艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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大変ながらくおまたせ致しました。漸く投稿再会です。
ここから第二部最終話まで毎日一話ずつノンストップで投稿していく予定です。
最後まで楽しんでいただければ幸いです。



第二十八話 獅子身中の毒虫

 石壁の元に新城達が到着するのと前後して、帝都東京では連合艦隊司令長官である徳素が会見を開いていた。

 

「では新聞にあったことは事実だったのですか?」

「ええ、全てが真実というわけではございませんが、概ね事実です」

 

 大本営のトップがその不祥事を認めた。それはその場に居合わせた多くの記者を驚かせた。

 

「石壁提督は大本営内部の政治闘争によって名誉を毀損され、最前線へと追いやられました。故にこそ、我々はその事実を重く受け止め、彼の名誉の回復を行っています。現在彼を最前線に送る原因となった汚職官僚達を追求して懲戒等の処罰を行っております」

 

 自身が最大の元凶であるという事実を特大の棚の上に乗せていけしゃあしゃあと言い切る徳素。彼はありとあらゆる手段で政敵達に罪を擦り付け、部下達の尻尾を切り、自分以外の人間を公に処罰することで自らを汚職と戦う正義の人間であると社会に印象づけているのだ。面の皮が厚いという次元ではない。

 

「名誉の回復と仰られましたが、具体的にはどの様な形で石壁提督の名誉を回復されるのでしょうか」

 

 記者から質問を受けた徳素は笑顔で応対する。

 

「石壁提督は正しく英雄と言っても差し支えの無い名将です。我々大本営は彼を全力で後援することで彼の名誉を回復します。その第一段階として、既に援軍を送っており、今頃は向こうへと到着している事でしょう」

 

 新城達が石壁の元へとギリギリ援軍としてやってこられたのは本人たちの努力や希望もあったが、徳素がこの言い訳を行うための辻褄合わせとして石壁の元へ送り込む人間を探していたからでもあった。

 

 徳素本人からすれば石壁を殺すための前段階の行為であったのだが、これが期せずして石壁の命を首の皮一枚繋いだのだから皮肉というしかない。

 

「結果に対して応えるのが軍隊です。先の南方棲戦鬼の討伐の功績に応える為に、誤報であった死亡報告によって2階級特進していた階級をそのまま据え置き、本来少佐の筈の新任提督の中将位を維持します。さらに鉄底海峡の攻略に際してソロモン諸島方面軍の最高司令官としての全権を与えます」

 

 徳素の言葉にざわつく記者達。少佐から中将、方面軍の最高司令官、石壁が新任の提督であることを考えれば破格の待遇である。名誉という点から見れば最大級の待遇であるのは間違いない。

 

「さらに石壁提督を支援するために大量の物資を彼のもとへと送りました。現在シーワイズ・ジャイアント級輸送船『大八洲(オオヤシマ)』がソロモン諸島へ向け航行中です」

 

 シーワイズ・ジャイアント、その言葉に記者達がざわめく。

 

 シーワイズ・ジャイアントとは、かつて住友重機械追浜造船所にて造船された世界最大の超巨大タンカーである。総トン数260,851トン、載貨重量トン数 564,763トン、全長458.45mという化物の様な船である。

 

 大和型戦艦の排水量が約7万4千トンであることを考慮すればどれだけ馬鹿げた大きさのタンカーであるかがわかるだろう。史実世界におけるこの船は本来一点もので姉妹艦は存在しない。だが、この世界においては不足する船舶を補うという名目で、大日本帝国の復活を内外に示す為に増産されたのである。

 

「大本営直属の特殊輸送船であるシーワイズ・ジャイアント級輸送船をもって支援を行うのです。どれだけ大本営が彼を後押ししているかはご理解頂けるのではないでしょうか?」

 

 ざわめく会場、徳素の言葉を否定する要素をこの場の者達は見つける事が出来なかった。その反応に笑みを深くする徳素は次の言葉をもって会見を終えた。

 

「石壁提督はきっと鉄底海峡を攻略し、大日本帝国に勝利と栄光をもたらしてくれるでしょう」

 

 この会見の内容は、即座に日本中へと発信されたのであった。

 

 ***

 

 会見の内容を会議室で聞いた一同は言葉を失った。一見すればこの報告はこれまでの対応とは打って変わって石壁を支援する為のモノに見える。だが……

 

「やられた!!畜生、ヤバイ、ヤバイですよ提督!!」

 

 報告を聞いた青葉は顔面を蒼白にして叫んだ。

 

「その、青葉さん……これはどういうことなのでしょうか……?」

 

 事態を飲み込めない間宮がそう問うと、青葉は間宮へと事の深刻さを告げていく。

 

「大佐からの二階級の特進に、方面軍の最高司令官への任命、攻略軍指揮権移譲、表面上は確かに厚遇です。ですがその実態は現状の追認であり、ショートランド泊地単独での鉄底海峡の攻略命令に他ならないんですよ!!まったく嘘をつかずに、現状を追認するだけで、更なる死地へと後ろから押し出すつもりなんですよ大本営は!!」

 

 しかも、と青葉は報告書の『ソロモン諸島方面軍』についての項を指し示す。

 

「見てください、このソロモン諸島方面軍の管轄区は『ブーゲンビル島以西』この地域の所属泊地はショートランド泊地とブイン基地の二つだけ、ラバウル基地以西の南洋諸島の泊地への命令権は一切持っていないんですよ!!つまり、ブイン基地が一度壊滅して基地機能が皆無であることを考慮すれば実質我々だけしか居ないんですよこの方面軍には!!」

 

 方面軍の具体的な編成は軍事機密であり外部には殆ど伝わらない為、報道を聞いただけの人間には南洋諸島全域を指揮する権限を与えられた様に見えるのだ。だが、名前だけとはいえ方面軍は方面軍だ。軍隊は縦割りの組織であり、となりの方面軍の味方は友軍ではあるが別の管轄の軍隊に近いのだ。語弊を恐れずに言えば、営業部門の部長が販売部門の平社員へ直接指示や命令を出来るのか?という問題に近い。別の部署の人間を使うにはそれ相応の手順が必要になるのである。

 

 徳素はこの名ばかり方面軍とでも呼ぶべき実質的名誉職を押し付ける事で、石壁を名実ともに他の南洋諸島の泊地群から切り離したのだ。

 

「その上、この輸送タンカーの物資は、既にこの泊地で充足している食料や医薬品、艦娘用の資源等であり、こんなタンカーで送りつけられても意味がない程に過剰なんです。ですがこれらの物資は普通の泊地では不足します。普通は足りない物資を大量に送りつける事で外部には手厚い支援にしか見えないのに、実際は無用の長物を送りつけているんですよ!!」

 

 もしも提督が援軍を含めても4人しかおらず、艦娘の数が致命的に足りないという異常な泊地でなければ。もしも方面軍が南洋諸島全域を含むモノであったならば、実際にこの支援は非常に手厚い支援であったのだ。だが現実は違った。

 

「止めに、他の泊地に転用しようにも、この資源はショートランド泊地の『泊地特定財源』として指定されています。これを他の泊地へと流そうモノならその時点で石壁提督は犯罪者です。つまり、大本営はショートランド泊地が有効活用出来ない物資を無理やり押し付けて『充分な支援を行っている』と強弁するつもりなんです」

 

 特定財源とは、予算編成の際に出てくる概念であり、なにか特定の目的にそって編成される予算の事である。

 

 よく使われるものとしては『道路特定財源』のように道路の整備に使うように指定された予算などが該当する。だが、徳素は物資もまた財源であるとしてショートランド泊地だけが使える物資として予算計上を行ったのだ。政経軍事の頂点に立つ大本営だからできる荒業であった。

 

 これによって『ありあまる物資』を『無用の長物』へと変貌させ、いよいよもって大量の物資の使い道を無くしたのだ。

 

「……話はそれだけにとどまらんぞ」

 

 南雲はこの世の終わりのような顔で言葉を繋いだ。

 

「南洋諸島の泊地群は……厳密には南部面軍は基本的に複数泊地の合議制で動いている。南部方面軍としてソロモン諸島方面軍を支援しようとするなら、他の泊地全てを納得させる必要があるのだ。其のためにこれまで、まるゆ君達の物資輸送などによって少しずつ他の泊地へと根回しを行ってきたのだ。だが……」

 

 その話の流れに次にどんな言葉が出てくるのかを察して、その場の全員の背筋に冷たいものが走った。

 

「だが、この支援計画の発表によって『石壁提督はやはり大本営派閥の人間である』と思われる可能性が高い……次に飛行場姫が動くまでに仲間を集めるどころか、下手をすれば完全に見捨てられる可能性すら否定できない……」

 

 石壁達が描いていた絵図は、まず新生した泊地の機能を最大限活かし、縦深防御による持久戦によって敵を消耗させる。そして、消耗した所で援軍によって敵を打ち破るというものであった。

 

 だが、その防衛計画はこの一手によって根底から瓦解したのだ。徳素は石壁と南洋諸島の泊地の間に特大の楔を打ち込んだのである。ろくな味方の居ない最前線で後背地との協力関係を寸断し孤立させれば、後は己が手を下すまでもなく敵に磨り潰されるだけだと徳素は考えたのだ。

 

「大本営は……そこまでして……数十万トンの物資を使い捨ててまで……僕を殺したいのか……」

 

 石壁はあまりの事態に呆然とそう呟いた。これは石壁というただ一人の人間を殺す為に仕組まれた、余りにも強大な一手であった。常人なら例え考えても損失の巨大さに躊躇うその手段でもって、徳素は己の理不尽な逆恨みの復讐を完遂せんとしているのだ。

 

 徳素は大日本帝国という巨大な国家の膿そのものだ。巨大な国家の腐敗とその私物化が生み出した最悪の怪物が、その最低の品性を剥き出しにして石壁へ牙を剝いたのだ。その是非は別として、余りにも致命的な一撃であった。

 

「ここまで支援をされてしまえば……仮にこの泊地が負けて滅んだとしても、大本営は負けた石壁提督が悪いと言い逃れる事が出来るだろう……そのためだけにこんな大それた手を……」

 

 南雲もまた、予想を遥かに超える大本営のやり口の卑劣さにそれ以上言葉が続かなかった。己の祖国の中枢がどこまでも腐敗しきっているのだというどうしようもない事実に、既に底をついていると思っていた大本営への信頼がさらに下がっていくのを感じていた。

 

(ああ……なんてこと……青葉達が鉄底海峡へと注意を向けているほんの少しの間に、まさかここまで情勢が変わってしまうなんて……)

 

 青葉は石壁の憔悴した様子に奥歯を噛みしめる。自分たち情報部が推し進めた石壁の英雄化は確かに石壁を守った。だが、彼の肥大化し過ぎた名声が、逆に彼の行動を縛り付ける。石壁は英雄として国民から期待される存在になってしまったのだ。これで攻略に手間取り、敗退でもすれば石壁の名声は地に落ちる。負けて死ねばよし、仮に生き残っても名声がなくなった英雄ならば殺すのは容易い。

 

 群狼作戦によって得た功名は、徳素によってそのまま英雄を殺す毒へと変じさせられたのだ。石壁を支えているのが国民の支持なら、石壁を殺すのもまた国民の支持なのである。

 

「……話を纏めるであります」

 

 あきつ丸は完全に止まってしまった会議室の中で議事進行役としての責務を果たす。

 

「つまるところ、我々ショートランド泊地はほぼ単独で敵の進行を食い止め、なおかつ本土の国民に見放される前に……具体的には次の進行を食い止めた返す刀で鉄底海峡を攻略する必要がある……ということであります」

 

 どちらか一つだけでも泊地の総力を結集してもなんとか『ならない』目標であった。それが二つになったのだ、その絶望感は如何ほどであろうか。

 

「……これは所謂『詰み』というやつでありますな」

 

 あきつ丸は流石にこの事態は予想出来なかったらしく、諦観を滲ませながら笑った。否、笑うしかなかった。

 

 長い会議のせいで、既に日は水平線に没しようとしていた。室内が黄昏から暗闇へと包まれるのはそう遠くなかった。

 

「……今日の会議はここまでにして、一旦休もう」

 

 石壁は、疲れ切った声音でそう告げるのが精一杯であった。それに反対する声はなかった。

 

 日が、沈んだ。

 

 

 


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