提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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012 博麗神社を偵察せよ!

 透き通るような青と澄み渡った風。それらを全身いっぱいに感じながら、青年は空を飛んでいた。

 早苗に抱えられながら。当然だが、青年が空など飛べるはずもない。

 

「さ、さなちゃん。あとどれぐらいかかりそう?」

「さあ、あと15分ぐらいでしょうか。もう少しかかります」

「う、うん。腕は疲れてない?」

「はい、大丈夫ですよ! 全然疲れていません!」

 

 いわゆるお姫様だっこ。早苗は脇の下と膝裏に腕を通して青年を引き寄せるかのように抱えており、当の青年は為す術もなく腕組みして虚空を見つめていた。

 ふと顔を上げれば空が見えるものの、まず視界に入ってくるのは至近距離の早苗の顔である。かといって目線を下げれば、そこにはご立派なお山が二つ並ぶ――いや、青年を抱き抱えることでその山は少し形を変えていた。

 恥ずかしいどころの話ではない。女性に抱えられ、情けなくもそれに甘んじる自分。胸が押し付けられているのはわざとではないにしろ、後でこれ訴えられたりしないよな、などと小心者の心が震える。

 その上、抱えられているために胸と言わず早苗の体の柔らかさが直に伝わり、これが青年を悩ませるのだ。本人は自覚しているのかしていないのか知らないが、ただ前を見て空を飛んでいる状態である。おそらく無自覚だろう。

 

「も、もう少し体を離してくれないかな?」

「できないですね。それこそ腕が疲れてしまいます。私に触るのは……嫌かも知れないですけど、我慢してくださいね」

「あ、いや、こっちこそごめん……」

 

 非常に申し訳なさそうな顔で謝る早苗。その顔を見ては、青年も最早何も言うことはできず、ただ目をつむって思考に没頭するしかなかった。

 

 

『神奈子さん、幻想郷には博麗神社というところがあるらしいです。紫さんはどうやらその神社で何か案件を抱えているようで……』

『ほう、幻想郷に守矢神社以外の神社があるのかい。しかもあのスキマ妖怪の悩みの種、と』

『昨日聞いたときには、紫さんは何やら触れて欲しくないようでした。幻想郷が今抱えている問題、残るは博麗神社だけ、とのことですが』

『ならカミツレ、早苗と一緒にその博麗神社に行ってきな。場所は河童に聞いとくよ。ああ、何人か艦娘も連れて行くといい』

『……どうすればいいんでしょう?』

『スキマ妖怪に恩を売るチャンスだ。交渉は任せる。もし解決した上で、守矢神社が信仰を得るために邪魔になりうるようなら――神社を奪ってきな』

『乱暴ですね』

『そうならないことを祈ってるよ』

 

 

 といった経緯により、青年は早苗にそのことを話した。早苗は先日のにとりとの一件により、青年から露骨に目を逸らしていたが、神奈子からの頼みであると話すとすぐに引き受けることを了承する。

 

 

『私の力が必要なんですか? 仕方ありませんね、任せてくださいカミツレさん!』

『うん、頼りにしてる』

『カミツレさんとふたりっきりでお出かけですね、うふふ』

『あ、カードの状態で天龍と龍田も連れて行くから』

『あ、はい……わかりました』

『やることはわかってるよね?』

『要は、博麗神社を明け渡すように要求すればいいんですよね?』

『いや、ちょっと違うけど』

『ふふん。見事解決して、私のことを見直させてあげますよ。でも難しい話はお任せします』

 

 

 そして、にとりから博麗神社の場所を聞き出し、ある程度距離があるために空を飛んで向かうことになったのである。

 どうやって空を飛ぶんだよ、と疑問を神奈子にぶつけたが、返ってきたのはひどく単純な答えであった。

 

 

『早苗に抱えてもらえばいいじゃないか』

 

 

 腕を掴まれて空を飛んだことなら、青年は初日に経験している。その際にそのまま戦闘に突入して振り回されたことを考慮しての発言だろう。

 だが、青年としても抵抗がある。年の若い、それも自身より年下の女性に抱き抱えられて身を任せるというのは例え早苗であっても頭を痛めた。

 しかし、徒歩となれば一日、下手をすれば二日かかってしまう距離である。歩かせて疲弊させることとの天秤にかければ、答えは一択であった。

 

 

『さなちゃん……や、優しくしてね?』

『任せてください! 最初はゆっくりで、徐々に速くしますね。最高に気持ちいいですよ!』

 

 

 ということで、現在高速飛行中である。速度が上がっているのは、早苗も口では平気と言っているものの、おそらく腕が疲れてきたためだろう。

 早苗は何も言っていないが、もしかしたらやはり恥ずかしさもあり、耐えられなくなっているのかもしれない。

 

「見えましたよ、カミツレさん!」

 

 申し訳なさと気恥ずかしさが織り交ざりながら、青年は進行方向を見つめる。そこに見えたのは、小高い山の上に立つ小さな神社と思しき建物。

 ようやくこっ恥ずかしい旅が終わるのか、と青年は思うのであった。

 

 

 

 

 

 厳粛な雰囲気に包まれる鳥居前。それは周りに立つ木々がそうさせるのか、それとも神社そのものが荘厳であるからか。

 小高い山の上、大木に囲まれるようにしてその神社は建っていた。鳥居前にて一礼し、青年は早苗と一緒に足を進める。

 

「随分と物々しい場所だね?」

「はい。にとりさんの話ではもう少し柔らかい雰囲気だと聞いていましたが、そうでもないようです」

 

 境内を歩き、本殿へと続く石畳の道を進む。落ち葉があちこちに落ちており、掃除がされていないようである。人の手が加わっている様子はまるでない。

 拝殿前にて、賽銭を投入し二礼二拍手一礼。

 

「カミツレさんともっと仲良くなれますように」

 

 そういうのは心の内でお願いするものなんじゃないか、などと願いつつ、赤面しながら名も知れぬ神様へ祈りを捧げる。自分の願い事は世界平和でお茶を濁しておこう。

 参拝を終えると、早苗と共に青年は神社の周りをうろうろと散策し始める。パッと見た限りでは神社の造りは古く、かなりの年数が経っていると思われた。

 神社としての規模は大きくないものの、やはりどこか殺気にも怒気にも似たような厳粛な雰囲気に包まれており、気を抜くことができない。仮に何かが襲って来たとしても、自分は何もできないのだから、心配するだけ無駄かもしれないが。

 

 我ながら何とも情けない、とため息をつく。

 艦娘たちが語る“司令官”や“提督”というのがどのようなものかは青年も知らない。だが、流石に肉体一つで軍艦に挑むような人間でないことぐらいはわかる。

 自分は艦娘たちにとってどのような提督になるべきなのか、何をしてあげられるのか。その答えを見つけ出すのは、長くなりそうである。

 

 神社の周囲を散策したものの、結局何も見つからなかった。紫がこぼしていた“博麗神社の問題”というのが何であったのかは見当がつかない。

 神社の屋根に見えるいくつかの落ち葉。紫が話していたように、本当に何もない寂れた神社という結論で間違いないのだろうか。

 

「カミツレさん、私から気になったことを一つ」

「ん、どうしたの?」

 

 本殿の正面まで戻ってきたとき、早苗が思い立ったように顔を上げた。

 

「この神社、神様の力が全然感じられません。うちの神社でしたら神奈子様や諏訪子様の力が感じられるんですが、ここの神社は何もないんです」

「……確かに、あの2人に似た雰囲気は感じられない、かな。そういえば、ここは管理する人がいないんだね」

「神社によっては時代の変化で管理する者がいなくなってしまう神社もあります。もしかしたら、ここもそうなのかもしれません」

「神奈子さんが言ってたように、信仰がなくなったから神様としての存在を維持できなくなったってこと……?」

「かもしれません。ただ、神奈子様も諏訪子様も、外の世界ではそれはそれは有名な神様だったんです。人々に知られていないのに読み取れないような大きな力を持っている、とも考えられます」

 

 定義が曖昧であるが、かと言って大して知りもしない神社について細かく説明させる方が酷である。その認識を持っておく、ということで今はいい。

 と、思ったその時である。

 

 

「霊夢、帰ってきたのか!?」

 

 

 拝殿の障子を開け、一人の小さな小さな少女が頬を赤らめて満面の笑みで廊下に現れた。しかし、青年たちの顔を見るとその顔からは徐々に明るさが失われていき、とぼとぼ神社の中へ戻っていく。

 誰もいないと思っていた神社の中で突然の出現。青年も早苗と同じく驚いたものの、みすみす見逃してしまうわけにもいかない。明らかに神社に関係がありそうな人物を放っておいては、解決するものも解決しないだろう。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「……参拝客なんて珍しいな、本当に」

 

 くるりと振り向いたその少女。長い金髪を持ち、後頭部は赤いリボンで結われているものの少し乱れ気味である。幼い顔に似合わぬ大きな瓢箪を手に持ち、機嫌が悪いのか目つきは凍りつきそうなほど鋭い。

 そして、最も特徴的であるのが頭部に生える大きな二本の角。何かを抉り取るかのように曲がりくねっており、非常に攻撃的な形状をしていた。

 

「鬼…………」

 

 早苗がポツリと呟く。それと同時に、早苗は冷や汗を尋常ではないほど流し、その瞳も戦慄していた。

 

「こんなちっぽけな神社に何の用があって来たんだい?」

「わ、私たちは、博麗神社が何か問題を抱えていると聞いたので、その事実を確認しに……」

「ああ、霊夢がいなくなったことか。姿を消してしばらくになる。私が原因で、何か、何か知らないうちに霊夢を怒らせたんじゃないかって不安で、不安で……」

 

 泣き出しそうな表情で、鬼の少女が俯く。

 早苗はそれを見て何か予想外だったのか、顔をハッと上げてオロオロ慌て、その場でウロウロと足を踏む。

 そんな二人を見て、早苗はともかく鬼の少女の方は何か事情がありそうだと思い、青年は呼吸を整えた。

 

「話を聞かせてもらえますか? 霊夢さん、という方がいなくなったことも含めて、お願いします」

「けど、あんまり人に聞かせる話じゃないってあのスキマ妖怪も――」

「……紫さんも関わっているんですね? お願いします、僕らはそれを確かめに来たんです」

 

 廊下に立つ鬼の少女の傍に近寄り、少しだけ目線を上げて離す青年。酒瓶を持っていることから予想していたが、やはり酒臭さが少女から漂う。

 早苗が青年の背後で目を見張り、更に慌てる。しかし、そんなことを気にしている場合でもなく、青年は鬼の少女から目を逸らさない。

 しばらく鬼の少女が青年を見つめていたが、やがて口を開いた。

 

「立ち話もなんだから、上がっとくれ」

 

 

 

 

 

 本殿の部屋の中、酒瓶がいくつか転がっており、鬼の少女からも漂うアルコールの鼻につく匂いが部屋中に充満していた。

 部屋の間取りは守矢神社とそう大して変わらないが、やはり散らかっているためか幾分狭く見える。

 ふと、早苗を見る。どこか気分が悪そうな顔で、目をぐるぐると回していた。

 

「さなちゃん、大丈夫? 匂いに当てられた?」

「うう、それもありますが、相手はあの鬼ですよ鬼。カミツレさん、どうしてそんなに平気なんですか?」

「いや、鬼って言われてもピンと来ないし、外の世界じゃ会ったことないし……話もできそうだけど、そんなにマズイの?」

「マズイも何も、全種族中最強とも言われる鬼ですよ? もうダメですオシマイです、勝てるわけがありません……」

 

 人間を食べる、との言葉に青年もようやく危機感を覚える。幻想郷には妖怪も人間も共存しているが、決して全員が全員仲良くしているわけではない。

 紫にも注意されていた。妖怪をあまり信用しないほうがいい、と。

 

「散らかってて悪いけど、適当に座ってくれ。ああ、この神社には座布団なんてないよ」

「あ、はい」

 

 空の酒瓶を蹴り飛ばして部屋の隅に追いやる鬼の少女。その荒っぽさは確かに物々しいが、傍から見れば少女が怒って酒瓶を蹴っているだけ。

 早苗が言うほど危険な種族なのだろうか、とも青年は思う。

 

 青年と早苗は部屋の中央に置かれたちゃぶ台の前に座る。その反対側に鬼の少女が座り、酒のツマミと思われる物を差し出してきた。

 

「酒もいるかい?」

「いえ、飲みに来たわけではないので。お気持ちだけ頂いておきます」

「そうかい」

 

 ボサボサの頭を掻き、少女は部屋の周囲をキョロキョロと見渡す。酒しかないことに気づいたのか、ため息をついて額に手を当てていた。

 その様子を見て、青年はかすれるような小さな声で早苗に話しかけた。

 

「何だか、もてなそうとしてくれてるみたいだけど……」

「え、ええ。聞いていた噂とは随分違います……」

 

 そうして鬼の少女がようやく立ち直ったかと思うと、酒に酔っているからかおよそ焦点を合わせる気がない視線で青年に大して口を開いた。

 

「で、何の話だったっけか」

「博麗神社のこと、それから霊夢さんという方のこと、です」

「あー、そうだった」

「申し遅れました。僕は茅野守連といいます」

「わ、私は東風谷早苗です」

「二人共人間か。私は鬼の伊吹萃香だ。たまにここに遊びに来てる」

 

 鬼の少女、伊吹萃香はそのまま続ける。

 

「ここは博麗神社って言うんだ。って、流石にそりゃ知ってるか」

「はい。ただ、どういった神社であるとか、霊夢さんという方がどういった方であるかは知りません」

「ここは外の世界と幻想郷の境界にある神社さ。時々外の世界の住人が紛れ込んでくるから、それを送り返す場所ってところだ」

「……なるほど。それは興味深いです」

「私も詳しいことは知らないがな。で、霊夢……博麗霊夢っていうちんまい女が、この神社の巫女をやってるってわけさ。早苗、とか言ったな。あんたから似た感じがしたから、てっきり霊夢が帰ってきたのかと思ったんだ」

 

 ちんまい萃香の言葉を受けて、早苗は目を見開く。

 博麗霊夢という人物が巫女であるというなら、同じく巫女である早苗から何か似通った部分を感じることもあるのかもしれない。

 

 萃香は酔いが醒めてきたのか、赤みを帯びていた顔が徐々に白く戻っていく。が、酒が足りないと感じたのか、酒瓶を片手にその場でラッパ飲みをした。

 ぷはー、と、酒臭さを帯びた息が部屋を包む。

 

「霊夢がいなくなったのは大体一週間前だ。さっきも言ったが、私が知らないうちに何か霊夢の気に障るようなことをしたんじゃないかって不安なんだよぉ」

「……失礼ですが、お酒の飲みすぎ、という可能性は?」

「ない」

「そうですか。霊夢さんというのはどんな方なんです?」

「良くも悪くも自分に正直な奴、だな。ケチで金にうるさくて、自分勝手で生意気で、鬼のように強い癖に、弱い者いじめはしない。困ってる人は放っとかない、マメで神社の掃除は毎日欠かさなくて、友人が多いのに――」

 

 「――寂しい奴」と萃香は落ち込みを含んだ眼差しで語る。

 青年は頭の中で博麗霊夢という人物についての情報を整理する。聞く限りでは自己中心的と言えなくもないが、決して利己的ではなさそうである。

 積極的とまではいかずとも、他人との接触を拒んでいるわけではない。むしろ受け入れ、そしてどこかで孤独を感じている、と受け取るべきなのか。

 

「あの、その霊夢さんという方はどのようにいなくなったんですか?」

 

 早苗の質問を受けて、萃香はわずかに俯いた。

 

「わからないんだ。私もスキマ妖怪から話を聞いただけだから」

「紫さんですか。参考までに、どういった内容でしたか?」

「アイツが博麗神社に来たとき、既に霊夢はいなくなってた。魔理沙っていう魔法使いが最後に遊びに来たのがその5日前。今から10日、いや11日前までには、確かに霊夢はいたんだ」

「となると、6日前から11日前の間に霊夢さんの身に何かあった、ということですか。その前後に何か変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと……そうだな、幻想郷に海が現れたらしい」

「……ふむ」

「確か、丁度紫が博麗神社に来た日だったかな。だから6日前だ」

 

 萃香は指をぐるぐる回しながら記憶を探るような表情で語る。語られた言葉に、青年は顎に手をあて思考にふける。

 

 博麗の巫女というのがどのような人物か、というのはとりあえず今は考えなくていい。気になるのは、博麗霊夢という人物がなぜ失踪したかということ。

 

「霊夢さんがいなくなると、何か問題が起きるんでしょうか?」

「……なんだお前、霊夢がどうでもいい奴だって言いたいのか?」

 

 突如発せられた怒気と、心の奥底、心臓をわし掴みにされるような畏怖。ただの鋭利な視線ではない。これが鬼か、と青年は実感する。

 

「……聞き方が悪かったです、ごめんなさい。僕が言いたいのは、霊夢さんがいなくなることでどのような問題が発生しうるのか、紫さんが気にするようなこと、隠そうとしたことは何なのか、ということです」

「はん」

 

 萃香は睨みつけるその視線をやめようとはしなかったが、「まあいい」とだけ言って言葉を続ける。

 

「博麗神社は外の世界と幻想郷を隔てる“博麗大結界”を持つ。博麗の巫女、霊夢はそれの管理者ってことだ。代々の博麗の巫女が管理を引き継いでいくんだが、今霊夢の奴がいない。これがどういうことかわかるか?」

「……次の博麗の巫女を決めないと、結界の管理者が空席となってしまう、ということでしょうか」

「そう。博麗大結界が破壊されるまではいかずとも、その効力が弱まるだけで隔たりが維持できなくなる」

「幻想郷と外の世界とで、人の行き来ができるようになってしまうということですか?」

「人間だけじゃなく妖怪もだ。あのスキマ妖怪は秩序の崩壊が怖いのさ」

 

 萃香の話から考えるのであれば、少なくとも博麗の巫女がいないというのは無視できないことである。

 幻想郷と外の世界とが繋がれば、人と妖怪が無為に行き来するようになる。

 紫から聞いた話では、幻想郷には外の世界で忘れ去られたモノや妖怪が安寧を求めて辿り着いた場所、とのこと。

 妖怪を頭ごなしに悪と決めつけているわけではない。しかし、何も知らない人間にとっては恐怖となり、また安全な妖怪だけではないことも事実。同様に、力の弱い妖怪もいる。そういった妖怪は世界から忘れ去られれば存在が失われる。つまり、消滅してしまうのだ。

 だが、同時にこうも考えてしまう。博麗大結界が消滅することで現世と幻想郷が融合することに、どのような利害が発生するのだろうか、と。

 しかし、青年はまだまだ幻想郷を知らない。そして、知らないにも関わらず一定の恩がある紫の意思に背くことは、青年にはできなかった。

 

「なら、その霊夢さんを見つけないといけないですね」

「捜索チームがいるよ。強さは粒ぞろいの奴らだが、それでも見つけられないとなると……。博麗大結界は残ってるから、生きてることはわかるんだ」

「……手がかりは?」

「ない。霊夢がいなくなったところを見た奴はいないし、既に幻想郷のほとんどを調べ尽くした。調べてないのは……紫が差し止めてる海だけだな」

「海だけ――」

 

 萃香は寂しげな表情で酒瓶をあおり、深い息を吐く。その息が酒臭いだとかそんなことを考える暇もなく、青年は頭を働かせた。

 紫、博麗の巫女、突如現れた海、守矢神社、茅野守連と艦娘。

 思い当たる節はある。だからその可能性に行き着いたとき、青年は苦悶の表情を浮かべ、眉間にしわを寄せて力の限りちゃぶ台を叩いた。

 

 音に驚いたのか、早苗が肩を竦ませる。萃香は青年を小さく睨みつけるに留まっていたが、酒瓶を再びあおると瓶をゆっくりと畳に置いた。

 

「カミツレとか言ったな。そういや、アンタはあの紫とどういう関係だい?」

「……伊吹さん、妖怪の山に神社が現れたのはご存知ですか?」

「萃香でいい。妖怪の山か、懐かしい場所だなあ」

「その神社、実は外の世界からやってきたんです」

「外の世界から……ほう? それは最近のことかい?」

「つい3日前ですね」

 

 萃香は不敵な笑みを浮かべ、ちゃぶ台の上に置いていた拳を握り締める。どれだけの力が入っているのか、部屋中にギリギリとした音が響いた。

 青年は呼吸を整え、心を落ち着かせて萃香を見据える。

 

「落ち着いてください。今まで尋ねたことは嘘ではありません。霊夢さんがいなくなったことは、僕らも初めて知ったんです」

「海ができたこととアンタらが来たこと、何か関わりは?」

「全くない、とも言い切れませんが、少なくとも僕らは身に覚えがありません」

「いいだろう。逃げずにガンを返してくるその度胸に免じて信じてやる」

「……睨んでるつもりはありませんが、ありがとうございます」

「で、何をイライラしてるんだ?」

 

 ようやく萃香の殺気を帯びた視線が緩み、小さく笑みを浮かべた顔になる。それを見て、青年もようやく心を静め、自身の考えを改めて詰める。

 紫の思惑は一体何か、自分を呼び止めた言は真実か。幻想郷は正義か、知らぬ間に操られていたのか、一体海が持つ秘密は何か。

 

 考えていると、早苗が袖の端を引いて青年の気を引く。何事かと思えば、耳元に頭を寄せてヒソヒソと話し始める。

 

「カミツレさん、カミツレさん」

「ん、どうしたのさなちゃん?」

「私たちがここに来た理由、忘れてないですよね?」

「もちろん、それも含めて今考えてるとこ」

「細かいことは私にはわかりませんので、お任せします。ただ、二つだけいいですか?」

「うん?」

「この神社は守矢神社の商売敵になることはなさそうです。それから、鬼を敵に回してはいけません。私をドキドキさせるのはまた別の機会にお願いします」

「……わかった、ありがとう」

 

 冷や汗を垂らした早苗が離れると、萃香はコロコロと笑っていた。

 

「私の前で隠し事とは、なかなか命知らずだね」

「すみません、僕らも必死でして」

「本当に度胸がある奴だ。どこでそんな胆力手に入れたんだい?」

「……まあ、外の世界も外の世界で、なかなか鍛えられる場所だということですよ。図太さだけは折り紙つきですから」

「面白そうだ。一度行ってみたいね」

「遠慮ってご存知ですか?」

「アンタほどじゃない」

 

 萃香はもう一度酒瓶をあおり、その中身を飲み干した。一升瓶であろうそれは、この会話が始まる前にはまだ半分ほど残っていたはずである。

 とんだ飲兵衛だと思いながら、青年は口を開く。

 

「萃香さん、実は僕、紫さんが苦手でして」

「まあ、私も気に入らない部分はある」

「怒らないで聞いてくださいね? 今日僕らは、我々守矢神社が信仰を得る邪魔になりうるなら、この博麗神社をどうにかするように言われました」

「続けろ」

「ただ、考えた限りでは問題なさそうです。それより、あなたを敵に回したくありません」

「ま、こんな貧乏神社、誰も来やしないからな」

 

 多少皮肉のこもっていた発言であったものの、萃香はそれを気にする様子もない。それによって、萃香は博麗神社の味方ではなく博麗霊夢の味方であることを青年は確信する。

 だから、あとは青年にできる死に物狂いの交渉をするだけ。カードを切るのは今しかない。

 

「萃香さん、僕らとしても霊夢さんのことは心配です。だから、取引をしましょう」

「聞こうじゃないかい」

「海の上の空を飛べないから調べられないんですよね? なら、僕たちが海の方を調べますから、どうか守矢神社の味方をしてもらえませんか?」

「海の方は紫が調べるとか言っていたが、どういうことなんだ? それに、調べるにしてもどうやって調べるって言うんだ。まさか泳ぐとでも?」

「……申し遅れました」

 

 ポケットから艦娘のカード――天龍と龍田を取り出してその場に実体化させる。

 堂々たる態度の天龍、微笑に冷たさを感じさせる龍田の二人に囲まれながら、青年は躊躇いを含む言葉で告げた。

 

 

「自分は茅野守連――艦娘を預かる提督です」

 

 

 してやられたな、といった表情の萃香。微笑むと同時に――

 その雰囲気は、凶悪なものへと変わった。

 

 

 

 

 

 

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