ事だろう。
この世界には秘匿された謎が幾つも存在する。
その中でも大きなものを挙げるとすれば、世界には人間以外に“天界の使徒”や“冥界の住人”と言うものが存在するという事実だろう。
遥か昔の時代……それこそ何百年も前から天界の使徒と冥界の住人は数多くの戦を繰り広げ、数え切れぬ程の犠牲を出してきた。
下らない理由もあった、誇りを賭けて戦った事もあった。
そんな長きに渡る戦の中で天界の使徒と言う肩書きを捨て、己が欲望の為に生きようとした集団も現れた。
結果―――天使・悪魔・堕天使と言う三つ巴の戦いへと発展し、今まで以上により激しい『戦争』へと激化して言ったのだ。
誰もが無意識に支え合って生きている筈なのに、多くの者達はそれに気付く事は無い。
やがて三つ巴の戦争は多くの魔獣や神獣、妖精や精霊、妖怪や怪物―――はたまた最凶たる“ドラゴン”までも惹き付け、混迷を極めていく。
しかし勝手な都合で巻き込まれていく“弱き者”や“戦えない者”からすれば、それがどれ程傍迷惑なのかは直ぐに理解出来るだろう。
だからこそ多くの力無き者達は願った。
神にでもない、魔王にでもない―――この絶望の現実を終わらせてくれる“救世主(メサイア)”が現れる事を。
神も魔王もこの世界に存在する“システム”のようなものであり、逆らう事は許されない存在だというのに。
戦の中で多くの命が奪われていく現実を憎み―――
戦そのものを起こした張本人達を恨む数多くの無慈悲に殺されていった魂達の絶望の声。
それらは決して何処にも届かず、決して戦争は終わらないと誰もがそう思った時……それらの声は届いたのだ。
彼は何処からとも無く現れた―――
禍々しき“魔星”の力を身に纏い、黒耀と白銀に輝く二丁の拳銃を手に。
天界の大天使や冥界の魔王、堕天使達や数々の魔獣・神獣達、そして当時最も盛況であった二匹のドラゴンからすれば矮小な存在に見えただろう。
多くの者達はその突然現れた闖入者の事など興味は微塵も無く、消し去られる筈であった。
だが―――寧ろ消し去られたのは天界・冥界の者達の方だ。
高々1人によって狩られていく天使達、悪魔達……無慈悲に命を喰らい尽くす姿はまるで『捕食者(プレデター)』の如く。
彼の強さに恐怖した三つ巴の者達はお互いに協力し合い滅しようとした。
しかし結果はその逆に多くの犠牲者を出す事となってしまったのは皮肉な話だ。
この戦いにおいて天界側・冥界側・堕天使勢は種そのものが危機的状況へと追いやられる事となる。
更に当時存在した強力な二匹のドラゴンまでも彼は降すと、そのまま姿を消したという。
これが天界・冥界共々に伝えられる御伽噺である。
天使達も悪魔達も堕天使達も誰もが知っている御伽噺、かつては泣いている子供に聞かせれば忽ち震えながら泣き止むとまで言われる物語。
天使達も悪魔達も堕天使達も恐れ慄き、人間界に伝わる事となった恐怖譚だ。
まあ今となっては古惚けた物語に過ぎないのだが。
★★★★★
その日、ある教会の前で一人の人物が『聖女』と称される少女によって助けられた。
傷を負っていたその人物は少女の持つ不思議な癒しの力のよって回復し、再びの再会を誓い去って行ったのだが……それがその少女にとっての苦難の始まりでもあったのだ。
教会において例え相手がどのような身分であろうとも『奇跡の力』を使って癒し続けた少女。
だがその力は教会にとって……いや神に仕える者達にとって、怨敵である存在すら癒せる力を有していてしまったのである。
少女が救った存在、それは“悪魔”だったのだ。
『神の奇跡』により“聖女”と崇められていた少女は失意のままに教会から追放される。
当然の事だ……神に愛されていたと思われていた少女が、神に敵対する存在を救ってしまったのだから。
少女としてみれば別に神も悪魔も関係ない―――傷付いている者が居れば助けたい、それが例えどんな存在であれ関係ない。
しかし結果的にその少女の“無償の慈愛”は『聖女』から『魔女』と蔑まれ、心に深い棘を食い込ませる結果となってしまった。
後にかつて聖女と呼ばれた優しき少女は一人の青年に拾われる事になる。
その青年との出会いにより、少女は己の身に宿すモノと対峙し、新たな道を歩み出す事になるのだが……。
これが今日に至るまでに語られる内容だが、実はこの物語にはある裏があった。
少女に助けられた悪魔、それは決して偶然助けられた訳ではない―――全てはその悪魔本人の狡猾な策略によるものである。
その悪魔の名、ディオドラ・アスタロスと言う。
この人物、実に下種な趣味を持ち合わせている……それは『信仰心の深い女性(聖女かシスター)を誘惑して堕とす』と言う最低の屑であった。
かつて少女に傷を負って近付いたのも自らの趣味の為、心優しい少女の前で芝居をして追放される切欠を作ったに過ぎない。
……この下種悪魔によって運命を狂わされて堕ちた少女達は沢山居たのだ。
いずれ少女の前に姿を現して愛を囁き、心酔した所で事実を打ち明け、絶望したその後に堕とす。
ディオドラはその日が早く来る事を端麗な容姿を下卑た哂いで歪ませながら帰路に付こうとしていた。
だが、彼は気付いていないだろう―――その日が決して訪れる事が無いという現実に。
己の為して来た事が善行であれ悪行であれ、それはいずれ己の身に返って来ると言う『自明の理』にも気付けて居ないのでは仕方が無いが。
過ぎた悪行は堕ちた本人でなくともその周囲の者、例えば親兄弟に憎悪を抱かせ、それが思いも寄らない事態を招く事になるとは気付く筈もあるまい。
―――さあ泣き叫べ悪魔共、天使共、堕天使共よ。
今宵、此処に貴様らの祈りを聞き届ける神も魔王も存在しない。
そして乞え、願え……せめて苦しまずに逝ける事を。
★★★★★
「テメェがディオドラ・アスタロトで間違いないな?」
不意に後ろから声を掛けられたディオドラ。
一瞬不快そうに、それでも笑顔の仮面を被り直して声の掛けられた方向を振り向く。
其処に居たのは明らかに死んだような目をした学生程度の年頃の青年が欠伸をしながら立っていたのだ。
実に億劫そうに、面倒臭そうに外套の内側から紙のような物を取り出しながら振り返ったディオドラの顔をジロジロと確認する。
「……誰ですか? 僕は貴方のような下賎な人物に交友はありませんが?」
不快そうにそう言葉を返すディオドラ。
行き成り現れて人の顔をジロジロ品定めするように見てくるこの無礼な人物には本当に心当たりが無い。
もしやと思い、堕天使か天使の関係の者かと気配を探ってみたが、どうやらそうでもなさそうである……何の変哲も無い人間だ。
元々自分は冥界において有力貴族……悪魔と契約せねば何の力も持たない、家畜同然の下賎で愚図で薄汚い人間程度に何故一々呼び止められなければならないのか?
そんな彼に対し、高が人間風情の目の前の青年は静かに口を開いた。
「言われんでもこっちもテメェのようなクソ以下の脳味噌の湧いた三下に知り合いなんぞ居ねえよ。
だが極めて面倒臭えが仕事でな―――テメェに恨みがあるってガキから、テメェを始末してくれって頼まれたモンだ」
どうやら目の前の人物はディオドラを殺す為に差し向けられたらしい。
それを聞いたディオドラは途端に可笑しくてゲラゲラと笑い出す……不快な物言いをするが、脳が湧いているのは向こうの方ではないか?
態々始末に来た事を正直に話す何の力も感じない人間風情が実に大仰な事を言い出すものだと。
その時、ディオドラは額に何かをぶつけられた。
額に当たって地に落ちた光るそれは何の変哲も無い百円硬貨、ぶつかった痛みに顔を顰めるディオドラに青年は更に付け加える。
「そいつはそのガキからの依頼料だ―――テメェにゃその程度の命の価値しかねぇんだとよ、俺も同感だがな」
ディオドラは言葉を聞いた瞬間、一瞬呆けたような表情をする。
しかし目の前の青年の言葉を理解した瞬間に今まで見せていた笑顔の仮面を捨て去り、怒りで表情を歪めた。
百円硬貨……自分からすれば何の役にも立たない小銭と同一の価値しか自分には無いなどと言われて自尊心の高い彼が激昂しない訳があるまい。
それに下賎な人間風情が自分に対してほんの少しの事にしても痛みを与えたという事実が火に油を注いだのだ。
「き、貴様ぁぁぁぁ!? ぼ、僕に、現魔王ベルゼブブの血筋の僕にぃぃぃ!! もう良い、さっさと死ねぇぇぇぇ!!」
怒気を発し、目の前の青年に対して魔法を放つディオドラ。
青年は暢気にポケットから煙草を出して咥え、火を点けてのんびり吸い始めた……身の危険を理解しているのだろうか?
迫る魔法、その一撃は確実に目の前の青年の命を吹き消す―――筈、だった。
「……何だこりゃ? 現魔王とやらの血筋ってのはこの程度の雑魚なのか?」
振り放たれる一閃の蹴り。
まるでそれは鋭い日本刀の如く、向かって来ていた棘のような形をした魔法を掻き消す。
器用に足の埃を払うと、再び青年は旨そうに煙草を吸い始めた。
「なっ、なあぁぁぁぁ!!? ば、バカな……ぼ、僕の、僕の攻撃が、掻き消されたぁぁぁ!!!?」
驚愕の声を上げるディオドラ、まあ当然の事ではあるが。
何せ相手は唯の人間風情だと思っていた、故に魔族でも有数のアスタロト家の血筋の者の攻撃が通じない人間など出鱈目にも程がある。
相手は唯の人間風情、しかも神器の力も感じないという事は正真正銘の唯の脆弱な人間の筈だ。
だがそもそもの話、ディオドラはもっと早く気付くべきであった。
唯の人間風情に出来ない事をこの青年は何度もやっていたと言う事に気付けない時点で勝敗は決まって居たのだろう。
一つはディオドラに気配を読ませずに後ろに立っていたと言う事。
一つは不意を付いたとは言え、ディオドラの額に硬貨をぶつけたと言う事。
そしてもう一つは―――冥界の貴族たるディオドラを人間が始末しようなどと言っていた言葉の意味に。
ディオドラが敵対した存在は普通ではない。
考えてみれば神経がまともな訳が無い―――冥界の貴族、それも七十二柱と呼ばれる有力魔族の血筋を殺すなどと言う事がどう言う事を招くかを考えれば正気の沙汰ではないだろう。
しかしディオドラには認められなかった。
高が人間風情に負けを認めて背を向けるなどと言う事が自尊心の高い彼に出来る訳が無い。
……更に考えても見れば相手は刺客だ、素直に負けを認めた所で助けてくれはしないだろう。
ならば出来る事はたった一つしかない―――目の前の青年を殺す事、唯それだけだ。
「く、来るな、来るなぁぁぁぁ!! 死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね、死んでくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
我武者羅に、まるで幼子が全力で単調な喧嘩をするかの如く。
ディオドラは必死に大量の棘を生成して青年に放ち続ける……その表情は最初の余裕の笑みなど形を潜め、唯必死に。
そもそもの話この大量の魔力の棘の爆発を利用して逃げるという手段もあったのだが、其処にまで頭が回らなかったのだろう。
若しくはまだ下らない自尊心の所為で逃げるという選択肢を選べなかっただけかもしれない。
故、此処から出される結論は既に決まっている。
なんて事は無い……ただ彼は選ぶべき選択肢を間違えた、それだけの事だ。
「……!? ぎ、ぎゃあああああああああぁぁぁぁ!!!?」
「五月蝿えなぁ……ギャアギャア騒ぐんじゃねえよ、耳障りだクソ野郎が」
多量の魔力の棘の爆発の間から、爆煙を切り裂いて青年はディオドラの前に現れた。
青年はディオドラの片腕を簡単に引き千切り、心底つまらなさそうに無造作に投げ捨てたのだ。
痛みに悶えるディオドラを退屈そうに見下ろすと、悶え苦しむ彼に吐き捨ててから腰に吊るされていた大型の拳銃を抜いて頭へと向ける。
人間が撃つには余りにも大きなその銃の引き金を引くだけでディオドラの命は無いだろう。
間近に感じ、迫ってくる“死”と言う名の逃げられ得ぬ恐怖に流石にディオドラもプライド云々も無くなったようだ。
苦痛を涙目で必死に堪え、深々と大地に額を付けると泣きながら叫ぶ。
「ひ、ひぃ!!? た、助けて、殺さないで!!
お、お願いです!! な、何でもします!! だから、だから殺さないで下さい!!?
もうしません、悪い事はしません!!! だからお願いします!!!!」
哀れなその姿に流石に何かを感じたのか、青年は溜息を吐く。
「ケッ、情けねえ野郎だな……あー白けちまった、帰るか」
「あ、ああ、ありがとうございます、ありがとうございますぅぅぅ!!」
青年は落ちていた百円硬貨を大事そうに拾うと、ディオドラに背を向けて歩き出す。
当のディオドラは涙ぐみ、頭を大地に擦り付けながら……下を向いて再び下卑た笑いを浮かべる。
「(馬鹿め……僕に背を向けたのが運の尽きだ、この距離では咄嗟に振り向いて避けられまい。
死ね……僕に、この僕に傷を付けた事を後悔しながら死んで行け!! 僕のプライドを傷付けた事を後悔しろ!!)」
そんな事を思いながらディオドラは手の平を青年の背に向けて魔力を集中させる。
しかし、その手の平に収束されていた魔力は棘の形を作る事無く霧散してしまう―――しかも何故か身体に力が入らないのだ。
そこで不意に違和感を感じ、ディオドラは違和感の感じる部分に目を向けた。
其処には本来ある筈のない孔が開いていた。
「……下らねえ芝居なんぞ見飽きてるんだよ」
言いながら青年はディオドラに見えるように手を向ける。
手には何か脈打ちながら赤い液体を滴らせている物が握られていた―――本来なら、そんな所に存在する筈のない代物を。
そう、青年の手にはディオドラの心臓が握られていたのだ。
胸に本来ある筈のない孔が開いている訳だ、胸を抉り取られて心臓を引き摺り出されたのだから。
あまりの速度と、あまりの致命的な損傷故に脳が付いて行かずに麻痺してしまっていたという事だろう。
「か、返せ……返して……人間の癖に、命乞いをした相手を……き、キミは、キミは……!!?」
非難するような目を向けるディオドラ。
だが青年は極めて冷静な、見方によっては恐怖を感じるような目付きで淡々と返す。
「じゃあ聞くが、テメェは今まで命乞いした奴や拒絶の意思を示した女達を見逃した事があるのか?」
ある訳がない―――これは因果応報だ。
己の犯して来た罪を罪とも思わずに唯己の思う通りに生きてきたのだ、罪にはいずれ必ず罰が与えられる。
それが遅いか、それとも早いかの違いだけと言う事だろう。
「それにテメェのような虫ケラ以下の畜生を助けると本気で思ってたのか?
悪いが俺はテメェのような人を人と思わない害虫野郎を始末する事に一々同情なんかしねえよ、恨むならテメェ自身の下らねぇ趣味を恨め阿呆が」
流れ続ける血、麻痺していく体。
例え上級悪魔とは言えど胸に風穴を開けられて心臓を抉り出されて助かる筈が無い。
じわじわと痛みを脳が認識し、激痛によって全身中の穴と言う穴から汗や糞尿や体液などが垂れ流されていく。
痛い、苦しい、辛い、助けて、楽にして……そんな感情がディオドラから湧き上がり、彼は救いを求める様に手を伸ばす。
だがそんな姿を青年は表情一つ変えずに見下ろしているだけだ。
嘲笑も、侮蔑も、憎悪も、憐憫も、悲哀も一切無い―――唯目の前の命が『モノ』へと変わろうとしているのを淡々と見つめている。
苦しみから解放して欲しいと差し出された手に対して青年は残酷に表情を変える事無く言い放つ。
「俺はテメェを酷く責めぬいて殺してやっても良い。
そうすればテメェに人生を狂わされた上に殺された人々に対して釣りの上に特典がつく。
―――だが生憎俺はテメェの様に下品じゃねぇし、悪趣味でもねぇし、イカれてもいねぇ。
だから俺はテメェが死ぬのをただ眺める事にするさ、その傷じゃ精々多く見積もっても後1~2分だろう。
テメェがこの世を去るその短過ぎる数分を、テメェの下衆い趣味で命を落とした人々への鎮魂へ当てる……まあテメェには理解出来んだろうがな」
青年の残酷な言葉にディオドラは力無く伸ばしていた手を地に落とす。
やがて顔も突っ伏し、ビクビクッと痙攣を繰り返し、最後にはその動きすら停止したのだ。
そして生命活動を停止させてモノとなった肉体は急激に劣化すると灰となり、突風に撒かれて跡形も無く散り果てる。
全てを見届けた青年は手に持ったディオドラの心臓だったモノを投げ捨てて暗き闇の中へと消えていった。
―――月明かりに照らされた彼の影。
それは大凡人間の形をしていなかった様に見えたが気の所為だったのだろうか?
何処から情報が伝えられたのか不明だが、ディオドラ・アスタロトの死は冥界全土に震撼を与える。
ディオドラを殺した存在が何処の誰なのかをアスタロト家は躍起になって調べまわったが、結局犯人は判らないままだったと言う。
後、調べていく中でディオドラは天界・冥界に対してテロ行動を行っている『禍の団(カオス・ブリゲード)』と呼ばれる集団と取引をしていた事が発覚。
アスタロト家は当主解任の上に次期魔王を排出する権利を失い、更にディオドラの数々の悪行も白日に晒された結果―――彼は病死したという結論へと強引に達せられ、事件を調べる事すら禁じられたという。
★★★★★
「チッ、因果応報か……テメェよりも理解してるぜ、クソが」
呟きながら煙草を吸う青年、その手には先程の百円硬貨が握られていた。
ゆっくりと歩みを進めていくとその先には石を積んだだけの粗末な墓石のようなものが見えてくる。
その墓石の前に青年は百円硬貨をそっと置くと、静かに手を合わせる。
「(坊主……姉ちゃんの恨みは晴らしたぞ。
天国で確り姉ちゃんに甘えて来い、そして今度はこんな世知辛え時代じゃなくて皆が笑って暮らせるような時代に生まれ変われよ)」
優しげな表情でそう呟く青年。
先程の他を威圧する程の気配は形を潜めている所を見ると、こちらの方が本来の青年の性格なのだろう。
もう一度だけ静かに手を合わせた後、青年はその場所から去って行った。
ふらふらと商店街を歩き回り、食材を買い終わった後。
不意に青年は町外れにある一つの怪しげな店のような所で足を止めた。
扉を足で蹴り開けると、ゆっくりと中に入っていく。
部屋の中には様々な銃が飾られている。
各種色々な拳銃(回転式や自動小銃)、猟銃、散弾銃に狙撃銃、更には突撃銃に機関銃と擲弾銃などどう考えても銃刀法違反で捕まる事間違いなしな代物だらけだ。
また壁の一角には刀やナイフ、斧や騎乗槍、大鎌に各種打撃武器(トンファーや棍など)、おまけにジャマダハルやら鉄爪まで飾ってある……武器屋もビックリな品数である。
だが其々の品には一つ残らず塵や埃は付いていない、案外綺麗好きなのだろう。
部屋の近くにあった大きな冷蔵庫に買ってきた物を突っ込む青年。
一人暮らしでもしているのだろうか? それにしては一人で食べるには多過ぎる程の食材の数だが。
更に中には缶ビールが大量に置かれており、未成年のような外見に見える青年が外見以上の歳だと言う事が自ずと理解出来るだろう。
その中から一本ビールを出すとプルトップを開け、テーブルに足を乗せる行儀の悪い格好で呷り始める。
不意にそこでアンティークなダイヤル式電話のベルが鳴り、器用にテーブルに乗せている足で電話機を近付けながら青年は受話器を取った。
★★★★★
町外れに存在するこの店は、金でどんな依頼でも引き受ける便利屋。
それこそ日曜大工や犬の散歩や庭の手入れまで千差万別の様々な仕事を格安で引き受けてくれる。
惜しむらくは店主が気まぐれで店を開いたり閉じたりしている事位だろう。
そしてこの便利屋にはもう一つ裏の顔がある。
願えば決して手を出す事の出来ない存在や事象すらも依頼として片をつけると言う姿だ。
しかし、己の気に入った仕事にしか動かないという欠点もあるが……依頼主の依頼を失敗した事はないと言う。
店の名は……『便利屋“Devil Must Die”』
本当か嘘かは解らない、この町に伝わる噂である―――