“魔星”と“悪魔払い”を継ぐ者   作:ZERO(ゼロ)

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mission:04“School Life”

この世界には秘密がある―――

遥か昔、天界・現世・冥界の三つの世界は互いを認識しながらも不可侵を貫いていた。

人も、悪魔も、ましてや天使も争いを禁じ、其々が其々の運命を只管に生きていた―――それ故に平和が続いていたのである。

しかし、そんな世界に綻びが生まれたのはある“三柱”の存在が生まれてからだった。

 

天界を統べる主神・ジュベレウス。

冥界(魔界)を支配する魔王・ムンドゥス。

そしてもう一人―――半機半魔の魔人達を統べる星喰者“魔星”クェーサー。

 

主神は清らかな世界に濁った毒は必要ないと断じ。

魔王は欲望のままに生きる世界に目障りな光など必要ないと吐き捨てた。

更に魔星は生きとし生ける総ての存在の滅びを望み、魔人達に世界を蹂躙させる。

結果、その三つの勢力は互いを喰い合いはじめ、其処から対立は激しくなっていったのである。

其処から更に闇や欲に魅入られた天界の住人達が堕ち、堕天使と言う存在も生まれたのだ。

 

幾度となく繰り返される聖戦(ジハード)。

何十万、何百万、何千万と繰り返される不毛な争い―――その犠牲になっていくのは何時でも弱い者達だった。

そんな愚かな聖戦の中で現れた英雄達もまた存在する。

 

ムンドゥスの配下でありながら人間の美しき輝きを知り、人に味方した魔人・スパーダ。

ジュベレウスの信仰を間違いと断じ、天使達と戦い続けたアンブラの魔女とルーメンの賢者。

それ以外にも数多くの英雄が現れ、彼らによって不毛な争いは勃発する度に鎮圧されていった―――

 

やがて長い年月の果てに世界に綻びを生み出した三柱も討伐された。

ジュベレウスはアンブラの魔女とルーメンの賢者の合いの子であった魔女・ベヨネッタに。

ムンドゥスは伝説の魔剣士スパーダの息子である悪魔狩り(デビルハンター)・ダンテによって。

クェーサーは名も語られる事の無き黒衣の剣士によって。

だが三柱の作った綻びと歪みは、当事者達を討伐するだけでは戻れない程に深くなってしまったのだ。

 

勢力は天界・冥界・堕天使と三つに分かれて争いを続ける。

更に其処に霊長最強たる存在の二匹の龍が介入し、事態は混迷を極めていく。

そんな中で再び世界には“守護者”たる存在が生まれ、全ての勢力は互いに浅く無い傷跡を刻み込まれる結果となったのだ。

 

最後の戦いにおいて天界における最上の神は死に、冥界における魔王達も一部を残して悉く鏖滅した。

堕天使の勢力は上層幹部は生きていたが、殆どの戦力を消滅させられ戦いを続ける事も出来なくなったのだ。

二匹の最強と呼ばれた龍すら形が残っている事が不思議な程に完膚なきまでに叩き潰され、どちらも絶命したという。

―――そんな中、被害の大きい三勢力は何とか戦力を取り戻す事に尽力する事となる。

 

神を失った天使達は失意のままに天界へと帰還。

原初の神の次に決定権のある存在である大天使達のリーダー格であったミカエルが後を継ぎ、神の創り出したシステムを維持していく事となる。

 

幹部や部下達の多くを失った堕天使達は冥界・堕天領域へと帰還。

血気はやる大幹部も居たが総帥であるアザゼルの名の下、取り合えず他の勢力に戦争を仕掛けると言う事は禁じられた。

 

そして四大魔王と多くの上級悪魔を失った悪魔達も冥界へと帰還する。

三陣営の中では特に多くの戦力を失った悪魔陣営―――彼らは失った戦力の増強の為にある方法を取る事に。

それは生き残った上級悪魔達の子孫である若き悪魔達に他の種族を転生させて悪魔とし、それら眷属を少数精鋭で軍団とすると言う案だった。

更に成人した上級悪魔の子孫達とその眷属達をルールの元に競い合わせ、強き者を魔族の中心にすると言う方法であった。

 

他種族を悪魔に転生させるのに必要な物として生み出されたのが悪魔の駒(イーヴィル・ピース)と呼ばれる術式(プログラム)。

これは中世のチェスを基にし、上級悪魔の子孫達を『王』として中心に据え、残りの駒(女王×1、騎士×2、戦車×2、僧侶×2、兵士×8)を強力な存在を転生させる為の媒介としたのだ。

また駒の中に『変異の駒(ミューテーション・ピース)』と呼ばれる強力な存在であっても眷属へと変える術式を取り入れた事で更に強力な存在を眷属に変える事が出来るようになった。

これを用いる事でレーディング・ゲームと呼ばれるバトルで自分や眷属を鍛える事が出来る様になったのは正に一石二鳥だったろう。

 

転生悪魔を生み出せるようになった上級悪魔達や現魔王達。

彼らが最も眷属として欲したのは件(くだん)の三勢力を壊滅寸前にまで追い込んだ男だ。

御伽噺の恐怖譚として語られるその強さ、恐れを感じるその強さに多くの者達は惹かれていたのだろう。

 

勿論、悪魔達だけではない。

天使達も堕天使達も同時に恐怖を抱きながらもその能力(ちから)を欲した。

しかしどれだけ、それこそ天界や冥界の全てを結集して探したが······遂には“守護者”を見付ける事は敵わなかったのだ。

 

······それから何百年もの歳月が流れた後。

時は現代、場所は日本某県、私立駒王学園を容する町にて物語は始まる。

 

 

★★★★★

 

 

私立駒王学園、日本のある県に存在する有名な進学校の名である。

高い偏差値にスポーツ優秀、更には美男美女が多い事で有名であり、多くの男子女子がこの学校に進学する事を希望する程だ。

ただし入学するには相応の知力と体力が必要、結果的には受かる事が出来ずに断念する者も実に多い。

正に言うなれば“選ばれた者が集う学校”とでも言うべきだろうか?

 

そんな駒王学園だが……実は世間一般的には決して知られていない“裏の顔”が存在する。

実はこの学園、いやこの学園が存在するこの町一帯は『元七十二柱』と呼ばれる由緒正しき血筋の悪魔の血統が統治しているのだ。

つまり言い方を変えるならこの駒王学園自体がその悪魔の血統の縄張りと言った方が解り易かろう。

 

統治者の名はリアス・グレモリー、冥界の上級魔族グレモリー家の後継。

現冥界の最高権力者・四大魔王の一人であるサーゼクス・ルシファーの妹である。

また駒王学園の中で『二大お姉さま』などと呼ばれて持て囃されている存在でもあり、才色兼備の人物だ。

 

それと共にもう一人、駒王学園を影から見守る者も居た。

名をソーナ・シトリーと言い、リアスと同じく冥界の上級魔族シトリー家の後継だ。

更に現冥界最高権力者・四大魔王の一人であるセラフォルー・レヴィアタンの妹でもある。

リアスには少々劣るものの、彼女もまた駒王学園においては人気がある人物で、生徒会の会長と言う役目を担っていた。

そんな彼女達二人は日々、駒王学園を見守りながら実力を持つ眷属を探す事に尽力していたと言う。

 

 

現代において純血の悪魔は多くが滅びていた。

過去の愚かな戦において疲弊し、その傷が癒える事無く死んでいった者は三陣営には実に多い。

結果的に軍団を率いる爵位を持つ大悪魔達も大天使達も互いに滅びた事、更には龍殺しの鬼神を本気で激怒させた事で三陣営はほぼ壊滅状態に追い込まれたのだ。

 

戦争を続けるだけの軍備も気概も戦力も削り取られてしまった悪魔達は悩んだ挙句にある事を思いつく。

強力な力を持つ悪魔以外の存在を悪魔へと転生させ、自らの眷属として少数精鋭で軍団を創っていくと言う事を。

その際に当時、悪魔達の間で流行っていたチェスの駒をモチーフとした契約システムを生み出したのだ。

更に悪魔達の間では自らの眷属こそが優れていると証明する為に『レーディングゲーム』なる催しが開かれる事になったと言う。

 

さて、現在における冥界の情勢等の説明は簡単ながらこの程度で良いだろう。

上級悪魔の後継とその眷属が統治し、静かに牙を研いでいるこの駒王学園……だが此処には、実は彼女達も知らない様な猛者が日々を平穏に生きていたのだ。

 

リアスは知らない、いや知る訳が無い。

彼らは平穏の日常の合間から世界を見つめ、彼らなりの方法で守り続けていると言う事を。

この世界には神も悪魔も堕天使すらも恐れる存在が居ると言う事を若き世代の彼女達が知る訳があるまい。

黒衣の魔人、そしてその仲間達―――彼らが再び表舞台に姿を見せる時は近い。

 

 

「ふぁぁぁぁ……もう夕方かよ」

 

顔に当たる暖かな光に眼を覚ますと、既に陽は傾き始める時間。

朝のHRから殆どの授業をサボって屋上で昼寝をしていたオズは目を擦りながら立ち上がると大きく伸びをする。

『一日中授業をサボるなら学校になんぞ来るなよ』と言いたくなるが、これが依頼主との約束であり条件なのだから仕方があるまい。

……オズはどんな些細な事であれ、交わした約束を破る事を嫌う人物なのだ。

 

何故彼が学生の格好をしてこの上級悪魔の後継達が根城にする学校に居るのか?

理由の内の一つは『監視』の為だ、現世の町一つを拠点にしている悪魔が真面な統治を行っているかを調べる為である。

もう一つの理由は『隠れ蓑』―――別に隠れる必要などないのだが、居場所を特定されて追っ手を向けられるのも面倒だからだ。

『灯台下暗し』と言う諺があるが、まさか天界や冥界に堕天使連中も自分達を滅ぼしかけた輩が直ぐ傍に居る等とは思うまい。

 

因みに此処(駒王学園)にはアーシアとライザーも居る。

色々な事情があり常に学校に来る訳ではないが、彼らはオズにとって頼りになる仲間だ。

それに三人も居ればそれなりに正体を隠す為の言い訳を考えるのも捗るだろう。

 

「さて、帰って次の仕事を······「やっぱり此処に居たんですねオズワルド君」······あん?」

 

帰ろうとした際、後ろから声を掛けられるオズ。

振り向くと其処にはクラスメイトにして、駒王学園生徒会長である支取蒼那が眉間に皺を寄せながら立っていた。

更にその後ろには肩身が狭そうな生徒会書記・匙元士郎がバツが悪そうに立っている。

 

因みに“オズワルド”と言うのは彼の偽名だ。

オズワルド・P(ペンドール)・ベオウルフ、それが此処で彼が名乗っている名である。

(尚アーシアはアリーシャ・アルベント、ライザーはラーサー・フィニキアと名乗っている)

 

「······元士郎、テメェ」

「だ、だってよ兄貴、黙ってろって言われても無理だって!? 朝からサボってる理由なんて考えつかねぇよ!!」

 

匙はビビりながらもオズに言葉を返す。

何故彼の事を“兄貴”等と呼んでいるのか? それは少し前に時は遡る。

少し長い話になる為にある程度はしょるが説明しよう。

 

 

駒王学園に編入して今日まで他人に対して態度を変える事ないオズ、故にクラスメイトからも恐がられて孤立していた。

まあ彼としても自分から関わりを持つ気は無い、あくまでも今更高校などに通っているのは依頼主との交換条件の為だ。

更にいざと言う時、関係無い者を巻き込む事をしたくない為である。

 

だがそんな彼に物怖じせずに話し掛けて来る者がいた、それが生徒会長・支取蒼那だった。

クラスに溶け込む事もせず、授業すらサボりまくるオズを蒼那は何かと世話を焼き、何とか更正させようと躍起になる。

その中で蒼那は青年がぶっきら棒で無愛想なだけで不良のような人物でない事を見抜いたのだ。

(生徒会の資料が大量で運ぶのに難儀していた際に無言で生徒会室まで運んでくれたりしてくれた)

 

何度かそのようなやり取りの中で次第に蒼那は彼の世話をより一層焼くようになる。

彼女としてみれば外見や雰囲気で威圧しているだけで実際は優しい部分のあるオズの周囲からの誤解を解こうとしていたのだろう、彼とすれば余計なお世話だろうが。

……そしてそんな会長とオズの姿を見て快く思わない一人の後輩が居た、それが匙であったのだ。

 

匙は生徒会長とデキ婚をする事を己の目標としている人物だ。

そんな彼が尊敬し心酔する憧れの生徒会長様が学園でも恐れられている不良青年に気を掛けている等と知ればどう思うだろうか?

少なくとも嫉妬心やら何やらを抱くのは当然の結果だったろう、元々喧嘩っ早い性格だった匙は(無謀にも)オズに喧嘩を売ったのである。

しかし結果は見るも無残なまでの惨敗、しかも彼は目立ちたくない為に自分からブン殴る事は一切無かった。

 

此処で一応補足しておくが。

この時点で既に匙は人間から転生した悪魔であり、悪魔に成り立てとは言え普通の人間如きでは太刀打ち出来ない力を持っていた。

それなのに力を感じる事の無い普通の人間(と、思い込んでる相手)にパンチの一つも当てられないのだからプライドはズタズタだろう。

(それに疑問を持たないのもどうかと思うが……)

 

それから何度も匙からは喧嘩を売られる事になるが、オズは全く歯牙にも掛けない。

彼のそんな態度に頭に来て何度も何度も喧嘩を売るが、悉く空回りするだけの匙―――だがある日、その所為で面倒に巻き込まれてしまう。

下らないプライドを満たす為に見境無く暴れ回っていた挙句、近くに積んであった荷物を崩して子供を巻き込みそうになったのだ。

 

崩れる荷、巻き込まれる子供、それを見た際に匙の頭は冷水をかけられたかの様に一気に醒めた。

自分の馬鹿が原因で関係ない子供を巻き込んでしまったと頭が真っ白になってしまう。

だがオズが崩れた荷から身体を張って子供を守った事で一応事無きを得た。

 

そしてその時、初めて匙はオズにブン殴られて大地に叩きつけられる。

胸倉を掴まれて引き摺り上げられ、奥底から震えが来る程に殺意を叩き付けられた。

 

『自分のやる事に責任を持てねえなら下らねえ事をするんじゃねえよクソガキ』

 

周りが見えていなかった、その所為で命を一つ奪ってしまう所だったのだ。

どんな結果になるかを理解した上でやれ―――彼はそう言いたかったのだろう。

殴られた頬よりも、叩き付けられた背よりも匙は心が痛かった。

 

勿論この事が生徒会長である蒼那の耳に入らない筈も無く、次の日に匙はこってりと油を絞られた。

本来ならば生徒会長として学園の教師に事の顛末を報告され相応の罰を受ける事を匙は覚悟していたが、今回はお咎め無しである。

理由を蒼那に聞くと、ふざけていて荷を崩したのは自分だとオズが言い張ったからだと言う。

 

もしそんな事が教師の耳に入れば匙は生徒会には居られなくなるだろう、それを察したオズが全て自分で泥を被ったのだ。

別に元々学園内では恐怖されている不良だ、今更ながら周囲の怯えた目線など気にする事も無いと彼は考えたのである。

 

漢としての格が違う、と匙はその時改めて理解した。

自分の馬鹿さと短慮さを思い知らされた匙は、その日から彼の事を『兄貴』と呼んで慕うようになる。

青年の様に誰かに恥じるような生き方をしない強く大きな漢になる―――匙にもう一つの目標がその日から出来たと言う。

 

 

と、まあこのような感じで匙はオズの事を慕っていた。

しかし流石に慕っていたとしても会長と兄貴分とを天秤にかければ若干会長の方が重かったらしい。

 

「オズワルド君……どうして此処に居るんですか?」

「いや、どうしてと言われてもなあ……退屈で眠かったからな、此処なら静かに眠れるしよ」

 

瞬間、どこかで何かが切れる音がする。

目の前に居た蒼那のクールビューティな表情は一気に真っ赤になり、一気に爆発した。

 

「(ブチッ!!)何処の誰が朝から学校をサボって屋上で寝てるんですか!? そんなに留年したいんですかオズワルド君!?」

「か、かかか、会長、お、お、落ち着いて、落ち着いてくださいって!!?」

「離して下さいサジ、今度と言う今度は堪忍袋の緒が切れました!! 貴方と良い、アリーシャさんと良い、ラーサー君と良いそんな事で……って、聞いてるんですかオズワルド君……!?」

 

だが既に彼は居ない。

蒼那がブチ切れたのを匙が止めたほんの一瞬、そちらに気が向いた瞬間にオズはこの場から撤退していたのだ。

そうなると残された者の怒りは更にピークへと向かう事になるのは明白だろう。

 

「わ、私は諦めません!! 絶対に更生させて見せますからねオズワルド君―――ッ!!!?!?」

 

……駒王学園のクールビューティ・支取蒼那。

そんな彼女が普通の人物には決して見せない素の部分を見せられる人物―――それがオズであった。

 

 

★★★★★

 

 

~side ????~

 

『ク、クヒヒヒ……良イ匂イガスル。

不味ソウナ匂イト美味ソウナ匂イ、ドッチモスルナァ……』

 

周囲に草木が生い茂り、鬱蒼とした闇に満ちた森林の中。

不気味な声を吐きながら現れたのは、上半身が裸の女性で下半身が獣と言う明らかに『化物』であった。

この形容し難い異形の怪物の名はバイサー、世に言う『はぐれ悪魔』と呼ばれる存在である。

 

冥界の上級悪魔の生き残りによって創り出された画期的な眷属のシステムである『悪魔の駒』。

だが世の中には画期的なシステムを悪用して力を得、己の欲望の為に悪行に使う者も存在するのだ。

 

爵位持ちの悪魔に眷属(下僕)として貰った者が主を裏切る、若しくは主を殺して主無しとなる事件が極稀に起こる。

悪魔に転生すると言うのは多かれ少なかれ強大な力を得る事が出来る、それは主が強力な存在であればある程に顕著に現れた。

時に強大な力を得た転生悪魔の中には主の為にではなく、自分自身の為に力を使いたいと望む者も居るのだ。

 

それらの者達こそ『はぐれ悪魔』―――害を出す野良犬。

主の元を去って各地で暴れ回るその存在は見つけ次第に主か他の悪魔が消滅させるのが悪魔のルールである。

これは他の陣営にとっても危険視されている存在であり、天使勢も堕天使勢もはぐれ悪魔を見つけ次第殺すようにしていると言う。

ちなみにこのはぐれ悪魔・バイサーも主を裏切った存在であり、ある有名な上級悪魔の子孫の活動領域に逃げ込んで人を誘き寄せては喰らっていた。

そんなバイサーは自らが縄張りにしている場所に何者かが侵入した気配を感じ取ったのである。

 

哀れな侵入者からは悪魔の臭いと人間に近い匂い、二つの匂いを感じた。

入り込んだのが悪魔でも人間でもどうでも良い、殺して喰らってしまえば良いだけの事。

そう考えたバイサーはゆっくりと身体を動かすと、生きの良い餌の気配を感じ取りながら徐々に近付いていったのだ。

―――不意にバイサーは草木が“不可解に”折れ曲がった開けた場所にか細い人影を見つけた。

 

『見ィィツケタァァァ……クク、ククク、甘イカナァ? 苦イノカナァ?』

 

開けた場所の中心に居るのは小さな少女。

御伽噺に登場する様なトンガリ帽子にローブ、更には箒を手に持つその姿はさながら魔法使いの女の子と言った所か?

少しだけ頭を振ってから落ちていた片眼鏡を掛け直し、周囲を見回しながら首を傾げる。

 

「……此処は何処ですか? ウチは確かこんな森には居なかった筈です」

 

周囲を見回す目線がバイサーを捉える。

明らかな嫌悪感を抱く様な異形の怪物が両手に槍らしき得物を構えて涎を垂らしている光景。

普通ならば恐怖を抱いて悲鳴を上げるなりなんなりするだろうと思われるが、片眼鏡の少女は実に普通にバイサーに話し掛けた。

 

「ん? 何か変なのが居るです……おいお前、此処は一体何処です? それにご主人は何処です?」

 

尋ねられても答えられる事などあるまい。

実に拍子抜けの態度だ、恐怖に打ち震える餌を食らうのが最も喜びのバイサーは呆然とする。

するとどうやら情報が何も得られないと解った片眼鏡の少女は立ち上がって服の埃を払うと、肩を竦めた。

 

「やれやれ、役に立たないです……まあ良いです、さっさとこんな辛気臭い所から出てご主人を探すです」

 

丸っきりバイサーになど興味が無いかの様に箒に跨って宙に浮く片眼鏡の少女。

馬鹿にされている―――そう感じたバイサーは屈辱に肩を震わせると怒気を放ちながら眼鏡の少女に凄む。

 

『小娘ガァァァァ!! 此処カラ逃ゲラレルトデモ思ッテイルノカァァァ!!?』

 

大量の殺意を込めた獰猛な獣の如き恫喝、これを受けて恐怖しない訳が無い。

バイサーはそう思って居たが、片眼鏡の少女は恫喝を小さな体で受けても先程と同じく全く態度が変わらない。

それどころか耳を塞ぐ素振りを見せながら実に不快そうに口を開く。

 

「五月蝿いですよ、耳が痛いです……後、汚いから唾を飛ばさないで下さいです。

お前、少しは人の迷惑を考えやがれです―――でっかいナリして脳味噌はミジンコ以下の大きさですか?」

 

可愛らしい外見の割には毒舌少女らしい、バイサーの表情が怒りで歪む。

嘗められたまま終わらせられる程にバイサーは甘くはない、寧ろ堪える事が出来ない性格故に主を裏切ってはぐれになったのだから。

狂気に満ちた凶悪な目を片眼鏡の少女に向けると、両手に携えていた槍を有無も言わさずに振り下ろしたのだ。

最早、こんな生ゴミなど餌として喰う必要など無い……生ゴミらしくバラして撒いておけば十分だろう。

 

不意打ちに片眼鏡の少女は逃げる事が出来ない。

振り下ろされた槍は確実に少女の肉体を捉えただろう、そもそも逃げ場など無かったのだから。

バイサーは土埃の巻き上がる地点を見、哂いながら吐き捨てる。

 

『ククク、クヒヒヒヒ!! 小娘ガァ、思イ知ッタカ!!

モウ少シ大人シクシテイレバ苦シム時間ヲ与エズニ喰ッテヤッタモノヲ、ソコデ潰レタ虫ケラノ様ニモガキ苦シミナガラ死ネ!!』

 

苦しんで死ぬ様にわざと急所は外した。

まさに踏み潰された蟻の如く、もがき、喘ぎ、苦しみながら少女は死ぬだろう。

喰えないのは残念だが、せめて苦しんで死んでいく様子を楽しんで見る事で溜飲を下げよう―――バイサーはそう思い、土埃が晴れるのを待つ。

 

だが土埃が晴れた後、バイサーは目を疑った。

何故なら……相手を穿つ気で叩き付けた筈の二本の槍は片眼鏡の少女の肉体に全く届いていなかったのだから。

周囲に展開されたプロペラの付いた分厚い本が槍の切っ先を止めていたのだ。

 

『ナ、何ダト……馬鹿ナ、ソンナ馬鹿ナ事ガ!!!?!?』

 

驚愕に驚きの声を上げるバイサー。

対して片眼鏡の少女は侮蔑するかの様な目でバイサーを見つめながら口を開く。

 

「だから五月蝿いと言った筈ですよ単細胞。

それにこの行為はそうですか―――お前、ウチを殺す心算だったと言う事ですね?」

 

言葉に感情など篭っては居ない。

当たり前の様に、まるで人形の如く、淡々と言葉を続ける片眼鏡の少女。

逆にそんな態度が得体の知れない恐怖を生み、バイサーの本能は此処から逃げる事を欲していた。

 

しかし、逃げる事など出来はしない。

愚かにもバイサーは触れてはいけない禁忌の存在に手を出してしまったのだ。

命運は既に尽きた、後は苦しむか苦しまないかと言う二択しかない。

 

「ウチは基本的に戦いは嫌いですけど、自分が殺されそうになってるのに許す程お人良しでもないです。

仕方ないです、ブッ殺してやるからありがたく思うですよ単細胞―――五体満足で死ねるなんて思わない事ですね」

 

突如放たれる濃過ぎる明確なまでの殺意。

先程までのバイサーは何処へやら、片眼鏡の少女から放たれた殺気で萎縮し、逃げる事すら叶わない。

……バイサーの間違いは唯一つ、得体の知れない存在を嘗めて手を出したと言う事だ。

 

此処から始まるのは戦いなどではない。

一方的な虐殺、腹の満たされた獣が児戯で小動物を弄(もてあそ)び殺すだけの行為。

―――若しくは人間が雑草や子虫を踏み潰す程度の事だろう。

ゆっくりと前に進みだした片眼鏡の少女の感情の無い表情こそがバイサーの見た最後の光景になったのであった。

 

 

 

片眼鏡の少女の名は“箒星の魔人・コメット”。

かつてすべての生命を世界を喰らい尽くさんと暴威を振るった魔星クェーサーの生み出した半機半人の魔人が一柱―――

 

 




【メインキャラ設定①】

本名:オズ(名義はオズワルド・P(ペンドール)・ベオウルフ)
職業:便利屋“DevilMustDie”経営者
年齢:不明(100歳を越えた位から数えてない)
特技:魔王(魔星クェーサー)退治、悪魔狩り、天使・堕天使狩り、龍殺し
趣味:昼寝
装備:【大剣】神魔剣・ラグナロク、【刀】妖刀・夜刀神村正、【拳銃】アルバ&ソワレ


【武器解説】

『神魔剣ラグナロク』
オズの愛剣である両刃のクレイモア
元々は義父にして師であった前便利屋オーナーの使っていた魔剣の欠片とオズ自身の愛剣であった神剣エクスブランドが融合した事で誕生した
神剣と魔剣の二つの力を持ち、桁外れの魔力を内包している代物だが封印が施されており現在は『折れない頑丈な剣』程度の存在となっている
しかしオズにとっては大切な相棒とも呼べる剣であり、内包された魔力を行使せずとも圧倒的な戦闘力を誇る

『妖刀 夜刀神村正(ヤトノカミムラマサ)』
オズの愛刀である直刃の日本刀
義父の兄であった男の魔刀の欠片とオズの所持していた妖刀村正が融合し一つになった代物
次元、空間、事象すらも断つとまでされる刀であり、斬れば斬る程に切れ味が増す強靭無比な刃
しかし強靭な意志無き者が振えば忽ちに狂気に囚われ、己が意志と関係なく他者を斬る事のみにしか意義を見出せぬ狂刃へと変わる危険な刀である

『アルバ&ソワレ』
オズの使う二丁一対の拳銃
伝説と呼ばれたガンスミス『ニコレッタ・スタインバーグ』の最高傑作
貫通力、速射性、破壊力の三つを両立させる為に改良が重ねられ、義父の愛銃に比べると一回り大きくなった
また、彼らと同じく伝説と呼ばれたデビルハンターの使っていた愛銃にヒントを得、銃口をダブルマズルにする事で多目的な銃弾を使用可能としている
(尚、名前のアルバ&ソワレはイタリア語で『暁&黄昏』の意)

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