とある方に触発され、それっぽいものを書いてしまった。
土カーはいいぞ?(愉悦)

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やさしいことば

 

 そこには、何もなかった。

 

 見渡す限り黒、漆黒の闇が辺りを埋め尽くす暗の空間。そこは壮麗であり威厳に満ち溢れた城、チェイテ城の地下へ設けられた牢獄。かつては城の主に捕らわれた"贄"を繋ぎ止めておく、ただそれだけを目的に作られたはずの鳥籠──だが今、そこに"贄"はいない。

 

 と、その時、ジャラッ、と耳障りな金属音が牢獄の中で反響する。それを皮切りに暗がりの中で、まるで虫のように蠢く人影が一つ。耳障りな金属音を響かせていたのは、その人影の両手首へ嵌められた鎖。闇に溶け込む細い手首、しなやかな指には無惨な傷痕が無数に見て取れる──かつて"贄"を繋ぎ止めておくために作られた牢獄は、いまや"罪人"を捕らえる檻でしかない。

 

「………ここ、は……?」

 

 "罪人"と成り果て牢獄へと繋がれていたのは、チェイテ城の主、カーミラ。かつては美という概念を存分に纏っていた彼女の顔は、いまや涙の跡によって見るに耐えないほど歪んでいる。美しさと恐ろしさを携えていたはずの爪はボロボロ、絹のような肌触りを備えていた長く麗美であった髪は薄汚れボサボサ──その様は、かつてカーミラという女性が最も嫌っていたであろう醜悪で薄汚れた"恐怖"そのもの。

 

「……ぁ……っ……ああぁ……」

 

 カーミラの胸中で絶望が鎌首を上げ、思考は恐怖という毒に侵されていく。だから気付くこともできない、自覚することもできない。平静であれば気付けたはずだ、"この状況"が現実ではないことを──それは彼女が最も恐れる記憶。僅かな時間、まどろみの中でしか見れぬ泡沫。そう、"夢"であることを。

 

「……い、いやっ……いや……っ……いや、いやぁぁッ!!」

 

 瞬間、暗室へカーミラの絶叫が木霊する。

 

 鎖で繋がれた両手で頭を抱え、恐怖に顔を歪ませ、恥も外聞もなく。所々に穴が空き、破れた衣服など歯牙にもかけない。その言動は、まるで見えない何かから必死に逃げようとする童女のよう──二転三転、牢獄の中を転げ回った彼女が行き着いた先は硬く冷たい牢獄の壁。

 

 無骨で硬い石により形成された壁には、長い年月によって住み着いた苔がびっしりと付着していた。汚ならしいモノ、ましてや触れるなど考えるのもおぞましい。カーミラならば、そう言い放っていただろう。あくまで彼女が普段通りに平静で、ふと視界に入っただけであったなら──けれど、今は違う。恐怖という劇薬によって思考が麻痺している今の彼女には、"そんなこと"些末な問題。

 

 ボロボロになった、長さも太さもバラバラになっていたカーミラの爪が壁を引っ掻く。ガリッ、ガリッ、と耳を塞ぎたくなる異音を響かせながら。もちろん、それで状況が変わるわけがない。ただただ、彼女の爪が、指先が醜くなっていくのみだ。

 

「……何で…っ……何でよっ……私は悪くないのにッ……悪いことなんて……それが間違いだなんて……誰も、言ってくれなかった……誰にも……言われなかった……ッ!!」

 

 とある爪は剥がれ落ち、指先を朱に染める。

 

 とある爪は割れ、壁へ付着していた苔を削ぎ取る。

 

 でも、それでも、カーミラは悲痛な表情のまま壁へ爪を立て続ける。その瞳から大粒の涙を流し、すがるように壁へ爪を立てる彼女に、チェイテ城の主としての威厳、女性ならば誰もが羨む美貌、そんなもの微塵も残っていない──さながら、その様は叱られて泣きじゃくる少女のよう。

 

「……いやよっ……ッ……いや、いや、いやぁ……っ……もぅ、ひとりは……嫌っ……ひとりきりなんて、耐えられないっ……た、すけっ……誰か……たすけて……ッ!!」

 

 それは、かつて叶わなかった願い。

 

 誰も彼女を助けには来ない。

 

 決して彼女が許されることはない。

 

 それは永劫、カーミラという存在に連いて回る業。私利私欲のために数百を超える女性を拷問の果てに命を奪い、流れた血を身へ纏った"人でなし"。そして、その最後は自身の居城であったチェイテ城へ咎人として幽閉され命を落とす──それが言い伝えられる "エリザベート・バートリー"という存在の末路、決して覆ることも忘却に塗り潰されることもない事実であり結末。

 

 彼女が逃げたかったのは自身が老い醜くなっていく恐怖ではなく、暗室と漆黒でもなく、己が命が果てることでもない。本当に彼女が逃げたかったのは、"エリザベート・バートリーの末路"──数百人以上の女性を手にかけ、罪人として幽閉され、一人で果てていく。その絶望から、孤独から、彼女は逃げたかった(忘れたかった)

 

「……ぁ……っ……ああぁ……」

 

 錯乱し取り乱す彼女は、壁へ爪を立てることを止めない。

 

 だが、その時、カーミラは気付いた。

 

 自身がすがり付く壁の上方、遥か彼方へ漆黒の闇の中へ、ぽっかりと穴が空いているのを。仄暗い牢獄と外界を繋ぐ穴から、僅かな光が漏れていることを──その光を見付けたカーミラは、ようやく壁へ爪を立てていた手を止める。そして壁へすがったままの彼女は空いた両の手、僅かに震える腕を上へ上へと伸ばしていく。まるで神を崇める信者のように顔を上げ、両膝を突き、細い両腕を持ち上げ、血と苔で汚れる手を、真っ直ぐ光が漏れ出てくる通風孔へと向ける。

 

「……おねが……っ……たすけ、て……」

 

 カーミラの口から、救いを求める声が漏れる。

 

 顔を涙で汚し、手を血で染めながら。

 

 だが、そんな彼女の願いも虚しく、彼方へ見える光は徐々に光を失っていく。月が夜空に侵食されていく月蝕のように、少しずつ少しずつ、光は黒の帳に喰われていく──それに気付いたカーミラは、目を見開く。光が闇へ呑まれていくのに比例して、彼女の胸中にあった希望が絶望で上書きされていく。

 

「……いやっ……やだっ……まってっ……ねぇ……ッ……いかない、でっ……いやぁぁぁっ……ひとりに、っ……しないで……だめ、だめっ……たすけて……ねぇ、たすけて……ッ!!」

 

 カーミラの悲痛な叫びなどお構いなしに、闇は光を呑み込んでいく。塗り潰されていく光、通風孔が閉じられていく様を見上げ続ける彼女は声を張り上げるのをやめない。たすけて、たすけて、たすけて──だが無情にも誰へともなく発信される救いを求める声が枯れ始め、彼女の喉が限界を迎えた頃。

 

「……っ……けほっ……ッ……い、やぁ……ひとり、きりは……いやぁ……」

 

 泣きじゃくり、咳き込む彼女の目の前で──

 

 ゆっくりと、光は闇に呑まれ──

 

 牢獄の中を、漆黒へと染めた──

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「………っ……ぁ"っ……」

 

「……ッ……やっと起きやがったか」

 

 カーミラが瞳を開けると、見知った顔が飛び込んできた。厳つい顔で切れ長の力強い瞳を携えた浪士、そして彼女の想い人でもある男性、土方歳三の顔──だが普段の恐れるものなど何もない、と語っているような仏頂面ではない。どこか焦燥に駆られた様相の、彼には似つかわしくない珍しい表情で。

 

 と、そこでようやくカーミラは全てを自覚した。いや、思い出したと言うべきか。今の今、覚醒するまで見ていたモノ、かつて自分に訪れた末路の光景、体験が"夢"であること。そして自身が、"土方の部屋で就寝した"ことも。

 

「こっちが焦るくらいうなされてたぞ。おい、大丈夫かよ?」

 

 布団へ横たわるカーミラの傍らで胡座をかき彼女の寝顔を覗き込んでいた土方は眉間のシワを深くしながらも、彼女が目を覚ましたことで安堵したのか声質は柔らかいものへと変わっていた。

 

 夢の中の牢獄ほどではない仄暗い闇の向こうへ見える土方の顔を、布団へ寝転んだまま見上げるカーミラ。そんな彼女は、何度か瞬きを繰り返す。二度、三度と繰り返すが最後に目を瞑ると──布団の中で身を捩り、自身の傍らで胡座をかく土方の腰へと細い両腕を回す。

 

「……っ……お、おい……」

 

 カーミラの予想外な行動に驚きを隠せない土方だが、振り払うようなことはしない。むしろ、優しく彼女の肩へ掌を置く──と、そこで彼は気付いた。暗がりで分かりにくかったが、彼女の肩が小刻みに震えていたことを。

 

「お前、震えてんぞ……まさか、怖ぇ夢でも見たってか?」

 

 カーミラからの返事はない。

 

 だが、土方は自分の腹部へ押し付けられた彼女の頭が小さく動いたように感じた。それと同時、衣服越しに感じたのは水気。さらに耳を澄ませば、蚊の鳴くような小さく消え入りそうな、すすり泣く音も聞こえてきた──普段ならば決して聞けないであろう音、普段ならば決して見れないであろう行動。

 

 なんとも弱々しいカーミラの姿を見た土方は、彼女へ気付かれぬよう小さく息を吐き出した。本来ならば慰めるか、諭すか、安心させるか。どちらにせよ、優しく語りかけてやる必要があるのだが──見知らぬ女性を口説くことは抵抗のない彼だが、"普段は強気で気安く話せる間柄の女性が弱々しい姿を見せた時の対処"には慣れていなかった。

 

 下手なことを言うわけにもいかず、かといって放っておくわけにもいかない。いまだカーミラは彼の腰へ両腕を回し、頭を腹部へ押し付け、すすり泣いているのだから──さて、どうしたものかと土方が思案すること数秒。彼が選んだのは、沈黙だった。

 

 代わりに、腹部へ押し付けられたカーミラの頭へ掌を合わせる。サラサラとした手触りの良い彼女の長く美しい髪を、土方の武骨で大きな掌と指が鋤いていく。何度も、何度も──そのまま一分が経過し、三分が経過し、そろそろ五分を過ぎようかという頃、ようやく漏れ聞こえていたカーミラのすすり泣く音が途絶えた。

 

「夢を見たわ。私の……私が、"終わった"時の……」

 

「………………そうか」

 

「私は自分のために、大勢の人間を殺したわ。私は、それが駄目なことなんだって、間違いだったなんて、知らなかった。誰も教えてくれなかった──」

 

「………………そうか」

 

 ぽつり、ぽつりとカーミラは先に見た夢の中身を、自分が歩んできた道程を語り始める。老いという恐怖と絶望、他者を犠牲にしてでも保ちたかった自分の美貌(私利私欲)、そして因果応報、自分が醜く惨たらしく死に行く結末まで。包み隠すことなく、一切の脚色をするでもない。語り継がれる"エリザベート・バートリー"が残した逸話を。

 

「これが私、カーミラ(エリザベート・バートリー)の物語。ふふっ、我がコトながら無様よね。後悔とか恨みとかは無いわけじゃないけど、いいの、分かったから。私は生きても死んでも、ひとりきりなんだって……」

 

 全てを吐露し終えたカーミラが、自嘲の声を吐き出した。自業自得だと、自分が当たり前だと思っていたことが異常であると自覚し、カーミラは自分自身を嘲笑う──が、そんな彼女の吐き捨てるような自虐の言葉を、今の今まで沈黙を貫いていた土方の低い声が遮った。

 

「お前のことは、まぁ、それなりには分かった。だが俺も誠の旗の下、向かってくる敵を殺しに殺した。自分の為か信念の為かなんざ関係ねぇ、所詮は人殺しだ。俺も、お前と似たようなもんだ」

 

「……貴方と一緒にしないでくれる?」

 

「話の腰を折るんじゃねぇよ……あー、まぁ、しかしだ。そんな俺が言うのも何だが、お前さん一つだけ"間違ってる"ぞ」

 

「え……?」

 

「……お前は、ひとり(孤独)じゃねぇ」

 

「……っ……」

 

 土方の最後の言葉は、カーミラの体を強張らせた。彼の腰に回った彼女の細い両腕は無意識のうちに締まり、二人を密着させる。だが、土方はそれに気付かないフリをして彼女の発言を否定する。

 

「ここにはマスターと、気に食わねぇがヴラドの野郎や他の奴等(サーヴァント)だって居る。あいつ等も、俺も、お前を絶対にひとり(孤独)にはさせねぇ……とはいえ頭の固いお前のことだ、それは違うって言うだろうよ。だから、俺ァ何度でも言うぞ。"お前は間違ってる"」

 

 その言葉(間違ってる)は、生前の彼女に向けられなかったモノ。もちろん意味は違う、かつてカーミラが行った所業に対して向けられたモノではない。だが、それでも、土方の言葉は彼女の胸を打った──何故なら、それは彼女が欲しかった言葉、暗い牢獄の中で求めた救いに他ならない。

 

 もはや過去の出来事は覆すことができない。だがサーヴァントとして自身が在る"今"、その言葉(間違ってる)はカーミラにとっての願いそのもの──とても優しく、暖かい否定の言葉。

 

「なによっ……それっ……そんっ、な……わけっ……」

 

「いや、そんなわけあるんだよ。お前は間違ってる」

 

「…………っ……」

 

 有無を言わさず、土方はカーミラの言葉を遮る。何度も、何度も。そんな不毛で微笑ましい否定の応酬は十数回に及んだが、それもようやく終わりを告げた。あまりの強情さと、自身の意思とは無関係に沸き上がってくる嬉しさで、とうとうカーミラが折れた。降参という意思表示か、彼女は土方の腹部へ顔を押し付けたまま盛大な溜め息を吐き出す。

 

「はあぁぁ……ホント、頑固なんだから……」

 

「誉め言葉として受け取っとくよ……さて、と。そろそろ落ち着いたろ。その体勢も辛ェだろうし、さっさと寝な」

 

 ぐいっ、ぐいっ。

 

 抱きついてくるカーミラを押し剥がそうとする土方だったが、違和感に気付く。まったくもって、腰へ回された彼女の両腕の力が緩む気配がない。むしろ、先程より力強く回されているようにも感じた。おまけとばかりにカーミラの柔らかい頬や額が腹部へ擦り付けられ、何ともくすぐったい。

 

「………………おい」

 

「……………………」

 

 土方の声へカーミラの返事はない、狸寝入りを決め込んだらしい。言葉を交わすまでもなく、察することができる。もはや彼女は眠るまで離れる気がない、と──その強情さというか頑固さというか、何とも微笑ましい行動に今度は土方が折れる。

 

 腰に腕を回すカーミラに習い、土方は両腕を彼女の背中へ回す。一方的だった抱擁は力強さを増し、二人をさらに強固に繋ぎ止める。

 

 

 

──もう今日は布団へ横になって眠れそうにない

 

──そう諦めた様子の土方は小さく溜め息を吐き出した

 

 

 

「……………ふふっ」

 

 

 

──どこか嬉しそうな、楽しそうな

 

──カーミラ(愛しい人)の声が聞こえなかった風を装いながら

 

 

 


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